アブラハム・H.マズローの看護理論:ニード論(実践に生かす中範囲理論)

『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はマズローの看護理論の「ニード論」について解説します。

 

茂木泰子
修文大学看護学部看護学科/教授

 

 

ニード論と主な概念

1《自己実現》と《欲求》とは

看護の対象である「人間」が成長や発達をしていくためには、どのようなことが必要なのか。「人間」は、どうやって成長していくのだろうか。

 

ニード論というと、看護理論ではヘンダーソンやアブデラがあげられるが、ここでは、心理学の立場にあるマズローのニード論について述べていきたい。

 

マズローのニード論は、5つの段階を表し、最上段にある自己実現に向かっていく「人間」のニードについて階層化・体系化により示されている。

 

ここでは、まず言葉の意味から確認していくこととする。

 

《自己実現:self-realization》とは、大辞林によると「自己の素質や能力などを発展させ、より完全な自己を実現していくこと」5)と書かれている。つまり、個々の人間がもっている力を余すことなく使って完全となるであろう自己実現に向かって発展させようとすることと考えられる。

 

次に、ニード論と紹介されている以上、ニードは日本語で「欲求」と訳されるため、それについても確認しておく。

 

《欲求》とは、大辞林によると「②『心』生活体の内部で、心理的・生理的に必要なものが不足または欠乏しているとき、それを補うための行動をおこそうとする緊張状態」6)と書かれている。

 

つまり、欲求とは生活体としての人間が心や身体に関係する問題を抱えたときに、本来、必要なものの不足や欠乏を感じたときに、その欠乏などを補おうとする行動であり、緊張を感じている状態でもあるといえる。

 

このように、看護の対象である「人間」が成長や発達を遂げていこうとするためには、自己の欲求を満たそうと努力し、そのときに抱えている緊張状態をもって、次の段階への欲求に向かいながら、最終的な自己実現に向けて行動しようとする思考がマズローのニード論であるといえよう。

 

看護学を学んでいくうえで、マズローのニード論に出会うのは、看護過程を展開していく際に、どのように看護問題を抽出しようか、どうやって優先順位をつけていこうか、という看護学生としての課題を抱えたころに意識される理論の1つであろう。

 

それは、紙上事例による看護展開において、患者には、直接、情報が聞けない。

 

つまり、与えられた情報のなかでアセスメントし、看護問題を抽出し、優先順位を決定していく必要があるからである。そのときに、マズローの欲求階層(生理的欲求から始まる5段階)を想起する必要がある。

 

ところで、山下は、経営学の視点から、マズローの欲求階層について、モチベーション論のなかの「欲求理論」と位置づけ、モチベーションの問題は、「何が人を動機づけるか」という問題と「どのように人は動機づけられるか」という問題があり、それが、前者の「モチベーションの内容論」と後者の「モチベーションの過程論」である7)と述べている。

 

これは、ニード論で示されるその欲求とはどこを指すのかと問うているのである。

 

そして経営学の視点から一般にマズローの欲求理論は、〈モチベーションの内容論〉と評されるが、これは自己実現論が心理的健康とはいかなる状態であるのかを表す〈心理的健康の内容論〉であることに対し、欲求階層説とはそうした心理的健康に至るためにはどのようにしたらよいのか、その経路を示す〈心理的健康実現の過程論〉である7)としている。

 

つまり、この山下の考え方は、人間は自己実現という目的があって、そこをめざすための過程がその前に位置しているという考えであるといえるのであろう。

 

確かに、マズローが行った自己実現に関する研究の過程からすると、そういった考え方は納得できるのである。

 

 

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2「自己実現」に関する研究について

彼は精神的に健康な人間に興味をもち、研究した結果、「自己実現」という言葉を用いるようになった。

 

これは、マズローの学生時代に自分が大変尊敬し、精神的に健康な人間としてとらえ、賞賛していた2人の教授に出会ったことに始まる。

 

マズローは、2人の教授を丁寧に分析することで、自分に興味を引き付ける何かを発見しようと試みたことに始まる。

 

2人とも、マズローが学位授与後にニューヨークへ来てからの師であった。この2人の教育者に強い興味をもって調査し分析したのである。

 

この調査から、完全に成熟した人間について、さらに広範な研究を始めることになった。

 

彼の研究対象は、個人的な知人や友人、現在および故人の公的人物、大学生などであった。当初、200人の大学生から調査を開始したが、十分に成熟した人は1人しか見いだせなかったということであった。

 

その後も調査を続けたが、自己実現した人の定義には曖昧さが残ったということだった。

 

しかし、マズローはおおよそ次のように記した。「自己実現とは、才能・能力・可能性の使用と開発である。そのような人は、自分の資質を十分に発揮し、なしうる最大限のことをしているように思われる」8)と述べているのである。

 

これは、自己のもっているすべての力を発揮し、全力で打ち込んでいる状況を自己実現であると示しているものと解釈できる。

 

 

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3 マズローの「基本的欲求階層」

個人的・社会的生活のほとんどを側面に当てはめることができる。彼は、合理的な動機づけ理論には、次のような仮説が必要であると考えていた。

 

「個人は統合され、組織化された全体であり、1つの行為、あるいは意識的願望が唯一の動機づけしかもたないということはありえない」9)と述べ、それは「一部分ではなく全体としての人間が動機づけられる9)ということである。

 

たとえば「が痛い」というときには、その人間全体が疼痛に対して苦痛なのであって、痛みの軽減を求めているのは齲歯による痛みという部分ではなく、その人間自身なのである。さらに、その痛みは、食欲を低下させて、ときには睡眠さえ阻害する問題としてあげられる。

 

つまり、個人のなかのほとんどの欲求は密接に関連しているのである。このことは、「歯が痛い」という状況が、基本的欲求に関して食欲や睡眠の質や量の低下や不足にも影響する現象に関係するといえるのである。

 

「従来の研究のほとんどのものは、欲求はそれぞれ切り離して、手段と目的という用語を用いて個々に研究できるものであると仮定してきた」10)

 

しかし、心理学の視点から「動機づけについて完全に理解するためには、基本的な目的・目標をそれに達する手段よりも重視する必要がある」10)と述べているのである。

 

 

①生理的欲求

人間の欲求において、最も基礎的で明らかなのは、生命維持に関する欲求である。生命欲求ともいわれ、本能的な欲求であるといわれている。

 

①正常な呼吸、②飲食、③排泄、④移動と体位の保持、⑤睡眠と休息、⑥脱衣と着衣という生理的欲求である。

 

ここでは乳児期にある赤ちゃんを例にあげ、人間性の発達段階とともにみられる欲求階層について述べる。

 

人間の発達過程において、基盤にあるのは生理的欲求である。赤ちゃんは自分では自分の世話ができないため、「お腹が空いた」という飲食や「尿、便が出た」という排泄に関する生理的欲求を第三者の援助を受けて満たそうとする。

 

 

②安全の欲求

生理的欲求が満たされると、次には危険や恐怖を回避し、安全や安心を求める欲求が現れる。ここでは、物理的な危機ばかりでなく雇用の安定なども含まれると考えられる。

 

一般には、健常人は満たされているが、子どもや認知機能などの障害をもつ人は、予測可能な世界を求めるということが明らかになっている。つまり、一貫性や公平を好むが、この決まった工程がなくなると安定感を失う。

 

赤ちゃんの場合は、物理的には衣服を身にまとうことで外部からの刺激による外傷や体温の保持により身体を守り、生存を脅かされない欲求であり、精神的には、安心を得るという欲求を満たそうとする。

 

 

③所属と愛情の欲求

安全の欲求が満たされると所属と愛情の欲求が現れる。社会的欲求ともよばれ、社会やさまざまな集団のなかで人々と交流し、自分が1つの位置を占めることで、認めてもらいたいということを望む。

 

また、マズローは「心理学は、愛についてわずかのことしか言っていない」と気づき、次のように述べている。

 

『家族、結婚、セックスについて真面目な論説を書く著作者は、愛という課題が自分たちに与えられた固有の基本的な仕事の一部であることを考慮しなければならない。ところが、私の仕事をしている図書館には、これらの問題について書かれた本で、愛という課題を真剣にとりあげたものは一冊もない。それどころか、愛という言葉は索引にすら載せられていないのである』11)と述べたといわれている。

 

赤ちゃんから少し成長し、幼児期を向かえる。養育者などとの関係において家族の一員であるということ。また、保育園や幼稚園などの同じクラスの子どもたちとのかかわりから、自分が社会に存在するというなかで帰属するということ。そして、そこに居て認められる存在であるということを満たそうとする。

 

 

④承認の欲求

所属と愛情の欲求が満たされると承認の欲求が現れる。人から認められることや尊敬されることを求める欲求である。

 

「人間は、2種類の承認の欲求をもっている。すなわち自尊心と他者からの承認である。①自尊心は、自信・能力・熟練・有能・達成・自立、そして、自由などに対する欲求を含んでいる。②他者からの承認は、名声・表彰・受容・注目・地位・評判そして、理解などの概念を含んでいる」12)

 

アルフレッド・アドラー(Alfred Adler)はマズローの承認の欲求について、「十分な自己承認をもっている人間は、より自信があり、有能で、生産的である。ところが、この自己承認が不十分であると、人間は劣等感や無力感を抱くことになる。その結果、絶望したり、神経症的な行動を起こしたりすることもある」12)

 

さらに、「最も安定した、またそれだけ健康な自己承認は、外見上の地位・名声あるいは不当なへつらいなどではなく、周囲からの相応な尊敬に基づいている」12)と述べている。

 

やがて、乳幼児期を経た人間は、学童期や思春期、成人期を迎える。そして、承認の欲求とは社会に出て活動することで、自己を認められたいと思うことや自分の思いどおりにしたいと感じるようになることである。

 

 

⑤自己実現の欲求

マズローは自己実現への欲求は、「所属と愛情の欲求と承認の欲求が適度に満足された後に発生する」13)と述べている。

 

自分の能力を活かして何かを達成したい。あるいは潜在能力を発揮したいなど、自己の表現や自己の実現に関する欲求である。

 

そして、「人は、なれる可能性をもつものになる必要がある」13)と述べており、「人がなるところのものにますますなろうとする願望、人がなることのできるものなら何にでもなろうとする願望」13)が自己実現への欲求であると述べている。

 

これは、マズローの研究の成果として述べられている100人か200人に1人が自己実現できるという結果であり、老齢期だけにみられる。

 

 

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事例への応用

マズローの欲求階層について、よく目にするのは図1に示されるものである。

 

図1ヘンダーソンとマズローの欲求階層の対比

ヘンダーソンとマズローの欲求階層の対比を表した図

 

 

ニード論ということでは、ヘンダーソンの14項目とマズローのニード論を対比して解説されることもある。

 

しかし、マズローは、このような単純な図で示していたのかを改めて確認すると、図2のように紹介されるものがあった。

 

図2アブラハム・マズローの欲求の階層

アブラハム・マズローの欲求の階層を表した図

出典:フランク・ゴーブル著、小口忠彦監訳:マズローの心理学、p.83、産業能率大学出版部、1972より改変

 

 

つまり、欲求階層を示すには、まず、外的環境には欲求充足の前提条件があったり、基本的欲求の部分は欠乏欲求とも示されていたりする。さらに、自己実現の手前には、成長欲求という存在価値やメタ欲求と示されるものがあった。

 

マズローが示してきた欲求階層は、これまでに5つくらいの形があるともいわれているが、いくつかの過程を踏んで今の形が紹介されてきた。

 

これには、自己実現の研究では優れた人を対象として自己実現について研究してきているのだが、その結果から、欲求充足の前提条件として「自由」「正義」「秩序」などが示されていることだと解釈できる。

 

ここでは、そうした前提もあるということを踏まえたうえで、略式の図1の表現を用いて、人間性の発達段階(図3)とともに具体的な事例を述べる。

 

図3エリクソンの発達段階

エリクソンの発達段階を表した図

出典:岡堂哲雄:心理学‐ヒューマンサイエンス、p.125、金子書房、1985より改変

 

 

また、マズローの欲求階層については、人間の発達そのものとしてとらえることもできるが、何らかの障害や負担を背負うことになると年齢に関係なく、さまざまな欲求を求めることになるといえるだろう。

 

さらに、マズローの欲求階層では下段の欲求が満たされると次の段階へ行くと考えられているが、図2の※印で示されるように成長欲求については、16項目がすべて同等の重要さをもつと説明を加えている。

 

 

事例 1

乳房がん、35歳、女性、独身、未婚だがパートナーあり。乳房切除術を勧められたが、手術による乳房の喪失というボディイメージの変化、女性生殖器の喪失に悩んでいる。

 

【考えられる問題点や課題】

35歳という発達段階は、「成人初期」にあたる。「親密性」と「孤立」を対概念とする。社会人としての生活を送る時期であり、ボディイメージの変化、女性生殖器について問題を抱えることになる。

 

【解説】

未婚だがパートナーがいることで、手術による乳房の喪失というボディイメージの変化や女性生殖器の喪失に悩む。

 

結婚というかたちをとっていないため、手術や抗がん剤治療などパートナーへのさまざまな遠慮や迷惑をかけてしまうという負い目がある。

 

彼は「手術して、しっかり治療してほしい」というが、これからの生活に対し不安を抱えている。この時点では《所属と愛情の欲求》の段階において欲求が障害されていると考えられる。

 

直接介入としては、抗がん剤の使用による脱毛に対するかつらの準備や乳房切除後の補整具などについて、なるべく早い時期から説明をしていく。

 

パートナーはいても婚姻関係がないことや乳がんの手術を受けなくてはいけないことなどにより、その後の生活に関する不安があり、《安全の欲求》が脅かされたと感じている。

 

さらに、婚姻関係がないということに関して《所属と愛情の欲求》が脅かされたと考えられる。

 

 

事例 2

生後1か月女児、母子家庭、母21歳。親に反対された結婚で両親の協力なし。帝王切開手術により母乳授乳が遅れる。仕事復帰のため、人工栄養となる。

 

【考えられる問題点や課題】

21歳という発達段階は、「青年期」にあたる。「アイデンティティ」と「同一性拡散」の対概念を示す。社会人としての生活を送り、育児における母親の役割を果たせないという困難さを話す。

 

【解説】

人は、家族という集団における場や職場という社会において、それらの集団に所属している。

 

しかし、この家族は自分と生後間もない乳児のみであり、2人で暮らす現実において、《所属と愛情の欲求》を充足させているとはいえない。

 

産後8週間は休暇があるが、他の家族の協力がないために友人や知人との交流を図り、孤立しないよう支えることが必要である。

 

また、児童手当や児童扶養手当、ひとり親家庭医療費助成制度など経済的な支援も充足させる必要がある。

 

 

事例 3

脳梗塞後遺症、左半身麻痺、嚥下障害、83歳、男性、妻79歳、子供なし。麻痺があるために移動には時間がかかり、食事時には妻の介助も必要である。二人暮らしのために、他の家族の支援を受けることができない。

 

【考えられる問題点や課題】
83歳という発達段階は、「老年期」にあたる。「統合」と「絶望・嫌悪」を対概念に示す。

 

社会人として統合される時期であり、充実した余生を送る年代である。

 

しかし、脳梗塞の後遺症により、介護が必要な状況にある夫との生活に困難を抱えている。

 

【解説】
老々介護といわれる状況にある。

 

お互いに精神的な支えにはなっているが、実際の身体的な介助には限界があり、十分な《生理的欲求》が充足されず、さらに《安全の欲求》も障害される恐れがある。

 

高齢であるため、早急に介護保険の手続きをとり、介護度の認定を受けられるよう申請を促すことが必要である。

 

さらに《承認の欲求》が充足し、これまでの人生を振り返り、十分養護されるようかかわる必要がある。

 

 

事例 4

体育の時間に転倒し、左膝蓋骨骨折、左下腿シーネ固定、11歳、男子。学校を欠席しなくてはならない。屈伸ができないため移動が不自由である。

 

【考えられる問題点や課題】
11歳という発達段階は、「学童期」にあたる。

 

「勤勉性」と「劣等感」の対概念をもつ時期である。学童としての日常生活が一時的に障害される。

 

【解説】
左膝蓋骨骨折による左下腿シーネ固定のために、日常生活において屈伸ができないことによる活動の制限や運動に困難がある。

 

さらに術後の疼痛により苦痛を伴う。そのため、移動の不自由さがあり、《基本的欲求》が障害され、疼痛があることによる《安全の欲求》も障害される。

 

移動の困難さや疼痛の軽減について考える必要がある。

 

 

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おわりに

マズローの欲求階層について、基本的な考え方を述べてきた。

 

また、ここに示した4事例については紹介されている内容が少なく、実際の患者を対象にした場合には、さらに詳細なアセスメントが必要になるだろう。看護問題を抽出したり、優先順位を決定するときの参考になればと考えている。

 

 

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マズローについて(詳しく見る) マズローについて

アブラハム・H. マズロー(Abraham H. Maslow)はロシアからのユダヤ人移民の長男として、1908年にブルックリンで生まれ、1970年に62歳で死去したアメリカの心理学者である。

 

ウィスコンシン大学を卒業し、1951年から69年まで、ブランディス大学の心理学教授として活動し、この間の1967年から68年までは、アメリカ心理学会会長となった人である。

 

マズローの研究活動は1960年代に「精神的に健康で自己を実現しつつある人間の研究」を行っていた。彼は「自己実現」を研究対象としており、「人間性心理学(ヒューマニスティック心理学)」の最も重要な生みの親といわれている。

 

そして、自己実現の特徴については、「自己実現とは、老齢者だけにみられるもので、生涯にわたるダイナミックな活動の過程ではなく、事柄の究極的あるいは最終的な状態」2)と述べている。


フランク・ゴーブル(Frank G. Goble)著『マズローの心理学(The ThirdForce; The Psycology of Abraham Maslow, 1970)』においては、マズローを「ギリシャ時代からずっと、心理学に課せられてきた根本問題、つまり『心とは何か』という問題を解決するために、その生涯をかけた人である」1)と紹介している。

 

また、上田はマズローの理論について、「人間科学を追及しつつある学究、あるいは実際に人間の問題と取り組んでいる人びとの一読に値する」3)と述べており、私たち看護師の看護の対象は人間である以上、ぜひ、マズローのニード論について理解しておきたい。

 

 

歴史的背景:第三勢力

マズローは、心理学の歴史において、1960年代の二大勢力である「人間の本性を邪悪な衝動」とみなすフロイトの提唱する精神分析学の立場と「人間の本性を機械論的」に把握しようとするワトソンらの提唱する行動主義心理学の2つの立場を批判しており、この二大勢力とは全く異なる心理学の立場を「第三勢力の心理学」と命名し、自己の立場を明らかにしている。

 

彼は、とくに「人間」について興味をもっており、いくつかの調査結果から、「完全に成熟した人間」について知りたいと考えるようになった。

 

そして、「自己実現した人」とは、どのような人であるのかをとらえるために、自己実現しているであろうと考えらえる人について調査し、その内容を明らかにした。

 

この成果は、1962年に『完全なる人間(Toward a Psychology of Being)』という著書において発表している。

 

その後、フロイトの発達理論をもとに、心身の発達とともに人の成長に伴う欲求とその自己実現を最上位として5つの欲求階層について検討している。

 

この5つの段階は、発達段階に視点を置いてとらえると、基本的欲求を基盤とした理論の組み立てから始まるのだろうと考えていた。

 

しかし、マズローの理論の研究過程をたどると自己実現から始まっており、この最上段の自己実現の欲求階層にむけて、ニード論が築かれたことがわかる。

 

1965年には、『自己実現の経営(Eupsychian Management)』を発表し、経営に関する研究であるとはいえ、モチベーションの理論なども含んだ人間と社会という視点で書かれており、マズローの心理学は幅広く経営学についても関係していることがわかった。

 

「看護理論」 引用・参考文献閉じる
  • 1)フランク・ゴーブル著、小口忠彦監訳:マズローの心理学-第三勢力、訳者まえがき、p.III、産業能率短期大学出版部、1972.
  • 2)前掲書1)、p.39.
  • 3)A.H.マズロー著、上田吉一訳:完全なる人間-魂のめざすもの、第2版、p.283、誠信書房、1998.
  • 4)マズローの欲求段階説:2018.6.10検索.
  • 5)大辞林、三省堂、第2版、p.1098、1995.
  • 6)前掲書5)、p.2658.
  • 7)山下剛:マズローの心理学・科学観、高松大学紀要、p.231~273、2010.
  • 8)前掲書1)、p.36.
  • 9)前掲書1)、p.59.
  • 10)前掲書1)、p.60.
  • 11)前掲書1)、p.65.
  • 12)前掲書1)、p.67.
  • 13)前掲書1)、p.68.
  • 14)桑野紀子:看護理論の概要、看護科学研究、12(2):68~75、2014.
  • 15)都留伸子監訳:看護理論家とその業績、第3版、医学書院、2004.

 

 

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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版

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