マイコプラズマ肺炎【疾患解説編】|気をつけておきたい季節の疾患【7】
来院された患者さんの疾患を見て季節を感じる…なんて経験ありませんか?
本連載では、その時期・季節特有の疾患について、治療法や必要な検査、注意点などを解説します。また、ナースであれば知っておいてほしいポイントや、その疾患の患者さんについて注意しておくべき点などについても合わせて解説していきます。
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小谷祐樹
日本赤十字社和歌山医療センター集中治療部
〈目次〉
マイコプラズマ肺炎ってどんな疾患?
マイコプラズマ肺炎は、その名の通り、肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)という細菌が起こす肺炎です。
肺炎は大きく市中肺炎と院内肺炎に分かれます。市中肺炎は、病院の外で日常生活を送っていた人に起きた肺炎のことです。市中肺炎はさらに、肺炎を起こす原因微生物によって、細菌性肺炎と非定型肺炎に分かれます(図1)。
マイコプラズマ肺炎は、市中肺炎の中の非定型肺炎に入ります。後ほど述べますが、細菌性肺炎と非定型肺炎は、有効な抗菌薬が異なります。つまり、細菌性肺炎に効果のある抗菌薬は、マイコプラズマ肺炎に使用しても効果がない場合があります。
マイコプラズマ肺炎は、すべての年齢の人に起こり得る疾患ですが、もともと大きな既往のない小児や若年成人に多いのが特徴です。また、飛沫感染や接触感染により感染します。潜伏期間は2〜3週間と長く、家族内や学校のような濃厚接触のある集団内で流行が起こります。日本でも以前は4年ごと(ちょうど夏季オリンピックのある年)に大流行しました。
マイコプラズマ肺炎は、感染症法により五類感染症に指定されています。定点把握疾患であり、全国の基幹定点から毎週発生数の報告がなされています。
病態としては、肺炎マイコプラズマという細菌が直接肺を傷つけると同時に、患者自身の免疫が強く反応して炎症が起こることで、さまざまな症状が出現します。
マイコプラズマ肺炎の問診・診断
問診
マイコプラズマ肺炎の問診では、好発年齢(小児、若年成人)との接触の有無、周囲での流行状況を聴取することは重要です。また、細菌性肺炎に使われる抗菌薬は、マイコプラズマ肺炎には無効なことがあるため、「抗菌薬を飲んだのによくならない」という病歴は有用です。
症状
2~3週間の潜伏期間の後、頭痛、発熱や倦怠感といった全身症状とともに、咽頭痛、鼻汁、咳といった呼吸器症状が発症します。「肺炎」と名前がついていますが、一般的な細菌性肺炎と違って、膿性痰がないのが特徴です。また、細菌性肺炎ではよく聴取されるラ音も、マイコプラズマ肺炎では多くの場合ないか、あっても軽微です。咳については、発熱などほかの症状が治まった後も長く(3~4週間)残ることがあり、「頑固な咳が取れない」ことを主訴に病院を受診する患者もいます。
血液検査
白血球数は、ほとんどの症例で正常範囲内です。血小板は増加することはあっても、低下することはほとんどありません。CRPはやや上昇があり、赤沈が亢進します。
マイコプラズマ肺炎の確定診断には、マイコプラズマ核酸同定検査(LAMP法)が優れています。LAMP法の検体は、咽頭拭い液と喀痰のどちらかになります。血清抗体価検査は、症状があるときの血清だけでなく、症状が改善してからの血清との変動を見る必要があり、確定診断できない症例があるのが問題です。
画像検査
マイコプラズマ肺炎に特徴的な胸部X線所見はありません。肺野に陰影がないこともあります。細菌性肺炎のような大葉性肺炎ではなく、淡い浸潤影を示す場合があります。
合併症
マイコプラズマ肺炎には、いろいろな合併症が報告されています。髄膜炎や脳炎、ギラン・バレー症候群といった中枢神経合併症や、皮疹などの皮膚合併症は小児に多い合併症です。
一方、肝機能異常や消化器症状(下痢、嘔吐)は成人に多いとされています。頻度こそ少ないですが、中枢神経合併症がある症例では予後は悪く、死亡例や重篤な後遺症を残す例が報告されています。
鑑別診断
発熱、呼吸器症状で受診するため、細菌性肺炎やほかの非定型肺炎(クラミジア肺炎やレジオネラ肺炎)、ウイルス感染症(インフルエンザ、ライノウイルスなど)が鑑別に上がります。長引く咳を起こすものとしては、百日咳、喘息、胃食道逆流症(GERD)、感染後咳嗽などがあります。
ここまで述べてきたように、マイコプラズマ肺炎は、細菌性肺炎の特徴を持たない「非定型肺炎」であることに加えて、これまでの経過や周囲の流行状況から、総合的に診断することになります。
マイコプラズマ肺炎の処置・治療法
一般的に市中肺炎の重症度分類として、A-DROPシステム(図2)が知られています。
図2肺炎の重症度分類と治療場所の決定(A-DROPシステム)
A-DROPシステムでは、以下の5つのポイントに着目して、肺炎の重症度と治療の場を選択します。
これらの5項目をそれぞれ1点として、合計点数から判定します。重症度を評価した上で、治療に移ります。
マイコプラズマ肺炎の治療の中心は抗菌薬です。小児、成人ともにマクロライド系抗菌薬が第一選択になります。治療期間は7~10日が目安とされています。外来通院可能な軽症例では内服薬、入院加療を要する患者には点滴静注が勧められています。テトラサイクリンやキノロン系抗菌薬もマイコプラズマ肺炎には有効ですが、妊婦と小児への投与は禁忌です。また、細菌性肺炎によく用いられる抗菌薬(βラクタム系抗菌薬)は、マイコプラズマ肺炎には無効なので、注意が必要です。咳や喘鳴を伴う患者には、去痰薬や気管支拡張薬、鎮咳薬を併用することがあります。
マイコプラズマ肺炎は、もともと健康な若年者の発症が多いこともあって、重症化する例は少なく、予後は良好です。
マイコプラズマ肺炎の予防、感染対策
予防
現在のところ、マイコプラズマ肺炎の有効な予防法はありません。また、マイコプラズマ肺炎に対するワクチンもありません。
感染対策
マイコプラズマ肺炎は飛沫感染します。咳やくしゃみ、会話などによって放出した飛沫(5 μm以上)に肺炎マイコプラズマという細菌が含まれていて、これを吸ったほかの人に感染が広がっていきます。
従って、マイコプラズマ肺炎の患者が入院した際には、標準予防策に追加して、以下の飛沫予防策が必要になります。
【飛沫予防策】
- マスク:患者の1m以内で働く時は、サージカルマスクを着ける。
- 患者配置:個室隔離あるいは集団隔離あるいは、1m以上離す。
- 患者移送:制限する。必要な場合は、マスクを着用する。
感染拡大防止という意味では、小児から若年成人に多いマイコプラズマ肺炎は、診断を受けた後、通学してよいかどうかという問題が生じます。
感染症による出席停止期間については、学校保健安全法で定められています。すべての感染症は第一種、第二種、第三種に分けられています。マイコプラズマ肺炎は第三種に含まれており、第三種は「症状により学校医その他の医師において感染の恐れがないと認めるまで」とされています。マイコプラズマ肺炎では、医師の判断で、発症してすぐの急性期には出席停止となることがありますが、症状が落ち着いてくると、登校できるようになることがほとんどです。
市中肺炎の中でも非定型肺炎であるマイコプラズマ肺炎では、有効な抗菌薬が細菌性肺炎とは違うため、その特徴を理解しておくことが大切です。一般的な肺炎「らしくない」ところが、逆にマイコプラズマ肺炎「らしい」とも言えます。
疾患そのものとしては重症化する例が少ないですが、飛沫感染し、集団感染の事例も多いため、標準予防策に加えて、飛沫予防策を確実に行うことが必要です。また、一般的な感染対策として手洗い、うがいは、医療者だけでなく、患者やその周囲の人にも徹底するよう指導することが大切です。
[参考文献]
- (1)UpToDate.Mycoplasma pneumoniae infection in adults. (2017年3月閲覧)
- (2)UpToDate.Mycoplasma pneumoniae infection in children.(2017年3月閲覧)
- (3)日本マイコプラズマ学会.肺炎マイコプラズマ肺炎に対する治療指針.(2017年3月閲覧)
- (4)日本呼吸器学会市中肺炎診療ガイドライン作成委員会.成人市中肺炎診療ガイドライン2007.日本呼吸器学会.
- (5)矢野邦夫 ほか訳編.医療現場における隔離予防策のためのCDCガイドライン.大阪,メディカ出版.2007,214p.
[監 修]
辻本登志英
日本赤十字社和歌山医療センター 集中治療部長 救急部副部長
芝田里花
日本赤十字社和歌山医療センター 副看護部長 救命救急センター看護師長
[Design]
高瀬羽衣子