アルツハイマー病の自然経過は予測できる|この人に聞く◎平原佐斗司氏|梶原診療所在宅総合ケアセンター長

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この人に聞く◎平原佐斗司氏(梶原診療所在宅総合ケアセンター長)

アルツハイマー病の自然経過は予測できる

癌以外の疾患は予後予測が難しいと一般にいわれるが、認知症の中でもアルツハイマー病の経過には均一性、共通性があると考えられている。アルツハイマー病をはじめとする認知症の経過と必要なケアについて、緩和ケアに詳しい梶原診療所在宅総合ケアセンター長の平原佐斗司氏に聞いた(文中敬称略)。

 

小板橋律子=日経メディカル

 

認知症の自然経過はどのくらい予測できるようになっているのでしょうか。

日本在宅医学会副代表理事、平原佐斗司氏。

平原佐斗司氏。87年島根医科大学卒。同大第二内科、平田市立病院内科、帝京大学第二内科などを経て、92年から東京ふれあい医療生活協同組合梶原診療所で在宅医療を手掛ける。日本在宅医学会副代表理事。

 

平原 アルツハイマー病は、認知症の中でも、均一性が高い疾患といわれており、進行が速い/遅いという個人差はありますが、どの時期にどのような障害や症状が出現するかについてはほぼ分かっています。一方、レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症は個人差が大きく、アルツハイマー病のように自然経過を予測できない場合が多いのが現状です。

 

アルツハイマー病では、徐々に機能が低下し、発症からほぼ10年で死に至るといわれています。記憶障害が主な症状である軽度の期間は通常2~3年です。その後、見当識障害が生じ、日常生活の機能が失われる中等度の時期になります。その期間は4~5年ほどで、その間、まず仕事や調理などの複雑な行為が障害(実行機能障害)され、次に手段的日常生活動作(IADL)が徐々に低下し、最後に日常生活動作(ADL)が落ちます(図1)。

 

図1 アルツハイマー病の自然経過(平原氏による)

アルツハイマー病の自然経過

 

アルツハイマー病患者の場合、運動野は最後まで維持されているので、重度になって初めて身体症状が生じるようになります。まず生じるのは、失禁です。尿失禁からはじまり便失禁に至ります。失禁が生じるようになった後、歩行障害が出現し、寝たきりの状態となります。

 

しかし、失禁を生じてから寝たきりになるまでの期間は、数カ月から数年と個人差が大きく、その期間を予測するのは難しいです。

 

認知機能の低下がさらに進むと、全介助となります。そして、嚥下機能がほぼなくなって飲んだり食べたりできなくなった時点を末期と考えています。この時期には認知機能の低下も進行し、多くの場合、自己同一性がなくなります。末期の患者は自分で飲食できないので、何らかの延命的な介入をしなければ、数日で死に至ります。瘻を導入すれば1年程度、皮下輸液などの末梢輸液は2~3カ月の延命効果があります。

 

アルツハイマー病は、このような経過をたどり、最終的には死に至る疾患であるといわれていますが、これには個人差があり、より早く進行する患者もいれば、20年かけて徐々に機能が低下する患者もいます。ただ、その進行スピードは患者ごとにほぼ決まっています。「先月から急におかしい」「急にボケた」という場合は、認知症そのものではなく、他に症状を悪化させる要因があると考え、その要因を検索すべきだと思います。

 

また、実際の患者は高齢で合併症を複数有するのが一般的なので、合併症が原因でより早期に死亡する例もありますが、合併症がなければ、このような自然経過をたどるのが一般的です。

 

アルツハイマー病で最も頻度の高い合併症は肺炎です。肺炎になると、多くの急性期病院で絶食を指示され、二次性のサルコペニアが急速に進行し、末期ではないのに食べる力を失う認知症患者が少なくありません。肺炎直後から、栄養管理や口腔ケア、嚥下リハビリテーションなどの積極的な介入を行うことで、再度、経口摂取が可能になることは多く、これらを行わずに安易に胃瘻を導入するのは問題です。言ってみれば、絶食指示により、「医原性の末期」とされてしまう危険性があるのです。

 

同じ認知症でも、レビー小体型認知症では、認知機能の悪化よりも嚥下反射の消失が先に来ることがあり、嚥下反射がなくなったからといって末期とは判断できません。

 

アルツハイマー病は自分の病気に気付かない、すなわち病識がないと考えられがちですが、そのようなことはないのですね。

 

平原 発症早期では、患者自身が自分に生じた変化に気付いていることが多く、その変化を隠そうとします。家族が異変に気付き受診させ診断に至るまで2年程度掛かるのが一般的です。海外の研究では、アルツハイマー病の診断後5年前後で亡くなる場合が多いとされていますが、合併症で多くの人が亡くなっているのに加えて、発症してから診断に至るまで数年の時差があるためです。

 

アルツハイマー病の場合、BPSD(行動・心理症状)の主な原因は、ストレスに対する心因的反応です。患者自身が自分の機能低下を悩み、生きることがストレスとなります。このような「心の反応」がBPSDの原因となっているのです。そのため、その原因を考えずに薬物療法に頼っても効果がないのは当たり前です。アルツハイマー病のBPSDには、患者のストレスを理解した上で非薬物的な対応をまず考えるようにしています。

 

一方、脳の機能低下によりBPSDを生じる認知症もあります。レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症のBPSDには薬がよく効きますが、それはアルツハイマー病と原因が異なるからです。

 

嚥下反射の極度の低下・消失をもって末期と診断するために簡易嚥下誘発試験(S-SPT)などで嚥下反射を評価されています。

 

平原 嚥下機能の評価法としては他にも様々なものがありますが、在宅の現場で使いやすいのが、この試験法です。嚥下反射の極端な低下・消失を確認した場合、自力では栄養や水分を摂取できないので、延命的な介入をしなければ、数日で死に至ります。そのため、この時点でどのような介入をするかは、事前に家族とよく話し合っておくことが重要です。

 

胃瘻をこの時点で導入すれば、予後を1年程度伸ばすことができますが、病態の回復は期待できず、かつ患者の苦痛は大きいと考えています。

 

注意が必要なのは、「『食べられない=末期』ではない」ということです。嚥下反射がほぼ消失して食べられなくなった場合は末期といえますが、他の要因で食べられなくなる患者は決して少なくありません。

 

例えば、その食材が苦手だから食べない、咀嚼できないなどの理由から食べられなくなることがあります。患者が好きな食べ物を探して食べさせてみる、咀嚼が不要な食品に切り替えるなど、介護の工夫が必要となります。

 

患者によって進行のスピードは異なるということですが、予後半年程度であれば予測できるのでしょうか。

 

平原 長く患者を診ていれば予後の予測はできるようになりますが、客観的な指標として、海外では幾つか予後予測ツールが開発されています。その1つは、全米のナーシングホーム入居者約22万人のデータを基に開発されたADEPT(advanced dementia prognostic tool)です。このツールは前向き研究で、妥当な予測ツールと評価されているものです。ただし、これはあくまで海外の研究であり、国内の患者に当てはまるかどうかは検証されていません。また、臨床の現場で利用するには複雑すぎるかもしれません。

 

米国では認知症患者のホスピス入居基準が予後半年と決まっており、その適応としてはFAST(functional assessment stage、表1)分類で、ステージ7c以上であること、つまり、全介助の状態で失禁があり、さらに肺炎を繰り返し、深い褥瘡を認めるなどです。 

 

表1 FASTによるアルツハイマー病の進行ステージ

FASTによるアルツハイマー病の進行ステージ

(Sclan SG et al. Int Psychogeriatr. 1992;4 Suppl 1:55-69.)

 

重度のアルツハイマー病の患者は、何度かの誤嚥性肺炎を繰り返しながら嚥下機能がなだらかに落ち、最終的に、極度の低下・消失となります。その結果、肺炎も治らなくなり、肺炎が原因で死亡します。

 

末期患者は、肺炎による呼吸困難や、痰、長期臥床や低栄養による褥瘡などの症状を有します。ただし、これらの症状に対して薬物療法が必要になることは少なく、苦痛を緩和するためのケアで十分対応できます。重度アルツハイマー病患者は、自分の苦痛を表現できないため、ケアする側が患者の苦痛に気付くことが大切です。

 

このように病気の進行に伴いどのような症状が出てくるのかを患者家族によく説明すべきでしょう。「次はこういう症状がでてきます」と説明することで家族は先を予想できるようになり、気持ちの準備ができるからです。 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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