体温の調節|調節する(5)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、神経伝達物質・ホルモンについてのお話の5回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、神経系ホルモンと内分泌系ホルモンによる血糖値と血圧、体液を調節する仕組みについて知りました。
今回は、体温を一定に保つための仕組みの世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
体温を調節する
私たちが物を食べるのは、新しい細胞をつくるためであると同時に、体温を維持するためでもあります。ガソリンなどの燃料を燃やすと熱くなって燃え出しますが、体内で起きているのも、これとほぼ同じ現象です。
代謝で生じる熱量は、糖質とタンパク質が1gあたり4kcalで、脂肪は1gあたり9kcal。代謝で得た熱の60%は、体温維持のために使われています。
ところで、健康な人の体温はいつでも36℃前後。これって不思議だと思わない?
そういわれれば、そうですね
どんなに冷たい風が吹いて耳が凍えそうなときでも、体温を測ってみるといつもと同じ。これ、どうしてだと思う?
ひょっとして、これもホメオスタシスの一部ですか?
実はそうなの
体温を維持するのは、酵素のため
身体のあちこちでは、食物を栄養素に分解したり、エネルギーに変えたりするなど、生命活動に必要な化学反応(代謝)が絶えず行われています。これらの化学反応は、体内にある数千種類もの酵素が触媒(しょくばい)となって進みます。体温を維持しなければならないのは、この酵素の働きをよくするためです。
まずは図1を見てください。
図1酵素触媒反応速度に及ぼす温度の効果
これによると、酵素が触媒として反応する速度は、温度が増すにつれ、あるかぎられた範囲まで増大します。
多くの生物学的反応速度は、温度が10℃上昇すると約2倍となり、10℃低下すると半分になります。
しかし、酵素の反応は温度が高ければ高いほどよいということではありません。図1を見てもわかるように、酵素が最も活性化する至適温度は36~37℃。この温度を超えると、反応速度は急に減少します。
酵素は一種のタンパク質ですから、熱を加えると変性しやすくなります。これは、熱したフライパンに卵を入れると固まってしまう現象と同じです。これでは、本来の機能を発揮できません。
重要なのは脳内温度
ヒトは、体温を一定に保たないと生きていけない恒温動物です。しかし、ちょっと考えてみてください。体温を一定に保つといっても、どこの温度が基準になっているのでしょうか。
図2は、身体の中で同じ温度をもつ場所を線で結んだものです。この線を等温線とよび、暑いときと寒いときでは、等温線は全く異なります。
図2等温線
皮膚の温度を皮膚温、脳と同じ温度を保つところを核心温度、その中間を外殻温度としましょう。暑いときは皮膚温も36℃くらいまで上がり、皮下はからだの奥と同じ37℃くらいになっています。一方、寒いときは足の先などは30℃くらいで、腕の付け根あたりでも32℃くらい。いずれの場合も、脳の温度は37℃に保たれています。
つまり、体温調節で最も重要なのは、脳内の温度を一定に保つことなのです。
暑い場所で運動や作業をする際には、脳内の温度が40℃以上になることがあります。44℃以上になると脳は障害されます。反対に、脳内温度が33℃以下に下がると、私たちは意識を失ってしまいます。
体温を調節するのは視床下部(図3)
体温を調節するのは酵素のため、しかも、脳の温度が大事だってことはわかりました。けど、いったいどこが、その温度を調節しているんですか?
それも、やっぱり視床下部なの
ということは、交感神経と副交感神経、内分泌、体温調節などの機能はすべて、視床下部が司令塔になっているんだ
そう。視床下部がしている体温調節のメカニズムは、エアコンの自動調節機能に似ているのよ
どういうことですか?
エアコンの自動調節機能は最初にまず適温が設定されていて、それより上がったり下がったりすると、自動的に動いて温度を調節してくれるでしょう? 視床下部の調節もこれと同じ。セットされた温度(セットポイント)に向かって、体内で産生する熱量(産熱量)と体外に放出する熱量(放熱量)の調節をしています
図3生理学的な体温調節
寒冷への適応
身体が体温よりも寒い環境にさらされると、脳の視床下部からは熱を逃がさないようにする指令と、熱を産出するための指令が出されます。
熱を逃がさない反応は毛細血管で起こります。皮膚の表面や手足の末端はもともと熱を放出しやすいため、寒い環境では毛細血管を収縮させて、熱を運ぶ血液が流れないようにするのです。
鳥であれば、次に毛を逆立てて空気の層をつくります。こうすると断熱材に似た効果が得られるからです。ヒトの場合も、寒くなってからだが凍えてくると、皮膚に鳥肌が立ちます(立毛)。これは進化の名残といえるかも知れません。
末端の放熱を防いでも体温が下がり続ける場合、視床下部は「熱をつくれ」と命令します。熱を発生させるのは筋肉のふるえです。寒くなるとからだが自然にブルブルとふるえ出すのは、視床下部からの命令が筋肉に伝わるからです。
酷暑への対応
身体が体温よりも暑い環境にさらされると、視床下部からは「熱を放出せよ」という指令が出ます。先ほどとは反対に、毛細血管を拡張させ末端の血流をよくすることで、熱放出を高めるのです。
それでも体温が下がらない場合、視床下部は「汗を出せ」と命令します。皮膚の表面で水分が気化して水蒸気になる際、皮膚表面の熱を奪います。これを気化熱といいますが、この気化熱を放出することによって、体温を下げようというのです。
このとき、皮膚の表面に空気の動きがあれば、熱放散は促進されます。夏の暑い日に扇子や扇風機を使うと涼しく感じるのは、このためです。
ちなみに、汗をかくことのできる恒温動物は人間だけだそうです。
2つの物体の間に温度差があれば、熱は高いほうから低いほうへ移動します。通常は体温よりも外気温のほうが低いため、熱は身体の中から外へ出て行くの。ところが、外気温が体温以上になると、熱は外界から体内に入ってしまい、体温がどんどん上昇します
夏になると熱中症の患者が増えるのは、そのためだったんですね
とくに注意しなくちゃいけないのは、代謝が活発で運動量の多い子どもや体力のないお年寄りね。体内の熱量が増加して放熱量が追いつかないと、熱中症や脱水症状を起こします
車中に子どもを放置して、死亡する事故も多いですよね
冷房のかかっていない車内の温度は、夏場だと50℃近くまで上昇するといわれています。これは体温調節能力をはるかに超えた温度なの。気をつけないといけませんね
用語解説不感蒸散
表皮の組織液は、皮膚の表面を介して絶えず蒸発(気化)している。これは、人間が感じることのない放熱現象で、これを不感蒸散(または不感蒸泄)という。
1日の間にも体温リズムはある
私たちは夜になると自然に眠くなり、朝がくると自然に目が覚めます。この睡眠・覚醒のリズムにも、体温が関係しています。
視床下部の調節機能によりほぼ一定に保たれている体温も、1日という短いスパンでみると微妙に変化しています。その幅は大きくてもせいぜい1℃くらい。体感することはまずありませんが、1日のリズムをつくってくれています。
ヒトの体温は多くの場合、明け方、つまり目が覚める直前が最も低く、夕方頃にピークとなり、その後は再び低下していきます。
裏を返せば、体温が上昇していくにつれ徐々に身体は目覚め、緩やかに体温が低下していくことによって眠りに落ちていく、ということ。体温は、生活のリズムを刻む「生物時計」でもあったのです。
皆さんは、看護業務のなかに検温があるのはご存じですね。検温の時間がやってくると、体温だけではなく、脈拍や血圧も測定します。これは、患者さんの日々の状態を知るうえでとても重要な作業です。
体温は毎日、ほぼ同じ時間帯で測定しないと比較の意味はありません。先に説明したように、体温は1日の間でも微妙に変化しますから、昨日の朝の体温と今日の夕方の体温を比べても、日内変動なのか、発熱なのか、区別できないということになります。
コラム発熱のしくみ(図4)
感染症などにみられる発熱は、体温調節中枢の設定温度が発熱物質などによって高い水準にセットされたために起こります。仮に、設定温度が40℃に上げられてしまうと、体温調節中枢はこの温度になるまで体温を上昇させようとするため、あたかも寒い環境に置かれたのと同じ状況になります。発熱の際の寒気(悪寒)やふるえなどは、こうした対寒反応の一種です。
解熱薬の効果などにより発熱の原因がおさまり、設定温度が37℃に戻ると、体温調節中枢はこの温度にまで体温を下げようと働きます。汗をかくと熱が下がるのは、身体の中で酷暑にさらされたと同じ反応が起こっているからです。
図4発熱と解熱の機序
用語解説平熱
一般に37℃が発熱の境界線のように思われているが、平熱には個人差もある。健康な日本人(青年男女)の腋窩で測定した体温の度数分布をみると、平均値は36.89±0.35℃だが、その変動範囲は35.2~37.9℃に及んでいる。平熱が35.5℃の人が37.5℃になったら、平熱が36.5℃の人が38.5℃の熱を出しているのと同じ。また、子どもは大人に比べて代謝が活発なため、一般に平熱は高い。
コラム基礎体温を測ろう
体温調節の仕組みについていろいろとお話してきましたが、読者が女性であれば、自分で基礎体温をつけるクセをつけておいてもいいかも知れません。基礎体温とは、もっとも体温の低い早朝6時頃の体温です。
口腔で測定した女性の基礎体温をグラフにすると、月経周期に関連して体温が変動しているのがわかります(図5)。
図5女性の月経周期に伴う基礎体温の変化
ポイントは、排卵を境として低温相と高温相に分けられることです。排卵後に卵巣から分泌される黄体ホルモンには体温を上昇させる作用があるので、体温測定という大変簡便な方法で、卵巣の機能がわかります。
排卵のない場合には、高温相は現れません。排卵後の高温相の原因は、黄体ホルモンが視床下部の体温調節中枢に作用するためだと考えられています。
コラム体温と代謝の関係を利用した治療法--超低体温療法
体温を下げれば代謝が下がるということに着目した治療法「超低体温療法」が注目されています。
事故による脳挫傷(ざしょう)では、出血した血液の中の酸素が活性酸素という酸化力の強い形に変わり、生き残っている神経を死滅させる、といわれています。事故による脳の損傷は、そうした活性酸素によることが多いようです。
超低体温療法は、体温を下げることで活性酸素の発生を少なくし、急激な組織のダメージを防ぐ治療法です。身体を冷やし脳の温度を33℃以下に下げると、活性酸素による神経の過度の刺激が起きません。障害部の反応が低下した頃、ゆっくりと体温を上げると、脳の損傷を最小限に抑え、機能をあまり損なわずに回復させることができます。
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版