知っておきたい「アトピー性皮膚炎」の歴史と治療
小児科医・アレルギー
『アトピー性皮膚炎』という病気の名前は、今では多くの人が知っています。しかし、この病名が決まってからまだ100年も経っていない、比較的新しいものなのです。
そして、アトピー性皮膚炎の治療法もさまざまな困難を乗り越えて、現在大きく進歩しています。
今回はアトピー性皮膚炎の歴史を振り返りながら、新しい治療薬についてもお話しします。
目次
「アトピー性皮膚炎」の病名のはじまり
まずは「アトピー性皮膚炎」という病名の歴史から見てみましょう。
1800年代の初め、ウィランとベイトマンが「Eczema(湿疹)」という用語を造語しました。1800年代半ばには、ウィルソンという医師が「porrigo larvalis(仮面様膿瘡)」と呼びました。そして1800年代後半に、ベスニエという医師が「prurigo diathesique(体質性のかゆみを伴う皮膚病)」と報告しました。
これらの皮膚の状態を描いた絵が残っており、現在のアトピー性皮膚炎によく似ています。
1923年にコカという医師が、「正常なアレルギー」と「異常なアレルギー」という考え方を提案しました。正常なアレルギーは接触皮膚炎のことで、異常なアレルギーの例として「アトピー」という言葉が使われ始めました。
しかし、この時点では「アトピー」は主に喘息や花粉症を指す言葉で、皮膚の病気としては認識されていませんでした。
そして1933年、ザルツバーガーという医師が皮膚炎にもこの考え方を広げ、初めて『アトピー性皮膚炎』という病名を提案しました1)。
アトピー治療に訪れた転機~ステロイド剤の応用
さて、1933年に初めて「アトピー性皮膚炎」という病名が提案されましたが、当時はまだ効果的な治療法がありませんでした。実は、アトピー性皮膚炎だけでなく、多くの病気の治療が難しい時代だったのです。
そんな中、1948年に大きな転機が訪れました。それが、ステロイド剤の治療への応用です。
ヘンチという医師が、関節リウマチの治療に初めてコルチゾールというステロイド剤を使用したのです。この発見がいかに画期的だったかは、ヘンチがわずか2年後の1950年にノーベル生理学・医学賞を受賞したことからもわかります2)。
ステロイド剤は、体内の過剰な炎症を抑える薬として広く使われるようになりました。炎症は私たちの体を正常に保つための防御機能ですが、時にこの炎症が行き過ぎてしまうことがあります。過剰な炎症は、さまざまな病気で起こります。例えば、先ほど述べた関節リウマチをはじめ、膠原病、そしてアトピー性皮膚炎などのアレルギー性の病気でも見られます。
ステロイド剤は、このような過剰な炎症を抑えるための薬なのです。
ステロイド外用薬の登場と「ステロイド忌避」
1948年にステロイドが初めて患者さんの治療に使われた後、日本では1953年に最初のステロイド外用薬が実用化されました3)。
そして、1970年代には薬局で買えるステロイド外用薬が登場し、1979年には効き目の強さが5段階に分かれた、現在使われているようなステロイド外用薬が出そろいました3)。
しかし、その時点ではまだ、ステロイド外用薬を上手に使う方法が十分に分かっていませんでした。
例えば、ステロイド外用薬を顔に毎日塗ることで副作用が問題になりました。「酒さ様皮膚炎」という、顔が赤くなる症状などの大きな問題が起こったのです。
このような混乱が大きくなってきた時期、1992年7月に一つの出来事がありました。有名なニュース番組でステロイド外用薬の特集が組まれ、有名なキャスターが「ステロイド外用薬は、最後の最後、ギリギリになるまで使ってはいけない薬だということが、よくお分かりになったと思います」と言ったのです4)
この番組が放送されて以降、ステロイドを強く避ける患者さん、いわゆる「ステロイド忌避」の人が増えました。その一方で、厳しい食事制限を勧める治療法が広がり、社会問題にまで発展していったのです。
「アトピービジネス」の混乱
ステロイドに対する不信感が広がる中、「アトピービジネス」と呼ばれる、アトピー性皮膚炎を商業的に利用する業者が増え、さらに大きな社会問題となりました5)。
例えば、2001年に「皮炎霜」、2004年に「桃源クリーム」という化粧品が販売されましたが、これらの製品には秘密裏に最も強力なステロイド剤の一つであるプロピオン酸クロベタゾールが含まれていたのです6)。
つまり、医師の処方なしで買える化粧品の中に、実は非常に強い作用を持つステロイド薬が入っているという、危険な状況が起きていたのです。
また、ステロイドを含まない市販外用薬として使われたブフェキサマク(商品名:アンダームなど)という薬が、2010年に製造中止になるということもありました。
この薬には、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)が含まれていました。NSAIDsは、一般的な解熱鎮痛薬によく使われている炎症を抑える成分です。しかし、ブフェキサマクを長期間使用すると、深刻な接触皮膚炎(薬が触れた部分に起こるアレルギー反応)を引き起こすことがわかったのです7)。
治療ガイドラインの誕生~治療法に新たな展開
こうした混乱の一方、2000年に大きな転機が訪れました。
この年、医療の専門家たちが集まる学会から、アトピー性皮膚炎の治療指針(ガイドライン)が初めて作られ、公表されたのです。
その中で注目されたのが「プロアクティブ療法」という方法です。これは、まず炎症をしっかり抑えるまでステロイド剤を使い、その後は間隔を空けて(例えば週に2回)定期的に塗ることで、症状が落ち着いた状態を保ちながら、ステロイド剤を安全に使っていく方法です。
さらに2003年には、タクロリムス軟膏という新しいタイプの薬が発売されました。これは免疫の働きを抑える薬(免疫抑制薬)で、ステロイド以外の選択肢として登場しました。
これらの新しい治療法の登場により、アトピー性皮膚炎の治療は急速に改善していきました。
「皮膚のバリア機能」に注目した予防法の発見!
私が医師になったのは1998年で、アレルギーを専門に学び始めたのは2002年ごろです。ちょうどそのころ、ガイドラインが出始めた時期でした。しかし、まだ治療方法について大きな混乱がある時期だったことを覚えています。多くの患者さんがステロイド剤を避けたがる中、「プロアクティブ療法」を広めていくための診療を続けていました。
このような治療を行う中で、2009年ごろ、私は一つのアイデアを思いつきました。
それは、プロアクティブ療法が、炎症のある皮膚にステロイド剤を使い、徐々に減量していって保湿剤だけにすることができるのであれば、まだ皮膚に炎症が起きていない新生児の時期から毎日保湿剤を塗ることで、アトピー性皮膚炎そのものの発症を予防できるのではないか、というものでした。
このアイデアが生まれた背景には、最新の研究成果がありました。
2006年に「フィラグリン」という、皮膚の防御機能を担う重要なタンパク質が発見されました8)。さらに2008年には、皮膚に炎症が起きると、それがアレルギー全体を悪化させる可能性があるという考え方が提案されました9)。
これらの発見により、皮膚の防御機能(バリア機能)に大きな注目が集まっていた時期だったのです。
2014年、私たちは重要な研究結果を発表することができました。この研究では、アトピー性皮膚炎になる可能性が高い赤ちゃん(生後1週間以内)に毎日保湿剤を塗ると、アトピー性皮膚炎を発症するリスクが30%減ることがわかりました10)。
食物アレルギーのリスク低減の可能性も
これは大きな発見でしたが、同時に、この方法では食物アレルギーの発症を同時に防ぐことはできないということもわかりました。
これらを受けて、アトピー性皮膚炎になってしまった子どもに対して、早い段階から「プロアクティブ療法」を行えば、アトピー性皮膚炎の悪化を防ぐだけでなく、食物アレルギーの発症も予防できるのではないか、というテーマが生まれました。
そして2023年、この考えに基づいた新しい研究結果が発表されました。早い段階でプロアクティブ療法を行うことで、卵アレルギーになるリスクを下げられる可能性があるというものです11)。
しかし、効果的であったプロアクティブ療法にも、課題も見つかってきました。たとえば、発症早期にプロアクティブ療法を行った子どもの中には、もしかすると体重増加しにくくなるのではないかという懸念も示されたのです11)。
これらの結果から、プロアクティブ療法の限界が見えてきました。研究者たちは「さらに治療方法を改良していく必要がある」と考え始めたのです。
新薬の登場で広がる、アトピー性皮膚炎の治療の選択肢
2020年から2021年にかけて、アトピー性皮膚炎の治療に革新をもたらす新しいタイプの抗炎症薬が登場してきました。
治療の手段が少なかったアトピー性皮膚炎に対し、多くの医療者の長年の研究と臨床試験が実を結び始めたのです。
これらの薬は、1970年代に登場した非ステロイド系の抗炎症薬とは全く異なる仕組みで炎症を抑える、画期的な新薬です。
これらの新薬は、体の中の特定の物質の働きを抑えることで炎症を抑制します。例えば、「JAK阻害薬デルゴシチニブ軟膏(商品名:コレクチム軟膏)」や「PDE4阻害薬ジファミラスト軟膏(商品名:モイゼルト軟膏)」がこれにあたります12)13)。これらの薬は、皮膚に直接塗る外用薬として使用されます。
さらに、2018年からは、体全体に作用する新しいタイプの治療薬も登場しました。これらには、生体内の働きを模倣して作られた薬で、体の免疫システムに直接働きかける「生物学的製剤」、飲み薬として皮膚に作用する「内服JAK阻害薬」があります。
ステロイド外用薬が第一選択薬のひとつであることはかわりませんが、これらの新しい薬により、現在ではアトピー性皮膚炎の治療の選択肢が大きく増えています。
今までは数少ない抗炎症薬をどのように工夫して活用していくかというような状況だったのが、それらの新規の外用JAK阻害薬、外用PDE4阻害薬、全身治療薬なども使えるようになり、今、アトピー性皮膚炎の治療が大きく進歩しようとしています。
ありふれた疾患も、いつの間にか大きな発展をしていることが少なくありません。そして、そこには多くの先人達の積み上げてきた歴史があります。これらの歴史を踏まえ、アトピー性皮膚炎の治療をアップデートし、患者さんへの情報提供をすすめていくことができればと思っています。
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参考文献
- 1)皮膚アレルギーフロンティア 17(1): 42-62, 2019.
- 2)Burns CM. The History of Cortisone Discovery and Development. Rheum Dis Clin North Am 2016; 42:1-14, vii.
- 3)ステロイド外用剤の基本:服薬指導に役立つ皮膚外用剤の基礎知識 No.3:基本・使用方法・服薬指導(2024年9月23日アクセス)
- 4)医学会新聞:[第3回]ステロイド忌避の患者への指導(2024年9月23日アクセス)
- 5) 竹原 和彦 :アトピー・ビジネス (文春新書 111)
- 6) 厚生労働省:医薬品成分(副腎皮質ステロイド)が検出された外用剤について(2024年9月23日アクセス)
- 7)小方 冬樹. 【皮膚疾患薬物療法update】非ステロイド系抗炎症薬(NSAID). Derma. 2008:109-15.
- 8)Smith FJ, Irvine AD, Terron-Kwiatkowski A, Sandilands A, Campbell LE, Zhao Y, et al. Loss-of-function mutations in the gene encoding filaggrin cause ichthyosis vulgaris. Nat Genet 2006; 38:337-42.
- 9)Lack G. Epidemiologic risks for food allergy. J Allergy Clin Immunol 2008; 121:1331-6.
- 10)Horimukai K, Morita K, Narita M, Kondo M, Kitazawa H, Nozaki M, et al. Application of moisturizer to neonates prevents development of atopic dermatitis. J Allergy Clin Immunol 2014; 134:824-30.e6.
- 11)Yamamoto-Hanada K, Kobayashi T, Mikami M, Williams HC, Saito H, Saito-Abe M, et al. Enhanced early skin treatment for atopic dermatitis in infants reduces food allergy. J Allergy Clin Immunol 2023; 152:126-35.
- 12)Nakagawa H, Nemoto O, Igarashi A, Saeki H, Kabashima K, Oda M, et al. Delgocitinib ointment in pediatric patients with atopic dermatitis: A phase 3, randomized, double-blind, vehicle-controlled study and a subsequent open-label, long-term study. J Am Acad Dermatol 2021; 85:854-62.
- 13)Saeki H, Ito K, Yokota D, Tsubouchi H. Difamilast ointment in adult patients with atopic dermatitis: A phase 3 randomized, double-blind, vehicle-controlled trial. J Am Acad Dermatol 2022; 86:607-14.
東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科 助教堀向健太
1998年、鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科助教。
毎日新聞医療プレミア、Yahoo!個人オーサー(2020年MVA受賞)、ブログ「小児アレルギー科医に備忘録」、Newspicsプロピッカー、音声ラジオVoicy、note、Twitter、Instagramなどで情報発信。著作に『マンガでわかる! 子どものアトピー性皮膚炎のケア(内外出版)』『ほむほむ先生の小児アレルギー教室(丸善出版)』『小児のギモンとエビデンス ほむほむ先生と考える 臨床の「なぜ?」「どうして?(じほう)』など。
編集:烏美紀子(看護roo!編集部)
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