術前感染症検査(HBV・HCV・HIV・梅毒血清反応)感染症系の検査
『看護に生かす検査マニュアル』より転載。
今回は、術前感染症検査(HBV・HCV・HIV・梅毒血清反応)について解説します。
高木 康
昭和大学医学部教授
〈目次〉
術前感染症検査とはどんな検査か
免疫血清検査とは、広義には抗原抗体反応を利用した検査の総称であり、感染症関連検査、自己抗体検査、腫瘍マーカー、免疫化学検査などがある。免疫血清学的検査は、他の生化学検査や血液検査などとは異なり、疾患特異性の高い検査項目が多い。特に感染症関連検査や自己抗体検査の場合は、その検査が陽性であれば微生物感染の有無や疾患の存在が確定する場合が多いため、検査結果の取扱いに注意を要する。
感染症関連検査には、微生物そのものや、その構成成分および産生物や代謝産物を抗原として測定する抗原検査と、生体がそれらに反応して産生する抗体を測定する抗体検査がある。
一般に、抗原検査で結果が陽性の場合には現在の感染をほぼ確定できるが、抗体検査で現在感染していることが確認できるのは、免疫グロブリンM(IgM)抗体陽性が陽性のときと、免疫グロブリンG(IgG)抗体の場合のペア血清(感染初期と回復期に採血された血清)で4倍以上の抗体価の上昇があるときだけである。単一血清でIgG抗体が陽性のときには、現在感染しているのか、感染の既往であるのかを判別することができないので注意を要する。
ここでは、術前の感染症検査として一般的に取り扱われているHBV、HCV、HIV、梅毒血清反応をあげる。
B型肝炎ウイルス(HBV)とは
- わが国にはHBV保有者(キャリア)が約130~150万人いるが、その多くは非活動性の無症候性キャリアで、肝硬変・肝細胞癌に進展するのはその1割である。
- 成人のHBV初感染では通常は急性肝炎となりウイルスを排除して治療するが、HBVのタイプによっては慢性化するものもあり問題となっている。
- 血液や体液を介して感染するため、医療現場でもいわゆる「針刺し事故」や各種検査・治療における感染に注意が必要なウイルスである。
- 具体的にはHBs抗原・抗体、HBe抗原・抗体、HBc抗体、IgM型HBc抗体、HBV・DNA検査などがある。
C型肝炎ウイルス(HCV)とは
- HCVは、急性肝炎、慢性肝炎、肝硬変の原因病原体となり、また肝細胞癌の発症とも関連のある重要なウイルスである。
- HCVは成人してから感染しても、効率に慢性化する。
- 主に血液を介して感染するため、輸血歴は重要である。医療現場では針刺し事故による感染が問題で、注意が必要である。
- HCV感染の診断は、血清学的検査(抗体検査)と遺伝子学的検査(HCV・RNA測定)によって行われる。
- 感染が確認された場合、インターフェロン治療のためにウイルスのタイプ(遺伝子型)の検査も行われる。
ヒト免疫不全ウイルス(HIV)とは
- ヒト免疫不全ウイルス(human immunodeficiency virus;HIV)は、後天性免疫不全症候群(acquired immunodeficiency syndrome;AIDS)と呼ばれる重篤な全身性免疫不全をひき起こすウイルスである。
- 2009年には、生存している感染者数は世界で3,330万人、新規感染者は年間260万人、死者は年間180万人とされており、世界が直面する最も深刻な医療問題の1つとなっている。
- 日本人においても新規感染者が増加する傾向に歯止めがかからず、2010年には無症候性キャリア・AIDS発症例・その他を合計すると1,446名の新規診断例があった。
- HIVはレトロウイルス科のRNA型エンペロープウイルスで、RNAゲノム、逆転写酵素などを含むコア(カプシト)と、これらを取り囲む球状エンペロープによって構成されている。
- CD4をもつリンパ球(ヘルパーT細胞)やマクロファージに感染し、その結果として細胞性免疫機構を破綻に至らせる。
- HIVは血清学的・遺伝子学的性状の異なるHIV-1とHIV-2に大別され、HIV-1は全世界に分布している。これに対して4、HIV-2の分布は主に西アフリカ地域に限局している。
HIV感染の自然経過は、大きく3期に分けられる。
①急性初期感染期
HIV感染成立の2~3週間後にHIV血症は急速にピークに達するが、この時期には発熱、咽頭痛、筋肉痛、皮疹、リンパ節腫脹、頭痛などのインフルエンザあるいは伝染性単核症様の症状が出現する。症状は全く無自覚の程度から無菌性髄膜炎に至るほどの強いものまで、その程度は様々である。初期症状は数日から10週間ほど続き、多くの場合自然に軽快する。
②潜伏期(無症候期~中期)
感染後6~8週間で血中に抗体が生産されると、ピークに達していたウイルス量は6~8か月後に一定のレベルまで減少し、定常状態となり、その後数年~10年間ほど無症候期に入る。無症候期を過ぎAIDS発症前駆期(中期)になると、発熱、倦怠感、リンパ節腫脹などが出現し、徐々に免疫能の低下が進む。
③AIDS発症期
その後も抗HIV療法が行われないとHIVの増殖を抑制できなくなり、CD4陽性T細胞の破壊が進み、結果としてAIDSを発症する。AIDSを発症した患者群では、AIDSを発症する前に抗ウイルス治療を開始した患者群に比較して予後が悪いことがわかっており、早期発見の重要性が啓蒙されている。
梅毒血清反応とは
- 梅毒トレポネーマ(treponema pallidum;TP)に感染すると、3~4週の潜伏期を経て、梅毒(第1期)が発症する。第1期梅毒では、局所病変(硬性下疳)から直接TPを証明することができる。しかし、第1期を過ぎると、TPを直接検出することはほとんど不可能になるため、血清反応を用いて診断する。
- 梅毒の血清反応は、STS(serological test forsyphilis)と抗TP抗原試験に大別される。
- STSは、抗原にカルジオリピンを用いる非特異的な検査である。カルジオリピンはウシ心臓から抽出されるリン脂質で、TPそのものではないが、梅毒抗体と反応するので利用されている。
- STSは梅毒に対する鋭敏度が高く、抗体の消長が臨床経過と一致する。しかし、血清中にカルジオリピンに反応する抗体があると、梅毒に感染していなくても陽性反応を示すことがある。これを生物学的偽陽性(biological falsepositive;BFP)と称する。BFPは、SLEや抗リン脂質抗体症候群などでみられることがある。
- STSには、ガラス板法、VDRL法、緒方法、RPRカード法などがある。
- 抗TP抗原試験には、TPHAとFFTA-ABS がある。いずれも抗原にTP菌体成分を用いる特異的な検査である。
- TPHAは簡便であるが、FTA-ABSは蛍光顕微鏡を使用する手間のかかる方法である。そのため、必要性があれば、最終確認試験として行われる。
術前感染症検査の目的
- 周術期の医療者への感染防止。
- 手術室の汚染による感染拡大の防止。
術前感染症検査の実際
1B型肝炎ウイルス(HBV 、表1)
1)HBs抗原、HBs抗体
- HBs抗原はウイルスの外被淡白で、陽性は現在HBVに感染していることを意味する。
- HBs抗体はHBs抗原に対する抗体で、この抗体の存在はHBV感染の既往を示す。
- HBs抗体はHBVの中和交代で感染防御の働きをする。
- HBVワクチン接種者はHBs抗体が陽性となる。
- まれにHBs抗原とHBs抗体がともに陽性という場合があるが、これは種類の異なるHBV(亜型)の重複感染といわれている。
2)HBe抗原、HBe抗体
- HBe抗原は血中のHBV量と相関する。HBe抗原陽性例ではHBVの増殖がさかんでウイルス量は多く、慢性肝炎では肝炎の活動性が高い状態である。
- HBe抗体陽性例は、その逆の傾向を示す。
- HBe抗原が陰性化しHBe抗体が陽性化することをセロコンバージョンといい、肝炎の鎮静化を示す。HBe抗体陽性の慢性肝炎は非活動性であり、血中のHBV量も少ないのが一般的である。
- HBe抗原・抗体の測定は、病態の把握、治療効果予測や判定に有用である。
- まれにHBe抗原陰性かつHBe抗体陽性(セロコンバージョン)にもかかわらず活動性の肝炎を呈することがあるが、これはHBVの突然変異のためといわれている。
3)HBc抗体、IgM型HBc抗体
- HBc抗原はHBs抗原に覆われたHBV内に存在し、血中では検出されないため日常の検査はされていない。
- HBc抗体はHBc抗原に対する抗体で、IgM、IgA、IgGの総和である。
- この抗体はHBV感染後にIgM、IgA、IgGの順に感染早期から出現する。
- IgM型HBc抗体は感染初期に一過性に出現し、2~12か月の間に陰性化するのが一般的である。また、慢性肝炎の急性憎悪期にも上昇する。
- HBc抗体が低力価持続陽性の場合(その大部分はIgG型であるが)は、過去のHBV感染を示しHBs抗体も陽性であることが多い。
4)HBV・DNA検査
- HBV・DNA定量検査はウイルス量を示し、ウイルスの増殖状態を反映する。
- 高感度の定量法であるPCR法で行われウイルス量(copies/mL)はlog値で表示される。
- ウイルス量の測定は病態の把握・治療効果予測や判定に有用である。
- HBVの変異株検出には、HBVプレコア、コアプロモーター検査がある。すでに、セロコンバージョンをきたしているにもかかわらず活動性肝炎が依然持続する場合には、ウイルスの変異株存在(前述)が疑われ、その際の検査として有用である。
2C型肝炎ウイルス(HCV)
1)HCV抗体
- HCVに対する抗体で、陽性の場合は現在あるいは過去のHCV感染を示す(注:HBs抗体と異なり中和抗体ではないため感染防御効果はあまりない)。
- HCV感染のスクリーニングに用いられる。現在、第3世代HCV抗体測定系が用いられているが、ほぼ100%に近い感度・特異度が得られている。
- 感染初期は抗体が陽性化していない場合もあり、遺伝子学的検査との併用が必要である。
2)HCV-RNA検査
- ウイルスそのものの存在や量をしることができる。
- 測定方法は、以前はアンプリコア法DNAプローブ法が用いられていたが、現在はリアルタイムPCR法(TaqMan法)に統一されている。定量結果はLogIU/mL単位で表示され、下限は1.2である。それ以下の場合、増幅反応シグナルがあれば「検出」(ウイルスは1.2以下であるが存在する)、反応がなければ「検出せず」と表示される。
- HCV抗体産生前の初期のC型肝炎の診断に有用である。
- 肝機能が正常のHCV抗体陽性者について、現在の感染(キャリア、HCV、RNA陽性)か、過去の感染(抗体陽性、HCV、RNA陰性)かの鑑別に役立つ。
- インターフェロン治療効果予測(定量)および判定(定性)のために用いられる。
3)ウイルス型の検査
- ウイルス遺伝子から分類したゲノタイプ(genotype)と、抗体反応で分類したセロタイプ(serotype)がある。検査の簡便性、費用、結果までの時間が短いなどの理由で、後者が汎用されている。ゲノタイプ2a、2b型はセロタイプ2群に対応している。
- インターフェロン治療に対する感受性がそれぞれの型で異なるため、インターフェロン治療を行う前にタイプを知っておくことは重要である。
- 日本人の約70%は1b型(セロタイプ1群)である。
- インターフェロン治療に対する反応は1b型(セロタイプ1群)で悪く、2a型や2b型(セロタイプ2群)では良好である。
3ヒト免疫不全ウイルス(HIV)
1)抗体スクリーニング法
HIV感染の診断には、まず血中のHIV抗体検出が行われる。これを抗体スクリーニングと呼んでいる。
- HIV-1とHIV-2を区別することはできない。
- 感染後抗体が陽性となるまでの期間をウィンドウ期と呼ぶ。よって、急性感染では抗体陽性とならないことが多いため注意が必要である。
- ウィンドウ期は一般に4~8週であるが、近年では抗原と抗体を同時に検出し、ウィンドウ期を短縮する測定方法も開発されている。各施設ではどのような測定方法を用いているかを確認しておく必要がある。
- ELISA法や粒子凝集法(particle agglutionation;PA法)が用いられ、感度は非常に高いが、一方で偽陽性が0.3%認められる。
- イムノクロマトグラフィーを用いた迅速検査キットも緊急検査等で使用されるが、偽陽性率は1%とさらに高くなる。
抗体スクリーニングが陽性あるいは判定保留の場合や、陰性でも臨床状況から(ウィンドウ期の可能性がある場合など)HIV 感染が強く疑われる場合には、ウエスタンブロット法(Western blot)による抗体確認検査とHIV検出を同時に行うことが推奨されている。
2)ウエスタンブロット(Western blot)法
- Western blot法は、ウイルスの構造蛋白に対する血清中の抗体を検出する検査である。特異度が高いものの感度が低いため、スクリーニング検査には用いられず確認検査として利用されている。
- HIV-1.2それぞれについてキット化されており、例えばHIV-1に関してはgp41、gp120、gp160の2本のバンドが認められれば陽性と判断する。
3)HIV-RNA定量
- HIV検出については、PT-PCR法によるHIVRNA測定が最も一般的である。
- HIV-1とHIV-2の識別が可能であるが、国内ではHIV-1がほとんどである。HIV-2は一般の施設では測定できない。
- 感染早期から検出可能であるが、偽陽性もあり得るため適切な時期に必ずウエスタンブロット法による抗体確認検査を行う必要がある。現在の測定限界感度は20コピー/mLである。
4)他の検査との関わり
■CD4リンパ球数(表2)
- 日和見感染症の危険度は末梢血中CD4リンパ球数によって異なるため、診断時のみならず治療経過中にも経時的に測定を行う必要がある。
- CD4リンパ球数が200/mm3以下になるとニューモシスチス肺炎などの日和見感染を発症しやすくなり、さらに50/mm3を切るとサイトメガロウイルス感染症、非定型抗酸菌症、中枢神経系の悪性リンパ腫などを発症する頻度が高くなり、食欲低下、下痢、低栄養状態、衰弱などが著名となる。
■各種日和見感染症の抗原・抗体検査
- 様々な抗体や抗原の検査が、日和見感染症の診断や予防を目的として施行されている。
4梅毒血清反応
1)異常値を示す場合(表3)
- 通常は、STSの1つとTPHAを組み合わせて検査を行い判定する。
- 梅毒感染後、検査が陽性になるのはSTS、TPHAの順である。感染のごく初期(2~5週間)は両方とも陰性になることがあるので、注意が必要である。
2)高値を示す場合(表4)
3)他の検査との関わり
- 梅毒血清反応が陽性であっても、偽陽性の可能性を忘れてはならない。偽陽性の可能性があれば、原因検索のための検査を行う。
- 梅毒感染患者に対する社会の意識は、治療法が確立した現在でも厳しいものがあり、さまざまな差別の原因になっている。診断には慎重を期さなければならない。
術前感染症検査で注意すべきこと
- 患者誤認防止のため、予め検体容器にラベル(検査内容、患者指名、バーコード)を貼ること、1つのトレーに1患者分の検体容器と採血用具を用意すること、患者にフルネームで名乗っていただき検体容器と照合するなどの対策が必要である。
- 4つの検査項目に共通することは、血液感染であること、感染時は重症化すること、難治性であることから、採血時には手袋装着や針刺し防止付採血針を使用する、採血後はリキャップをせず直接針捨てボックスに入れるなどの感染防止策が必要である。
- 術前検査としてのHIV検査については、エイズ治療拠点病院であれば保険で行えるが、他は自費扱いとなる。検査に対する理解も含め、十分な説明と同意が必要である。
- 検査が陽性であった場合は医師のICに同席し、患者の状況をよく把握したうえ、精神面の援助に配慮すべきである。
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『新訂版 看護に生かす検査マニュアル 第2版』 (編著)高木康/2015年3月刊行/ サイオ出版