今冬はインフルエンザワクチンには頼れません!|特集◎いつもと違う! 今冬のインフルエンザ
【日経メディカルAナーシング Pick up!】
古川 湧=日経メディカル
■POINT
・A(H3)は卵馴化で抗原変異
・A(H3)流行でワクチン効かず
・ワクチン以外の予防徹底を
今シーズンはワクチン供給不足の懸念から、13歳以上では原則1回接種とするよう注意喚起されたことは記憶に新しい(別掲記事)。供給不足の理由は、今春からのワクチン株の選定と製造の過程で、使用するワクチン株を急きょ変更したためだ。
供給不足はなぜ起きた
使用するワクチン株はA(H1N1)pdm09型(AH1pdm09)、A香港(H3N2)型(A[H3])、B(山形系統)、B(ビクトリア系統)の4種類。ワクチン株は鶏卵で増えやすくする工程(卵馴化)をたどるが、近年特にA(H3)で、その工程で抗原変異が生じる問題が起こっている(図1)。
国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長の小田切孝人氏は、「ここ6~7年のA(H3)はこの傾向を示しており、今後も継続すると考えられる」と話す。
【図1】 卵馴化で生じるA(H3)型の抗原変異
実は近年、卵馴化による抗原変異を生じない「A/埼玉/103/2014(CEXP002)」というA(H3)ワクチン株(以下、埼玉株)が発見されていた。
埼玉株は発育鶏卵で20回継代しても抗原性の変化が少ない特殊なワクチン株で、昨シーズンのA(H3)ワクチン株「A/香港/4801/2014(X-263)」(以下、香港株)と比較しても、有効性の改善が期待された。
このような背景から、感染研は今年のワクチン株に埼玉株を選んでいた。世界的に頭を悩ませているA(H3)の抗原変異の問題を解決できるとして、国内外の専門家が注目していた。
ところが、埼玉株の製造効率は非常に悪いことがメーカーの報告で判明。埼玉株のまま製造を進めると、ワクチン供給量が昨年度比で7割程度に落ち込むと予想された。
流行シーズンを前にして、希望してもワクチン接種を受けられないケースが相当数発生し、社会的な混乱が生じる可能性が高いと判断されたことから、昨シーズンと同じ香港株に選定し直した結果、製造に遅れが生じた。
あるワクチンメーカーの関係者は「試験的に埼玉株の増殖を行った段階では例年と比べて2割減る程度の生産量だったため、問題はないと判断されて感染研からGOサインが出た」と話す。
しかし、実際の製造では、試験製造よりも後の工程である、ウイルスを分解するエーテル処理で問題が生じた。全てのメーカーが原因不明のウイルス収率低下に見舞われ、約3割まで収率が低下したという。
「エーテル処理での極端な収率低下は前例がない。メーカーだけでなく感染研にとっても想定外の出来事だった。国から承認を受けた製造工程を変更するわけにもいかず、メーカーとしては例年並みの生産量を確保するのは困難な状況になってしまった」と同関係者は明かす。
小田切氏は「香港株をワクチンに使用すると卵馴化の抗原変異によって効果が悪くなる。埼玉株は卵馴化の影響が少ない珍しいウイルスだったため残念な結果になった」と振り返る。
従って、今シーズン採用されたワクチン株は「A/シンガポール/GP1908/2015(IVR-180)」「A/香港/4801/2014(X-263)」「B/プーケット/3073/2013」「B/テキサス/2/2013」の4種類に決まった。
成人へのワクチン接種は1回で
厚生労働省は9月、「季節性インフルエンザワクチンの供給について」と題する通知を出した。今シーズンでは、13歳以上の者がワクチン接種を受ける際に、医師が特に必要と認める場合を除き、接種回数を原則1回にすることを求めている。
今シーズンでは、使用するワクチンの製造予定量が昨年度の使用量を下回っている。7月31日時点の製造見込み量は約2528万本(1mLを1本に換算)で、昨年度の使用量である2642万本より少ない。
ただし、厚生労働省の通知によると、13歳以上への1回接種の徹底などの対応が十分に講じられれば、昨年度と同等程度の接種者数を確保できる見込みだという。
各製薬企業が製造するインフルエンザHAワクチンの添付文書の用法および用量は、「1回またはおよそ1~4週間の間隔をおいて2回注射する」となっている。免疫のブースター効果を考慮すれば、2回接種した方がより高い効果が期待できると考えられるが、実際には1回接種でも問題はないようだ。
インフルエンザワクチン接種後の抗体価を利用して、1回接種と2回接種の有効性を比較した調査が国内で行われている(表A)。
その結果によると、成人では抗体保有率に有意差はないことが分かっている。
国立感染症研究所の小田切氏は「発症していなくとも、成人は毎年ウイルスに曝露しているため、ある程度の免疫は備わっている。接種回数が1回でも十分な効果が期待できる」と話す。
【表A】 インフルエンザワクチン接種前後の抗体保有率(%)
また、そもそも患者が2回接種しているケースは多くないようだ。感染研が2017年に公開した「年齢/年齢群別のインフルエンザ予防接種状況」によると、2回接種している者の割合は13歳で20%以下、14歳以上では10%以下になっている。
小田切氏は「地域によってはワクチンの供給が追いつかない可能性がある。13歳以上での1回接種を徹底してほしい」と話している。
ワクチン効果1割との報告も
しかし、問題は供給不足だけではない。A(H3)に関しては昨シーズンと同様の香港株が採用されることになったため、ワクチンを接種できたとしても、効果が見込めない可能性が高いのだ。
実際、海外では昨シーズンA(H3)の予防効果の有効性が低かったと報告されている。
米疾病対策センター(CDC)のデータによると、昨シーズンのA(H3)に対するワクチンの有効性は34%にとどまっている。欧州で行われた多施設共同研究による報告では、有効性は17%だった。
また、半年早くシーズンが来る南半球のオーストラリアでは、今年のワクチンの有効性はA(H3)に限ると10%しかなかった。
日本では6歳未満を対象とした検証が毎年行われており、A(H3)に対する昨シーズンの有効性は38%だった。ちなみに2015/16シーズンにも卵馴化の問題は抱えていたものの、A(H3)は流行しなかった(図2)。
当時の流行の主流はAH1pdm09であり、2015/16シーズンは6歳未満でのAH1pdm09に対する有効性は65%と高かった。
【図2】 ウイルス検出状況
今年もA(H3)流行の可能性
さらに、今シーズンは昨シーズンと同様にA(H3)が流行しそうだ。
東京大学医科学研究所感染症国際研究センター長の河岡義裕氏は「流行の主流になるウイルスは地域によって違うが、中国で今シーズンA(H3)が流行していることを考慮すると、日本でもA(H3)が流行する可能性はある」と推測する(河岡氏のインタビューは近日公開)。
インフルエンザの流行は、日本と中国とである程度の相関が見られる。
WHOが公開する世界の国・地域別インフルエンザ流行サーベイランス(Influenza updates)で確認した中国の流行状況と、感染研の公開しているインフルエンザ分離・検出状況を比較すると、どちらの国でも過去4年間にわたってAH1pdm09とA(H3)が交互に流行を繰り返していることが分かる(図3)。
また、中国のように日本と流行が相関する傾向は韓国やモンゴルでも確認できるが、米国や欧州では確認できない。
【図3】 中国と日本のインフルエンザ流行状況(WHOのInfluenza updatesと感染研のデータを用いて編集部作成)
交互に流行を繰り返すという経験則に立つなら、今シーズンの日本の流行の主流はAH1pdm09になるとも考えられる。しかし、中国においては昨シーズンに続いてA(H3)が主流になっている。
感染研が報告している今シーズンのインフルエンザ分離・検出状況を見ると、11月時点ではAH1pdm09とA(H3)はほぼ拮抗状態にある。現時点ではA(H3)が流行する可能性は十分にありそうだ。
ワクチン頼りにせず早期対策を
オーストラリアの保健省は、今年A(H3)が流行したことで死亡者数が例年と比べて増加し、その大半が高齢者だったと報告している。A(H3)では特に高齢者が重症化しやすいことが知られており、ワクチンの有効性が低かったため高齢者の死亡が増加したとみられる。
「患者がワクチンを打っていても重症化のリスクは存在するので、抗インフルエンザ薬を早めに投与するなどの対策が必要」と小田切氏は話す。
さらに、A(H3)が流行すると想定するなら、医療者の間でもワクチン以外による予防の徹底が重要になるだろう。例えば、抗インフルエンザ薬の予防投与がある(詳細は後日公開)。
国立がん研究センター中央病院感染症部長の岩田敏氏は「医療従事者は手洗いや咳エチケットなどの感染防御をきちん行い、体調が悪くなったら休むのが原則なので、基本的には抗インフルエンザ薬の予防投与は必要ない。
ただし、院内で医療従事者によるインフルエンザ拡大が疑われれば、患者だけでなく医療従事者も抗インフルエンザ薬予防投与の対象とした方がよい」と話す。
小田切氏も「ワクチンを打っている医療従事者でもA(H3)は予防できない可能性が高い。地域ごとのインフルエンザの定点報告を注視して、例年以上に感染防御に気を使うべきだ」と注意を促している。
A(H3)の抗原変異の問題は細胞培養ワクチンで解決
国内外の製薬企業が、発育鶏卵ではなく細胞で培養するワクチンの開発を進めている。ウイルスを細胞で培養するとウイルスの抗原性が変化しにくく、近年A(H3)で生じている卵順化による抗原変異の問題を解決できる。
使用する細胞はVero細胞(アフリカミドリザルの腎臓上皮細胞由来の細胞株)、MDCK細胞(イヌ腎臓尿細管上皮細胞由来の細胞株)、EB66細胞(アヒル幹細胞由来の細胞株)など様々。ワクチンの元になるウイルス株をこれら細胞に感染させて増やし、ワクチンに使用する。
しかし問題もある。そもそもウイルスが細胞内であまり増殖せず、従来の発育鶏卵を用いた製造方法よりも製造効率が落ちてしまうのだ。
米国ではProtein Sciences Corporation(PSC)が昆虫の細胞で増殖させる遺伝子組換えワクチン「Flublok」を開発したものの、米国の人口約3億人に対して当初の製造量は30万人分にとどまっている。
国内では、UMNファーマとアステラス製薬が共同事業として、PSCから技術導入を受けて遺伝子組換えワクチン「UMN-0502」(Flublokと同薬)を開発したが、医薬品医療機器総合機構(PMDA)の承認を得られず難航している。
この他、武田薬品工業が、細胞培養ワクチン「TAK-850」の開発をプロジェクトの再評価を理由に中止した。
細胞で培養するワクチンの実用化はまだ数年先と考えられているが、培養細胞でのウイルス増殖率を向上させる研究が行われている。
例えば、東京大学医科学研究所感染・免疫部門ウイルス感染分野特任准教授の渡邉登喜子氏が携わるワクチン製造用細胞株の開発がそれだ。培養細胞の遺伝子のうちノックダウンするとウイルスの増殖効率が10倍以上向上する遺伝子を特定した。
実際にそれらの遺伝子をノックダウンした培養細胞を作成したところ、ウイルスの増殖性向上を認めたという。
渡邉氏は「すぐに大量生産につなげられるわけではないが、今後はより高効率にウイルスを産生できる細胞株を作成して、製薬企業にも提供できるようにしていきたい」と話している。
【図A】 細胞培養ワクチンの課題
<掲載元>
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