妊娠中期の食事
『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』(サイオ出版)より転載。
今回は妊娠中期の食事について解説します。
中井抄子
滋賀医科大学医学部看護学科助教
妊娠中の必要エネルギーと適正体重増加量
妊娠中の母親の食事や栄養状態は、胎児の発育に大きくかかわっていることから、妊娠中の適正な栄養摂取や体重増加に関する知識は非常に重要である。
また、妊娠中の体重増加は妊娠期の合併症の発症にも関連があり、母児の健康のためには、妊婦個々の体格や妊娠中の体重増加量、胎児の発育状況の評価を行うことが必要である。
「妊産婦のための食生活指針」によると、非妊娠時に「低体重(やせ)」に属する者は、低出生体重児や子宮内胎児発育遅延(IUGR)、切迫早産や早産、貧血のリスクが高まる。非妊娠時に「肥満」に属する者は、糖尿病や巨大児、帝王切開分娩、妊娠高血圧症候群のリスクが高まる。
さらに、非妊娠時の体格区分(表1)が「低体重(やせ)」に属する者で妊娠期の体重増加量が多いと帝王切開のリスクが高まり、非妊娠時の体格区分が「ふつう」に属する者で妊娠期の体重増加量が多いと、heavy-fordates児や帝王切開のリスクが高まる。また非妊娠時の体格区分が「肥満」に属する者で妊娠期の体重増加量が多い場合には、分娩時の出血量が過多になるリスクが高まる1)とされている(表2)。
児の体重約3000g、胎盤の重さ約500g、羊水の重さ約500g、妊娠中に生理的に増加した循環血液量や脂肪3000~4000gを含む、約7~8㎏とされる(表1)。
食事摂取基準と妊娠期の付加量について、生活活動強度や年齢、体格(body mass index:BMI)から査定し、適正な体重増加量を指導するために策定された指標を用いて、自己にてコントロールできるよう食事指導を行う。
例)30歳、身体活動レベルⅡ、妊娠26週の場合:1750kcal+250kcal=2000kcal
DoHaD仮説(成人病胎児期発症紀元説)
ColumnDoHaD(developmental origins of health and disease)仮説とは、母体の低栄養が胎児期の低栄養に繋がり、低出生体重児で生まれたことが生活習慣病の素因となり、さらに出生後も過栄養、過剰なストレス、運動不足などの悪い生活習慣が加わることによって、リスクが増すという疫学研究の結果から見出された仮説である3)。
妊娠中期の妊婦の食行動の特徴
妊娠中期はつわりの症状が落ち着き、食欲が増強する妊婦が多い。主食や間食の取りすぎに注意し、体重コントロールの重要性や必要な栄養素、バランスのよい食事についての保健指導を行う。
厚生労働省平成29年度子ども・子育て支援推進調査研究事業のなかで、妊娠期、授乳期の女性の食育推進を目的に作成された冊子であり、具体的なレシピ等が掲載されており、参考にされたい。
目次に戻る
妊娠中期に必要な栄養素
体重コントロールだけでなく、過食や偏食を避け、バランスのよい食事を摂取するための工夫を本人の生活に取り入れやすい形で提案することが大切である。食事摂取基準には、妊婦・授乳婦の推定平均必要量、推奨量の設定が可能な栄養素について付加量を示している。また、目安量の設定に留まる栄養素については、付加量ではなく、ある一定の栄養状態を維持するのに十分な量として想定される摂取量としての値が示された(表4)。
鉄
妊娠期には胎児に優先的に鉄が運ばれる。妊娠経過に伴い血漿量は増加するけれどもヘモグロビンの量は増えないことから、鉄欠乏性貧血が起こりやすくなる。鉄にはへム鉄と非ヘム鉄があり、調理法や食べ合わせを工夫することで吸収効率が上昇する。妊娠中に鉄欠乏性貧血があると母乳中の鉄は減るという報告4)もあり、妊娠期の鉄の摂取は児にとっても重要である。
貧血と喘息との関連性
妊婦の貧血と児の喘息の発症には関連があるとの報告がある。妊娠期のHb=11.0mg/dL未満であると、出生児の乳幼児期の喘息を伴うリスクは2.17倍、3歳までの喘息は2.42倍となるといわれている5)。
鉄を多く含む食品を摂取するだけでなく、食べ合わせや飲み合わせについても指導する。非ヘム鉄はヘム鉄よりも吸収率は低いが、ビタミンCや動物性タンパク質と一緒に摂取することで吸収率が上昇する。
<鉄分を多く含む食品>
・ヘム鉄:赤身の肉や魚(鶏レバー、豚レバー、鶏もも肉、いわしなど)
・非ヘム鉄:青菜や豆(小松菜、ほうれん草、豆腐など)
<鉄の吸収率や造血能を上げるもの>
・ビタミンCを多く含む食品:パプリカ、ピーマン、キウイフルーツ、オレンジ
・ビタミンB2を多く含む食品:牛乳、チーズ、納豆、卵白
・ビタミンB6を多く含む食品:魚、レバー、豆類、とうもろこし
・ビタミンB12を多く含む食品:魚介類、牛乳、レバー、海藻類
・葉酸を多く含む食品:レバー、ほうれん草、ブロッコリー、いちご、豆類
・酸性の調味料:胃粘膜を刺激し、胃酸の分泌を高めて鉄の吸収率を高める。
葉酸の摂取
妊娠を計画している女性、または、妊娠の可能性がある女性は、神経管閉鎖障害のリスクの低減のために、400μg/日の葉酸摂取が推奨される(葉酸の摂取参照)。
<鉄の吸収を阻害するもの>
・カテキン:鉄と結合しやすい特徴があり、コーヒーや紅茶、緑茶などカテキンを多く含む飲物は、鉄の吸収を妨げる。これらを摂取する際には、食事と同時に摂取することは避け、食間に摂取することが望ましい。食事の際にお茶を飲みたい場合には、カテキンが少ない番茶や玄米茶を勧める。
・シュウ酸:ほうれん草のアクの成分であり、十分にアク抜きをすることが大切である。
カルシウム
カルシウムの吸収率は、妊婦・授乳婦で著しく増加する。妊婦・授乳婦でのカルシウム必要量が増加するが吸収率が増加していることより、付加量は設定されていない。しかし、18歳以上の年齢の女性のカルシウム推奨量(650mg/日)に比較して、平成29年度の国民健康栄養調査によると女性のカルシウムの摂取量は20~29歳で420mg/日、30~39歳で420mg/日であり少ない6)。よって、カルシウムが不足しないよう積極的な摂取を促す。
ビタミンD
ビタミンDは骨を作るために必要なビタミンであり、また、免疫作用もあるといわれている。ビタミンDは紫外線により皮膚で合成されるため、適度な日光浴も必要である3)。
脂肪酸
n-3系不飽和脂肪酸(リノレン酸)を妊娠中に摂取することで子どもの喘息や母親の抑うつを予防するという報告がある。また、n-6系多価不飽和脂肪酸(マーガリン)や飽和脂肪酸(バター)の摂取が少ないほうがアレルギー予防につながるといわれており3)、妊娠中に摂取する油について指導することは母児の健康に繋がる。
多量ミネラル(多量・微量)
ヨウ素の過剰摂取は新生児の一過性甲状腺機能低下症や甲状腺腫と関連がある。日本人妊婦はヨウ素の過剰摂取傾向にあることから、母親へヨウ素を制限する食事指導が必要である。
ヨウ素の過剰摂取
日本人はコンブや魚からヨウ素を摂取しており、その摂取量は1200~1500μg/日と推定されている。インスタント食品には多量のヨウ素が含まれるが、その含量はほとんど記載されていない(インスタントだし100mL中、平均約900μg)。知らないうちにヨウ素を過剰摂取する可能性があることから、妊婦に対してインスタント食品の摂取を控えるよう指導が必要である7)。
その他
高血圧症を予防するために、妊娠に関わらず18歳以上の女性のナトリウム目標量(食塩相当量)は7.0g/日未満と設定されている。
塩分の過剰摂取
ラーメン1杯は7.7g、かけうどん1杯4.8g、食パン1枚(6枚切り)0.8gの食塩が含まれている8)。ラーメンやかけうどんは汁を残すことでその塩分量を減らすことができる。
目次に戻る
魚介類に含まれる水銀
魚には食物連鎖によって水銀が取り込まれるため、魚の種類と量を考えて食べることが必要であり、大きな魚(マグロやタイ)は1週間に1切れ(約80g)を目安とする。小さな魚(サケやアジなど)はとくに注意する必要はない。水銀は胎盤を通過するため、胎盤が完成する16週頃より注意が必要である9)。
目次に戻る
嗜好品(タバコ、酒)
喫煙は胎児への酸素供給を低下させ、胎児発育遅延を引き起こすといわれている。また、喫煙による一酸化炭素曝露およびニコチン誘発血管収縮によって子宮や膀帯の血流が低下することで、前置胎盤や胎盤早期剥離、前期破水などの妊娠合併症のリスクを上昇させる。
妊娠中の母親の飲酒は、飲酒が量や時期に関係なく、胎児の形態異常や脳萎縮、胎児発育不全を来たす、胎児性アルコールスペクトラム障害(fetal alcohol spectrum disorders:FASD)や妊婦のうつ症状の悪化と関連することが示されていることから、妊娠中は禁酒を指導する。
目次に戻る
カフェイン
コーヒーなどカフェインを含むものは、1日1~2杯程度であれば問題はない。ただし、カフェインは鉄分の吸収を阻害するため、食事に影響しない食間に摂取するよう勧める。ハーブティーやたんぽぽコーヒーなどのノンカフェインの飲物を勧めてもよい。
目次に戻る
食物による垂直感染とその予防
妊娠中は抵抗力が弱っていることから、食中毒などの感染症に注意する。胎児に影響を及ぼす感染症として、トキソプラズマ症とリステリア症がある。
・トキソプラズマ症:生肉や生野菜によって感染するため、食肉はよく加熱し、生肉や生野菜を摂取しないようにする。
先天性トキソプラズマ症
水頭症、脈絡膜炎による視力障害、脳内石灰化、精神運動機能障害を4大徴候とする。
・リステリア症:自然界に広く分布する。加熱していないナチュラルチーズや生ハム、生野菜、殺菌されていない牛乳によって感染するため、十分に加熱するか摂取しないようにする。
リステリア症
妊婦は軽い風邪様の症状を認める程度であるが、胎児の敗血症や流産・早産の原因になる。
目次に戻る
母親の食事と児のアレルギーとの関連
多くの妊婦が妊娠期の自身の食事が我が子の将来のアレルギー体質にかかわると考え、アレルゲンとなりうる食物の摂取を控える傾向にある。しかし、現在の研究報告からは、母親の食物摂取と児のアレルギーには関連を示すには十分な根拠がないとされており、バランスのよい食事を心がけることが大切であることを指導する。
妊婦の食事の重要性
近年、妊娠期の母親が魚を摂取することで、将来の児のアレルギーの発症を防ぐことができるという知見が得られている。また、ビタミンDや抗酸化物質(ビタミンA・C・E、アントシアニン、リコピンなど)を母親が摂取すると、児のアレルギー疾患予防や免疫発達によい効果があると考えられている。妊娠中の腸内細菌叢は、リンパ節を介して、胎盤・羊水・母乳へと移行しており、便秘を予防するためにプロバイオティクス、プレバイオティクス、n-3系多価不飽和脂肪酸などを多く含む食材を摂取することで、早産予防、アレルギー予防、感染予防にも影響を与える3)10)。
目次に戻る
引用・参考文献
1)厚生労働省:妊産婦のための食生活指針、「健やか親子21」推進検討会報告書、4.「妊娠期の至適体重増加チャート」について、2006.2019年1月4日検索
2)「日本人の食事摂取基準(2015年版)」策定検討会報告書.2018年12月29日検索
3)水野克己、水野紀子:あんしんナットク楽しく食べる赤ちゃんとお母さんの食事、p.12~13、17~19、へるす出版、2018.
4)Kumar A, Rai AK,Basu S, et al : Cord blood and breast milk iron status in maternal anemia.Pediatrics,121:673-677,2008.
5)Triche EW,Lundsberg LS, Wickner PG,et al:Association of maternal anemia with increased wheeze and asthma in children. Ann Allergy Asthma Immunol, 106 : 131-139,2011.
6)平成29年国民健康・栄養調査結果の概要、2017.2019年1月4日検索
7)酒井一樹、西山宗六:インスタント食品摂取で注意すべきヨウ素過剰、小児内科、44(2):333~336、2012.
8)関沢明彦、岡井崇:新版安心すこやか妊娠・出産ガイド―妊娠・出産のすべてがこの1冊でわかる、第3版、p.62、メディカ出版、2018.
9)厚生労働省:これからママになるあなたへ お魚について知っておいてほしいこと.2019年1月4日検索
10)海老澤元宏、伊藤浩明、藤澤隆夫監修、小児アレルギー学会作:食物アレルギー診断ガイドライン2016、協和企画、2016.
11)立岡弓子:初乳中ビスフェノールA濃度と食器包装容器使用との関連、日本助産学会誌、18(2):63~70、2004.
12)日本糖尿病学会編著:糖尿病診療ガイドライン2016、南江堂、2016.
本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『新訂版 周産期ケアマニュアル 第3版』 編著/立岡弓子/2020年3月刊行/ サイオ出版