今の自分は看護師として、尊敬するあの人に恥じないか?~3.11支援での忘れられない出会い
看護師・大学教員
あなたにとって、看護師としての自分の襟を正してくれる、尊敬する人は誰ですか?
Autumn passes and one remembers one's reverence.
――Yoko Ono
(秋が過ぎ、人は敬虔〈けいけん〉な気持ちを思い出す)
このエッセイも3回目になりましたが、変わらずオノ・ヨーコの言葉を引用します。
人生で秋と言えば、いわゆる盛りを過ぎたお年頃の人びとを思い出すかもしれません。
私も既にこの部類に属しているのですが、今回はこの人生の渋みではなく、敬虔な気持ちになる時について考えてみようと思います。
宗教信仰心に結び付けて考えられることが多い「敬虔」という言葉ですが、いくつかの辞書をひくと「深い尊敬と畏敬の念」「謙虚さと慎み深さ」といった意味も見えてきます。
私たち看護職が抱く敬虔な気持ちには、こういった意味合いがあるのではないでしょうか。
職種に関係なく医療職は、自身の身近な人以外の生死に関わる、という特殊性があります。
命が誕生する瞬間も、閉じる瞬間も、私たちは生命の営み自体が持つ厳かさに畏敬の念を持ち、その瞬間の体験者に対して深い尊敬の念を抱きます。
そして、それら全ての事象に同席することを許された第三者として慎み深く謙虚な気持ちを抱くのではないでしょうか。
このような敬虔な気持ちは、臨床だけで生じるものではないように思います。
今回は、私の臨床現場である災害が起きた後の地域で経験した、敬虔な気持ちについて触れようと思います。
東日本大震災での「こころのケア」活動
東日本大震災が発生した後、私は2011年3月14日からの宮城県・気仙沼での医療救護班活動を皮切りに、様々なプロジェクトに関わらせていただきました。
その1つが岩手県の陸前高田市消防団に対する精神保健および心理社会的支援でした。
精神保健および心理社会的支援というのは、いわゆる「こころのケア」です。
陸前高田市消防団は地震と津波により、50人以上の殉職者が出ました。
当時、消防団は津波が予想された際に水門を閉めに行くことが求められていたので、多くの団員さんは山に逃げるのではなく海に向かって行きました。
さらに、消防団という地域の方々から組成されているため、「この時間はXXさんの家のおばあちゃんは家のあの部屋でテレビを見ているはず」「YYさんの家のこどもはあの部屋にいるはず」という、どのGPSよりも正確な位置情報を持っていました。
ですので、自力で逃げることが難しい方の救助にも向かわれたこともあり、多くの方が亡くなられました。
様々なご縁がつながり、当時所属していた東京大学の精神保健の先生方と精神保健および心理社会的支援プロジェクトを実施することになり、私はマネジメントを担当することになりました。
私たち外部支援者のカウンターパートになってくださったのは、当時の消防分団長である大坂さんという方でした。
市内で写真館を営まれながら分団長を務めておられた大坂さんは、180センチはある長身で、野球で鍛えられた偉丈夫です。
大坂さんは私のことを「原田氏」と、必ず苗字で、しかも氏を添えて呼びました。
下の名前で呼ばれ慣れていた私は、大坂さんのこの呼び方は最初はなんだか自分以外の人が呼ばれている気がしていました。
当時はこころのケアの在り方は、現在ほど整理されておらず、避難所によっては「心のケアお断り」と張り紙がされる程、こころのケア自体が良く思われていませんでした。
さらには、地域の大学であればともかく、関東の名前だけはよく通っている大学のスタッフが行いますので、アウェイ感は大変なものです。
ですのでプロジェクトマネジャーの仕事は、できるだけ地域の方に怪しまれない・うさん臭く思われないためのご説明やご挨拶が大きな柱でした。
陸前高田市や大船渡市、岩手県といった行政へのご説明はもちろん、その時すでに稼働していた岩手県こころのケアセンターや、ハイリスクな団員さんの早期対応のために地域の精神科医療機関にもご理解を頂かなくてはなりません。
大坂さんがご自身の写真館のお仕事も忙しいはずなのに、できるだけ私に同席してくださったお陰で、これらの機関からは順調にご理解をいただくことができました。
このような説明の場でも、大坂さんは私のことを原田氏と呼ぶのです。
話を聞いてくださっている人たちは、「原田氏」という単語が出てくるたびに、少し不思議な顔になりました。
その顔を見ると、私は少し居心地の悪さを感じるのでした。
尊敬できる人との出会いで感じる「敬虔な気持ち」
ある日、栃ノ沢ベースと呼ばれる仮設店舗が幾つか並ぶスペースの一角にある、大坂さんの仮設の写真館で、いつものように大坂さんと向き合ってコーヒーをいただいていた時です。
「原田氏、次の挨拶が一番手強いと思う」と、煙草を吸いながらさらりと大坂さんが言いました。
「どなたでしょう?」と私が聞くと、「決まってるだろう。団員だよ」と。
関係各所には抜かりなく説明をしていたのですが、プロジェクトを受け入れる団員の皆さんにはまだ何も伝えておられなかったのです。
私は軽くパニックになりました。
ここまで段取りしておいて、団員さんに「そんなもの要らない!」と言われてしまったら、プロジェクトが空中分解することは目に見えているからです。
「いつご挨拶しに行きましょう?」と、まだ頓挫することが決定したわけではないからと自分に言い聞かせながら、大坂さんに伺いました。
煙草を3回ほど吸った後に「じゃあX日かな。昼過ぎに来てよ。いつも通り原田氏から説明して」とのお返事。
私は「わかりました」としかお返事できませんでした。
当日、写真館で待ち合わせをした大坂さんは分団長法被を着て私のことを待っていました。
その法被は綺麗に洗濯はしてあるのですが、津波の泥であちこちに取れない染みが残っていました。
大坂さんの運転する車に乗せてもらい、会場に着いた私は前回と違う意味でパニックになりかけました。
会場にはほぼ全ての在籍団員が法被を着てお待ちになっていたのです。行政から同席してくださったのも消防の方で、その方も制服です。
制服を着た男性集団に対して女性は私一人という、後にも先にも経験したことのない空間。
しかしお仕事はお仕事ですし、この方々に受け入れていただかないとプロジェクトは始めることさえままなりません。
言葉を選びながら、趣旨やこれからのプログラム等について説明を行いました。
緊張で声が裏返らないかにだけやたらと神経がいったことを覚えています。
私からの説明が終わり、質問もなく会場に静かな空気が流れました。
静かというより冷ややかに感じたのは、私の自信のなさから来ていたに違いありません。
「原田先生」
大坂さんはその厳かともいえる重い空気の中で立ち上がり、とても深く私に頭を下げられました。
「自分はこれ以上部下を失くしたくはありません。ですが医療者でもない自分には彼らを守ることはできないと思っています。
専門家として力を貸していただけるよう、分団長としてお願いします」
大きな大坂さんの身体から出た声は、体育館のような広い会場では反響しているように聞こえるくらいよく通りました。
自身の部下の経験をよくよく理解され、必要なことに対して躊躇なく頭を下げることができる大坂さん。
看護職という職務を通じて、尊敬できる人に出会い、関われることは本当に幸運なことだと感じた瞬間です。
「原田氏」という呼び方の理由は…?
プロジェクトが一区切りした翌年、ステージIVの肺がんが大坂さんに見つかりました。
会うたびに大坂さんは細くなり、着ている服のたるみが目立っていく中で、また2人で向き合ってコーヒーを飲む時間が訪れました。
もう聞けなくなってしまう時がすぐにやってくると感じた私は、大坂さんに私の呼び方の理由を尋ねました。
「原田氏は侍なんだよ。女とか看護師とか大学の先生とかじゃないんだよ。だから原田氏以外ないんだよ」
ご自身のご家族に加えて、多くの部下を一度に失くされるような経験をした大坂さん。
その中でも残った部下を守ることに全力で取り組んだ大坂さん。
そんな方に、いち個人としてありがたい評価をいただいた時ほど、私は謙虚な気持ちを強く感じたことはありません。
そして災害現場に伺う時にこの大坂さんの言葉を必ず思い出し、慎み深くあらねばと襟を正すのです。大坂さんに認めてもらえた時の私でいられているのか、行動できているのか。
きっと皆さんにも、そんな敬虔な気持ちを経験させてくれた患者さんや利用者さんがおられるのではないかなと思います。
あまり人には話しませんが、看護職には大切な気持ちです。
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岡山大学大学院ヘルスシステム統合科学学域 教授原田奈穂子
千葉市生まれ。1998年聖路加看護大学(現聖路加国際大学)を卒業後、聖路加国際病院と2次・3次救急の臨床に関わる。2005年、ペンシルバニア大学修士課程に進み、成人急性期ナースプラクティショナー課程を修めた後、ボストンカレッジ大学博士課程に進学。博士2年目の2011年春に東日本大震災が発生し、3月14日に帰国し災害医療支援に従事したことを契機に、国内外の人道支援と支援者支援について実践と研究に取り組む。現在は、2025年5月に東京で開催されるWADEM(世界災害救急医学会)2025の運営委員として、世界中の災害有識者を日本に招致し、災害時の医療と健康支援の更なる発展に繋げるべく準備に当たっている。
編集:横山かおり(看護roo!編集部)
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