体位変換なされず褥瘡が発生!? 患者が病院へ500万円の損害賠償を請求
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1997年から2009年の判例によると、「褥瘡」に関する訴訟は、原告勝訴率75%でした。しかし、2009年以降は、医療施設内で、「褥瘡」に関する訴訟はありません。ということは、「褥瘡」に関する訴訟はなくなったのでしょうか? 過去の判例を紐解きながら、「褥瘡」の訴訟リスクについて考えてみます。
生命を扱う臨床現場で日夜働く看護師さんにとって、医療事故や医療訴訟は決して他人事ではありません。医療事故が起きて実際に訴訟になった事例を元に、訴訟に巻き込まれないための予防法をやさしく解説します。自分の身は自分で守れるように、実際の現場をイメージしながら読んでください。
前回は「入浴中に、患者さんが熱傷で死亡してしまった事例」について紹介しました。
今回は、重大な結果となった「入院中に重度の褥瘡が発生した患者さんの事例」についてのお話です。
大磯義一郎、谷口かおり
(浜松医科大学医学部「医療法学」教室)
【実際に起こった医療事故例⑥:体位変換が行われなかったことによる褥瘡の発生】
若井さん(38歳、女性)は、子どもから麻疹に感染し、X病院に入院しました。若井さんは、髄膜炎、麻疹脳炎のために40度近くの発熱および意識障害が出現し、自力で寝返りができないようになりました。そのため、看護師さんは2時間ごとの体位変換など褥瘡予防措置を行いましたが、NPUAP分類(米国褥瘡諮問委員会が提唱する褥瘡の深達度分類)による評価で仙骨部にⅣ度、左踵部にⅣ度、右踵部にⅡ度の褥瘡ができてしまいました。
注意:登場人物の名前は、すべて仮のものです。
先生、Y病院へ転院した若井さんが、意識障害で寝返りできなかった時に、看護師さんが体位変換をしてくれなかったから褥瘡ができたといっているそうですね。
褥瘡の発生リスクは、寝たきりや麻痺、意識障害、全身状態の悪化などで高まります。
予防措置をとっても防ぎきれないこともあります。
褥瘡は、寝たきりの高齢者や麻痺の患者さんに起こるイメージでした。
必ずしもそうではありませんよ。褥瘡の発生には内的要因、外的要因があり、科学的根拠に基づいたリスク予測をしなければなりません。
〈目次〉
- 医療事故:褥瘡が発生した背景と原因
- ・(1)若井さんは子どもの麻疹がうつり入院
- ・(2)麻疹により発熱、意識障害を起こし、自力で寝返りができない状態へ
- ・(3)仙骨部に褥瘡Ⅳ度、左踵部Ⅳ度、右踵部にⅡ度の褥瘡を形成
- ・(4)看護師が体位変換を怠ったとし、医療訴訟へ
- 褥瘡の医療訴訟から学ぶこと~褥瘡予防を行ったとされる看護記録とは~
- 本件の結末 ~ 原告側の主張が認められ、病院に120万円の損害賠償が発生
- 看護師が知っておくべき法律の知識
医療事故:褥瘡が発生した背景と原因
褥瘡は、寝たきりや麻痺、意識障害の患者さんに起こりやすい合併症のひとつです。褥瘡には外的要因と内的要因があり、やむを得ず発生することもありますが、予防の余地が大きい合併症です。
本件における医療事故の背景の詳細や看護師さんの対応を見て、どこに問題があったかを一緒に見ていきましょう。
1若井さんは子どもの麻疹がうつり入院
若井さんは子どもの麻疹がうつり、X病院を受診。麻疹および重症の肺炎が疑われると診断されました。若井さんは全身麻疹、呼吸困難の症状があり、38~39度の発熱もあったため入院となりました。入院当初は意識もあり、手足は動かせる状態で、安静度は病室内歩行とされ、やせは見られませんでしたが、栄養状態は不良でした。
2麻疹により発熱、意識障害を起こし、自力で寝返りができない状態へ
若井さんは麻疹により、40度まで熱が上がり、意識障害のために寝返りができなくなりました。看護師さんは、褥瘡予防措置として2時間ごとの体位変換を実施し、看護計画はカーデックスに記載していました。病院には体圧分散式マットレスもありましたが、有料であるため、患者さんの経済的負担を考慮し使用しませんでした。若井さんは発熱による発汗が多量で、尿失禁もあり、尿管カテーテルを挿入。月曜日と金曜日には清拭を行い、その他の日も発汗などの多い日には清拭を行いました。看護記録には、若井さんに何か変化があった時のみ記載し、ルーティンで行っていた体位変換については記載していませんでした(表1)。
3仙骨部に褥瘡Ⅳ度、左踵部Ⅳ度、右踵部にⅡ度の褥瘡を形成
医師は、24日に若井さんの仙骨部にⅣ度の褥瘡を見つけ、軟膏の処置を指示しました。若井さんは25日には看護師さんと普通に会話ができる程度に意識は回復し、熱も落ち着きましたが、麻疹脳炎の後遺症と思われる両下肢の運動障害を生じていました。その結果、25日にはさらに左踵部にⅣ度の褥瘡、27日には右踵部にⅡ度の褥瘡が見つかりました。
memo褥瘡
体に加わった外力は骨と皮膚表層の間の軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り褥瘡となる。
文献1)より引用
4看護師が体位変換を怠ったとし、医療訴訟へ
若井さんは、両下肢の運動障害のリハビリと褥瘡の治療のため、Y病院へ転院しました。その後、仙骨部褥瘡の切開手術を行い、若井さんの褥瘡が完治するまでに半年以上かかり、深い醜状瘢痕が残ってしまいました。
若井さんはX病院に対し、意識障害を起こして体を動かすことができなかった間、適切な体位変換が行われなかったことで重度の褥瘡が発症したとして、500万円の損害賠償請求を行いました。
褥瘡の医療訴訟から学ぶこと~褥瘡予防を行ったとされる看護記録とは~
Point!
- 2時間ごとの体位変換が記録化されていない!それが訴訟の敗訴の原因。看護記録は看護業務を客観的に証明する重要な書類です。
- 「褥瘡は看護の恥」? ガイドラインを正しく理解し、適切な褥瘡予防を行いましょう。
看護記録は、看護業務を客観的に証明する重要な書類です
裁判において、看護師さんは褥瘡予防措置として2時間ごとの体位変換を行ったと主張しましたが、看護記録には2時間ごとの体位変換を示す記載はなく、看護計画も破棄されていました。そのため、褥瘡予防措置として2時間ごとの体位変換を行ったことは認められませんでした。訴訟では、体位変換を実施したかの有無が看護記録に記載されているかが重要となります。
看護記録には遂行した事実と観察・評価なども記載しましょう。
本件では、仙骨部の褥瘡がNPUAP分類でⅣ度という重症の状態で発見されました。若井さんが、発熱による意識障害があり、発汗も多かった20日~21日の間に褥瘡は発生したと認定されました。しかし、この間の看護記録には、日に何度も清拭をしており、「B.B(ベッドバス、清拭のこと)施行」とありましたが、もし、「仙骨部発赤なし」等の記載があれば、褥瘡予防措置として必要な皮膚の観察をしていると認められ、この時期の褥瘡の発生を防げていたことが裏付けられたかも知れません。
ガイドラインを遵守し、適切な褥瘡予防・管理を
褥瘡は、重症度や深達度で評価され、それによって褥瘡の管理方法が異なります。また、患者さんの全身状態によっては体圧分散式マットレスの選択等が褥瘡予防措置の判断指標にもなります。残念ながら、若井さんには、体圧分散式マットレスは使用されていませんでした。
本件の結末 ~ 原告側の主張が認められ、病院に120万円の損害賠償が発生
看護記録には、2時間ごとの体位変換を行ったという記載がなく、看護師さんが褥瘡予防を行っていたという事実が認められませんでした。また、仙骨部と左踵部は最重度の褥瘡であり、手術や長期期間の入院が必要となりました。2時間ごとの体位変換を中心とする褥瘡予防処置を実施しなかった過失があったとし、慰謝料120万円の損害賠償が認められました。
2時間ごとの体位変換を行った看護記録がなかったために、
褥瘡の予防措置が行われていないとなったのですね。
患者さんの状態に応じた褥瘡予防措置を取る必要があります。
そのために指標となるものがガイドラインであり、看護記録は、ケアを実施した、観察したということを示すものとなります。
看護師が知っておくべき法律の知識
看護師が知っておくべき法律の知識
褥瘡予防や管理を怠ると、全身性の感染に移行し、死亡に至るケースもあり、過去の訴訟でも病院の過失が認められた事例もあります。
今回の事例は、2時間ごとの体位変換の記録がなかったことが、問題でしたよね?
記録のほかに、褥瘡予防に必要なことはありますか?
もちろん記録は重要ですが、正しく褥瘡予防を行うためには、褥瘡のガイドラインなどを遵守し、看護計画や看護記録に記載することが大切になります。
褥瘡は看護の恥?
従来「褥瘡は看護の恥」とされ、褥瘡の予防や治療は看護師の経験や勘にゆだねられ、積極的に介入する医師も少なく、円座の使用や皮膚のマッサージ、患部の乾燥などの誤った措置が取られることもありました。しかし、褥瘡が発生し、重症化すると、感染症などの要因にもなり、何よりも入院の長期化につながります。そこで、日本褥瘡学会をはじめとする関係団体により、褥瘡の研究が進み、「科学的根拠に基づく褥瘡局所治療ガイドライン」(2005 年)やその改訂版とも言うべき「褥瘡予防・管理ガイドライン」(2009年)が示されたことで、褥瘡予防措置が科学的根拠に基づいて行われるようになりました。
褥瘡予防対策は病院の義務!!
一方で、国も褥瘡対策の重要性を認識し、手立てを打ってきました。2002年度の診療報酬改定では、「褥瘡対策未実施減算」を創設。褥瘡対策が整備されていない医療機関の入院基本料を引き下げる施策を講じました。この減算は、2006年度には廃止されています。
また、2004年度に「褥瘡患者管理加算」が、2006年度には「褥瘡ハイリスク患者ケア加算」がそれぞれ新設され、褥瘡対策を実施している医療機関が評価されるようになりました。
さらに、2012年度からは褥瘡対策が入院基本料の施設基準となって、実施していることが病院の義務の一つとなり、褥瘡看護計画書や褥瘡の評価などが各医療機関で規定されるようになりました。
[参考文献]
1)ガイドラインに基づくまるわかり褥瘡ケア.アルメディアWEB.(2017年6月30日閲覧)
2)TKC法律データべース.(2017年6月30日閲覧)
[次回]
第2話:褥瘡予防対策は病院の義務!看護師が知っておくべき3つのこと
⇒『ナース×医療訴訟』の【総目次】を見る
[執筆者]
大磯義一郎
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 教授
谷口かおり
浜松医科大学医学部「医療法学」教室 研究員
Illustration:宗本真里奈