せん妄◆最小限の鎮静と早期離床で予防できる|集中治療はここまで変わった《1》
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せん妄◆最小限の鎮静と早期離床で予防できる
人工呼吸器管理中も覚醒させる、速やかに経腸栄養を開始して早期離床を進める──。ここ数年、集中治療室(ICU)における患者の管理が様変わりしている。救命できても、認知症を発症したり寝たきりになるなど、ICU退室後の有害事象が問題視されているからだ。長期予後の改善を見据えた現場の新潮流をリポートする。
(末田聡美=日経メディカル)
「一昔前のICUでは、患者が夜中に暴れたりチューブ類を自己抜去することが頻発していたが、一時的な症状だから仕方がないという認識を皆が持っていた」。自治医科大学麻酔科学・集中治療医学講座教授の布宮伸氏はこう振り返る。こうした言動はICUのストレスが多い環境の影響で起こるものであり、一般病棟に移れば良くなると誰もが考えていたという。
だが、「ICU症候群」などと呼ばれていたこれらの症状の多くは、実はせん妄であることが明らかになってきた。せん妄は環境の影響ではなく何らかの身体的要因があって発症する。2000年以降には、ICU在室中にせん妄を発症すると退院後の長期生存率が下がったり、認知機能低下や心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症により社会復帰できないなど、長期予後を悪化させるという海外の報告が相次ぎ、徐々に現場の認識は変わってきた。
せん妄は急性の脳機能障害
これらの報告を基に、2013年には米国クリティカルケア医学会が「疼痛・不穏およびせん妄の管理に関する臨床ガイドライン(PADガイドライン)」を公表。国内でもその内容を受けて2014年に日本集中治療医学会が「日本版・集中治療室における成人重症患者に対する痛み・不穏・せん妄管理のための臨床ガイドライン(J-PADガイドライン)」を公表した。
このガイドラインでは、ICUで起こるせん妄は、重症患者に発生する多臓器障害の1つで、中枢神経系の急性脳機能障害の一徴候であり、長期予後を悪化させるものだと示された。バイタルサインや心電図、血液ガス分析などによる呼吸機能、循環動態のモニタリングと同様に、せん妄も脳の機能障害として経時的に評価し、予防していくことが強く推奨された。
「集中治療の現場は、患者を救命して終わりではなく、その後の長期的なQOLを上げることを目指して、せん妄管理をはじめとした対策に取り組み始めている」と布宮氏は話す。
そもそもせん妄とは、「注意力の欠如や思考の錯乱、意識レベルの変化などが急性に発症し、症状の変動を伴うもの」と定義される。出現する症状によって、
(1)易刺激性、興奮・錯乱や不穏、幻覚などの症状を示す「過活動型」、
(2)注意の低下、不活発、不適切な会話などの症状を示す「低活動型」、
(3)両者の特徴を示す「混合型」──の3つに分類される。
「せん妄対策チーム」を作り、せん妄予防に取り組んでいる自治医大附属さいたま医療センターの讃井將満氏。
「過活動型は治療の妨げにもなりやすいため目立つが、実は重症患者では低活動型が多く、定期的にモニタリングを行わないと見逃してしまう」と自治医科大学附属さいたま医療センター麻酔科・集中治療部教授の讃井將満氏は指摘する。
痛みなく活動できる状態目指す
では、せん妄を予防し長期予後を改善するために、先駆的な施設ではどのような取り組みが進んでいるのか。
人工呼吸器とECMO管理下でも覚醒して過ごす様子
医師と筆談でコミュニケーションを取る60歳代男性。重症肺炎のため人工呼吸器とECMO(体外式膜型人工肺)による管理を受けている。フェンタニル持続投与で鎮痛を図り、日中は覚醒して過ごし、座位や立位などの離床も進めている。 (提供:藤田保健衛生大学の西田修氏)
まず欠かせないのが、十分に痛みを取った上で、鎮静を最小限にすることだ。日中は活動できる状態にし、夜は眠れる状態を目指す。なるべく日常生活に近い状態で過ごさせることでせん妄を予防できるといわれている。
従来、ICUでは深い鎮静でいかに眠らせるかが検討されてきたが、過度の持続鎮静はICU入室期間の延長や長期予後の悪化につながる上、せん妄の要因にもなる。そもそも、日中ある程度覚醒していないと、せん妄の有無を評価できないという事情もある。
ただ、覚醒させるためには疼痛を十分取り除くことが前提となる。讃井氏は、「侵襲的治療の有無にかかわらず『ICUの患者は全員痛みを伴っているもの』という認識を持ち、全員に定期的な痛み評価を行い、本人がつらくない状態を目指すべき」と話す。
例えば自治医大病院ICUでは、表情や身体の動きなどから痛みの程度を評価するスケールBPS(behavioral pain scale)で人工呼吸器管理下の患者などを2時間置きに評価。合計スコア4点を目指している(図1)。
図1 鎮痛・鎮静の目標のイメージ
鎮痛評価スケールBPSで4、鎮静評価スケールRASSで日中は0(意識清明)~-1(傾眠状態)、夜間は-3(中等度鎮静)の状態を目標として、2時間置きに評価。薬剤を増減したら30分~1時間後に評価。(自治医大病院集中治療部のプロトコルを一部改変)
また鎮静レベルは、鎮静の質と深さを-5~+4の10段階で評価するスケールRASS(richmond agitation-sedation scale)で、日中は0~-1(意識清明な落ち着いている状態~傾眠状態:呼び掛けに10秒以上の開眼およびアイコンタクトで応答)、夜間は-3(中等度鎮静:呼び掛けに動き、または開眼で応答するがアイコンタクトなし)の状態を目標として、薬剤を調整。日中の覚醒を促すため、毎朝1回鎮静薬を中断している。
せん妄の評価は、鎮静と鎮痛のバランスが取れた状態で定期的に行うのがポイントだ。自治医大病院では、せん妄評価ツール「CAM-ICU」を用いて8時間置きに評価を行い(図2)、状態がおかしいと思えばその都度評価している。
図2 せん妄評価の流れ
(せん妄評価スケール「CAM-ICU」を基に編集部作成)
所見1と所見2を満たし、かつ所見3もしくは所見4を満たす場合に「せん妄あり」と評価する
スケールで「せん妄あり」と判定されれば、血圧低下や低酸素血症などの原因がないか検索して身体的要因を取り除くとともに、精神科にコンサルトし早期の改善を目指す。「鎮痛・鎮静・せん妄の管理を始めて、自己抜管は圧倒的に減った」と布宮氏は効果を実感する。
BZ系薬の使用は控える方向へ
「状態変化に最も早く気付けるのは看護師であるため、鎮痛・鎮静・せん妄の評価や薬剤量調節は看護師が行えるよう、包括的な指示を記したプロトコルを作成している」と布宮氏。
薬剤選択では、鎮痛薬としてはフェンタニルの持続投与を行う。国内で使用できる鎮静薬はデクスメデトミジン、プロポフォール、ベンゾジアゼピン(BZ)系薬であるミダゾラムの3種類。だが最近、BZ系薬は他剤と比較してせん妄の発生頻度が高く、せん妄の危険因子になるといった報告が出され、PADガイドラインやJ-PADガイドラインでは使用の推奨度が低い。
讃井氏は、「ミダゾラムの持続投与は極力行わない。デクスメデトミジンは認知機能を良好に保つ利点があるため使用することが多いが、催眠作用などが低い。筋弛緩薬投与が必要だったり腹臥位管理が必要な重症者の場合は、まずプロポフォールを投与することが多い」と、使い分けのポイントを説明する。
せん妄の予防や治療として、現時点では有効性が証明された薬物はない。唯一予後を良くするエビデンスがあるのは早期からのリハビリテーションであり、J-PADガイドラインでも実施を強く推奨している。
ただ、具体的にいつからどの程度の離床や運動を進めるべきかの指針はなく、現場の判断で行われている。現在、集中治療医学会では「集中治療室における早期リハビリテーション~早期離床やベッドサイドからの積極的運動に関する根拠に基づくエキスパートコンセンサス」を作成中で、早ければ年内には公表される予定だ。
なお、せん妄対策の一環として、生活リズムを整えて療養環境をできるだけ日常生活に近付けることがよいと考えられており、ICUの療養環境も大きく変わりつつある。夜間は睡眠を促進するために光や音をコントロールする(アラーム音を消す、モニター画面を暗くする、耳栓をする)、昼間は好きな音楽をかけたりテレビを見てもらう、いつでも家族の面会を可能にするなど、見当識を保つための取り組みを進めるICUが増えている。
増える高齢者の手術術後認知機能障害でも予後悪化
「高齢化と医療技術の向上により高齢者が手術を受ける機会は年々増えているが、手術を契機に術後認知機能障害が生じ、その後のQOLが低下するケースが少なくない」。高知大学麻酔科学・集中治療医学講座教授の横山正尚氏はこう話す。
術後認知機能障害(POCD)は、急性発症するせん妄とは異なり、術後緩徐に発症し、持続時間が長い認知機能障害を指す。POCDを生じると長期生存率が低下し、かつ退院後の就労率も低くなるといった報告(図A)があり、麻酔科医の間で問題視されている。
POCDの最も重要な危険因子は高齢であり、脳血管疾患の既往、高侵襲・長時間の手術などもリスクとなる。
POCDの発生機序や予防策は不明だが、「我々の基礎研究では、手術による影響で海馬での脳内炎症反応が強くなるほど認知機能が低下することが分かっており、この反応を抑えられればPOCDの発症予防につながる可能性がある」と横山氏。炎症反応を抑える方法として、術前からの身体・認知機能を高める活動が期待されている。
手術の侵襲を少なくすることや術後の効果的な疼痛管理も、脳内炎症を抑制できる可能性があると横山氏らは報告。「今後は、術前に認知機能を評価した上で、術前からのリハビリや認知機能訓練、疼痛管理などを行うことでPOCD予防につながることを多施設の臨床研究で証明したい」と言う。
<掲載元>
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