予防と早期発見を重視|世界初の「熱中症診療ガイドライン」登場

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熱中症シーズン到来を控え、日本救急医学会が「熱中症診療ガイドライン2015」を発行した。世界初となるガイドラインで、重症度の判定方法から冷却目標温度など重症例の対応まで、国内外の知見を集約している。

(井田恭子=日経メディカル)


 

今年3月、日本救急医学会が国内外で初となる「熱中症診療ガイドライン2015」を発行した。

「わが国のひと夏(6~9月)の熱中症の発生数は、多い年で40万人。死者こそ少ないが、年間の脳卒中患者数に匹敵する数でありインパクトは大きい。一方で、治療といえば輸液など教科書的な記載しかないことから、国内外の知見を集め体系化したいと考えた」。ガイドライン作成委員長を務めた三宅康史氏(昭和大学医学部救急医学講座教授)は、発行の経緯をこう説明する。

 

昭和大学の三宅康史氏

昭和大学の三宅康史氏は、「医療現場のほか学校や職場、介護現場などでもガイドラインを活用してほしい」と話す。

 

高齢者の基礎疾患や服用歴に注意

ガイドラインは、「予防・治療には何を飲めばいいか?」「熱中症の重症度の判定は?」「新たな冷却方法の有効性は?」など、11のクリニカルクエスチョンから成る。全国の救命救急センターや大学病院などを対象に隔年で行っている熱中症の全国調査「Heatstroke STUDY」(HsS)をはじめ、国内の診療実態も反映した内容だ。

 

熱中症の診断基準としてガイドラインで推奨されているのは、「日本救急医学会熱中症分類2015」(図1)。諸外国では臨床症状に応じて「熱失神」「熱疲労」「熱射病」などと細かく分類しているが、日本救急医学会の分類は、これらの諸症状・病態を重症度の観点から1本の軸で整理し、I~III度の3段階で示している。

 

図1 日本救急医学会熱中症分類2015(熱中症診療ガイドライン2015より)

図中の「C」「H/K」「D」の表記は、それぞれ障害臓器の頭文字を指す。 図1 日本救急医学会熱中症分類2015(熱中症診療ガイドライン2015より) 図中の「C」「H/K」「D」の表記は、それぞれ障害臓器の頭文字を指す。  

 

熱中症の重症形である「熱射病」の3主徴「意識障害、体温40℃以上、発汗停止」の有無に固執するあまり、病状を過小評価し対応が遅れることを防ぐ狙いがあり、同分類では、暑熱環境にいる、あるいはいた後の体調不良は全て熱中症の可能性があると認識し、対応することを求めている(表1)。

 

表1 日本救急医学会熱中症分類2015「付記」(熱中症診療ガイドライン2015より)

表1 日本救急医学会熱中症分類2015「付記」(熱中症診療ガイドライン2015より)

 

「暑熱曝露が短いほど予後がいいことは明らかであり、熱中症は早期発見・治療が不可欠。現場対応でよいI度と、医療機関の受診を要するII度の見極めは一般市民が行う必要があるため、分かりやすいシンプルな分類となっている」。

ガイドライン執筆者の一人である都立多摩総合医療センター救命救急センター長の清水敬樹氏は、こう説明する。

 

一方、II度とIII度は医療現場での判断となる。

中枢神経症状、肝・腎機能障害、血液凝固異常などの臓器障害を呈するIII度は入院加療が必要だ。ただし、中枢神経障害はGCS(Glasgow Come Scale)で評価できるが、そのほかは血液検査結果を見なければ判断できない。採血結果がすぐに分からない診療所などでは、「意識レベルや歩行の可否、脈の状態、食事の摂取状況など患者の全身状態から入院治療の必要性を判断してほしい」と三宅氏は話す。

中でも、高齢者に多い非労作性熱中症の場合、「独居や寝たきり、悪性腫瘍や心疾患、精神疾患といった基礎疾患の既往、降圧薬・利尿薬・向精神薬の服用歴などがあれば、入院や死亡のリスクが高いため注意が必要だ」(三宅氏)。

 

清水氏も、「オーバートリアージでも構わないので、意識レベルが普通でない時点で中枢神経障害を疑い、入院施設のある医療機関に紹介してほしい」と念を押す。

 

III度は38℃台まで速やかに冷却

多摩総合医療センターでは、多い年で1シーズンに120人ほどの熱中症患者をERで受け入れている。来院時、意識障害があればIII度と判断し、なければ採血し肝機能腎機能凝固系を確認する。その間に脱水補正のための輸液を行い、採血の結果、異常を認めなければII度と判断し、体調回復を待って帰宅させる。臓器障害が疑われる場合や、II度であっても高齢独居など自己管理が難しそうな場合は、入院させる――というのが大まかなフローだ。

 

III度熱中症患者の治療についてガイドラインでは、病院到着後は直腸温をモニタリングし、深部体温が38℃台になるまで全身管理の下で冷却処置を効果的に行うことが後遺症を生じさせないために重要、としている。HsSのデータを基に、III度の患者を死亡または中枢神経障害などの後遺症を生じた群と後遺症なく生存できた群に分けて検討したところ、38℃に下げるまでの冷却時間が前者で有意に長いことが示されたためだ。

 

もっとも、「高体温がに悪いことは明らかだが、冷却方法についてははっきりとしたエビデンスはまだ示されていない」と清水氏は話す。

 

多摩総合医療センターの清水敬樹氏

「意識レベルが普通でなければ中枢神経障害を疑い、入院可能な施設に紹介してほしい」と話す多摩総合医療センターの清水敬樹氏。

 

近年、血管内冷却カテーテルを用いた深部冷却や、ゲルパッド法やラップ法といった水冷式体表冷却など専用機器による冷却法が注目されている。

 

前者については、2015年1月、熱中症による急性重症脳障害に伴う発熱患者を対象に「サーモガードシステム」(旭化成ゾールメディカル)が保険適用できるようになったが、承認されたカテーテルの長さが22cmと短く冷却効果が不十分な場合がある。

また、ゲルパッド法の体温管理システムである「アークティック・サン」(IMI)は熱中症に適応がない。「患者の深部体温を自動調整でき、過度の冷却による低体温や体温の再上昇(リバウンド)を来さず、体温管理が速やかかつ正確に行える点で新たな冷却法の有効性は高いが、コストパフォーマンスを含め現場での普及には課題が多い」と三宅氏は指摘する。

これらの治療法についてガイドラインでは、「現時点では十分な検討がなされていない」としている。 

 

 

また、熱中症は重症化すると凝固異常を伴い、DIC(播種性血管内凝固症候群) に進展するが、これについても治療法は明らかではない。

 

現状では、DIC治療薬としてアンチトロンビン製剤(AT-III)やトロンボモジュリン(商品名リコモジュリン)が使われているが、「両薬剤の使い分けや投与のタイミング、併用療法の有効性など、確立された治療方法はなく、各施設の判断で使用している」と清水氏は明かす。同氏はDICスコアを満たし、AT-III値が70%以下であればそれを補う目的でAT-III製剤を使っているという。「そもそもDICについては、熱中症合併例に限らず治療法に関しては議論のあるところだ」(清水氏)。

 

 

近年、1日1回の点滴投与で済むリコモジュリンも、使い勝手の良さから現場で使われるようになっているが、ガイドライン上ではAT-IIIを含め、「推奨する臨床的なエビデンスは現状では存在しない」とされ、なお検討の余地を残している。

 

レセプトデータを経年的に検証すると、例えば猛暑だった2013年は熱中症の発生数自体は多かったものの、2011年に比べると入院率や死者数は少なく、患者の重症度が有意に低かった。

これについて三宅氏は、「国を挙げた熱中症の予防啓発、医療現場における正確な診断が進んだためではないか」とみる。

 

ガイドラインには、熱中症の予防・治療として、0.1~0.2%濃度の食塩水、現実的には市販の経口補水液の摂取を推奨するなど、一般市民向けの対応も盛り込まれている。「医療現場のみならず、学校や職場、介護現場などでもガイドラインを活用してほしい」と三宅氏は話している。

 

<掲載元>

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