からだを守る免疫の力|守る(1)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、免疫についてのお話の1回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、骨格筋の構造について知りました。
今回はからだを守る免疫の世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
からだを守る免疫の力
風邪をひいている人が1回咳をすると10万個、くしゃみをすると200万個もの飛沫が飛び散り、その一部は、空気中になんと、30分間も漂っているそうです。飛沫には風邪のウイルスが含まれ、別の人の体内に侵入することで、新たな患者を誕生させてしまうわけです。
ところが、ウイルスに囲まれていれば必ず風邪をひく、というわけではありません。同じ条件下でも、風邪をひく人とひかない人がいますし、症状が軽くすむ人もいれば、重症になってしまう人もいます。これには、生まれながらにして備わっている生体を防御する力が関係しています。広い意味ではこれを、免疫力とよんでいます。
免疫とは、自己の構成成分以外の成分を非自己と認識し、それを生体から排除しようとする作用です(図1)。これは、身体がもつ重要な防衛機構であり、一種のホメオスタシスともいえるでしょう。
図1生体をおびやかす非自己
古代ローマ時代から知られていた免疫
免疫という言葉は、疫を免れると書きます。古くから、ある感染症に1度かかってしまえば2度とはかからないという、「2度なし現象」を指すものとして捉えられていました。
この2度なし現象は、古代ローマの時代からよく知られていて、ペスト患者の看護が許されたのは、1度ペストに感染した後、回復した人だけだったといいます。また、梅毒からの回復者は梅毒による再感染に対して抵抗性を示すことも、当時からすでに知られていたようです。
同じ感染症に2度とかからないという免疫には、大きな弱点があります
弱点?
この免疫が働くためには、それ以前にまず、生体がその病原体に出会っていなければならないの。身体が以前に出会ったことを記憶していて「こいつは前に会ったやつだ」と認識できてはじめて免疫が機能するため、最初に会った時点では、排除しようとする力が十分に働きません
なるほど。それだけだと、最初にかかってしまうことを予防できないんだ
そう。だから、身体にはこうした狭い意味での免疫だけじゃなく、もっと広い意味での免疫機構がたくさん備わっています。まずはそれを見て行きましょう
特異的防御機構と非特異的防御機構
狭い意味で免疫という場合、ペストや梅毒で知られるように、特定の病原体に対して、それをしっかり認識して排除する防御機構を指すことが多いようです。決まった相手にしか働かないため、特異的防御機構ともよばれています。
しかし、私たちの身体には、こうした免疫機能のほかに、「異物であれば、相手を選ばずなんでも攻撃する」という防御機能も備わっています。これを、非特異的防御機構といいます。この場合、以前に相手と出合っていなくてもかまいません。体内に侵入してきたものであれば、なんでもかまわず、排除しようと動きます。
相手がインフルエンザではなく、ただの風邪であれば、生まれながらにして身体がもっているこのような防御機構で、ウイルスを退治してくれます。解熱薬を飲んで寝ていれば風邪が自然に治ってしまうのは、この非特異的防御機構のおかげです。
ただし、こちらはこちらで別の弱点があります。なにせ、相手を記憶しているわけではなく、侵入してくるものはなんでも排除しようとしているだけです。1度インフルエンザにかかれば2度と同じタイプのインフルエンザにかかることはありませんが、今年は夏に風邪をひいたから、この冬は風邪をひかなくてもすむわ、というわけにはいかないのです。
なるほど、どちらもそれぞれ弱点があって、お互いが役割を分担しながら、身体を守っているというわけですね
そのとおりよ
ところで、身体が守らなくちゃいけない外敵って、そんなに多いんですか? ジャングルじゃあるまいし、そんなにすごい相手がいるとは思えないんですけど……
とんでもない! 姿は見えなくても、空気中に敵はウヨウヨ。食べ物の中にだって、実はたくさん、潜んでいるんですからね
消化管の「守り」
解剖学的に見ると、人間の身体は消化管を内腔とした巨大なチューブとみなすことができます。全長約8mもあるチューブの内側は、実質的には身体の外です。
このチューブの中を、毎日数Lにおよぶ食物が通過します。食物は、見方によっては非常に恐ろしい侵入者です。その中には、細菌やウイルスなど、身体に害を及ぼす敵も潜んでいるかもしれません。というより、食物そのものが、私たちの身体にとって相当な異物なのです。
自然界に棲息(せいそく)する動物のうちで、最も雑食性の高い人間は、考えられるかぎり、ありとあらゆる物を食べています。血のしたたるビーフステーキや生の牛乳、生きているエビ、カビの生えたチーズ……。どんな食べ物も、口からではなく血液に直接入ったら、とても生きてはいられません。
食物に含まれる外敵と闘っているのは、消化管に棲(す)みついている莫大な数の腸内細菌です。体内に侵入した外敵たちはまず、この腸内細菌によって分解され、やがて便として排泄されます。
腸の中に細菌が棲みついているなんて、何かおかしくないですか? 外の世界の細菌やウイルスは排除しようとするくせに、どうして自分の腸にいる細菌は排除しようとしないんだろう?
それはね、敵の敵は味方。手強い相手と闘うには同じ敵と闘う仲間の協力をあおぐのが、いちばんだからよ
生まれたときから一緒の常在細菌叢
母親の胎内で、ヒトは無菌状態で発育し、出生を迎えます。経腟分娩すると、産道でまず出合うのが母親の腟粘膜に棲む微生物たちです。
私たちは出生直後から、外界や母乳、人工乳中に存在する微生物と接触したり、これを摂食したりしながら生活しています。その結果、私たちの体表や体内には、微生物が常在的に棲みつくようにもなります。このように、生まれた直後から身体に棲みついている細菌集団を、常在細菌叢(そう)とよびます。
常在細菌叢は腸や口の中、上気道、皮膚、腟などに存在し、防御機構の有能な“助っ人”として働きます(図2)。
図2生体バリア
たとえば、皮膚表面に棲みついた常在菌はリパーゼという酵素をつくり、リパーゼは皮脂腺から分泌された脂肪を分解することで、脂肪酸を生成します。そのため、皮膚の表面はいつも弱酸性(pH4.5~6.6)。酸には殺菌作用もあるため、病原細菌の侵入を防ぐバリアになります(表1)。
表1非特異的防御機構(機械的バリア)
同じように、胃の粘膜は強力な酸である塩酸とタンパク質分解酵素を分泌し、食物とともに胃に入った細菌は、この胃液によって殺菌されます。また、腸内に棲みつく常在菌たちは、コレラ菌や赤痢菌属、サルモネラ属などの下痢原性細菌に拮抗して働き、これらの細菌による感染を防いでくれます。
女性の場合、思春期以降に増える女性ホルモン(エストロゲン)の作用によって、腟粘膜の細胞に蓄積されるグリコーゲンが常在菌(デーデルライン桿菌〈かんきん〉)によって分解され、乳酸が産生されます。これによって腟内は酸性となり、他の細菌の増殖を抑えてくれています。
皮膚や粘膜に常在菌がいてくれるおかげで、後から入ってきた病原細菌が大きな顔をしたり、爆発的に増殖することはできないしかけになっているわけね
なるほど、敵の敵は味方というのはこういう意味だったんですね
似たような守りはほかにもあって、たとえば目のまわり。涙には、細菌の細胞膜を分解するリゾチームという酵素が含まれていて、眼結膜は涙で常に洗浄されているので、菌が繁殖することはないの。それに尿道口。ここにもたくさんの常在菌が存在していますが、排尿によって常に洗い流されていれば、膀胱にまで上がってくることはありません
涙や尿も、守りに関係しているんだ
それだけじゃないのよ。たとえば皮膚の表面にある角質。古くなると垢(あか)になって剥がれ落ちるんだけれど、これも細菌の侵入や繁殖を防ぐのに役立っているの
そうか、お風呂に入って垢を落とすのは、侵入者である細菌を洗い流しているのと同じなんだ
[次回]
- リンパ球と抗体|守る(3)
- 免疫反応の流れ|守る(4)
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本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版