新型コロナで変わったこと、変わらないこと【後編】
感染症対策
秋の気配とともに、新型コロナ2024夏の陣が収束しつつあります。
さて、前編では、新型コロナが感染対策にもたらした変化を取り上げましたが、後編では、新型コロナの流行によって、あらためてその重要性が浮き彫りになった変わらない原則に焦点を当てたいと思います。
変わらない原則【1】先手必勝の標準予防策
人から人にうつる感染症は、たいてい次のどれかに当てはまります。
- 1症状が現れる前から感染性がある
- 2症状が軽い・非特異的なために、受診・診断・隔離が遅れることがある
- 3無症状のままなのに感染性がある
- 4感染していても検査結果が陰性になることがある
- 5検査結果が判明するまでに数日以上がかかることがある
- 6検査が行われないことがある
- 7未知・未発生の感染症である
そのため、知らないうちに感染することがしばしば起こります。
例えば、COVID-19の感染可能期間は症状が出現する少し前に始まり(①)、感染性のピークにあたる発症後の3日間は症状が軽微なことがあり(②)、人にうつす可能性は低いと考えられているものの無症状のウイルス保有者が存在し(③)、検査をしても陽性とならない場合があります(④)。
COVID-19が病院や施設内でクラスターを起こしやすいのは、変異ウイルスの伝播性が強く、空気中の微粒子を介して伝播することに加えて、上記の性質があることも関連していると考えられます。
知らないうちに病院内で広がる感染症は、ほかにもあります。
RSウイルス感染症、百日咳、マイコプラズマ肺炎といった呼吸器感染症の多くは、風邪っぽい症状で始まるため、特に発症初期には無防備な状態で接してしまうことがあります。咳や微熱、倦怠感といった肺結核の症状にも、これといった特徴がないため、積極的に疑わなければ、診断や隔離が遅れることがあります(②)。
ノロウイルスやエンテロウイルスによる感染症では、症状消失後も長い間、便の中にウイルスが排泄されることが知られています(③)。B型肝炎、C型肝炎、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症には、検査陰性となりやすいウィンドウ期があります(④)。また、検査体制によっては、結果が判明するまでに数日以上を要します(⑤)。
薬剤耐性菌を保菌しているかどうかは検査を行わないと分かりませんが、すべての患者にスクリーニング検査をするのは現実的ではありませんし(⑥)、結果が出るまで通常は数日以上かかるうえ(⑤)、採取の仕方や部位によっては検出されないこともあります(④)。そして、未知・未発生の感染症によるパンデミックは、今後も起こると考えられています(⑦)。
病院は、こうした感染症や病原体を持つ人と、それをもらった場合に重症化しやすい人が混在している場所なので、知らずに起こる伝播を防ぐ対策、すなわち標準予防策を行う必要性が高い場所だと言えます。
水面下で広がってクラスターを引き起こすCOVID-19の流行は、標準予防策の重要性を再認識する機会になりましたが、感染対策が緩和されていく世の流れに乗ることなく、病院では常に、確実に実践することが求められています。
変わらない原則【2】飛沫を浴びそうなら目の防護
飛沫とは、会話や咳、くしゃみの際に、口や鼻から放出される微粒子のうち、水分を含んで重たいものを指します。放出された飛沫が、近くの正面にいる人の目や鼻、口にくっつくと、飛沫のなかの病原体が粘膜の細胞に侵入して感染が起こります。
飛沫でうつる感染症は、COVID-19以外にも、インフルエンザ、風疹、百日咳、ムンプス(流行性耳下腺炎)、マイコプラズマ肺炎、侵襲性髄膜炎菌感染症など、多岐にわたります。
ちなみに、感染症の感染経路は1つだけとは限りません。例えば、COVID-19は飛沫感染以外にも、空気中を漂う感染性微粒子を吸い込むことでうつりますし、汚染された環境面との接触でも稀にうつることがあります。インフルエンザやRSウイルス感染症も、COVID-19と同様の経路で伝播すると考えられています。
飛沫を顔に浴びそうな場面では、目・鼻・口を個人防護具で覆うと飛沫感染から身を守ることができます。
大事なポイントは、飛沫感染する感染症を疑っていてもいなくても、検査をしていてもいなくても、その結果が陽性でも陰性でも、この対策を行う(=粘膜曝露を防ぐ)ということ、つまり、標準予防策を行うということです。
COVID-19の流行によって、飛沫を顔に浴びる機会が臨床では意外にたくさんあることに多くの医療者が気付き、サージカルマスクに加えて、目の防護具も広く使われるようになりました。飛沫に対する目の防護は、診断されていないものも含めて、飛沫感染するあらゆる感染症の予防に役立ちますので、これからも続けたらよい対策の一つです。
変わらない原則【3】非日常を支えるのは日常の安全文化
ここまで標準予防策の重要性について述べました。標準予防策は、知られている感染の有無に関係なく、いつでも、どこでも、誰にでも、実践する必要がある基本的な感染対策です。
手指衛生を推奨される手順とタイミングで行うこと。個人防護具を使って血液・体液汚染を防ぐこと。これらは標準予防策を構成する主要な対策です。
手指衛生も個人防護具の着脱も行為自体は簡単ですが、自由意志をもつ大人である職員の大多数が、人が見ていても、見ていなくても、決まった手順に沿って標準予防策を実践する状態を24時間、365日維持するには、組織横断的かつ多面的な取り組みを評価・改善し続けなくてはなりません。そのために必要なものには、例えば、標準予防策に関する知識、使いやすいところに置かれた使いやすい物品や設備、実施状況のモニタリングやフィードバックがあります。
ただ、これらは車に例えると、ハンドルやタイヤといった部品です。部品がなければ車はできませんが、車を走らせ続けるには燃料が必要です。
この燃料が、組織の安全文化です。
安全文化とは、安全性の問題がすべてに優先するという価値観や行動様式が、組織の全構成員で共有されている状態を指します。幹部から現場の職員まで、標準予防策を病院の重要なミッションの一つとして推進することができれば、患者さんがどこでケアを受けようとも、職員がどこで働こうとも、感染が起こりにくい状態が維持されます。このような病院は、未知の感染症に対しても無防備ではありません。
そういう意味では、安全文化は堤防のようなものだとも言えますね。堤防は平時に時間をかけて建てるものです。それがある日訪れる危機から私たちを守ります。
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参考文献
- Heymann DL ed. Control of Communicable Diseases Manual: An Official Report of the American Public Health Association 21st Edition. (July 1, 2022)
- CDC. Isolation Precautions Guideline. (参照 2024-9-17)
- 日本医療・病院管理学会. 安全文化. (参照 2024-9-17)
板橋中央総合病院 院長補佐/感染対策相談支援事務所 所長坂本 史衣
聖路加看護大学(現:聖路加国際大学)卒業. 米国コロンビア大学公衆衛生大学院修了. 2003年より感染制御および疫学資格認定機構(CBIC)による認定資格(CIC)の認定資格を維持. 聖路加国際病院において医療関連感染予防・制御に約20年従事し、2023年11月より現職. 日本環境感染学会理事、厚生科学審議会感染症部会委員などを歴任. 主書に「感染対策60のQ&A」「感染対策40の鉄則」(いずれも医学書院)、「泣く子も黙る感染対策」(中外医学社)、「感染予防のためのサーベイランスQ&A」(日本看護協会出版会)、「基礎から学ぶ医療関連感染対策」(南江堂)など.(プロフィルイラスト:なんちゃってなーす)
看護roo!編集部 烏美紀子
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