新生児・小児領域で特定行為できる看護師育成へ|どうなる?「特定行為研修」
埼玉医科大学総合医療センターが、NICU(新生児集中治療室)やPICU(小児集中治療室)で特定行為を行う看護師を養成するための研修プログラムを立ち上げることが分かった。現在、「特定行為に係る看護師の研修制度」(以下、特定行為研修)の指定研修機関の申請に向け準備を進めており、2016年度中の研修開始を目指す。
(井田 恭子=日経メディカル)
同病院が実施するのは、特定行為として国が規定した21区分38行為のうち、人工呼吸器管理、瘻孔管理、胸腔ドレーン管理、中心静脈カテーテル管理などNICU ・PICUでの業務に関連した計6区分11行為を盛り込んだ研修プログラムだ。臨床推論や病態生理などの「共通科目」(計315時間)は、ビデオ教材のほか、放射線科医・病理医・薬剤師・臨床検査技師などの関係職種によって行い 、「区分別科目」は小児科・新生児科の医師らが中心となって指導する。
初年度は、同病院NICUに勤務する新生児集中ケア認定看護師(CN)の受講を想定しており、「候補者の3人は通常の3交替勤務から外れ、医師のチームに加わって人工呼吸器の取り扱いなど現場でトレーニングが受けられるよう準備を進めている」と小児科教授で総合周産期母子医療センター長の田村正徳氏は説明する。
背景に深刻な医師不足
新生児・小児の集中治療に特化した特定行為研修を立ち上げる理由の一つとして田村氏は、深刻な医師不足を挙げる。
全国的に見て小児科医の人数自体は増えているが、過酷なイメージがつきまとう新生児科を志望する医師は増えてはおらず、NICUに勤務する小児科医の数は変わらないままだ。一方で、2008年の都立墨東病院での妊婦死亡事件を機に、NICUの病床数を1000出生数当たり2床から3床に増床する方針が国から打ち出され、今春の時点で2.9床/1000出生数にまでベッド数が増えた。
「単純に、NICUの医師の仕事量が従来の1.5倍に増えつつある」と田村氏は明かす。人口730万人の埼玉県内で唯一の総合周産期センターである埼玉医科大学総合医療センターも同様の状況に陥っており、「特定行為研修を修了した看護師に手伝ってもらわなければ、周産期医療はもはや回らないというのが実情だ」(田村氏)。
研修修了者が、医師の外来診療中や夜間などに、医師との事前の申し合わせに基づいて患児の変化に速やかに対応できれば、患児やその親にとってもメリットは大きいことから、「医師不足の解消としてだけでなく、やる気のある看護師の新たなキャリアとして位置付けたい」と田村氏は語る。
「将来的には、研修修了者が病棟に24時間常駐しているような環境を実現したい」と語る、埼玉医科大学総合医療センターの田村正徳氏。
看護師のステップアップの一つにCN資格の取得があるが、資格を取得しても「手当が少ない」「他の看護師と変わらぬ業務を求められる」など働き方に不満を持つ看護師は少なくない。同病院の特定行為研修は、研修費用は全て病院側が負担し、「研修修了者には、処遇面などで業務内容に見合った何らかのインセンティブを与えたい」(田村氏)方針だ。
同病院のNICUには現在約150人の看護師が勤務している。まずは7人いる新生児集中ケアCN を中心に養成を始めるが、「将来的には、NICUの全看護師のうち2~3割が研修を修了し、研修修了者が病棟に24時間常駐しているような環境を実現したい」と田村氏は展望を語る。
特定行為研修修了者は、手順書を用いて特定行為を実施することになる。といっても、ある特定行為を医師から全て丸投げされるわけではなく、医師が任せられると判断した症例について看護師に行為を依頼するというのが、この制度の仕組み。このスキームを活用し、「患児の重症度などに応じて、看護師との間で新たな役割分担の形をつくりたい」と、研修プログラムの作成に携わる小児科講師の奈倉道明氏も期待を込める。
研修の柔軟な運用求める声も
もっとも、研修体制を構築する上では、小児領域特有の困難もあるようだ。国が定める「共通科目」は、成人、とりわけ高齢者を診ることを想定して科目が構成されており、小児に特化したプログラムは現時点では認められていない。
「成人の病態生理などNICU ・PICUで特定行為を行う上でほとんど必要のない科目も含まれている上、学内で他科の医師に講義を依頼できるほど人的余裕もない。新生児や小児科に特化した科目に置き換えられるような柔軟な運用を望みたい」と奈倉氏は訴える。
また、そもそもNICUでは、特定行為以前に、採血や点滴のルート確保など成人患者であれば当たり前のように看護師が行っている行為ですら、慣習的に医師のみが実施している実態がある 。奈倉氏と共に研修担当者を務める小児特定看護師の小泉恵子氏は、「特定行為研修を通じて医師との信頼関係を深めることが、特定行為以外の行為についても役割分担のあり方を見直す契機になるのではないか」と話す。
折しも、日本未熟児新生児学会は昨年末、NICUに入院中の新生児の治療に関する「痛みのケアガイドライン」を公表した。ベッドサイドにいる看護師が採血などの処置に積極的に関われれば、痛みを伴う処置に際して児をタオルで包み込んで行うなど、「子どものストレスが最小限になるようなガイドラインに沿ったケアが、より行いやすくなる」と田村氏も期待を込める。
小泉氏は大分県立看護科学大学大学院の小児NP(ナースプラクティショナー)コースを修了し、現在は在宅や小児科一般病棟でメーンに活動している。既に気管カニューレの交換や胃瘻交換を手順書に基づき実施しており、児の状態や親からの訴えに自身の判断で柔軟に対応できることに手ごたえを感じている。
「例えば、検査や処置などは医師のスケジュールで行うことが多いが、ベッドサイドにいる看護師ができるようになれば、寝ている子どもを今起こして検査を行う必要があるかなど、治療と子どもの生活リズムの両方を考えて実施することができるようになる」。
小泉氏は、看護師が積極的に医行為に関わるメリットをこう語る。
田村氏らは現在、全国の総合周産期センター104カ所を対象にNICUにおける看護業務に関する全国調査を行っている。
特定行為だけでなく、採血や酸素流量の調整、体重測定、哺乳開始の判断など様々な業務について、看護師の実施状況と将来的に看護師に行わせたいかを医師(部長)と看護師長に尋ねる調査で、さらに臨床5年目以上の看護師とCNに対し、それらの業務をやってもらえるかについても聞いている。
調査結果は現在集計中だが、「部長・師長は業務の移譲に概ね積極的で、CNにも前向きな回答が多いが、一方で、肝心の一般の看護師では消極的な回答が目立つ傾向だ」と奈倉氏は明かす。
これについて田村氏は、「単純に業務が増えるだけなら、やりたくないというのも無理はない。権限移譲には、特定行為のできる看護師の資格化など、それなりのインセンティブが必要だ。国家資格とまではいかなくても、何らかの『国が認める資格』としての運用を厚労省に求めていきたい」と話している。
<掲載元>
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