虚血性心疾患の心電図|各疾患の心電図の特徴(1)
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今回は、虚血性心疾患の心電図について解説します。
田中喜美夫
田中循環器内科クリニック院長
〈目次〉
- 虚血性心疾患とは何か
- 冠動脈とは何か
- 冠動脈の通過障害はなぜ生ずるか
- 狭心症と心筋梗塞はどう違うか
- 急性冠症候群とは何か
- 急性心筋梗塞の心電図変化は
- 狭心症、内膜下梗塞(非ST上昇型心筋梗塞)の心電図変化は
- 症状、検査所見は
- 注意点は
- 冠攣縮狭心症・異型狭心症
虚血性心疾患とは何か
虚血性心疾患(ischemic heart disease:IHD)とは、心筋に動脈血を送る冠動脈の通過障害によって、心筋障害をきたす心疾患の総称です。
冠動脈とは何か
大動脈の基部から心臓に分布する動脈で、右冠動脈は右室と主に左室の下側、左冠動脈は2本に分かれ、前下行枝は左室前および左側、回旋枝が左側と後側に分布します(図1)。
冠動脈の通過障害はなぜ生ずるか
大きく分けて、動脈硬化によって血管内部に粥腫というゴミがたまって血流を障害する場合と、攣縮(スパスム)といって血管の痙攣で一過性に血管の中が細くなって血流が悪くなる場合があります。ただし、スパスムも背景に動脈硬化がある場合が多いといわれています。
粥腫のことをプラーク(plaque)といいますが、よいプラークと悪いプラークがあります。よいプラークは安定プラークといって、ゴムのような線維成分が多くゆっくり進行して血管内は少しずつ狭くなります。
一方、悪いプラークは不安定プラークとよび、粥腫のなかに油の塊が入っていて、これが血管内で破綻すると中味が血液に露出されて血栓ができてしまいます。血管の中でやわらかいニキビが自壊するようなものです。これに対して安定プラークはイボみたいなものです。
まとめると、冠動脈の血流が障害される原因は、いずれも動脈硬化が背景ですが、大きく分けて3つあります(図2)。
- 安定プラーク:徐々に硬い粥腫が大きくなり内腔を狭窄
- 不安定プラーク:やわらかい粥腫で、ときに破裂して血栓をつくる
- スパスム:一過性の痙攣で内腔が狭窄、閉塞する。
狭心症と心筋梗塞はどう違うか
心筋梗塞(myocardial infarction:MI)は、血流障害によって心筋がダメんなった状態で医学用語では壊死(えし)といいます。脳細胞もそうですが心筋細胞は、皮膚の細胞などと異なり一度壊死すると再生しない組織です。
突然、冠動脈が閉塞するとその灌流域心筋壊死をきたし、急性心筋梗塞(acute myocardial infarction:AMI)といいます。壊死が完成して固定した状態が陳旧性心筋梗塞(old MI:OMI)です。
一方、狭心症(angina pectoris:AP)は、血流不足はあっても心筋は壊死していない状態で、血流が改善すれば、組織は正常に回復します。
心筋梗塞は不可逆性(もとに戻れない状態)、狭心症は可逆性といえます(図3)。
急性冠症候群とは何か
不安定プラークが血管内で破裂すると、血管内に組織が露出して急速に血栓ができてしまいます。心筋には急激な血流低下が起こり、重大な虚血をきたします。これが急性冠症候群(acute coronary syndrome:ACS)です。
一方、安定プラークが徐々に増加して内腔が狭くなっていった場合は、運動や興奮状態など、心室筋の酸素需要が高まったときだけ虚血をきたし、安静やニトログリセリン投与によって回復します。これを安定狭心症(stable angina:SAP)または労作性狭心症(effort angina)といいます。
つまり、両者の差は、本質的にはプラークの性状の違いです。急性冠症候群は安定狭心症に比べて、突然の発症、急激かつ重大な虚血ですので、突然死や不整脈、心不全といった重大な合併症をきたす危険が高く、緊急対応が必要です。
急性冠症候群のうち血流の完全途絶つまり血管閉塞をきたすものは、通常ST上昇を伴うので、ST上昇型心筋梗塞(ST elevation myocardial infarction:ATEMI)と、冠動脈は亜閉塞でわずかでも血流があるため心筋は貫壁性の虚血はきたしていない、つまり心電図上はST上昇を認めない非ST上昇型があります。
非ST上昇型も内膜に非可逆性の壊死をきたす(ST低下が固定した)非ST上昇型心筋梗塞(non ST elevation myocardial infarction:NSTEMI)と、まだ壊死が確定していない不安定狭心症(unstable AP:UAP)がありますが、NSTEMIとUAPは鑑別が困難なのが現状です。
早い段階での心筋壊死を反映するトロポニンTが陽性ならNSTEMI、陰性ならUAPとしますが、測定時期や感度などの問題があり、現実的には両者は同等に扱います。
急性心筋梗塞の心電図変化は
冠動脈が突然閉塞すると、その灌流域の心筋に貫壁性(内膜側から外膜側まで全域)の虚血をきたします。心電図ではその領域を反映する誘導で次のような変化をきたします(図4)。
図4急性心筋梗塞の心電図の経時的変化
<発症直後>超急性期T波
↓
<数分~数時間>ST上昇(他の誘導でST低下がみられる:reciprocal change)
↓
<数時間~12時間>ST上昇の誘導に異常Q波が出現し深くなる
↓
<12時間~数日>STが基線に戻り、二相性T波から冠性T波が出現
↓
<数日~1年>冠性T波は陽性に戻るが、異常Q波は残る
ポイントはかぎられた誘導にST上昇+異常Q波、別の誘導にST低下が見られることです。
冠動脈スパスムでも、強いスパスムによって完全閉塞になれば、ST上昇をきたし、異型狭心症(variant angina pectoris:VAP)といいます。通常一過性で、長時間持続することはなく、したがって異常Q波が出現することはまれです。
では、虚血部位と誘導の関係を見てみましょう(図5)。
(左室)前壁中隔(antero‐septal)
左室前面と心室中隔、左冠動脈の前下行枝の閉塞が原因です。V1~V4のST上昇と異常Q波が見られ、Ⅱ誘導、Ⅲ誘導、aVFでST低下が見られます。
(左室)側壁(lateral)
左室の左外側で、前下行枝の分枝(対角枝)や回旋枝の分枝(鈍縁枝)閉塞で、左外側方向の誘導、Ⅰ誘導、aVL、V5、V6にST上昇と異常Q波が見られます。前下行枝が近位で閉塞した場合、前壁中隔+側壁梗塞の所見が見られます。これを広範囲前壁梗塞とよびます。
(左室)下壁(inferior)
これは心臓の横隔膜の上、左室の底部です。主に右冠動脈の閉塞が原因です。下方向を反映するⅡ誘導、Ⅲ誘導、aVFでST上昇とQ波が見られ、Ⅰ誘導、aVL、胸部誘導でST低下(reciprocalchange)が見られます。
(左室)後壁(posterior)
左室の後側つまり前壁の裏側なので、ST上昇が見られない心筋梗塞です。対側(鏡面)変化として、V1、V2のST低下と、後壁のQ波を反映するV1、V2のR波の増高が特徴です。多くは、回旋枝の分枝閉塞です。
右室梗塞(RV)
右冠動脈の近位の閉塞で右室梗塞が起こります。通常の誘導では判定できず、V3~V5を左右対称に右胸部から記録したV3R~V5RのST上昇で診断します(図6)。
以上の変化が冠動脈の灌流域に応じて組み合わせで出現します。
心筋梗塞の部位とST上昇・異常Q出現の誘導は、以下のとおりです(表1参照)。
- 前壁中隔:V1~V4
- 側壁:Ⅰ誘導、aVL、V5、V6
- 下壁:Ⅱ誘導、Ⅲ誘導、aVF
- 後壁:V1、V2のR波増高,ST低下,T波増高
- 右室:V3R~V5RでのST上昇
狭心症、内膜下梗塞(非ST上昇型心筋梗塞)の心電図変化は
心筋の貫壁性虚血がない場合は、ST低下、陰性T波、まれに胸部誘導の陰性U波が見られます。安定(労作性)狭心症であれば発作時だけ出現し、発作の消失とともに心電図変化は正常化します。これは冠動脈攣縮(スパスム)も同様で、完全閉塞でなければ発作時のST低下、発作が改善すれば心電図変化が回復します。
不安定狭心症や高度狭窄によって、心室の内膜側のみ梗塞(壊死)をきたすと、症状が消失してもST低下、陰性T波が持続します。これを心内膜下梗塞または非ST上昇型心筋梗塞といいます(図7)。
狭心症はST低下の誘導から虚血部位を判定することはできません。どの領域の虚血もⅡ誘導、Ⅲ誘導、aVF、V5、V6でSTが低下することが多いからです。部位診断はST上昇の場合、つまり貫壁性虚血の場合だけです。
症状、検査所見は
虚血性心疾患は、胸痛がメインの症状ですが、狭心症では発作時のみ、急性心筋梗塞では胸痛が持続し、一般に強い胸痛で、冷汗、バイタルサイン異常をきたすなど重症です。心窩部痛や肩、歯の痛みとして出現する場合もあり、また高齢者や糖尿病患者などでは症状が出にくい場合もあります(表2参照)。
狭心症は発作時の心電図変化と症状で診断します。診断のために心臓に負荷をかけて心電図変化をチェックすることもあります。急性冠症候群では、程度によって心電図変化が持続するとともに、心筋逸脱酵素の上昇(トロポニンT陽性、CPK上昇)、白血球増加などの血液検査異常が出現します。
注意点は
現在は多くの施設でカテーテルを用いた冠動脈造影と冠動脈形成術(percutaneous coronary intervention:PCI)ができるようになって、病変の部位、性状が判定できるようになっていますが、閉塞、狭窄部位がどの冠動脈か、その上流か下流か、安定狭心症か急性冠症候群か、などによって重症度が違います。
急性冠症候群、とくに急性心筋梗塞と判断すれば、とにかくドクターコール。
バイタルサインのチェックをして、不整脈に備えてモニター心電図と除細動器の準備します。静脈確保、酸素投与、血圧が保たれていれば効果がなくても一応ニトログリセリン類の投与(舌下、スプレー、ときに点滴)、除痛のためのモルヒネなども用意します。これらの処置を素早く行うため、1人で行わずに応援をよびましょう。
虚血性心疾患にはあらゆる不整脈が合併します
上室期外収縮~心房細動、心室性期外収縮~心室細動、洞性徐脈、房室ブロック~心静止など、ほとんどの不整脈が出現する可能性があると考えましょう。重症度に応じてICU、CCUでのモニター管理、すぐに除細動やペーシングができる体制が必要です。
安定狭心症より急性冠症候群、治療後よりも治療前に注意しましょう
もちろん、安定狭心症でも危険な不整脈が出現しますが、心筋がより不安定になっている急性冠症候群のほうが致死性不整脈に至る危険が高いので注意しましょう(図8)。
また、同じ虚血性心疾患でも狭窄や閉塞が未治療の場合のほうが、虚血の悪化や壊死範囲の拡大によって重症不整脈をきたすことが多いのでより注意が必要です。
上室性より心室性不整脈に気を使いましょう
心臓のポンプ機能は心室が担っています。心室で起こる期外収縮は心室頻拍、心室細動の引き金になります。心室性期外収縮は幅の広いQRS波です。この幅広QRS波の増加、連発、形の変化(多源性)、R on Tにはとくに注意してください。
徐脈に気をつけましょう
とくに右冠動脈は洞結節への動脈や、房室結節への動脈を分枝していて、洞性徐脈、房室ブロックをきたすことが多く、また、下壁・後壁の虚血から反射性の徐脈をきたすことがあります。下壁・後壁の虚血では、とくに徐脈への注意が必要です。
冠攣縮狭心症・異型狭心症
基本的に発作時にST低下をきたすのは安定(労作性)狭心症と同じですが、攣縮が強く起こると冠動脈が閉塞して貫壁性虚血となり、ST上昇を認めます(異型狭心症)。
通常は粥腫による狭窄がないかごく軽度で、攣縮が生じたときだけ、冠血流が低下し、発作を生じます。
冠攣縮狭心症・異型狭心症の心電図の特徴は次のとおりです(図9)。
- 安静時狭心症:夜間、とくに明け方に多い。
- アルコールや喫煙など、誘発因子がある場合もある。
- 胸痛発作とともにST低下、陰性T波、ときに陰性U波を認めることがある。
- 貫壁性虚血になるとST上昇を認める(異型狭心症)。
- ニトログリセリンなどの投与で、胸痛発作、心電図変化が回復するが、異型狭心症の場合、冠血流の回復とともに心室細動など致死性不整脈が出現することがある。
発作時の対策としては、ニトログリセリン類の投与(舌下、スプレー、ときに点滴)、安静、酸素投与が基本です。モニター心電図は、回復時に致死性不整脈が出現することを頭に入れ、注意深く観察します。除細動器の準備もしておきます。
[次回]
左室機能不全・拡張型心筋症の心電図|各疾患の心電図の特徴(2)
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『アクティブ心電図』 (著者)田中喜美夫/2014年3月刊行/ サイオ出版