どうする?「治療しなくていい肺炎」の診療|特集◎その肺炎 治す?治さない?《ガイドラインを読み解く》
【日経メディカルAナーシング Pick up!】
高齢者の繰り返す肺炎は、抗菌薬による治療よりも全身状態で予後が決まる──。ここ数年そんな報告が相次ぎ、新しい「成人肺炎診療ガイドライン」では、「積極的な治療を差し控える」選択肢が示された。目の前の高齢の肺炎患者が幸せな最後を迎えるために医師はどう対応すべきなのか。高齢者の肺炎診療を巡る最新の動向と現場の取り組みを紹介する。
末田聡美、加藤勇治=日経メディカル
写真:TOSHIYUKI KONO
「先週退院したばかりなのに、また来てしまった。入院するたびにせん妄を起こすし、歩けなくなって。この患者さんは幸せなのだろうか」。病院に救急搬送されてきた高齢の肺炎患者を前に、そんな思いを抱いたことのある医師は少なくないだろう。
老化による身体機能の低下で起こる肺炎、慢性疾患の進行による全身状態の悪化によって起こる肺炎──。こうして何度も繰り返す肺炎を治療すべきなのか悩むケースは多いが、搬送時に患者本人の治療に対する意思を把握することは難しい。ある急性期病院の呼吸器内科医は「正直、『この肺炎は老衰の一症状であり、治す肺炎ではない』と感じるケースは少なくない」と打ち明ける。
日本呼吸器学会は4月、「成人肺炎診療ガイドライン2017」を発表した。これまでは、市中肺炎(community acquired pneumonia:CAP)、院内肺炎(hospital acquired pneumonia:HAP)、医療・介護関連肺炎(nursing and healthcare associated pneumonia:NHCAP)と、患者の居場所や患者背景によって分類した3つの肺炎それぞれにガイドラインを作ってきたが、それらを1つにまとめ、非専門の医師にとっても使いやすくすることを目指した。
新ガイドラインの最大のポイントは、繰り返す誤嚥性肺炎や疾患終末期に起こる肺炎などに対して、個人の意思やQOLを考慮した治療・ケアを行うよう提示した点だ。
肺炎は日本人の死因の第3位で、その数は増え続けているが、肺炎死亡者数の96%以上が65歳以上の高齢者だ(図1)。
図1 肺炎の年齢階級別死亡率
厚生労働省人口動態統計2015より作成
その多くは誤嚥性肺炎であり、繰り返すことでQOLや栄養状態が徐々に低下する特徴がある。誤嚥性肺炎を繰り返すことは終末期・老衰に近い状態だと考えられることから、ガイドラインに「個人の意思やQOLを考慮する」方針を盛り込んだ。
まず患者背景を確認
「増え続ける誤嚥性肺炎や終末期の肺炎にどう対応すればよいのか、医療現場では大きな課題になっている。ガイドラインで一歩踏み出して、QOLを重視する方針もあるのだという考え方を打ち出すことで、医療者や一般の人々がこうした肺炎の治療の在り方を考えるきっかけにしてほしい」。同ガイドライン作成委員会委員で大分大学呼吸器・感染症内科学教授の門田淳一氏はこう語る。
「ガイドラインを、医療者や一般の人々が高齢者の肺炎治療のあり方を考えるきっかけにしてほしい」と話す大分大学の門田淳一氏。
新ガイドラインでは、肺炎をCAPとHAP/NHCAPの2つに大別して、診療の流れを提示した(図2)。
図2 肺炎診療のフローチャート
成人肺炎診療ガイドライン2017より
CAPは健常な人が何らかの拍子に発症する肺炎で、治れば元気に社会復帰する肺炎だ。一方でHAP/NHCAPは、介護施設に入所している、入退院を繰り返している、全身状態が悪く寝たきり、といった状況で起こす肺炎が多いといえるだろう。
「日本の医療事情の特徴として、長期の社会的入院や療養病床などがあるため、HAPの患者像はNHCAPに近い。死亡率や耐性菌検出率もNHCAPとHAPは比較的近いため、今回ひとまとめにすることになった」と門田氏は話す。
具体的な診療の流れはこうだ。CAPへの対応はシンプルで、重症度、敗血症の有無を評価した上で治療場所や治療内容を決定する(図2左)。HAPとNHCAPの場合は、まず原因菌や重症度評価よりも先に、患者背景として誤嚥性肺炎のリスクがあるかや、疾患終末期や老衰状態かどうかを検討する(図2右)。易反復性の誤嚥性肺炎のリスクがある場合や、疾患終末期や老衰の状態だった場合は、個人の意思やQOLを考慮した治療・ケアを行うことを推奨している。
一方で、そうでない場合は、重症度、敗血症の有無、耐性菌リスク因子を判断した上で、それぞれのリスクに応じて治療内容を選択する。重症度が低く、耐性菌リスクもなければ、患者への負担が少ない狭域抗菌薬治療から始めることを推奨している点も新しい。
抗菌薬でQOL低下も
今回、患者背景を先に考える方針となった背景には、高齢者の肺炎診療では、抗菌薬治療が必ずしも患者に恩恵を与えない現実がある。
ここ数年、高齢者の肺炎では抗菌薬による治療より、栄養状態や寝たきり度など本人の全身状態が予後を左右する、といった報告が国内外で多く報告されている。
門田氏らの研究でも、超高齢者の肺炎では、肺炎の重症度や耐性菌に対する初期治療の失敗より、誤嚥性肺炎であることが予後予測因子として重要であることが示された(図3)。
図3 因子別の入院30日後に肺炎で死亡する危険度
「高齢者の肺炎は、抗菌薬で原因菌を叩くだけでは予後改善につながらない可能性を示唆している」と門田氏。さらに、高度認知症がある高齢者の肺炎発症例を対象とした観察研究では、抗菌薬の投与は、生命予後は改善するもののQOLは低下すると報告されている(図4)。
図4 治療介入別のQOL
高齢者の場合、入院生活による認知機能の悪化、ADL低下などの問題もある。「『肺炎は一旦治ったが、歩けなくなった、認知症が悪化した、食べられなくなった。どうやって家や施設に帰れるようにするか……』という問題に日本中の医療・介護関係者がずっと悩んでいる」と東北医科薬科大学病院感染症内科・感染制御部教授の関雅文氏は話す。
そもそも誤嚥性肺炎を予防し、繰り返させないようにするためには、栄養管理や口腔ケアが欠かせない(別掲記事)。しかし、それでも起こってしまう「繰り返す肺炎」を治療するには、患者の希望に沿い、QOLを悪化させない視点が必要だ。
個人の意思やQOLを考慮した治療・ケアの在り方について新ガイドラインでは、各団体が先行して発表している「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(厚生労働省)、「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」(日本老年医学会、2012)などを引用し、これらのガイドラインを参考に判断するよう明記している(図5)。
図5 「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の要旨
イラスト:野村 俊夫
具体的には、「本人の意思を尊重した上で、医師1人の判断ではなく、エンドオブライフケアチームなどの組織で議論・判断すべきであり、患者・家族への十分なインフォームドコンセントの上で治療内容を決定していくということだ」と大阪大学附属病院感染制御部教授の朝野和典氏は話す。
今回のガイドラインの方針を現場の医師はどう受け止めているのか。日経メディカル Onlineが医師3793人に行った<調査(全文を読むためには「日経メディカル」へのログインが必要です)>では、59.9%の医師が「治療しない」選択肢を盛り込んだことに賛成で、反対意見はわずか6.0%だった。安易に治療されなくなるケースが出てこないか危惧する指摘は受け止める必要があるが、必ずしも全ての肺炎患者が積極的な治療を必要としないことを多くの医師が実感しているということだろう。
東京都健康長寿医療センター呼吸器内科部長の山本寛氏は、「当院には毎日、高齢の肺炎患者が救急搬送されており、その対応に苦慮することも多いため、ガイドラインが新たな選択肢を示したことは評価できる。院内でこれから共通認識をつくり、患者にとってベストな治療方針を検討できる体制を整えていきたい」と話す。
医師3793人に聞いた
「私が積極的治療を控えたケース」
(調査の自由意見から)
■抗菌薬を中止するとすぐ発熱、呼吸困難を繰り返した患者(50代開業医、一般内科)
■100歳の5回目の誤嚥性肺炎で家族も治療を望まなかった。(50代勤務医、脳神経外科)
■末期腎不全の終末期患者(40代勤務医、泌尿器科)
■極めてご高齢の認知症患者(40代勤務医、精神科)
■肺癌で余命厳しいと判断された患者が肺炎に罹患した場合(40代診療所、一般内科)
日経メディカル Online医師会員を対象にウェブアンケートを実施。
期間は2017年3月20~27日。自由意見の中から抜粋。
判断には医療者の感覚も重要
実際には、どんな治療が「QOLを考慮」したものとなるのか、医療現場のコンセンサスはまだない。患者の負担が少ない狭域抗菌薬による治療まではすべきなのか、抗炎症薬など苦痛を除く治療を中心にすべきなのかなど、様々な選択肢がある。
さらにガイドラインでは、意思やQOLを考慮した治療を選ぶ対象者の定義も曖昧だ。誤嚥のリスク因子と誤嚥による肺炎のリスク因子は示しているものの、誤嚥性肺炎の定義は提示していない。疾患終末期や老衰の状態についても具体的な記載はない。結局は、現場で医学的に判断しつつ、患者・家族の希望を踏まえて方針を決めていくことになる。
関氏は、「これ以上治療しても助からないし、助かっても寝たきりになる可能性が高い、といった現場の医師や看護師の感覚を大切にすべきだ」と話す。例えば、「ちょっとした肺炎でもすぐ重症化して入退院を繰り返す要介護状態の高齢者で、本人も意識がなく、家族もそこまで積極的には治療したくない、といった状況であれば、チームで話し合い、QOLを優先した治療や対応を検討することもあるだろう」という(症例)。
症例
入院を繰り返した後に積極的な肺炎治療を控えたケース
(関氏による)
90歳男性。
脳梗塞後遺症で自宅療養中に誤嚥性肺炎を発症。
入院時の胸部X線写真。左中肺野、右上肺野、右下肺野に浸潤影を認め、右胸水も疑われる。
現病歴
入院時の酸素飽和度90%(酸素マスク5L)、血圧100/70mmHg。意識レベルは低下しており、脱水あり。1年前までは歩行器を使用して移動できていたが、肺炎を繰り返すうちに活動性が低下し、現在は完全に寝たきりとなっていた。この1年間で数回、肺炎で入院し、今回も3週間ほど前に退院したばかりだった。喀痰グラム染色では、グラム陽性球菌と陰性桿菌が混在。腸内細菌、嫌気性菌が原因菌として考えられた。肺炎の重症度はA-DROPで4点と重症。
経過
β-ラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン系薬による治療を開始。3日ほどで炎症所見などがデータ上、若干改善したが、酸素化など全身の身体所見の改善は乏しかった。通常であれば、カルバペネム系抗菌薬など、より広域かつ強力な抗菌薬の使用や一時的なステロイドの併用、人工呼吸器装着などの適応を考慮するところだが、今回は、家族も治療にあまり積極的でなく見合わせることに。抗菌薬はそのまま継続し、酸素投与量を上げて対応していくことにした。
山本氏も、「ほとんどベッド上の生活となり、食事も摂取できなくなった痩せた高齢者で、誤嚥性肺炎を繰り返し、たびたび入院している患者にとっては、肺炎治療そのものが延命治療になっているかもしれない。本人や家族が積極的な治療を希望しない場合は、抗菌薬治療をしないという選択もあり得るだろう」と話す。
山本氏がこうした患者を治療する場合は、頻度の高い起因菌を推定した上で、耐性菌までカバーしない抗菌薬を選択することが多く、「実際はそれで治療効果を得られるケースが多い」という。改善が見られない場合は本人、あるいは本人の意思を代弁できる家族と今後の方針について話し合っている。
東北医科薬科大学感染症学教授 関 雅文氏に聞く
早期からの経口摂取が「治療しない肺炎」を予防
高齢者の肺炎を診療するに当たって、何よりまずは肺炎を繰り返させないための取り組みが重要であることを強く主張したい。
誤嚥性肺炎患者の予後を決める因子として栄養状態はとても重要だ。だからこそ誤嚥するから食べさせないのではなく、肺炎発症後もなるべく早期から食事を摂取させるべきだ。
そのためには、嚥下機能評価を行った上で経口摂取を進め、口腔ケアやADLを低下させないためのリハビリテーションにも併せて取り組んでほしい。摂取栄養量が不足するならば点滴や経鼻経管栄養を補助的に行いつつも、何より口から食べることが大切だ。
ただし、急性期病院でそこまで行うのは困難なケースも多いだろう。私が実践する方法の1つは、肺炎の高齢者が入院して最初の数日間、急性期の肺炎治療だけを行い、治療への反応が確認できたら、慢性期病院や介護施設に転院(所)してもらうというものだ。そこで栄養管理やリハビリテーションをしっかり行ってもらい、できるだけ全身状態を整えた上で自宅などへの退院を目指す取り組みを進めている。(談)
<掲載元>
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