剛力彩芽主演ドラマ「ドクターカー」のリアル―現場の医師・看護師インタビュー

2016年4月7日(夜11時59分)から、剛力彩芽さん主演の医療ドラマ「ドクターカー」(読売テレビ・日本テレビ系列 )がスタートしました。従来の救急車では不可能だった「現場での医療行為」が行なえるドクターカーは、救急現場のこれまでの常識を大きく変えようとしています。

 

手前がドクターカー、奥はDMAT用救急車

 

2009年3月よりドクターカーの運用を始め、これまでに1665回(2016年2月時点)もの出動経験を持つ「東京医科歯科大学救命救急センター」で、医師の世良俊樹さんと看護師の加藤登紀江さんにお話をうかがいました。

 

看護師 加藤登紀江さん 医師 世良俊樹さん

看護師 加藤登紀江さん 医師 世良俊樹さん

 

病院へ搬送するのではなく、「医療者を現場に運ぶ」という逆転の発想

2016年3月24日の取材当日、この日も東京医科歯科大学救命救急センターには、消防本部指令センターからドクターカーの出動要請が入りました。

 

ドクターカーには医師と看護師または救急救命士が同乗して現場に向かいます。

ドクターカーの使命は、医療者をすばやく現場に運ぶこと。要請から出動までの時間は3分以内と決められています。この日も世良医師と加藤看護師がすばやく医療器具や薬品の入った大きなバッグをトランクに積み込み、現場に向かいました。

 

現場につくと一足先に到着していた消防隊から状況報告を受け、意識障害出血の疑い)で現場で点滴処置を行いました。患者さんの容態が一時的に安定し、二人がドクターカーで病院に戻ってくるまでの時間は、出発からわずか30分後のこと。

この数分間の救命処置が、患者さんの生死や予後を大きく変えます。

 

ドクターカー到着までの時間は平均5分

—現場から戻られてすぐにも関わらず、ご協力ありがとうございます。センターに戻ってこられるまでの時間が思っていた以上に短かったので、驚きました。

いつも、今回のように30分ほどで戻ってこられるものなのですか?

 

世良 当院に搬送する場合だと、たいてい30分もかからずに戻ってきます。
ただ、患者さんによってはかかりつけ医のいる病院に搬送することもあるので、そうした場合には1時間くらいかかることもあります。

 

加藤 ドクターカーで出動してから現地に到着するまでの平均時間は「5分」というデータがあるんです。私たちが処置などを行なっている時間も平均して17分と、実際にはそんなに長く現場にいるわけではないんです。

 

東京医科歯科大学医学部付属病院は御茶ノ水にある

 

—東京医科歯科大学は御茶ノ水という立地にあるので、都会ならではの大変さがありそうですね。

 

世良 うちのドクターカーの出動範囲は皇居から4km圏内なんです。

そのため、一般家庭以外にも高層ビルや地下鉄、駅に駆けつけることも多く、ドクターカーの到着から実際に患者さんに接触するまでの時間がけっこうかかってしまうんです。

 

たとえば、今回の出動もそうだったんですが、高層階のオフィスが現場だったので、入口のオートロックが開いていなかったんです。また、搬送の際にはエレベーターがせまくて患者さんを寝かせたまま運ぶことができない設備的な問題も発生します。

一方、駅や地下鉄では、よく構内や電車内で気分が悪くなった人などの対応にあたっているのですが、そうした公共機関や一部のホテルなどは誘導体制が整っているので、意外とスムーズに現場まで駆けつけられることが多いです。

 

—ドクターカーが出動するべきか、救急車で搬送するかの判断は、どのようにして決められているのでしょう? 

 

世良 基本的にはドクターヘリと同じ「キーワード方式」になっています。キーワード方式というのは、119番に通報した人がこのワードを口にしたら「要請する」というふうに決まっていて、たとえば「突然の激しい頭痛」「突然倒れて意識がない」などのワードがあれば、無条件にドクターカーに出動要請が入るようになっています。

だから、いざ現場に行ってはみたものの、何もしないで帰ってくるというケースも多いんですよ。

 

【ドクターカーの出動要請基準】

・心停止(疑いを含む)の場合

呼吸なし」「冷たくなっている」「水没している」「のどがつまった」


・心停止寸前を疑う場合(呼吸・循環・意識のなかで同時に2項目以上に以上がある)

(1) 呼吸の異常 「呼吸が苦しい」「息苦しい」「肩で息をしている」など

(2)循環の異常 「冷や汗をかいている」「顔色が悪い(蒼白)」

(3)意識の異常 「声が出ない」「うめき声」「話のつじつまが合わない」「意識がない」

 

・外因性によるもの

(1) 転落 「高所(5m以上)から落ちた」

(2)交通事故「横転」「車内に挟まれ」「(5m以上)飛ばされ」「車の損傷が激しい」

(3)銃創・刺創 「撃たれた」「刺された」

(4)四肢切断

(5)要救助者が機械に挟まれている・重量物の下敷きになっている

(6)重度の熱傷

(7)多数傷病者

 

・内因性によるもの

(1)脳卒中(緊急性のあるくも膜下出血・脳出血など)の疑い

「突然の激しい頭痛」「突然倒れ意識がない」「突然の麻痺

(2)心疾患(緊急性のある急性心筋梗塞大動脈解離など)の疑い

「20分以上続く激しい胸痛」「突然の激しい胸背部痛」

(3)その他(重度の呼吸困難、痙攣)

 

・その他

(1)消防本部の判断した場合

(2)救急隊到着時に救急隊長で必要性があると判断した場合

 

医療者が現場にいるだけで、患者や家族は安心する

—ドクターカーが運用されるようになったのは、従来の救急車ではできなかった「医療行為ができる」というメリットがあるからかと思います。

医師が現場に行くことで、これまでにはできなかったどのような処置が可能になったのでしょうか?

 

世良 つい先日のことですが、ある患者さんが卒倒し、くも膜下出血の疑いがあったのでドクターカーに出動要請が入りました。このときには現場で鎮静薬を投与して上がっていた血圧を薬剤で下げ、動脈瘤の再破裂を予防した上で病院に搬送することができました。

でも、もしこの状況で救急隊だけが駆けつけていたとしたら、処置はできませんから病院に搬送するしかないんです。救急救命士が明らかに、「くも膜下出血を起こしている」とわかっていてもです。

 

ドクターカーで駆けつけた現場で行なった処置

※ドクターカーに乗車する東京医科歯科大学救命救急センターの看護師22名を対象にしたアンケートを参照。(以下グラフすべて同)

 

世良 これは、個人的に思っていることなんですが、日本は欧米諸国に比べて救急救命士さんに認められている処置がすごく限られているんです。救命士さんは心肺停止の患者さんに心臓マッサージや人工呼吸を行うことはできるものの、それ以外の医療行為を行うことができません。

 

だから、多少煽られているような気がしないでもないのですが、「医師がいると救命士は指示が受けられるので安心して処置ができる。収容先の病院も確保できるので助かっている」と、言われたことがあります。

また、現場に医療者がいることで、患者さんやご家族に「安心感を与えられる」というメリットもあるんです。

 

東京医科歯科大学医学部附属病院 助教 世良医師

 

—ドクターカーが要請される場合で最も多いのは、どのような傷病ですか?

 

世良 やはり、心肺停止の患者さんが多いですね。次に痙攣発作、意識障害と続いて、そうした内因性の傷病が全体の9割を占めています。

それ以外では外傷と、あとは自殺ですね。その場合は、研修医や同行する看護師にとってはけっこう厳しいかもしれませんね。

 

—自殺ですか……。やはり、病院の外に出るとそうした場面に遭遇する可能性も出てきますよね。

 

加藤 あ、でも私がそうした現場に遭遇したときには、先に現場に入っていた先生たちが、「ここは入らなくてもいいから外で待っていて」と配慮してくださいました。

あとは、意外と警察の方におまかせしてしまうことも多いので。

 

—ところで、看護師さんは、ドクターが出動するときには毎回同行されているのですか?

 

加藤 うちの場合、たぶん管理上の問題があって、看護師がドクターカーに乗るのは平日の日勤だけと決まっているんです。だから、同乗するのは医師が3回に対して2回くらい。

でも医師は、365日、土日祝日、時間外でも出動しています。

 

ドクターカーに乗車する看護師に求められるスキル

—ドクターカーに乗車する看護師さんは、主にどのような業務を担当されているのですか?

 

加藤 基本的には、医師に同行して処置を補助したり、患者さんの介助やご家族への対応を行ったりしています。現場では、意外とご家族への対応が後回しになってしまうことも多いので。

 

—処置は、具体的にどのようなことを行なわれているのですか?

 

加藤 静脈ルートの確保やBVM(バックバルブマスク)による換気、血糖値の測定、薬剤の投与などが多いですね。
また、外傷患者や循環器疾患を疑う場合は、簡易エコーを使用することがあります。

 

モニター付き簡易エコー

携帯に便利な簡易エコー

 

最も使用頻度が高いという点滴セット

「点滴グッズはたいてい使います」という加藤さん。そのため種類が豊富。挿管の器具や痙攣止めなどの薬剤も使うことが多いのだそう。

 

モニターを見ながら挿管できる

ディスペンサーをつけ、中を確認しながら挿管することができるモニター。経験の浅い医師がよく使うそう。

 

加藤 あとは、現場に持っていく資機材を補充したり、処置後に使用済みの針がまぎれて落ちていないかをチェックしたりするのも看護師です。現場は、そこら中に物がゴチャゴチャと散らばっていて雑然としているので、先生たちも気をつけてくださってはいるのですが、二次被害が起こらないように念のため。

 

ドクターカーに同乗する看護師の役割

 

ドクターカーで同乗した看護師が行なったことのある処置

 

看護師にしかできないフォロー

—医師から見て、看護師が同乗するメリットはどのようなところにあると思われますか?

 

世良 看護師がいるといないでは大違いです。

まず、現場に到着すると消防や警察と連携するためにやりとりが発生するんです。そこに医師が時間をとられることも多いため、その間に看護師が状況を判断して機材準備・処置の補助、片付け、家族・患者へのケアを行ってくれることで医師はスムーズに処置に入る準備を整えることができます。

 

また、いざ処置に入ると医師は周りが見えなくなってしまうので、刻一刻と変化する現場の状況、たとえば消防の動きなどを看護師が見てくれているのですごく助かっています。こういうことって、ドクターが二人いてもフォローできない看護師のスキルなんです。

医者が器具などを探しても、全然見つからないんですよ。本当に(笑)。

 

看護師は物品の管理も大事な仕事

 

—それだけ医師に頼りにされているとなると、看護師に求められるスキルも相当高そうですね。

 

加藤 救急でも同じですが、やはり覚えることがすごく多いし、症例によって求められることがまったく違うので、「常に考えて行動しなければいけない」という大変さはあると思います。だから、自分なりに勉強しなければならないことも多くて。

 

あと、これはドクターカーならではだと思いますが、ドクターカーは医師が複数人乗ることはあっても、看護師は常に一人なんです。そのためわからないことがあっても助けてくれる人がいないので、私も最初は乗るのが怖かった。

現場にどういう患者さんがいるのかわからないし、現場は病院とはまったく違う環境ですから。慣れない環境に、前もって確認していたはずの機材が見つからないこともたびたびありました。

今でも、久しぶりだと忘れてしまうことがあるくらいです。

 

看護師のドクターカー同乗が苦手な理由

ドクターカーの同乗が得意と答えた看護師は全体の1/4にとどまった。その理由は、「判断に自信がない」「体力に自信がない」「処置介助に自信がない」など。

 

—そうした場合、現場で医師が看護師を直接指導することもあるのですか?

 

世良 うちの場合、ドクターカーに乗るのは救命救急センターの外来で働く看護師なんです。そういう看護師は総じて技術も高いんです。だから、ぼくから「こうしてほしい」と言うことはほとんどありません。

 

—ドクターカーに乗ることができるのは、加藤さんを含め救急の中でもかなりエキスパートの看護師さんということなんですね。

今、こちらでドクターカーに乗ることのできる看護師さんは、何人くらいおられるのですか?

 

加藤 15〜20人くらいです。

 

ドクターカーに同乗する看護師・加藤さん

 

ドクターカーに乗るナースは「ドライな人」がいい?

—ドクターカーに乗るための資格などはあるのですか?

 

加藤 病院によっても資格基準はいろいろだと思いますが、うちではBLS(一時救命処置)資格が必須で、あとはJNTEC(外傷初期看護セミナー)かJPTEC(外傷病院前救護プログラム)を取得していることが条件になります。ですが、その他にもICLS(蘇生トレーニングコース)、日本DMAT研修、ACLS(二次心肺蘇生法)などを修了している看護師も多いです。

 

—そもそも加藤さんは、どういう経緯でドクターカーに乗ることになったのでしょう?

 

加藤 私は、うちの病院にくる前は、救急ではなく脳外科耳鼻科、眼科の混合病棟で働いていました。

それが、東京医科歯科大学に転職するとICUに配属となって。その後、2009年に救命救急センターが立ち上がり看護師を大幅に増員していたので、そのタイミングで希望を出しました。

今は、救急外来とER、ICUが一緒になっている病棟に配属されていて、6年目になります。

 

—救急に転向しようと思われたきっかけは、何かあったのですか?

 

加藤 病棟で働いていたとき、患者さんの急変に対応できない自分に、よくフラストレーションを感じていたんです。
救急なら、いろいろな症例に対応できて応用力も身につくし、「急変時の対応にも強くなれるのではないか? 」という思いがあって。

 

急変時の対応にも強くなれるのではとの思いから救急へ

 

—先ほどもちらっとお話にあがりましたが、資格を取得してからもご自分でいろいろと勉強されているのですか。

 

加藤 そうですね。私はBLSの講義などを通じて他院の看護師さんたちと情報交換ができたので、それをきっかけに他院の学会にも積極的に参加するようになりました。

今では自分で発表することもあるので、さまざまな文献に目を通すようになり、そこから学びが得られています。

 

—たしかに、病院の外に飛び出して行くということは社会と触れあうことでもありますよね。それにドクターカーも社会に出ていくわけで。加藤さんが、これまで救急医療に携わるたくさんの看護師を見てきて、正直なところ、ドクターカーに乗るのはどのようなタイプの人が向いていると思われますか?

 

加藤 そうですね。ある程度、冷静に状況判断ができる人が向いているかもしれませんね。

 

世良 よく言えば平静、悪く言えばドライな人……ですよね?

 

加藤 そうかもしれません(笑)。

最近は、テレビドラマなどの影響もあって、1年目から救急を希望して入ってくるナースも増えていますが、やっぱり大変……。
実際には、みなさんが良くなっていかれるわけではないので、理想が大きい分ドラマの世界とのギャップに戸惑ってしまうということはあるかもしれませんね。

 

—では、たとえばドクターカーに乗る前に経験しておくといいおすすめの科などは具体的にありますか?

 

加藤 傷病区分の上位にある疾患を学ぶことができるような科、でしょうか。現場は循環器や頭部の疾患が多いので、そこで経験を積むと自信につながると思います。

あとは、病棟の経験があれば、患者さんだけでなくご家族の対応もできるようになりますよね。特に、ICUや救急の病棟だと患者さんのその後の状況を知ることができるので、現場でもその症状から起こり得る問題を予測して対応することができるようになると思います。

 

ドクターカーの対応する傷病区分

 

ドラマでドクターカーの緊急状況を知ってもらえたら

—4月からドラマが始まり、ドクターカーの活動が広く一般の人たちにも知られるようになるかと思います。これによりどのようなことを期待されますか?

 

世良 現場での処置や介助は救急の中でももっとも難易度が高いので、まずは「ドクターカーに乗りたい」という以前に、救急ができていなければ始まりません。

でも、じゃあ狭き門かというとそういうことではなくて、ぼくには基本さえできていれば誰でも経験を積むことでできるようになるという実感があります。

だから、諦めずにがんばってほしいですね。

 

加藤 そうですね。ドクターカーの現場は駅構内など人の多い場所になることも多いので、一般の方が救命の様子を写真に撮って、勝手にブログ等にアップしてしまうことがあるんです。

ですが、患者さんのプライバシーを守るのも看護師の役割ですから、今回のドラマが放送されることで、ドクターカーの活動が緊急を要しているのだということを広く知ってもらえるようになるとありがたいかな、と思います。

 

—本当にそうですね。お二人とも、お忙しい中貴重なお話をありがとうございました!

 

お二人 ありがとうございました。

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