「HbA1c目標は7~8%」は受け入れられるか|米国内科学会が発表した糖尿病治療指針で議論
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「2型糖尿病患者のHbA1c目標値は7~8%でよく、6.5%未満になれば薬物治療を減弱すべき」――。
米国内科学会(ACP)が発表した新しいガイダンスステートメント(以下、ACP2018)が、波紋を広げている。血糖コントロールの目標をHbA1c7.0%未満とする米国糖尿病学会(ADA)は、直ちに反対を表明。何がこの違いにつながったのか。
ACPは3月6日、「2型糖尿病患者の薬物治療に当たり、全ての臨床医が血糖コントロール目標を設定する際の指針」と位置付けるガイダンスステートメントを発表した(論文はAnn Intern Med. 2018;168:569-76.)。
ステートメントは以下の4つからなる。血糖コントロール目標の個別化こそADAと同じ考え方だが、具体的な目標値としてほとんどの患者でHbA1c7%を下限とする7~8%としたほか、余命が10年以内と推定される患者に対しては、HbA1cの目標値も不要とした。
妊娠していない成人2型糖尿病患者を対象とした、薬物治療時の血糖コントロール目標に関する4つのACPガイダンス・ステートメント(出典:Ann Intern Med. 2018;168:569-76.)
[1]薬物治療の利益と害、患者の希望、患者の総合的な健康状態と予測される余命、治療の負荷、医療費に関する話し合いに基づいて、臨床医は2型糖尿病患者の血糖コントロール目標を患者ごと個別に設定すべきである。
[2]ほとんどの2型糖尿病患者で、臨床医はHbA1c7~8%を目標とすべきである。
[3]HbA1cが6.5%未満に達した2型糖尿病患者では、臨床医は薬物治療の減弱を検討すべきである。
[4]高齢(80歳以上)、介護施設居住、慢性疾患の合併(認知症、癌、末期腎疾患、重度の慢性閉塞性肺疾患・心不全など)で余命が10年未満と予測される患者では、害が利益を上回るため、臨床医はHbA1cの目標値を設けず、高血糖に伴う症状を最小限にするよう治療すべきである。
米国で広く使われている糖尿病の診療ガイドラインは、ADAが毎年改訂版を発表している「Standard of Medical Care in Diabetes」(以下、ADA標準治療)だ。
妊娠していない成人2型糖尿病患者のHbA1c目標値は7%未満とした上で、重篤な低血糖を起こさなければ6.5%未満といったより低い目標値の設定を、また余命が限られる高齢患者などでは8%未満といった目標値の緩和を許容している。
内容の差異が大きかったことからADAは即座に、ACP2018が打ち出した目標値の緩和には反対であることを表明(関連記事)。7%と8%の差は小さく感じるが、血糖値では30mg/dL程度の差になり、それだけ高い状態で長期間経過すれば細小血管症のリスク上昇は明らかで患者にとって害が利益を上回ると反論した。
何を重視するかで変わる結論
ACP2018もADA標準治療も、学会が認証した委員会がエビデンスを集め、それに基づいて議論しまとめられた文書であることは変わらない。なぜ、このような違いが生じたのか。
実はACP2018が検討対象とした主たるエビデンスは、ACCORD試験、ADVANCE試験、UKPDS試験、VADT試験の4つしかない。いずれもHbA1c目標値が低い積極治療群と目標値が高い標準治療群を設定し、積極治療の有効性を検証したランダム化比較試験(RCT)として知られる。
もっとも、UKPDSは1970年代後半に開始され主論文の出版が1998年という、今では古典的な試験だ。残りの3試験も2000年代前半に開始され結果の発表が2010年前後。
ジペプチジルペプチダーゼ(DPP)-4阻害薬やグルカゴン様ペプチド(GLP)-1受容体作動薬、ナトリウムグルコース共輸送担体(SGLT)2阻害薬が広く使われている現在とは多くの相違がある。この間にインスリンも、分子構造を一部修飾した超速効型や持効型が登場した。
しかも2015年以降、SGLT2阻害薬エンパグリフロジンを使ったEMPA-REG OUTCOME試験、GLP-1受容体作動薬リラグルチドを使ったLEADER試験など、心血管イベントの有意なリスク低下を示した大規模なRCTが相次いで発表された。だがACP2018では、これらを検討対象に含めなかった。
理由はやや複雑だ。ACPはステートメント作成の目的を、「薬物治療の目標値を決める手がかりを臨床医に提供する」とした。
その観点から参照すべきエビデンスを、上述のようにHbA1c目標値が異なる2群を設定して、より低いHbA1c値を目指したときの利益と害を検証しているRCTに限定した。
EMPA-REG OUTCOMEは標準治療にエンパグリフロジンを上乗せしたときの心血管安全性を検証した試験であり、HbA1c目標値を設定して効果を比較した試験ではないことから、今回は除外された。LEADERも同様だ。
また、ACP2018では評価すべき項目として、糖尿病合併症よりも生命予後の改善と低血糖リスクの回避を重視した。
上述の4試験で総死亡の有意な減少を認めたものは、UKPDSの中で過体重の患者にメトホルミンを投与した試験のみ。糖尿病の大血管合併症であり死亡に直結しやすい心血管イベントも、有意なリスク減少を示すことができなかった。逆に、4試験すべてで低血糖のリスクは積極治療群の方が有意に増加した。
一方、糖尿病腎症や網膜症などの細小血管合併症は、血糖コントロールとの関連が強いことが知られている。
細小血管症は4試験すべてで積極治療群における有意なリスク減少を認めたが、いずれもアルブミン尿の進展といった代理エンドポイントであり、失明や透析導入などハードイベントのリスク減少は一貫していないという理由で、こちらもステートメントには反映されなかった。
日経メディカルOnlineで連載「糖尿病治療のエビデンス」を執筆する聖路加国際病院(東京都中央区)内分泌代謝科部長の能登洋氏は、「ACPが出すステートメントは、プライマリケア医全般を対象としている。
糖尿病治療の大半を担うプライマリケア医にとって、糖尿病の薬物治療において重点を置くことは生命予後の延長であり、最も避けたい事象は低血糖となる。
HbA1c7%未満を目標に治療しても、総死亡や心血管死亡は減らせず低血糖が増えるのでは意味がないと端的に結論されたのだろう」と分析する。
だが、現在広く使われているDPP-4阻害薬やGLP-1受容体作動薬、SGLT2阻害薬などは、上述の4試験で多く使われたインスリンやSU薬に比べ低血糖のリスクは低い。しかも、RCTで心血管イベントなどのリスク減少が示された薬剤もある。
これらを使ってより低いHbA1c目標値を安全に達成できるなら、生命予後や糖尿病合併症予防という利益も大きくなることが期待できる。
「目標値を個別化するという方針は妥当だが、1世代前の薬剤によるエビデンスのみに基づいたACP2018は、薬物治療の内容が大きく変わった今日の実臨床に必ずしも適合せず、レビュー報告書という絵に描いたモチになってしまった。
診療ガイドラインは実用性も重視する。クリニカルクエスチョンに基づいたレビューを行い、直接の検討対象とならなかったエビデンスや合併症予防についても、重要なものはエキスパートオピニオンとしてステートメントに反映させることが望ましかった」と能登氏は指摘する。
我が国のガイドラインに与える影響は
我が国の血糖コントロール目標は、HbA1c7%未満を基本としつつ、低血糖を起こさず達成可能なら6%未満、低血糖などにより治療強化が難しい症例では8%未満を考慮という、いわゆる6・7・8(%)方式だ(図1)。
図1 我が国における血糖コントロール目標(日本糖尿病学会) |
高齢者については、患者の健康状態や認知機能のほか、低血糖のリスクがある薬剤の使用の有無などに基づき目標値が緩和されるようになっている(図2)。では、ACP2018は我が国のガイドラインに影響を与えるのだろうか。
図2 我が国における高齢者糖尿病の血糖コントロール目標(日本糖尿病学会、日本老年医学会) |
日本糖尿病学会理事長の門脇孝氏は、「高齢者に対する治療目標の緩和に関しても、このように患者ごとの条件を勘案して判断すべきで、ACP2018のような一律的な緩和には賛成できない」と話す。
昨年11月、日本人の2型糖尿病患者を対象に、血糖、血圧、脂質の3因子に積極介入することで心血管リスクが抑制されるかを検証したJ-DOIT3試験の結果が発表された(関連記事)。
主要評価項目(総死亡、脳卒中、心筋梗塞、血行再建術施行の複合)では有意差はつかなかったものの、脳卒中、腎症イベント、網膜症イベントなどで積極治療群(追跡期間平均HbA1c6.8%)の方が標準治療群(同7.2%)よりも有意なリスク減少を示した。
また重症低血糖も積極治療群で有意な増加は観察されず、全ての有害事象の件数やその内容に差異は認めなかった。
「J-DOIT3は血糖だけでなく脂質と血圧へも介入した成績だが、HbA1cが6.8%まで下がった積極治療群で一定の効果を認め、安全性も確保されていた。現行の血糖コントロール目標であるHbA1c7%未満を支持する結果であり、本試験からも7%以上に緩和すべきという主張の根拠は希薄といえる。我が国のガイドラインがACP2018に追従するようなことはないだろう」(門脇氏)とのことだ。
<掲載元>
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