S.L.フィンク、D.C. アギュララの看護理論:危機理論(実践に生かす中範囲理論)

『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回フィンクとアギュララの「危機理論」について解説します。

 

桶河華代
宝塚大学看護学部看護学科 准教授

 

 

危機とは何か

危機とは、危機で困難な状況という意味があるが、ある経過における重要な局面や転換点という意味ももっている。

 

危機は不安定な事態ではあるものの、重要な転換期としての意味があり、そこにとどまり続けるものではなく、飛躍をもたらす好機であり、成長へと至る出発点にもなる。

 

危機的状況とは分岐点にさしかかり、どのように対処すべきか、どちらに進むべきか、すぐに解決できない状況である。

 

危機は触媒であり、古い習慣を動揺させ打ち破り、新しい反応を引き起こし、新しい発展を促す大切な要因である。

 

患者や家族の危機に影響を及ぼす要因として、危機を引き起こす出来事、出来事の受け止め、ソーシャル・サポート、コーピング(対処)があげられる。

 

医療の場では、外見上の変化がわかる手術や外傷などによる形態や機能の障害、愛する人や場所などの喪失、喪失の予期を伴う危機を起こす出来事が常に起こっている。

 

そのため、患者は何らかの健康障害に伴い、生命あるいは形態や機能の喪失に脅かされて、通常の役割が果たせないことが多い。

 

よって、医療の場では、健康障害に伴う喪失が増え、あるいはゆがめられて患者や家族は危機に陥りやすい状況だといえる。

 

 

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歴史的背景

危機理論の基盤となった理論には、フロイト(S.Freud)の精神分析、フロイトの理論から導かれたエリクソン(E.H.Erikson)やハルトマン(H.Hartman)らの自我心理学、ラド(S.Rado)の適応的精神力学などがある。

 

とくに精神分析学と自我心理学においては、危機理論の中核であり、危機に関する考え方の基盤となっている。さらに、危機理論の構築に至ったキャプラン(G.Caplan)やリンデマン(E.Lindemann)による死別反応に関する研究があげられる。

 

キャプランの予防精神医学は、自我機能に焦点をあてて危機概念を構築し、危機理論の実践や研究で最も重要である。キャプランによると、精神的平衡状態を保つ働きは、自我機能の1つの側面であるとし、自我の働きによって、人は絶えず精神の均衡状態を維持し、さまざまな問題を解決している。

 

つまり、人は恒常的な精神のバランス維持機能があり、問題に直面したときには一時的に逸脱することがあっても、やがて平衡状態に戻る。

 

しかし、問題が大きく、それまでの解決方法では乗り切れないような危機状況に直面すると、その困難さに立ち向かうための対処をする自分に知識や経験などの貯えが不十分で、危機が促進されることになる。このような自我と危機状況に関するキャプランの記述が、現在の危機理論の中核となっている。

 

リンデマンは、急性悲嘆反応の研究から危機の概念構築に貢献している。彼は、1942年のボストンで発生したナイトクラブの火災で犠牲となった人々の遺族ら101人の悲嘆に対する反応をまとめて、理論化していった。

 

急性悲嘆反応プロセスとは、身体的虚脱感(咽頭部の緊張、呼吸促拍、深いため息など)、死のイメージを伴った思い、罪悪感、敵対的反応、通常の行動パターンが取れなくなるというものである。

 

このような悲嘆のプロセスを中心に、離別という人生で誰もが経験しなくてはならない危機的状況に対する反応を分析し、危機理論と実践方法を明確にしていった。

 

その後には、手術療法の心理学的影響や家族の結束に関する研究、兵士たちの神経症や災害に対する反応に関する研究が行われている。

 

公衆衛生部門では、結婚や養育、退職、配偶者の死による一人暮らし、離婚などの研究が行われ、登校拒否の取り扱いに関する危機的アプローチの利用も報告されている。

 

このように、危機理論は、アメリカにおける社会的要請や予防医学、精神予防医学の視点から急速に発展して1960年代後半から1970年代前半にかけて活用されるようになった。

 

それは、人々の生活の都市化や核家族化、社会的孤立が進み、家庭や地域社会のなかで相互の助け合いや調整する力が弱くなったことで必要になったといわれる。

 

また、科学技術の発達はストレスを増大し、病気や病人を対象としていた医学が、予防医学に目を向けるようになったことなどが、危機介入の発展につながったともいわれている。

 

そして、看護領域においても、危機理論の導入は、患者ケアの新しい道を示すものとして推奨され、わが国においても、実践や教育、研究に活用されるようになってきた。

 

 

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危機理論と主な概念

危機モデルは、危機の過程を模式的に表したものであり、危機の構造を明らかにして、その概念を具現化し、理解しやすくしたものである。

 

危機モデルは、危機介入に対する考え方を明確に示し、患者がたどる経過や必要な介入を全体的にわかるように表現しているので、援助者が何をするべきか方向性を示すものである。

 

したがって、危機モデルの活用は、危機状態にある患者の全体的な把握をするとともに個別性を見きわめ、危機介入をより効果的に行うことを助ける。

 

 

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1さまざまな危機モデル

危機モデルには、危機に陥った人がたどるプロセスに焦点をあてた危機モデルと危機に陥るプロセスに焦点をあてた危機の問題解決モデルがある。

 

危機モデルは、その人にとって重大な喪失が引き金となって危機に陥った人が、それを乗り越えて受け入れていくプロセスを表現している。

 

そのプロセスはさまざま視点から、危機のプロセスや悲嘆のプロセスとして、あるいは障害受容や死を受容するプロセスとして表している。

 

ステファン・L.フィンク(Stephen L.Fink)やションツ(F.C.Shontz)は、危機のたどるプロセスを明確に示している。

 

エンゲル(J.Engel)やラマーズ(Lamers)、デーケン(A.Deeken)は、危機のプロセスを悲嘆プロセスとして述べ、コーン(N.Cohn)は障害受容のプロセス、キューブラー・ロス(Kübler Ross)は死の受容のプロセスとして述べている。

 

これらのプロセスは、フィンクの危機モデルの衝撃、防御的退行、承認、適応の各段階の内容に共通しており、3~5段階で示されている。

 

フィンクの危機モデルは、危機に陥った段階からその人がたどると思われる適応へむかう経過と介入の考え方がわかりやすく示されており、突然の予期せぬできごとに遭遇して危機に陥った人々の理解と危機看護介入に有効である。

 

危機の問題解決モデルは、危機をもたらす突然の出来事に対して、危機を左右する決定要因をあげて、それらの要因の有無によって危機に陥るか否かが決まるというプロセスを示している。

 

ドナ・C.アギュララ(Donna C.Aguilera)は、危機に陥る、または回避するまでの過程を述べたもので、心理的な不均衡状態が持続した結果を危機ととらえている。

 

したがって、危機をもたらす突然の出来事によって死に直面するような急激な危機状態よりも、基本的には危機に陥る前のモデルとして活用でき、看護過程を展開する看護職にとっては臨床の場で活用しやすい利点がある。

 

わが国では、フィンクの危機モデルが活用されることが多く、アギュララの危機の問題解決モデルとともに医療の場で利用されている。

 

それぞれの特徴を踏まえて臨床の場に適応させることが望まれている。

 

 

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2フィンクの危機理論

フィンクは、危機とは個々人ができごとに対してもっている通常の対処する能力が、その状況を処理するのには不十分な状態であるといい、そのような出来事の後に続く適応の過程をモデル化している。

 

このモデルは外傷性脊髄損傷により機能障害をもった人の臨床的研究と喪失に対する人間の心理的反応から展開されている。

 

対象は、ショック性危機に陥った中途障害者を想定しており、障害受容に関するプロセスモデルとして構築されたものである。

 

このモデルの影響を受けた重要な理論は、マズロー(Abraham H.Maslow)による動機づけ理論であり、参考にした理論は、リンデマンの急性悲嘆反応のプロセスとションツの危機反応プロセスである。

 

危機のプロセスは、①衝撃の段階、②防御的退行の段階、③承認の段階、④適応の段階という連続する4つの段階で表現している。この4つの段階は、危機に対して望ましい適応をするための連続的なプロセスを述べたものである。

 

最初の3段階は、4段階目の適応の段階に欠くことのできないものであり、全体が適応の過程である。

 

 

1衝撃の段階

衝撃の段階は、最初の心理的ショックの時期としている。

 

迫ってくる危険や脅威を察知し、自己保存への脅威を感じる段階である。現実には対処できないほど急激で、結果的に生じる強烈なパニックや無力状態を示し、思考が混乱して判断や理解ができなくなる。

 

また、胸苦しさや頭痛など身体症状が現れることもある。この時期は、治療が開始される時期でもあり、障害が一時的か永久的か、まだわからない段階である。

 

 

2防御的退行の段階

防御的退行の段階は、危機の意味するものに伴って自らを守る時期である。

 

危険や脅威を感じる状況に、現実に直面するには圧倒的な状況のために、無関心や非現実的な多幸症を抱く。

 

これは、変化に対しての抵抗であり、現実を逃避し、否認し、希望的思いのような防御機制をつかって自己の存在を維持しようとする。そうすることで、不安は軽減し、急性身体症状も回復する。

 

 

3承認の段階

承認の段階は、危機の現実に直面する時期である。現実に直面して省察することで、もはや変化に抵抗できないことを知り、自己イメージの喪失を理解する。

 

あらためて、深い悲しみや苦しみ、強度の不安を示し、再び混乱を体験する。しかし、徐々に新しい現実を判断し、自己を再認識していく。

 

この状況が圧倒的すぎると自殺を企てることもある。

 

 

4適応の段階

適応の段階は、期待できる方法で積極的に状況に対処する時期である。

 

適応は、危機の望ましい結果であり、新しい自己イメージや価値観を築いていく段階である。現在の自分の能力や資源で満足をする経験が増えて、しだいに不安が軽減する。

 

しかし、このモデルはよい方向に向かうであろうと仮定した段階モデルであって、ときに適応の段階に到達できない場合もある。

 

すなわち、自殺や精神病的抑うつで承認の段階を超えることができない場合、幻想や治療の望みに没頭して防御的退行の段階から抜け出せない場合など、直線的な経過を示さないことがある。

 

 

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3アギュララの問題解決型危機理論

アギュララは、人はいつも情緒的に均衡を保つために、さまざまな問題を解決する必要に迫られ、人が直面する問題の大きさとその問題を解決する能力のバランスが崩れると危機が促進されるとして、危機に至る過程に焦点をあて、危機への問題解決アプローチを表現している(図1)。

 

図1ストレスの多い出来事における問題解決決定要因の影響

出典:ドナ・C.アギュララ、小松源助・荒川義子訳:危機介入の理論と実際-医療・看護・福祉のために、p.25、図3-1、川島書店、1997.より引用

 

問題解決決定要因としては、①ストレスの多い出来事に対するその人の知覚と、②その人が活用できる社会的支持、および、③その人のもてる対処機制をあげている。

 

図1のA欄において問題解決決定要因が働いており、危機は回避される。しかし、B欄においては、これらの要因が1つ、あるいはそれ以上欠けていることが問題解決を妨げて、ひいては不均衡を増大させて危機が促進される。

 

 

1出来事の知覚

ストレスの多い出来事を知覚することである。知覚には現実的なものと非現実的なものがあり、出来事について適切な知覚が働くと正しく現実的に知覚される。

 

現実的な知覚はストレス源を認識させ、問題の解決を促進させる。

 

出来事についてゆがんだ知覚が働くと、出来事はゆがめられて非現実に知覚される。出来事がゆがんで知覚される場合、ストレス源を認識するには至らず、問題は解決されない。

 

 

2社会的支持

問題解決をしていくために頼ることができ、しかも身近にいてすぐ助けてくれる人やサポートをしてくれる人のことである。

 

適切な社会的支持は、ストレスに耐え、問題解決を行う能力を大いに高める。一方、社会的支持がない場合、人は孤立し、均衡回復に向けた問題解決のサポートを得ることができずに不均衡な状態が持続する。

 

 

3対処機制

ストレスを緩和するためによく用いられる手段である。人は日々の生活の中で、不安に対処したり、緊張をやわらげたりする方法を身につけてきている。

 

強いストレス状況で、情緒的安定を維持するためには、活用できる対処機制が多いほど効果的である。

 

しかし、対処機制が不十分、不適切な対処機制しかもっていない場合は、不均衡状態が持続する。

 

 

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事例への応用

アギュララの問題解決型危機理論を用いて事例を説明していく。

 

Mさん(女性、30歳台)は、不妊治療を優先したため、子宮頸がんが進行し、日本に帰国して療養することになり、危機に陥る事例である。

 

 

子宮頸がんが進行し、危機に陥った女性の事例

 

事例

1患者の背景

Mさん、女性、30歳台。Mさんは日系アメリカ人と結婚し、アメリカで住んでいた。

不妊治療をきっかけに子宮頸がんが発見されたが、初期(Ⅰ期)段階であり、代理母での出産を考えて卵子の採取後に子宮全摘出術を行う予定であった。

しかし、子宮頸がんの進行が予想以上に進み、治療ができない状態となった。

 

夫は弁護士で多忙なため協力が得られず、Mさん1人では日常生活に支障ができてきたので、母親にアメリカまで迎えに来てもらい帰国することになった。夫は日本までつきそうがすぐにアメリカに帰国してしまう。

母親はMさんの父親と離婚後に再婚してマンションに住んでいた。

近所に祖母と弟が一緒に住んでいるので、母親が仕事で留守の間は祖母がマンションに来て、Mさんの食事などの世話をしている。

 

Mさんは、もともとは明るく優しい性格である。帰国後にはA病院を受診し、アメリカでの診断と同様にⅣ期であり、骨盤内に腫瘍が広く浸潤していた。

疼痛は、デュロテップMT 2.1mg 1枚半貼付、レスキューとしてアンペック座薬10mgの指示で、痛みのコントロールはできていた。

緩和する排泄障害などもなく、化学療法や放射線療法は行わない方向であった。

A病院の医師は自宅での療養を勧めて、下肢浮腫の軽減のためにリンパ浮腫外来の予約と状態観察のために1週間に1回の訪問看護を依頼した。

 

2訪問看護を利用しての自宅療養の経過

訪問看護師が訪問すると、Mさんは、「すみません、こんな身体でごめんなさい」と肩で息をしながら青白い顔で言った。

知り合いに譲ってもらったという上半身が挙上できるベッドを利用して、座位をとっていた。

バイタルサインは、体温37.0度、血圧112/68mmHg、脈拍88回/分、呼吸22回/分、SpO2は88%であった。

 

Mさんは、「こんなかたちで日本に帰ることになって、どうしたらいいのか、お母さんやおばあちゃんに申し訳がない」と小さな声で言う。

下肢が全体的に浮腫んでいたが、トイレに近い部屋であり、自力で歩行し排泄していた。痛みに対しては、コントロールできており訴えはなかった。

母親は「なんでもっと早く手術を受けなかったのか、こんな状態になるまで1人でおいておくなんて、早く迎えにいけばよかった」といら立ちを隠せない様子であった。

祖母は、母親が仕事に行く間にマンションに来ているが、Mさんにどのように対応してよいのかわからずに黙々と家事をしており、悲しげな様子であった。

 

訪問2回目、訪問看護師は、「今いちばんしたいことは何ですか」とMさんに聞いてみた。するとMさんは「犬に会いたいです」と少し声を大きくした。

犬の話をしながら、「焼肉を食べに行きたいです」と少しずつ、やりたいことを話すようになってきた。

「お風呂に入ってみようかな」とぽつりと言った。訪問看護師は、訪問時間を気にせずに急遽入浴の準備を行い、支えて洗髪から始めた。

湯船に入るとMさんの表情が和らぎ、自分の生い立ちを語り始めた。Mさんには、腹違いの弟がいること、祖母や母親より自分が先に亡くなることへの負い目、義父への気兼ねなどであった。

 

訪問後、訪問看護師は、仕事で留守であった母親の携帯に連絡して、Mさんの状態を報告した。

母親は、訪問看護師にいろいろ話したことへの驚きと話せる相手ができた喜びを伝えて、Mさんの状態を理解したようであった。

 

その後、毎週末には、車いすを借りて紅葉を観に行ったり、実父と焼肉を食べたりしたと訪問看護師に話すMさんの表情は少し明るくなっていた。

しかし、Mさんは入浴できる体力が徐々になくなり、下肢浮腫の軽減と気分転換をはかる目的で足浴に切り替えた。

肺水腫も出現しており、呼吸音は弱くSpO2が80%を切るときも出てきた。

A病院の医師と連絡を取り、母親と共に話し合い、緊急時はA病院に受け入れてもらう体制を整えた。

緩和ケア(ホスピス)の選択肢も情報を提供したが、自宅にできるだけいたいということであった。

母親には、いつ呼吸が止まってもおかしくない状態であることは説明し、緊急時はA病院に行くことで共通の認識をしていた。

 

その2日後に入院し、酸素1L/分で開始された。入院中は実父や弟、Mさんの友人が病室を訪れてお花や手土産でにぎやかであった。

Mさんは看護師がケアを行うと「ありがとうございます」と丁寧にお礼を言っていた。

 

そして、1週間後に息を引き取った。

初七日が過ぎた頃、訪問看護師は母親に遺族訪問を行った。

母親は、「あのときはどうなることかと思いましたが、看護師さんのアドバイスのおかげで出かけたり、会いたい人に出会ったりしました。1週間の入院は、私のために生きてくれたと思います」といい、表情は晴れやかであった。その後、離婚して再出発するとも話された。

 

看護師は患者の問題を明確にとらえて、問題解決のための看護計画を立案して、実施、評価といった看護過程を展開している。

 

アギュララの問題解決モデルはこの看護過程と似ており、段階的ではないため問題点を明確にするうえで有効である。以下にMさんの事例をアギュララの問題解決モデルによる危機の分析を行う。

 

 

1出来事の知覚

Mさんは、日系アメリカ人と結婚し、不妊治療をきっかけに子宮頸がんがみつかるが、卵子の凍結保存を優先した。

 

そのため、子宮頸がんが進行し、骨盤内に腫瘍が広く浸潤している状態となった。

 

Mさんは、アメリカの医療保険を理解していなかったのか、言葉(英語)のニュアンスを取り違えたのか、夫を信じた自分が間違っていたのか、がんの進行を受け入れられないでいる。

 

子宮頸がんと告知されるだけでも衝撃は大きいものである。また、卵子の採取は成功しているが、自分の子どもの誕生をみることもできない。

 

それにもまして、Mさんは徐々に悪化していく全身状態の経過から病状の進行を感じざるをえない様子であった。

 

しかし、夫は弁護士で多忙なため、自宅に1人でいる状況の不安は計り知れなかったと考えられる。また、夫は日本までMさんを送っただけであり、夫への態度にも失望している。

 

日本では、母親の再婚相手と同居することになるために環境の大きな変化にも希望を失う衝撃であったと思われる。

 

下肢浮腫のため、歩行にも困難があり、1人で外出ができない。また、自宅には義父と住んでいることで友人をまねくことも気兼ねとなり、不安や抑うつ状態のニードが満たされずに危機状態に陥ったと考えられる。

 

 

2社会的支持

祖母や母親の支持は十分得られているが、母親は経済的な理由で仕事を継続しなければならず、母親は心身だけでなく経済的な負担も大きい。

 

訪問看護師は、Mさんだけでなく、母親の思いを聞くなど精神的な面でサポートしていることは評価できる。

 

母親に対する支援も強化できるように、現在の夫や離婚した夫、弟がどの程度現状を把握しているのか、どの程度サポートが得られるのか、他にサポートが得られる人がいないかどうかをアセスメントすることも必要である。

 

また、母親にはMさんがどのような状況に置かれているのか、どのように対処したらよいのかを伝えて、Mさんへのかかわり方をアドバイスすることも重要である。

 

訪問看護師は、Mさんの気持ちを引き出し、訴えを待つだけでなくMさんが家族や友人などのサポートも把握し、社会的支持が得られる状況をつくり出す働きも評価できる。

 

Mさんと母親は、実父や腹違いの弟とかかわることで、不安やいら立ちが少しではあるが軽減できたように思われる。

 

また、入院をきっかけに母親が仕事を休んで付き添えたこと、家族や友人が病室を訪ねる機会となり、社会的支持が増えた。身体的には医師や看護師が支持し、精神的には家族や友人の支持が得られた結果であった。

 

 

3対処機制

Mさんは自身の病気の受け入れだけでなく、住む環境や同居家族の変化に伴い、不安や抑うつ状態となり危機が起こっている。

 

Mさんが不安や抑うつ状態で、会話もほとんどない状態でも傾聴する姿勢で接することが大事である。

 

そして、Mさんが自身の気持ちの変化に対応しようとする情緒的防御機制をとっていると認識することが重要である。

 

看護師は、Mさんの気持ちを理解しようとコミュニケーションをとり、日常の身体的なケアをスムーズに行うことで、Mさんとの信頼関係を築いて感情表出のきっかけをつくることができたといえる。

 

とくに、Mさんと同様に母親も危機状態であったため、2人の間を調整しながら一緒に問題を解決していくパートナーとして認識してもらえたのではないかと考える。

 

母親とMさん、祖母の関係は良好であったが、義父と会話はほとんどなく気兼ねをしながらの自宅での療養であり、最後の入院は療養場所の再考をしていく時期でもあったと考える。

 

 

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おわりに

アギュララの問題解決モデルによる危機モデルは、問題点を患者の心理的な変化を捉えながら、出来事の知覚のタイミングや対処機制の種類を見極めるために、バランス保持要因の提供と強化が必要になる。

 

そして、社会的支持として看護職としての役割遂行に加えて、家族や専門職がその役割を発揮できるように提案することも大切であり、その結果として危機回避につながる。

 

また、患者の対処機制を上手く機能させるためには、社会的支持の充足が重要である。

 

 

 引用・参考文献閉じる
  • 1)山勢博彰:救急・重症ケアに今すぐ生かせる みんなの危機理論-事例で学ぶエビデンスに基づいた患者・家族ケア、エマージェンシー・ケア、2013年新春増刊、2013
  • 2)山勢博彰:救急・重症患者と家族のための心のケア-看護師による精神的援助の理論と実践、メディカ出版、2010
  • 3)山勢博彰:つかえる・わかる・役に立つ臨床現場の困ったを解決する看護理論、月刊ナーシング、37(12):10月増刊号、p80~90、2017
  • 4)小島操子:看護における危機理論・危機介入-フィンク/コーン/アグィレラ/ムース/家族の危機モデルから学ぶ、金芳堂、第4版、2018
  • 5)小島操子ほか:危機状況にある患者・家族の危機の分析と看護介入-事例集-フィンク/コーン/アグィレラ/ムース/家族の危機モデルより、金芳堂、第2版、2017
  • 6)ドナ・C.アギュララ、小松源助・荒川義子訳:危機介入の理論と実際-医療・看護・福祉のために、川島書店、1997
  • 7)黒田裕子:看護診断のためのよくわかる中範囲理論、第2版、学研メディカル秀潤社、2015

 

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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版

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