「人食いバクテリア」が大流行~2024年上半期の感染症を振り返る
皆さん、こんにちは。
大阪大学の忽那です。
前回、私が2023年の感染症を振り返ったのが半年前・・・月日が流れるのは本当に早いですね。
私も半年分だけ年を取り、頭頂部も少し薄くなりました。
例によって、2024年上半期の感染症を振り返ってみたいと思います。
最大のニュースは「人食いバクテリア」
世間を騒がせているのはやはり何と言っても溶連菌感染症でしょう。
溶連菌性咽頭炎だけでなく、劇症型溶連菌感染症が増えているということで、メディアでも「人食いバクテリア」について連日のようにワイドショーなどで紹介されています。
「人食いバクテリア」ってすごい名前ですよね。
どうやら1990年代初頭から使われ始めた言葉のようですが、劇症型溶血性レンサ球菌感染症の中でも、特に壊死性筋膜炎の所見があるときに、この表現が使われるようです。
溶連菌が皮膚や筋肉などに感染して壊死してしまうと真っ黒になって細菌に食べられたように見える、ということからつけられた名前だそうです。
しかし、怖い名前です。
恐るべし、溶連菌!
溶連菌、というのは「溶血性レンサ球菌」の略称であり、レンサ球菌(Streptococcus spp.)というのはグラム陽性球菌の仲間です。 レンサ球菌属で他に有名なのは肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)ですね。
「溶血性レンサ球菌」の溶血性というのは、名前の通り血液を溶かす溶血素という毒素を持っています。ストレプトリジンS、ストレプトリジンOという溶血素です。
この写真のヒツジ血液寒天培地の上半分に溶連菌が発育してるんですが、培地に含まれる血液が溶血しているせいで向こう側が透けて見えています。完全溶血というものでβ溶血と呼ばれます。
血液を溶かすとは・・・恐るべし、溶連菌!
溶連菌にはLancefield(ランスフィールド)分類というものがあってA群からV群まで分かれています。現在、増えているのはA群溶連菌であり、さらにβ溶血させるので「A群β溶血性レンサ球菌」と呼ばれます。英語ではGroup A StreptococcusなのでGASとも呼ばれます。通は「ガス」とか言います。
このGASは、飛沫感染や接触感染によって咽頭炎を起こします。子どもに多い感染症ですが、成人でもみられることがあります。発熱と咽頭痛に加えて、首のリンパ節が腫れること、のどに白い苔が付着すること、咳が出ないこと、などが特徴です。診断された場合、ペニシリン系などの抗菌薬で5〜10日間治療を行います。
溶連菌の咽頭炎がめちゃくちゃ増えている
この咽頭炎がめちゃくちゃ増えています。
私は大学病院に勤めており、普通は大学病院で診るような感染症ではないんですが、そんな私でも溶連菌の咽頭炎を複数診るくらいに流行っている状況です。
定点当たり報告数では、例年の平均を大きく上回っており、+2SDすら超えています。
溶連菌性咽頭炎が増えているだけでなく、前述の通り劇症型溶連菌感染症も増えています。2024年22週の時点で977例に達しており、まだ半年を残しているにもかかわらず年間報告数は過去最高となっています。
劇症型溶連菌感染症は、発熱、多臓器不全、ショックを呈する疾患で、壊死性筋膜炎を合併することもあります。重症度が極めて高い疾患で、致死率は3割にも達するとされています。
背景には「社会におけるコロナ後遺症」
なぜ溶連菌による感染症が増えているのか、という話ですが、これは「社会におけるコロナ後遺症」とも言うべきものです。
前回もインフルエンザやRSウイルス感染症の流行に関して「コロナの影響」だとお話しましたが、今回の溶連菌の流行についてもコロナが関連していると思われます。
コロナが流行していた時期は、ほとんどの人がマスクをつけて手洗いをしっかり行うという感染対策が行われており、コロナだけでなく他の接触感染や飛沫感染で伝播する感染症も伝播しにくい状況でした。
したがって、コロナが流行しはじめた2020年から2023年5月くらいまでは溶連菌感染症も異常なまでに減っていました。
そして、ちょうど2023年5月にコロナが5類感染症になった頃(第19週)から、溶連菌性咽頭炎が増加してきているのがお分かりかと思います。
これは、コロナ5類化の影響で、社会全体の感染対策が緩和され伝播が起こりやすくなったこと、海外から日本を訪れる旅行者が増えて人流が増え病原体が持ち込まれるリスクが増えたことなどが関係していると考えられます。
「感染症マーチ」が起きている
こうしたコロナの影響で減っていた感染症が、次々とコロナ5類化後に再び流行してきている様子は「感染症マーチ」とも言える状況です。
RSウイルス感染症、インフルエンザ、溶連菌性咽頭炎・劇症型溶連菌感染症、手足口病などコロナ禍で激減していた感染症が日本でも次々と流行しています。
またマイコプラズマ肺炎は現在も過去5年間と比較して多くなっており、今後の拡大が懸念されます。さらに中国やヨーロッパなどの海外では百日咳が流行しており、いずれ日本国内でも流行が起こる可能性が高いでしょう。
百日咳はワクチンで予防可能な疾患ですので、特に小児についてはこれからの流行に備えてワクチン接種歴を確認しておきましょう。
このような「社会におけるコロナ後遺症」としての「感染症マーチ」はまだしばらく続くでしょう。
このような「感染症マーチ」までを含めて、次の新興・再興感染症に備えて対策を練っておく必要があるということだと思います。
米国で流行中の「鳥インフルエンザ」、日本では?
海外の感染症の話題としては、鳥インフルエンザの流行が挙げられます。
特にアメリカではClade2.3.4.4bと呼ばれる高病原性鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)が拡大しています。アメリカの野生鳥類から商業養鶏場へ、そして牛などの家畜へと急速に拡大しています。
今回のアメリカでの流行の特徴の一つとして、鳥類以外にも乳牛やヤギ、猫などの哺乳類からも感染例が報告されていることであり、さらに乳牛からヒトに感染したと考えられる事例が3例発生しています。幸いなことに、いずれの症例も結膜炎の症状など軽症の患者のみであり、1例目の方はすでに回復しているとのことです。
日本の状況はといいますと、2023-2024シーズンの冬には野鳥、家禽からH5N1などの鳥インフルエンザが発生しましたが、現在は発生数は減少傾向にあります。また今のところ乳牛などの家畜への感染例も報告されていません。2003年以降、アメリカからの生きた牛の輸入は停止されていることから、鳥インフルエンザに感染した牛が日本に持ち込まれるリスクもないと考えて良いでしょう。
以上のことから、日本国内では、現時点では鳥からヒトへの感染、牛からヒトへの感染のいずれもリスクは低いと考えられます。しかし、世界的に鳥インフルエンザが拡大している現状を考えると、今後も日本国内の野鳥、家禽、そして哺乳類のインフルエンザサーベイランスは重要と考えられます。
ということで、2024年上半期の感染症を振り返ってみました。
この原稿をお引き受けした際は「半年ごとに感染症の話題なんかないわよ」と思っていたものの、書いてみれば意外とありますね。
それでは皆さん、また年末にお会いしましょう(しらんけど)。
この著者の前の記事
参考
- 感染症発生動向調査週報 2024年第22週(第22号)(国立感染症研究所)
- 中国の百日咳流行と死亡例の増加 2024.4.22(日本感染症学会 海外感染症情報
- 高病原性鳥インフルエンザの発生・感染報告状況(2024年6月19日現在)(農林水産省)
大阪大学医学部附属病院 感染制御部 / 感染症内科 教授忽那賢志
感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。
看護roo!編集部 烏美紀子(@karasumikiko)
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