悪心・嘔吐に関するQ&A
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『看護のための症状Q&Aガイドブック』より転載。
今回は「悪心・嘔吐」に関するQ&Aです。
岡田 忍
千葉大学大学院看護学研究科教授
悪心・嘔吐の患者からの訴え
- 「気持ちが悪いです」
- 「吐きそうです」
- 「吐きました」
〈悪心・嘔吐に関連する症状〉
〈目次〉
- 1.悪心・嘔吐って何ですか?
- 2.嘔吐の原因は何?
- 3.吐く前に唾液が出るのはどうして?
- 4.嘔吐はどんなメカニズムで起きるの?
- 5.どんな場合に悪心・嘔吐が起きるの?
- 6.頭蓋内圧はどんな時に上昇するの?
- 7.食中毒の時に悪心・嘔吐が起こるのはどうして?
- 8.悪心・嘔吐と消化器系の疾患との関係は?
- 9.強いショックで吐くのはどうして?
- 10.悪心の観察のポイントは?
- 11.嘔吐の観察のポイントは?
- 12.悪心・嘔吐のケアは?
- 13.コラム『嘔吐による電解質異常』
悪心・嘔吐って何ですか?
悪心(おしん)とは、ムカムカして嘔吐したい気分のことで、「吐き気」「嘔気」とも表現します。ただし、必ずしも嘔吐を伴うとはかぎりません。
嘔吐(おうと)とは、胃の内容物が急激に吐き出される状態をいいます。通常は悪心に続いて起こりますが、突然嘔吐する場合もあります。
嘔吐の原因は何?
嘔吐は、嘔吐中枢が刺激されることによって起きます。
嘔吐中枢は脳の延髄に存在し、化学受容器引金帯(用語解説参照)と呼ばれる構造を介して、または直接刺激されます。化学受容器引金帯が刺激されると悪心を感じ、その刺激がある一定レベル(閾値:いきち)を超えると実際に嘔吐が起きます。嘔吐中枢が直接刺激された場合には、悪心を伴わずに嘔吐が起こります。
嘔吐の原因は、視覚、嗅覚、味覚などの大脳皮質からの刺激によるもの、頭蓋内圧亢進によるもの、心臓や消化器などの臓器に分布する自律神経への刺激を介するもの、抗癌剤などの薬物や細菌の毒素などの化学的刺激によるもの、乗り物酔いのように前庭器官への刺激によるものなど、様々です。
用語解説化学受容器引金帯(chemoreceptor trigger zone ; CTZ)
第4脳室底部にある神経細胞。血液脳関門によって、通常は血液中の物質は中枢神経組織に移行しにくくなっています。しかし、化学受容器引金帯は血液脳関門の外に存在するため、血中の物質の影響をそのまま受けます。化学受容器引金帯はドーパミンを介し、隣接する嘔吐中枢を刺激します。乗り物酔いのような、前庭器官を介した刺激も、ここを通過して嘔吐中枢に作用します。
吐く前に唾液が出るのはどうして?
吐く前に唾液が出るのは、嘔吐中枢の近くに唾液分泌中枢があるためです。嘔吐中枢が刺激されると、この唾液分泌中枢も一緒に刺激され、吐く前に唾液が出てくるのです。
嘔吐はどんなメカニズムで起きるの?
嘔吐は途中で止めることができず、反射的に胃の内容物が吐出されます。
悪心が強まると胃の運動や胃液分泌が低下し、胃の粘膜が蒼白になります。さらに、粘液の産生増加がみられ、嘔吐運動に移行します。
嘔吐運動は次のようにして起こります。
まず、十二指腸で十二指腸から胃に向かう逆蠕動(せんどう)運動が起き、胃の上部の筋肉の緊張が抑制されます。続いて、食道下部の筋肉、噴門(ふんもん)が緩みます。その後に十二指腸で起きた蠕動の波が押し寄せてきます。
吐く直前には、反射的に深く息を吸い込みます。同時に声門と軟口蓋(なんこうがい)が閉じられて呼吸が止まり、気道や鼻腔に吐物が入るのを防ぎます。こうして、胃から口までのルートが出来上がるわけです。この時に呼吸が停止するのは、嘔吐中枢の近くに呼吸中枢があるためです(図1)。
吐く瞬間には、横隔膜と腹筋が収縮し、腹腔の容積が小さくなり、腹腔の圧が高まります(図2)。
そして、最後のとどめとして胃の逆蠕動運動が起こり、胃から口までのルートを通って胃の内容物が吐き出されます。
どんな場合に悪心・嘔吐が起きるの?
悪心・嘔吐が起きるのは、頭蓋内圧が高まり、嘔吐中枢が刺激されて起こる場合と、食中毒など胃の有毒物を排出しようとして起こる場合、消化器や腎臓、心臓の病気が原因になる場合などがあります。
頭蓋内圧はどんな時に上昇するの?
脳は、固い頭蓋骨で囲まれた、かぎられた空間の中に存在しています。従って、脳内に脳腫瘍や脳出血のように体積を増加させるような病変が起こると、頭蓋内圧が上昇します。これによって嘔吐中枢が刺激されて嘔吐が起きます。
また、髄膜炎やクモ膜下出血では、髄液の循環が障害され、これが嘔吐中枢を直接刺激します。
食中毒の時に悪心・嘔吐が起こるのはどうして?
食中毒の原因になる細菌の産生した毒素が化学受容器引金帯を刺激することによって悪心・嘔吐が起きます。
同様に、化学受容器引金帯が刺激されて悪心・嘔吐が起きるものとして、肝不全、腎不全があります。肝臓や腎臓は、体内に生じた有害物質を解毒したり、尿中に排泄したりする働きを持っています。肝不全や腎不全ではこれらの機能が障害され、血液中に有害物質が増加し、これが化学受容器引金帯を刺激するのです。
食中毒や肝不全、腎不全での嘔吐は、有害なものを身体の外に吐き出そうとする防御反応と捉えることができます。
また、抗癌剤による悪心・嘔吐も、血液中に吸収された薬物が化学受容器引金帯を刺激することによって起こります。
悪心・嘔吐と消化器系の疾患との関係は?
腹膜炎や虫垂炎、腸閉塞(イレウス)、急性肝炎、急性膵炎などの消化器疾患によっても、嘔吐が引き起こされます。消化器は自律神経が支配しており、刺激が自律神経を介して嘔吐中枢に伝わり、嘔吐が起こるのです。
強いショックで吐くのはどうして?
テレビドラマなどで、死体を見た人間が吐くシーンがありますね。嘔吐中枢は大脳皮質と連絡しているので、精神的な不安、気持ちの悪いもの(視覚)、嫌なにおい(嗅覚:きゅうかく)などの大脳皮質への刺激が嘔吐中枢にも伝わり嘔吐が起きます。
悪心の観察のポイントは?
悪心は、しばしば嘔吐に移行するため、その原因を見極めることが大切です。また、めまいや頭痛、頻脈、徐脈などの悪心以外の症状がないかどうかも観察します。
嘔吐の観察のポイントは?
まず、悪心に続いての嘔吐か、それとも突然の嘔吐かに注意します。
クモ膜下出血など、中枢神経系に原因がある場合は、悪心を伴わずに突然嘔吐が起こります。
また、嘔吐が持続しているかどうかもチェックします。嘔吐が繰り返される場合は、消化管の狭窄や腸閉塞、薬物、腹膜炎、肝・胆・膵疾患などが疑われます。
次に、吐いたものの性状と量に注意しましょう。
胃液がたくさん混じっている時は、胃炎や潰瘍が疑われます。腸閉塞では胃より下部の内容物が吐出されるため、吐いたものに便のにおいが混じっているのが特徴です。胆汁が混じっていることもあり、その場合は色が茶褐色になります。
感染症による消化管の炎症による嘔吐では特徴的な下痢を伴うことが多いので、下痢の症状もあわせて観察しましょう。
さらに、食事との関係も重要な観察ポイントです。
食後すぐに嘔吐した時は、食べたものに薬物や毒物が混じっていた可能性があります。細菌による食中毒で起こる嘔吐では、食後2時間くらいで嘔吐が起これば、あらかじめ産生された毒素が食中毒を起こす毒素型の食中毒(ブドウ球菌など)、食後半日以上経ってから嘔吐が起これば腸管で菌が増殖して食中毒を起こす感染型の食中毒(サルモネラ菌や病原性大腸菌)と考えられます。
これに対し、つわりや十二指腸潰瘍などでは空腹時に嘔吐します。
悪心・嘔吐のケアは?
悪心がある時は、静かな環境の下で楽な姿勢を取り、安静にします。また、いつ嘔吐してもよいようにガーグルベースン等をすぐに手に届くところに準備しておきます。
嘔吐は患者にとってとても不快なものですから、迅速かつていねいなケアが求められます。
楽な姿勢を取るとともに、口腔内を清潔にします。なお、嘔吐したものが誤って気道に入ってしまうことがあるので、身体と顔を横向きにするなど、体位に気をつけます。口の中に残った吐物は取り除き、気道を確保します。
クモ膜下出血や腸閉塞のように重篤な疾患による嘔吐の場合は、緊急の対応が必要になってきます。
大量に嘔吐した場合には、胃液、腸液、胆汁、膵液などとともに水分や電解質が失われて脱水や電解質異常に陥る危険があります。皮膚が乾燥していないか、血圧低下はないか、口渇はないか、尿量は正常か—などをチェックしましょう。
コラム『嘔吐による電解質異常』
胃液中には塩酸(HCl)が含まれます。そのため、嘔吐を繰り返すと塩素イオン(Cl−)が失われ、低クロール血症になります。このような状態でも胃粘膜での重炭素イオン(HCO3−)の産生は続くため、重炭素イオンが増加します。 血液のpHは、以下の式(ヘンダーソン−ハッセルバイヒの式)で決まります。従って、重炭素イオンが増えると、式の対数部分の分子が大きくなり、血液のpH はアルカリ性に傾いて代謝性アルカローシスになります。
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本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『看護のための 症状Q&Aガイドブック』 (監修)岡田忍/2016年3月刊行/ サイオ出版