食道・胃・小腸・胆嚢・膵臓の仕組み|食べる(3)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、消化器系についてのお話の3回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、身体を冒険中のナスカ。消化酵素による分解の仕組みについて知りました。
今回は、食道・胃・小腸・胆嚢・膵臓の仕組みの世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
消化器系の概観
自然界のなかで、人間ほど雑食な動物はいません。野菜も果物も魚も、ほかの動物の肉だって、食べます。その雑食を支えているのは消化器系です。消化器系は、からだを貫く1本の管である消化管と、それに付随している唾液腺、肝臓や胆嚢、膵臓などの器官を指します(図1)。
図1消化器系の概観
食物はまず、歯で噛み砕かれ、舌で味わわれ、口腔を通って咽頭から食道へと入っていきます。さらに、胃で撹拌(かくはん)され、小腸で吸収され、大腸で便となり、肛門から排泄されます。
全長約9mに及ぶ消化管は、一見すると身体の中にあるようですが、解剖学的には身体の外です。つまり、口の端からストッキングのようにくるくると丸めて裏返せたとしたら、内側だったと思っていたものが、外側にもなる構造です。
食物の流れ
では、口から入った食物がどのような過程を経て、消化管の中をたどっていくのか、順を追ってみていきましょう。まずは口の中から、です(図2)。
図2舌の構造
先生、このザラザラした感触は……
人間の舌よ
舌?
ザラザラしているのは舌乳頭(ぜつにゅうとう)という小さなでっぱりが たくさんあるから。味を感じる味蕾(みらい)という細胞は、この舌乳頭の一部についているの。ちなみに、脊椎動物の舌はすべて、骨格筋のかたまりでできてるの。その気になればけっこう、自由に動かせるし、牛タンなん て、コリコリしてるでしょ?
口の中(図3)
口に入った食物はまず歯で噛み砕かれ、咀嚼(そしゃく)されます。咀嚼は単純な運動のように見えますが、形の異なる歯が、それぞれ別の働きをしながら連携して、食物を細かくしています。前歯は「ノミ」のような形で、食物を噛みきり、犬歯は食物を引き裂き、臼のように平らな臼歯は、食物をすりつぶします。
図3口腔内の構造
こうして咀嚼している間、口の中にある唾液腺から唾液が分泌されます。唾液のほとんどは、食物をやわらかくし、噛み砕きやすくするための水分です。消化酵素のアミラーゼが含まれていて、デンプンを分解してくれます。
唾液にはその他にも、リゾチームなどの酵素や粘液が含まれています。粘液によって唾液は粘っこくなり、これでおおわれた食物の表面は滑らかになって、スムーズに食物を飲み込むことができます。
咽頭から食道へ
噛み砕かれた食物は、嚥下運動(図4)によって咽頭から食道へ流れていきます。
図4咽頭と喉頭
咽頭は消化器であると同時に呼吸器でもありますが、食物が通るときは喉頭蓋が気道の入り口を塞ぐため、食物が気道を流れることはありません。食道は、その蠕動(ぜんどう)運動によって食物を胃へと運びます(図5)。
図5食道の蠕動運動
胃の中
食道を下りていくと、大きな空洞にぶつかります。この空洞が胃です。胃は食物を一時的に貯え、撹拌(かくはん)して粥状(じゅくじょう)にします。
食物が胃に下りてくると、胃壁は蠕動(ぜんどう)運動を開始し、胃液を分泌します。胃液には消化酵素のペプシノゲンが含まれ、ペプシノゲンは同時に分泌される胃酸(pH1.0~2.5の塩酸)によって活性化されてペプシンとなり、そのペプシンが、タンパク質をペプチドに分解していきます。また、胃酸はその強い酸性によって、食物を殺菌します(図6)。
図6胃の消化酵素の分泌
強力な胃酸と消化酵素は、胃壁そのものも消化し、溶かしてしまうおそれがあるため、胃壁は同時に、胃の粘膜を保護する粘液も分泌しています。
胃壁は、タンパク質分解酵素のペプシノゲン、殺菌作用をもつ胃酸、粘膜を保護する粘液の3つを分泌していて、3つがバランスよく働くことで、消化を進めながら、自身を守っています
胃が消化されちゃうと、どうなるんですか
胃潰瘍なら、よく知ってます
後で詳しく説明しますが、胃壁は胃酸の分泌を促進するガストリンというホルモンも分泌しているの。一度にたくさんの食物が胃の中に入ってくると、どうしても、胃液が薄められて、消化や殺菌の働きが弱まってしまいます。そういう場合は、ガストリンを分泌してもっと胃酸を出せと命令するのよ
小腸の中
胃で粥状になった内容物は、小腸へと向かいます。小腸は、十二指腸から空腸、回腸と続く細く長い管で、消化管全体の4分の3を占めています。
食物の気配を感じると、腸はその刺激で蠕動(ぜんどう)運動を始め、4~8時間もかけて食物を消化、吸収します。
小腸の表面は粘膜でおおわれ、粘膜は輪状のヒダをいくつもつくり、その表面には絨毛(じゅうもう)が生えています(図7)。
図7小腸粘膜の構造
この構造によって、小腸の表面積は見た目よりもずっと大きくなっています。平らな場合、約3,300cm2しかない管腔内の表面積が、輪状ヒダによって約3倍に広がり、さらにそこに生えた絨毛によってその10倍にも広がっています。
さらに、絨毛より細かい微絨毛まで含めると、表面積はなんと、見た目の600倍。この広い表面積によって、小腸はあらゆる栄養素を吸収しつくすことができるのです。
用語解説消化管の蠕動運動
消化管は平滑筋という、自分の意思では動かすことのできない筋肉でできている。輪状に走る輪状筋と縦に走る縦走筋の2つの筋層からなる。胃では胃壁の中輪走筋(平滑筋)が肥厚し、括約筋となり幽門弁を作る。消化管の動きは自律神経とホルモンによって調節され、食物が入ってくると、収縮する箇所が口から肛門へと向かって移動する。これを蠕動運動という。
胆嚢(図8)
小腸での吸収を化学的に助けるのは、胆汁と膵液です。それぞれどこから出されるか、わかるかしら?
えーと、胆汁は胆嚢から、膵液はもちろん、膵臓ですよね
じゃあ、胆汁はどこでつくられると思う?
えっ、胆嚢じゃないんですか
違います。正しくは肝臓。胆嚢は胆汁を濃縮して放出するだけなのよ
胆汁は胆嚢(たんのう)でつくられると思いがちですが、つくっているのは肝臓です。胆嚢はその胆汁を蓄え、放出する器官に過ぎません。
肝臓で胆汁がつくられるとまず、胆管を通って胆嚢へと流れていきます。胆嚢の長さは7~9cmで、幅は2~3cm。30~50mLほどの容量があり、肝臓で作られた胆汁を蓄えておくことができます。
胆嚢は、送られてきた胆汁から水分や塩分を吸収し、濃縮します。こうして5~10倍に濃縮された胆汁は、粘液とともに、十二指腸に放出されます。
図8胆嚢の構造
胆嚢は、胆汁を放出するタイミングをどうやってはかっているんですか
それにはね、コレシストキニンというホルモンが関係しているの
コレシストキニン?
消化管ホルモンの一種で、食物が入って来たのを察知すると、十二指腸や空腸から分泌されます。胆嚢を収縮させて、胆汁を絞り出す働きがあるの(図9)
消化管ホルモンか、よし覚えておこう
図9胆汁の分泌・放出と膵液分泌のしくみ
胆汁の成分と脂質を乳化する胆汁酸の働き
意外なことに、胆汁の97%は水分です。含まれているのは、ほかに胆汁酸やビリルビン、コレステロールなどがあります。胆汁が黄色く見えるのは、このビリルビンによるものです。
胆汁は、おもに脂質の分解に関係しています。ただし、胆汁が直接、脂質を分解しているわけではありません。分解を助ける役目をしているだけです。
食物から摂取する脂質の大部分は、グリセロールというアルコールに、脂肪酸が3つ結合した中性脂肪です。トリアシルグリセロール(triacylglyserol)あるいはトリグリセリド(triglyceride)といい、略してTGとよんでいます。
TGを分解するのは、リパーゼという消化酵素です。胆汁は、このリパーゼを助けることで、間接的に消化を促します。
消化管を通るTGは、水と分離した形で存在しています。消化酵素のリパーゼは水の部分に溶けていますので、このままの状態だと、水と接している部分しか、リパーゼの作用を受けることはできません。これでは消化が十分に進まないため、胆汁に含まれる胆汁酸の働きで、分離していた脂肪分を小さな滴にして水中に分散させます。これは、分離していたドレッシングをよく混ぜて、牛乳のように白く濁った状態にするのと同じで、乳化といいます(図10)。乳化によって、TGが水と接する表面積は格段に大きくなり、リパーゼの作用を受けやすくなります。
図10乳化
胆汁とリパーゼの働きで、グリセロールと脂肪酸に分解された成分は、小腸の粘膜から吸収され、小腸の細胞に入った後、再び脂肪に合成されます。
いったん分解してから再合成するなんて、どうしてそんな、面倒なことをするんだろう?
それはね、グルコースをまず使ってもらい、脂肪は後からゆっくり使ってもらうためなの
なるほど。非効率的に見えることも、ちゃんと理由があるんですね
膵臓とオールマイティな消化酵素・膵液
膵臓は、腹部の最も深い位置にある臓器です。十二指腸が「C」の字に走る、その真ん中あたりにはまりこんでいます。
膵液を運ぶのは膵管です。その先は十二指腸に開いていて、胆汁を運ぶ胆管は膵臓にもぐり込み、十二指腸に開く直前で膵管に合流しています。
膵臓から分泌される膵液は、多量の重炭酸イオンを含むアルカリ性で、酸性の胃液を中和する働きをもっています。また、膵液には糖質やタンパク質、脂肪を分解するための、たくさんの酵素が含まれています。
たとえば、膵液に含まれるトリプシノゲンとキモトリプシノゲンは、小腸に入るとそれぞれ活性化され、トリプシンとキモトリプシンになって、タンパク質を分解します。
膵リパーゼ(ステアプシン)は中性脂肪を脂肪酸とグルセロールに、膵アミラーゼ(アミロプシン)はデンプンや、唾液によって途中まで分解された多糖類を、麦芽糖にまで分解します。
膵液にはヌクレアーゼという、核酸を分解する酵素も含まれています。このように、膵液はなんでも分解できるオールマイティな消化液なのです。
それだけの消化酵素を分泌して、膵臓自体は大丈夫なんでしょうか
そこがポイントなの。膵臓は、トリプシンなどの消化酵素を前駆体の形で分泌し、それらは小腸の中に入ってはじめて、活性化されます。だから、たくさんの消化酵素をもっていても、自分は安心というわけね
なるほど。で、膵液の分泌は、どこがコントロールしているんですか
それもやっぱり、消化管ホルモン。食物が十二指腸に入ってくると、その刺激で複数の消化管ホルモンが放出されて、それが膵臓に「膵液を出せ」と命令するのよ
消化に欠かせない消化管ホルモン(図11)
ホルモンは、細胞から血液へ分泌される液性の化学物質です。産生される臓器やその種類によって、成長や代謝を促したり、水・電解質のバランスを整えたりするなど、さまざまな働きを担っています。
ホルモンのうち、消化に関係するものを消化管ホルモンとよびます。消化管ホルモンはいったん血液中に分泌され、体内をめぐった後、再び分泌された近くの消化管に作用します。かぎられた部分にしか働かないため、局所ホルモンともよばれます。
図11消化管ホルモンの働き
消化管ホルモンは、食物それ自体の流れによって刺激され、分泌されます。食物が胃の中に入り、胃の中のpHが上昇すると、それが胃細胞を刺激して、ガストリンが分泌されます。ガストリンはさらに胃腺を刺激して、タンパク質分解酵素の前駆体(ペプシノゲン)や粘液、塩酸の分泌を増加させます。
粥状(じゅくじょう)になった食物が十二指腸へと移動すると、内容物に含まれる塩酸などの刺激によって、十二指腸や空腸の一部からコレシストキニンやセクレチンなどのホルモンが分泌されます。これらのホルモンは血中を経て膵臓に作用し、最も多くの消化酵素と重炭酸イオンを含む膵液を分泌させます。
さらに、セクレチンは肝臓を刺激して胆汁の分泌を増加させ、コレシストキニンは胆嚢を収縮させて、胆汁の排出を促します。
消化管ホルモンは、消化を促すだけではなく、抑制する働きもしています。たとえば、セクレチンは膵臓に作用し膵液の分泌を促しますが、同時に、胃から分泌される消化酵素や粘液、塩酸の分泌を抑制します。
このように、十二指腸内の酸性度に対して、胃と膵臓を介する2つのフィードバック機構が働くことによって、正常な分泌・消化を保っているのです。
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版