咳嗽(がいそう/咳)・痰に関するQ&A
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『看護のための症状Q&Aガイドブック』より転載。
今回は「咳嗽(がいそう/咳)・痰」に関するQ&Aです。
岡田 忍
千葉大学大学院看護学研究科教授
咳嗽・痰に悩む患者からの訴え
- ・「咳が出ます」
- ・痰が絡みます
〈咳嗽・痰に関連する症状〉
〈目次〉
- 1.咳って何ですか?
- 2.風邪の時に咳が出るのはどうして?
- 3.咳のメカニズムは?
- 4.咳のスピードは?
- 5.何が咳を起こすの?
- 6.咳の原因となる刺激はどこで感じるの?
- 7.痰(たん)って何ですか?
- 8.気道の中はどうなっているの?
- 9.どんな時に痰が出るの?
- 10.咳や痰と疾病との関係は?
- 11.肺うっ血や肺水腫でどうして痰が出るの?
- 12.気管支拡張症ってどんな疾患?
- 13.喘息(ぜんそく)ってどんな疾患?
- 14.咳と痰の観察のポイントは?
- 15.咳と痰のケアのポイントは?
咳って何ですか?
まず、咳が出るのはどんなときか考えてみましょう。食事中にむせることがありますね。これは、食べ物が誤って気道に入り、それを出そうと咳込むのです。
つまり咳は、気道内の異物を体外に排出しようとする働きなのです。
風邪の時に咳が出るのはどうして?
気管支炎や肺炎などで気道に炎症が起きると、分泌物が増えます。それを体外に出そうとして咳が出ます。
咳のメカニズムは?
咳は、肺の中の空気を爆発的に一気に外に吐き出す運動です。速い空気の流れに乗り、気道中の異物を吐き出すのです。
咳は、図1のようなメカニズムで起こります。
図1咳のメカニズム
まず、異物を吐き出すのに必要な空気を肺に吸い込みます。これを吸入相といいます。
次に、声門を閉じ、吸い込んだ空気を肺に溜めます。呼気に関係する筋肉を収縮させて閉じ込めた空気に圧力をかけ、気道や肺の内圧を高めます。これを加圧相といいます。風船を膨らませて口を閉じ、外から圧をかける様子を想像してください。
最後に、声門を開けます。すると、圧が高まっているので空気は一気に排出され、気道にあるものも一緒に体外に吐き出されます。これが呼出相です。風船の口を開けたときに、勢いよく空気が出るのに似ています。
咳のスピードは?
1秒間に10~25mです。100mを4~10秒ですから、すごい速さです。
何が咳を起こすの?
気道に異物が入ると、粘膜が刺激されます。異物による刺激には、触れたものの化学的な性質によるものや、機械的なもの、炎症が起きたことによるものなどがあります。
たとえば、ミカンを食べているときに汁が誤って気道に入ると、ヒリヒリして咳き込みます。これは酸による刺激です。また、冷たい空気を吸い込んだときに、それが刺激になって咳が出ることもあります。
咳の原因となる刺激はどこで感じるの?
咳を起こす中枢は、延髄の咳中枢にあります。先に述べたようないろいろな刺激が気道粘膜にある受容体を刺激し、それが咳中枢に伝わります。そこから咳に関係する筋肉に「咳を出しなさい」という命令が出て、咳が起こります。
痰(たん)って何ですか?
気道の分泌物のことで、通常は咳によって喀出されます。
気道の中はどうなっているの?
気道の内側は粘膜でおおわれ、その表面は粘液で湿っています。気道の上皮には線毛があり、気道の奥から入口に向かって運動しています(図2)。
図2気道内の様子
吸気と共に吸い込まれた異物は、粘液に吸着され、線毛の運動によって口のほうに送られます。
運動会の大玉送りのイメージでいうと、頭上の大玉が異物で、両腕が線毛です。普通はこうして異物を気道の外に出しているのです。
どんな時に痰が出るの?
線毛の運動によって口まで送られた粘液や異物は、通常は唾液と一緒に飲み込まれてしまいますが、気道内の分泌物が過剰になると、気道の粘膜が刺激されて咳が起こり、痰として喀出されます。粘液の産生増加、病原性微生物の侵入や気道の炎症による滲出液などにより、分泌物が増えます。
咳や痰と疾病との関係は?
咳嗽や痰がみられる疾患の代表は、呼吸器の感染症(肺炎や気管支炎)です。風邪などで気道や肺の炎症があるときに咳や痰が出るのは、自分自身の経験からすぐに思い浮かぶでしょう。
それ以外にも、慢性の肺うっ血や肺水腫、気管支拡張症、慢性気管支炎、喘息などでも、咳嗽や痰がみられます。
肺うっ血や肺水腫でどうして痰が出るの?
肺うっ血は肺の血液の流れが滞っている状態、肺水腫は肺胞内に水が溜まっている状態です(図3)。
図3肺うっ血と肺水腫
肺うっ血が持続すると、血管内圧の上昇によって肺胞の毛細血管内の水分が漏れ出し(「血管内圧が上昇すると、どうして浮腫が起きるの?」参照)、肺水腫を起こします。慢性的な肺うっ血では、鉄さび色の痰やピンク色の痰が喀出されることがあります。どうしてこんな色になるのでしょうか。
肺の中には、肺胞まで侵入した異物を処理するために肺胞マクロファージという食細胞が存在しています。うっ血が続くと、漏出性出血(「出血・出血傾向」参照)が起こり、血管から漏れ出て肺胞に入り込んだ赤血球を、この肺胞マクロファージが食べてしまいます。赤血球は肺胞マクロファージの中で分解され、ヘモグロビンからヘモジデリンという褐色の色素が作られます。
このマクロファージが喀痰中に排出されるため、痰が鉄さび色になるのです。赤血球がそのまま痰に混入する場合はピンク色になります。
慢性的な肺うっ血の原因としては、左心不全が代表的です。
気管支拡張症ってどんな疾患?
高齢者によくみられる疾患です。本来なら、先に行くほど細くなる気管支が、円筒状になったり袋のように広がったりします。すると、溜まった痰が排出されにくくなり、細菌感染が起こりやすくなります。
COLUMN 痰で病気が分かる?
喀痰を採取して行う喀痰検査には、顕微鏡検査、細菌学的検査、細胞診があり、その結果から病気を推測することができます。
顕微鏡検査では、好酸球が多ければアレルギー性疾患が、クルシュマンらせん体やシャコールライデン結晶が見られたら気管支喘息が、褐色の色素をもつ細胞が見られたら慢性肺うっ血が、それぞれ疑われます。
痰にグラム染色やチールネルゼン染色を行えば、細菌や結核菌の有無がわかります。喀痰を培養すれば、肺炎の原因微生物を特定することができます。細胞診では異型性のある細胞が検出された場合は肺癌の疑いがあるため、肺癌のスクリーニングに用いられています。
喘息(ぜんそく)ってどんな疾患?
喘息では、粘液腺の増加や気管支平滑筋の肥大が起こって気道がせまくなり、粘膜は刺激に敏感になっています。発作時にはさらに気管支平滑筋の収縮によって気道が狭窄し、粘液でふさがって息を吐けない状態になります。ゼーゼーという喘鳴が特徴です。粘液を多く含んだ、透明でどろりとした痰が出ます。
痰を顕微鏡で見ると、粘液が固まってできたクルシュマンらせん体や、好酸球に由来するシャコールライデン結晶がみられます。
図4正常な気道断面と喘息の気道断面
咳と痰の観察のポイントは?
まず咳については、痰を伴う(湿性咳嗽<しっせいがいそう>)か、伴わない(乾性咳嗽<かんせいがいそう>)かをチェックします。気管支炎では、炎症が気道の上部に留まっているうちは乾性咳嗽でも、炎症が進むにつれて湿性咳嗽に変化することがあります。
また、痰があるようなら、痰の性状や量を観察し、原因を考えます。膿性でどろどろしている痰は、白血球を多く含んでいるためで、細菌による感染症が疑われます。逆に、さらっとした痰は、肺うっ血や肺水腫によるものと考えられます。気管支喘息の発作時や慢性気管支炎では、粘液状になります。
次に、何が咳嗽の引き金になったのかをチェックします。「いつ」「どんな時に」咳が出て、「どれくらい続いているか」などを聞き、何が刺激なのかを見極めます。
肺炎の原因がアレルギーというケース(「用語解説 過敏性肺臓炎」参照)も少なくありません。日本では、空調や加湿器の中のカビ、動物の糞などが原因のことが多いので、職業やペットの飼育の有無、住環境などについても詳しく尋ねましょう。
熱があるかどうか、大量の痰で気道が狭くなって呼吸困難(「呼吸困難」参照)やチアノーゼ(「チアノーゼ」参照)を起こしていないかを確認することも重要です。また、聴診器を当て、呼吸音を聞き、呼吸音の特徴についてもチェックしましょう。
用語解説 過敏性肺臓炎
環境中に存在する特定の物質を頻繁に吸入することにより、その物質に対するアレルギーが成立し、再びその物質を吸入すると発症する肺炎をいいます。感染症ではないので抗菌薬ではよくなりません。慢性化すると治療が難しくなるので、何度も原因不明の肺炎を繰り返す場合は過敏性肺臓炎を疑い、早く原因を特定して、環境中から取り除くことが重要です。
原因になる物質は、真菌や動物の糞中のタンパク質などです。日本に多いのは、夏型過敏性肺臓炎、空調肺です。原因になる真菌は気温が高いとよく増殖するため、夏に起こることが多いです。
そのほかに有名なものとしては、牧草についた真菌が原因になる農夫肺、ハトの糞が原因になる鳩愛好家肺などがあります。職業や動物の飼育に関連し、原因物質を吸入する機会の多い人達に集中して発生するので、この名前がつけられてています。
咳と痰のケアのポイントは?
咳は一種の運動なので、続くと体力を消耗します。場合によっては、就寝中に咳が出て睡眠を妨げることもあります。このように生活に支障をきたすような咳では、誘因を除き、必要に応じて薬剤で咳を鎮めて苦痛を和らげることが必要です。
咳に痰が伴うときは、痰が取れると咳も治まるので、呼吸筋の運動、ネブライザーの使用、体位ドレナージ、去痰薬の服用など、痰の喀出を促すケアをします。また、水分を十分に取り、適度な湿度を維持することによって気道の乾燥を防ぐことも忘れないようにしましょう。
COLUMN ネブライザー
気道に侵入した粒子が肺胞まで到達するには、その大きさが5μm以下とかなり小さい必要があります。
ネブライザーは、薬液を超音波などで振動させて小さな粒子(エアロゾル)にすることにより、気道の奥まで到達させる装置です。喀痰があったり痰の出にくい患者では、ネブライザーを使って痰を出しやすくする薬剤を吸入することがしばしばあります。
ところが、ネブライザーの回路が微生物によって汚染されていると、細かい粒子を気道の奥まで到達させるという長所が、逆に気道の防御システムを素通りして直接肺の奥まで微生物の侵入を許してしまうことにつながりかねません。実際に、ネブライザーを介して感染症が伝播されたという報告もあります。
ネブライザーを使用する場合には、薬液、回路の管理には十分注意しなくてはなりません。
※編集部注※
当記事は、2016年9月25日に公開した記事を、第2版の内容に合わせ、更新したものです。
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本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『看護のための 症状Q&Aガイドブック 第2版』 (監修)岡田忍/2024年7月刊行/ サイオ出版