卵アレルギーは「微量のゆで卵」で防ぐ|学会が提言、アトピー乳児は早期から卵摂取を

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瀬川 博子=医療ジャーナリスト

 

 

アトピー性皮膚炎乳児は早期からを食べ始めた方が卵アレルギーの発症を防げる──。世界初、日本発のエビデンスが、日常診療における食物アレルギー予防の方針を塗り替えた。成功の鍵は湿疹のコントロールと微量のゆで卵だった。

 


 

日本小児アレルギー学会は2017年6月、「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」を発表した。提言の骨子は、「アトピー性皮膚炎に罹患した乳児では、卵アレルギーの発症予防を目的として、医師の管理の下、生後6カ月から卵の微量摂取を開始することを推奨する」というもの(関連記事)。

 

アトピー性皮膚炎や卵アレルギーなどは一般にも関心の高い話題であったため、本発表に関するニュースはすぐに新聞やテレビ、ネットで取り上げられた。

 

この提言は当然、小児のアレルギー診療に携わる医師にも注目された。プライマリ・ケア医の立場からアレルギー疾患の小児を診る機会が多いという太融寺町谷口医院(大阪市北区)院長の谷口恭氏もその一人だ。

「提言は、従来、卵アレルギーの予防でいわれてきたことを覆す大変重要なものだ」と谷口氏は話す。

 

第一線の診療現場では、これまでは乳児あるいは 母親にアレルギー疾患、特にアトピー性皮膚炎があると無条件に卵を制限することは珍しくなかったという。「提言は、従来、卵アレルギーの予防でいわれてきたことを覆す大変重要なものだ」と谷口氏は話す。

 

ただし懸念されるのは、保護者が自己判断で食べさせてしまうことだ。「これまで喘息やアトピー性皮膚炎があると卵を避けるように指導されていたのは、実際に卵を食べてアナフィラキシーショックなどを生じる例もあったからだ」と谷口氏は説明する。

 

学会も「卵の早期摂取」という概念だけが広まることへの危惧もあるとして、提言の発表から4カ月後の10月に、小児科医および患者・一般の人用に改めて、提言の要点や注意点を分かりやすくまとめた2種類の「解説」を公表した。

 

患者・一般の人用の解説には、「自己判断で摂取を始めると、アレルギー症状が出る危険性が高まる」との注意点が記載され、「必ずかかりつけの小児科医に相談した上で離乳食を進める」よう促している。

 

 

発症予防の従来の方針を覆したエビデンス

卵アレルギーは、食物によって抗原特異的に引き起こされる免疫反応(食物アレルギー)の1つだ。食物アレルギーによる症状の多くはIgE抗体が関与する即時型反応で、食物アレルゲンに曝露されると2時間以内に皮膚や呼吸器、粘膜、消化器などに症状が誘発される。

 

紅斑や蕁麻疹などの皮膚症状が多いが、時には呼吸困難、血圧低下や意識障害などのショックを引き起こすこともある。

 

食物アレルギーの発症リスクに影響する要因としては、アレルギー疾患の家族歴や遺伝的素因、皮膚バリア機能の低下などが検討されているが、中でも乳児期のアトピー性皮膚炎の存在が特に重要とされる。

 

最近の日本の調査では、即時型食物アレルギーの発症年齢は0歳が34.1%と最も多く、原因食物では卵が39%と最多で、牛乳(21.8%)、小麦(11.7%)、ピーナッツ(5.1%)が続いていた。

 

注目されるのは、今回の提言でも示されたように、食物アレルギーの発症予防に関する考え方がこの10年ぐらいの間に大きく変わってきたことだ。以前は、食物アレルギーは“未熟な腸”が感作の場になると考えられたため、発症予防として乳児期の食物除去が推奨されていた時期もあった。

 

しかしその後の疫学研究などで、食物アレルギーの原因になりやすい食物の摂取時期を遅らせても、発症予防にはつながらないことが分かってきた。

 

さらに2008年には英国のLackが、それまでの知見を基に「二重抗原曝露仮説」を提唱。食物アレルギーの感作の中心的な場は「炎症のある皮膚」であり、経口摂取はむしろ免疫寛容をもたらすとの考えを示した。

 

こうした中、2015年には世界で初めて、食物アレルギーのハイリスク乳児(アトピー性皮膚炎など)に対し、乳児期早期からピーナッツを継続して食べさせた方がピーナッツアレルギーの発症が少ないという、以前の考えとは正反対の結果が「LEAP試験」で明らかにされた(関連記事)。

PETIT試験のプロトコールの図

 図1 PETIT試験のプロトコール (「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」より)

さらに卵アレルギーの発症予防についても、卵の早期摂取の有効性を示す世界初のエビデンスが2016年のLancet誌電子版に報告された。日本小児アレルギー学会による今回の提言の根拠になった「PETIT試験」の成果だ(関連記事)。

浜松医科大の夏目統氏は、「肌をつるつるにすることと、微量でいいから早く食べ始めることが重要だ」と話す。

 

国立成育医療研究センターを中心に実施されたこの研究では、アトピー性皮膚炎の乳児を生後6カ月から卵の摂取を開始する群と生後12カ月まで除去する(プラセボ)群に分け、1歳時点での卵アレルギー発症率を比較した(図1)。

 

結果、除去群の卵アレルギー発症率は38%だったのに対し、摂取群は8%で、卵の早期摂取により発症率が8割も低減された。

 

実は卵の早期摂取による発症予防については、これまでにも幾つかの研究が報告されているが、いずれも有意な効果は得られていない。

 

また、食べ始める時期が早過ぎたり、食べさせる量が多かったなどの理由で実行性が低かったり、生卵を用いたことで有害事象が多く発生し、中止になった研究もあるという。

 

PETIT試験のLancet論文の筆頭著者である夏目統氏(現・浜松医科大学小児科助教)は、「ピーナッツアレルギーのLEAP試験でも、摂取開始時点でアレルギー症状が出るリスクが高く除外された参加者が少なくなかった。早期摂取で食物アレルギーの発症を予防できることは分かったものの、どうやって食べ始めさせるかが課題だった」と振り返る。

 

 

「加熱」と「微量」で食べ始めのリスクを回避

PETIT試験では卵の摂取は、生後6カ月から毎日1回、加熱全卵粉末50mg(加熱全卵0.2g相当)の微量で開始し、生後9カ月から250mg(同1.1g相当)に増やすという方法を取った。

 

この研究では明らかな有害事象は1例も生じなかったが、このようにごくわずかの加熱卵を用いたことで安全に実施できたと考えられている。

 

このため学会の提言では、卵の摂取量の参考として、PETIT試験で用いた摂取量とそれに相当する調理の一例を紹介している。例えば、加熱全卵粉末50mgは「固ゆで卵白約0.2gなど」、加熱全卵粉末250mgは「固ゆで卵白約1gなど」と記載されている(表1)。

PETIT試験における鶏卵摂取量の表

 表1 PETIT試験における鶏卵摂取量(「鶏卵アレルギー発症予防に関する提言」より)

もっとも日常診療では、「保護者にゆで卵0.2gを毎日食べさせるように言っても、現実としてそれを実行してもらうのは難しい」と夏目氏は指摘する。

 

外来で行える簡便な指導方法として、夏目氏は「ゆで卵の卵白を米粒大に細かく切ったものを用意し、米1粒くらいから食べ始めて、だんだん増やしていくといいですよ」などと説明しているという。夏目氏によれば、米粒大の卵白5~10粒で大体0.2g相当になる。「冷凍しても大丈夫」というと、やってくれる人は多いそうだ。

 

なおPETIT試験では、生後9カ月から加熱全卵1.1g相当を3カ月間摂取したが、これは離乳食の進め方としては卵摂取を制限することにもなる。そのため提言では、微量の加熱卵摂取が導入できたあとは、「従来通り『授乳・離乳の支援ガイド』に準拠して卵を含む離乳食の摂取を進めてよい」としている。

 

重要なのは「生後6カ月ごろから微量の卵摂取を開始する」という点であり、卵アレルギーの予防に最も有効で安全な摂取量や摂取頻度、開始時期、継続時期などについては、今後もさらなる検討が必要ということだ。

 

 

湿疹のコントロールが悪いと予防できない

一方、「早期摂取も大切だが、湿疹をいかにコントロールしていくかということも非常に大切だ」と夏目氏は強調する。

 

他の海外の先行研究と比べて、PETIT試験では、参加者の多くがプロアクティブ療法(寛解期に、保湿剤とステロイドなどの外用薬を間欠的に使用して寛解を維持する治療法)を含めた積極的な外用療法によりアトピー性皮膚炎のコントロール状況が良好であったことも、卵摂取群におけるアレルギー発症率の低さに貢献したと推測されている。

 

実はPETIT試験の結果では、卵摂取群のうち、卵に対する血液検査の値が最初は低かったにもかかわらず、卵アレルギーを発症した人が2例いた。その2例は摂取開始後に湿疹の重症度を示すPOEMスコアが高くなったままで、湿疹のコントロールがうまくできていなかったことが明らかになっている(図2)。

卵アレルギーの発症の有無と参加者のPOEMスコアの変化のグラフ

 図2 卵アレルギーの発症の有無と参加者のPOEMスコアの変化(出典:Natsume O. et al. Lancet 2017;389:276-86.)  卵摂取群では、卵アレルギーを発症した2例において、他の参加者より高いPOEMスコアが6~12カ月の間に認められた。

こうしたPETIT試験のエビデンスに基づいて、学会の提言では、卵アレルギーの発症予防を目的とした離乳期における卵導入の暫定案として、次のような手順を示している。

 

まず生後6カ月未満でアトピー性皮膚炎と診断された乳児は、医療機関においてスキンケアやステロイド外用薬を基本とした湿疹の治療を行う。そして湿疹のない状態(寛解)にした上で、医師の管理の下、生後6カ月からPETIT試験の方法を参考に微量の加熱鶏卵の摂取を開始する。

 

さらに1日1回の摂取で症状がないことを確認しながら、「授乳・離乳の支援ガイド」に準拠して摂取量を増やしていく、という流れだ。

 

なお、アトピー性皮膚炎を発症していない乳児は卵アレルギーのハイリスク児に該当しないため、卵の摂取は「授乳・離乳の支援ガイド」に沿って開始するよう保護者には勧める。

 

適切なスキンケアや湿疹の治療を行っても湿疹が改善しない場合や、卵の摂取により湿疹が悪化したり即時型の症状が出た場合は、日本小児アレルギー学会による「食物アレルギー診療ガイドライン2016」に従って、食物アレルギーの診断を進めることなどが注意点として挙げられている。

 

谷口氏は、「卵の摂取を開始する前にアトピー性皮膚炎を寛解させることが重要なのは、しっかり皮膚の炎症を治して経皮感作を防がなければ卵アレルギーが起きてしまうからだ。ステロイド外用薬を用いた治療についてはきちんと理解していない人も多いので、これを機会に保護者にはステロイドの正しい使い方とスキンケアの重要性を繰り返し伝え、卵アレルギーを防ぐために早期からの卵摂取を考えてもらいたいと思う」と話している。

 

 


 

乳児の食物アレルギーの原因解明にはまだ多くの課題がある

りかこ皮フ科クリニック(東京都世田谷区)

院長 佐々木りか子氏

りかこ皮フ科クリニック(東京都世田谷区)院長 佐々木りか子氏の写真

 

食物アレルギーは世界的にも増えているが、その理由はまだ分かっていない。文明の進歩に伴う食生活の変化や環境の変化なども指摘されているが、原因究明のための研究はこれからも続けられていくだろう。

 

食物への感作は生後4~5カ月ごろから既に認められるが、離乳食を始める前になぜ特異的IgE抗体価が上昇するのかについても、まだ分かっていない。

 

湿疹が先行しているから、経皮的に食物に感作されるのだろうという考え方になってきている。IgE抗体は皮膚で作られるともいわれる。

 

既に食物アレルギーがある児でも、併存する湿疹をプロアクティブ療法などにより改善することで、IgE抗体を減らすことができたとの報告もある。湿疹が重症なほど皮膚のバリア機能が破壊され、経皮吸収量は多くなるので、湿疹のコントロールは大切だ。

 

なお、湿疹はアレルギーだけでなく、日常的な汚れや、赤ちゃん自身の尿や汗、唾液などに対しても一種のかぶれとして起こる。乳児は皮膚が薄く皮脂も少ないので、保湿をすることによって、そうした経皮的な侵入物を防ぐことが必要だ。

 

より早期に、新生児の段階から保湿をしっかりしていけば、経皮的な感作が起こらず食物アレルギーが予防できるかもしれないが、そうしたデータはまだない。これを証明するにも世界規模の長期にわたるデータが必要になるだろう。(談)

 

 


 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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