「食べてから運動すると起こる食物アレルギー」と梅干しの話

堀向健太ほむほむ@アレルギー専門医

小児科医・アレルギー

 

 

食べてから運動すると起こる、食物依存性運動誘発アナフィラキシーとは?

食物アレルギーというと、みなさんはどんな症状を思い浮かべるでしょうか。

 

アレルギーの原因食物を食べるとすぐに、蕁麻疹が出たり、が出たり、吐いたりする…そんな病態を考えますよね。もちろん正しいです。

 

しかし、食物アレルギーの原因食物を食べただけでは症状が出ないのに、食べて運動をすると強いアレルギー症状が出る場合があります。

 

それが、『食物依存性運動誘発アナフィラキシー』です。

 

運動することの多い中学生という年代でも発症する頻度は6,000人に1人と多くはありません。そのため、かつてはあまり知られていなかった病態ですが、養護教諭さんへのアンケートでは、認知率が1998年の30%から2012年には90%へと増加しています1)

 

看護師のみなさんの中にも『聞いたことがある』という方も多いかもしれません。

 

運動以外に、『プラスアルファ』で発症する場合も

私も、この食物依存性運動誘発アナフィラキシーには思い出があります。

 

はじめて全国学会で発表したテーマが、小麦による食物依存性運動誘発アナフィラキシーだったのです2)

 

当時、小麦による食物依存性運動誘発アナフィラキシーが疑われる報告が増え、『ω5グリアジン』という小麦のタンパク質が、その病態に大きく関わっていることがわかってきていました。

 

しかし、学会で発表した患者さんは、特異的IgE抗体価という一般的なアレルギー検査では、小麦も、ω5グリアジンも陰性で、診断に苦しんだ方でした。
最終的に、実際に食べて運動していただき、繰り返し採血を行い、血液の中に小麦のタンパク質が検出されたときのみアレルギー症状が起こることを証明したのです。

 

そして原因アレルゲンは、多種多様にある小麦タンパク質のうち、『高分子グルテニン』というタンパク質だったのです。

 

その後、小麦依存性運動誘発アナフィラキシーに関して、さまざまなことがわかってきています。

 

大人の小麦依存性運動誘発アナフィラキシーの場合はω5グリアジンが原因タンパク質になりやすいものの、20歳未満では、ω5グリアジンが陽性となる割合が半数未満で、高分子グルテニンが原因タンパク質になることが多いのです3)

 

なお、いまだに高分子グルテニンの検査は保険では行うことができません。ですので、やはり診断に難渋することは多いです。

 

 

…話がそれましたね。

 

学会発表した当時、食物依存性運動誘発アナフィラキシーの原因食物としては小麦や甲殻類(エビ、カニなど)が大多数とされていました4)

 

そして通常、このような食物を食べてから2時間以内に運動すると症状が発生しやすく、最大で4時間後にも症状が発生する場合があります。

 

また、運動だけでなく、解熱鎮痛薬の服用、疲れ、睡眠不足、風邪、入浴後など、さまざまな条件がアナフィラキシーの原因として積み重なって起こることがわかっています。
特に、原因となる食物を食べた前後に、アスピリンなどの解熱鎮痛薬を飲んでいると症状を引き起こしやすくなります。

 

食物依存性運動誘発アナフィラキシーは、そのような『プラスアルファ』がないと症状が起こりにくいこともあるのです。

 

さらに診断を難しくする、食物依存性運動誘発アナフィラキシーと間違われやすい状況

そもそも、食物依存性運動誘発アナフィラキシーの確定診断は簡単ではありません。

 

最終的には、症状が出るかどうかを実際食べて運動するという検査を行わなければはっきり確定しづらいのです。
しかし、『プラスアルファ』が必要な場合もあり、さまざまな条件で検査を行う必要があり、患者さんにとっても医療者にとっても大変なのです。

 

さらに、食物依存性運動誘発アナフィラキシーではないのに、食物依存性運動誘発アナフィラキシーと間違えやすい状況があります。

 

例えば、雑草花粉のアレルギーのある方が、花粉が多く飛散している場所、例えば河川敷などで運動すると、症状が強く出る場合があります。
これは食物依存性運動誘発アナフィラキシーではなく花粉による症状です。しかし、雑草花粉の飛散時期を超えると症状がなくなったりしますので、患者さんのお話をよく聞かないと聞き逃す可能性があります。

 

また、コリン性蕁麻疹という病態もあります。
これは、運動により体温が上がると、特に汗をかいた部分に症状が現れますが、これも食物依存性運動誘発アナフィラキシーではありません。

 

アレルギーの診断にはそういった難しさがあるのですが、学会発表をした当時、興味深い研究報告がありました。


小麦を食べただけではなく、『小麦と梅干しの入ったお弁当』を食べた後に運動をしてアナフィラキシーを起こしたという患者さんの症例報告です5)

 

繰り返しになりますが、食物依存性運動誘発アナフィラキシーには『プラスアルファ』がないと起こらないものもあります。
そのため、私は当時、梅干しのような『プラスアルファ』もあるのだなと思っていました。

 

糖鎖

梅干しは「プラスアルファ」…ではない?

その後、新しいことがわかってきました。

 

小麦や甲殻類以外でも、桃や柑橘系の果物やザクロに含まれる『Gibberellin-regulated protein(GRP)』という特殊なタンパク質による食物依存性運動誘発アナフィラキシーが報告されるようになったのです6)

 

GRPには、桃の『Pru p 7』、アプリコット(あんず)の『Pru m7』、オレンジの『Cit s 7』などがあります。

 

あれ、と思いましたよね。

 

梅の学名は“Prunus mume”といい、アプリコット(学名:Prunus armeniaca)と近しい果物です。
そのため、梅アレルギー患者さんの検討が行われ、GRPであるPru m7が主要な梅のアレルゲンである可能性がわかったのです7)

 

そう、梅干しによる食物依存性運動誘発アナフィラキシーは、『プラスアルファ』によるものというより、『GRP』によるアナフィラキシーである可能性が高まったのです。

 

***

 

今、勉強したり、経験して身につけた知識は、今後の土台です。
しかし、新しい知識が上書きされていくのが医学です。

 

今年もすこしずつ、一緒に勉強できるきっかけになる記事を書ければ嬉しいと思っています。

 

糖鎖

 

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参考文献

 

執筆

東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科 助教堀向健太

1998年、鳥取大学医学部医学科卒業。鳥取大学医学部附属病院および関連病院での勤務を経て、2007年、国立成育医療センター(現国立成育医療研究センター)アレルギー科、2012年から東京慈恵会医科大学葛飾医療センター小児科助教。
毎日新聞医療プレミア、Yahoo!個人オーサー(2020年MVA受賞)、ブログ「小児アレルギー科医に備忘録」、Newspicsプロピッカー、音声ラジオVoicy、note、Twitter、Instagramなどで情報発信。著作に『マンガでわかる! 子どものアトピー性皮膚炎のケア(内外出版)』『ほむほむ先生の小児アレルギー教室(丸善出版)』『小児のギモンとエビデンス ほむほむ先生と考える 臨床の「なぜ?」「どうして?(じほう)』など。

 

編集:林 美紀(看護roo!編集部)

 

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