「100歳を自宅で迎えたい」母娘にとって必要な延命治療

 

どうしても「死へ向かう母親」を受け入れられない娘さん

僕が診療を担当しているFさんが先日、101歳の誕生日を迎えました。

 

脳梗塞後の廃用症候群摂食障害、衰弱しきった状態のFさんへの訪問診療の依頼があったのが98歳の時でした。

 

初めてお会いした時、「これは脳梗塞後遺症というよりは老衰の要素が強いのではないか」。そう感じましたが、入院中の治療経過に納得できていない娘さんは、その考え方を受け入れることは到底できませんでした

 

母一人、子一人。
お互いに支え合って生きてきた数十年。

 

「ちゃんと治療してもらえたら母はもっと元気でいられたはず。母のいない人生なんて想像できない」

 

涙を流す娘さんを前に、「老衰という運命を受け入れろ」とはとても言えませんでした。

 

目標は100歳の誕生日を母娘で自宅で迎えること

口からの食事水分は1日200mL程度がやっと。経管栄養は希望されなかったので、点滴を開始しました。

 

しかし、98歳の脆い末梢静脈はすぐに使えなくなりました。娘さんは皮下輸液を「そんなの点滴じゃない」と当初は拒絶していましたが、血管ルートの確保ができないことを説明すると、しぶしぶ承諾してくれました。ただ、点滴された水分は皮下に浮腫として溜まっていきます。かといって輸液を絞ると尿量は減り、娘さんはパニックになりました。

 

そこで病院主治医と相談し、CVポートを造設、在宅での中心静脈栄養を開始しました。

 

娘さんは在宅介護を一手に引き受けました。
丁寧な口腔ケア、排泄ケア、スキンケア
ヘルパーや訪問看護師の処置に納得できず、何度も摩擦が起こりました。

 

外部サービスを上手に利用することができず、娘さんは介護に関する問題を一人で抱え込んでいきました。

 

さらに、娘さんは母親の病状の変化に対しても神経をすり減らしていきました。

 

診療のたびに現在の状態や予測される経過の見通しを説明していましたが、「母に何かあったら」とクリニックにも頻回に電話をかけてこられました。そのうち、僕以外の代診医の対応に納得できず、常に僕の携帯電話に直接連絡が来るようになりました。

 

 

「母の平熱は36.2℃なのに、今日は36.8℃もあるんです。いつもより苦しそうに見えるけど、大丈夫でしょうか」
「いつもより元気がないんです。以前、こんな症状なら受診しなくても大丈夫って言われたけど、結局、そのあと脳梗塞でした。なので心配です」

 

電話で説明しても娘さんの不安を払拭できないことが多く、たびたび往診しました。
全身を丁寧に、時間をかけて診察し、「大丈夫ですよ」と説明しても、「本当に大丈夫でしょうか?」と食い下がられたりもしました。

 

Fさんの初診時の目標は、100歳の誕生日を母娘で自宅で迎えることでした。

 

Fさんへの訪問診療の依頼を受けてからハラハラドキドキの1年半でしたが、昨年の6月、目標を達成することができました。

 

僕も花束をお持ちしてベッドサイドで一緒にお祝いしました。
総理大臣名義の銀杯が届き、都知事や区長からもたくさんの記念品が贈呈され、とても賑やかな楽しい思い出になりました。

 

少しずつ受け入れ始めた「母親の人生のゴール」

それから1年。
娘さんは、多少の発熱には自分で対処できるようになったり、入浴前にポート針を抜くこともできるようになったりしました。

 

また、代診医の電話再診や往診を受け入れることができるようにもなりました。
そして、母親の人生が少しずつゴールに近づいていることも受け入れつつあります

 

Fさんが旅立った後、娘さんが社会と断絶状態にならないよう、ヨガスクールの講師など、以前の活動を再開するようアドバイスすると、娘さんのカレンダーには少しずつ訪問診療・訪問入浴以外の予定が書きこまれるようになってきました。

 

娘さんの不在時には、ヘルパーによる介護や見守りも行われるようになりました。

 

そして今年、101歳の誕生日、僕は忙しくて何も準備することができませんでした。ただ、祝福の言葉をお伝えしたところ、逆に記念品をいただきました。

 

「こうやって家で誕生日を迎えられたことの感謝をみんなに伝えたい」と。

 

 

「大切なもの」に気づくための「延命治療」という時間

Fさんへの治療は、世間的には延命治療というのかもしれません。 だけど、Fさんと娘さんにとって意味のある時間ならば、できるだけその時間が取れるよう、医療者が支援してもいいのではないでしょうか。

 

娘さんは今、中心静脈からの栄養や水分の投与を減らすことを考え始めています。

 

「今のお母さんの状態は病気によるものなのか、それとも生きものの宿命としての加齢に伴う衰弱によるものなのか」
「どこまでの積極的な治療がよりお母さんにとって望ましいのか」
「何がお母さんにとって一番の選択なのか、もし自分がお母さんの立場だったら何を望むのか…」

 

「母のいない生活は考えられない、母を絶対に死なせたくない」
そんな思いでスタートした在宅療養生活は、徐々に変化しつつあります。

 

患者さんやご家族が書く物語は、その時々の心身の状況によって筋書きが大きく変わってきます。

 

自分たちにとって本当に大切なものは何なのか。

 

患者さんやご家族が、それに気づくための時間的・精神的な余裕をつくり出すことも、僕たち医療者の大切な仕事なのかもしれないと思います。

 

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執筆
sasakijun、佐々木淳

医療法人社団悠翔会 理事長・診療部長佐々木 淳

1973年京都市生まれ。手塚治虫のブラックジャックに感化され医師を志す。1998年筑波大学医学専門学群を卒業後、社会福祉法人三井記念病院に内科研修医として入職。消化器内科に進み、主に肝腫瘍のラジオ波焼灼療法などに関わる。2004年、東京大学大学院医学系研究科博士課程に進学。大学院在学中のアルバイトで在宅医療に出合う。「人は病気が治らなくても幸せに生きていける」という事実に衝撃を受け、在宅医療にのめり込む。2006年、大学院を退学し在宅療養支援診療所を開設。2008年、法人化。医療法人社団悠翔会・理事長に就任。2021年より 内閣府規制改革推進会議専門委員。
現在、首都圏ならびに愛知県(知多半島)、鹿児島県(与論町)、沖縄県(南風原町・石垣島)に全24拠点を展開。約8,000名の在宅患者さんへ24時間対応の在宅総合診療を行っている。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

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