ナース漫画家・明さんインタビュー 現場とマンガで伝えたいたった一つのこと
看護師であり漫画家、明(みん)さんにお話をうかがいました。
週の半分以上は心臓血管外科HCUの看護師として夜勤もこなしながら、漫画家として連載も持っている明さん。両立のヒケツを聞いていくと、マンガを通して伝えたい看護師としての強い思いを語ってくださいました。
看護とマンガのいい関係―漫画家・明さんインタビュー
1巻のエピソードは、ほぼ新人時代の実話です
明さんが執筆する『LICHT-リヒト 光の癒術師』は、ある世界で『人を癒す力を持つ者:癒者』を目指す女の子が主人公の物語です。架空の世界の物語ではあるものの、描かれているのはまさに医療・看護の世界。あらゆるシーンに看護の考え方や技術の描写が散りばめられています。
「マンガはあくまでファンタジーとして描いているんですが…。
現場でもマンガでも、看護の現場では10年くらいやってきた中で自分が考えたり頑張ったりしてきたことを伝えたいと思っているんです。」
マンガの1巻で描かれているのは、主人公のティナが人を癒やし病を治す『癒者』を目指して養成学校に入り、臨床実習で奮闘する姿です。先輩にこっぴどく怒られたり、患者さんの急変時に立ちすくんだりと、看護師なら誰しもフラッシュバックするような場面が数多く出てきます。
「ほぼ新人のときの実話です(笑)先輩はやっぱり怖かったです。怒鳴られながらやってました。
1巻に関しては、自分の経験をもとに作り上げたところが多かったです。2年目、3年目は全然覚えてないけど、1年目のことはよく覚えてるんですよね、不思議と。」
看護師以外の時間も充実させたくて
看護師としては現在、心臓血管外科のHCUで働いている明さん。もともと循環器内科からスタートし、『命に直結する』心臓にずっと関わりたいという思いでキャリアを選んできました。
「看護師になって最初の5年間は循環器内科にいました。そこは循環器だけの専門病院だったので、循環器をやっていく上で他の科も見なくちゃと思って、今の病院の消化器外科に転職しました。でも1年いたらやっぱり循環器がやりたくなって、今の心外に移ったんです。」
本格的にマンガを描き始めたのは看護師になって3年目からだそう。忙しい仕事の中で、なぜ描き続けられたのでしょうか。
「もともとイラストは好きで描いてたんですが、漫画家になろうとはまったく思っていませんでした。
でも看護師の先輩に空き時間を使うのがとてもうまい人が多くて、自分も仕事以外の時間をちゃんと充実させたいなと思って。
それで好きなことをひとつずつやっていくうちのひとつが、マンガだったんです。」
夜勤明けから寝ないで朝まで描き続けたこともある
そうして描き始めたマンガをWebサイトに載せたところ声をかけられ、Webマンガ雑誌『GANMA!』で『リヒト』の連載をスタートすることになりました。好きなこととはいえ、フルタイムで看護師の仕事をし、マンガも連載しつづけるのはなかなかハードなのでは…。どう両立しているのでしょうか。
「没頭しちゃうと、いくらでもやっちゃうタイプで。夜勤明けとかでも、家に帰ってきて寝ずに、気が付いたら朝とかあるんです。(次の勤務を考えて)あ、やばい寝なきゃ、とか(笑)。
もちろん勤務は考慮してやりますけどね。」
「それと、今の職場は休みもきちんと取れるし、有給も取れるんです。職場の環境に恵まれていることも大きいです。」
マンガ家と看護師の切り替えスイッチ
今は、隔週1話の連載に加えて、12月11日に発売する単行本2巻のための作業もこなしているそうです。ちなみに1話のボリュームは25~26ページ。担当の編集者さんによれば「描くスピードは非常に早いです」とのこと。
すごい集中力なんですね…と伝えると、明さん本人は「私適当なところがあるので」と笑いますが、もちろん適当に描けるものではありません。描きつづけるのは大変ではないですか?と聞いてみると、「大変ですとても!」と即答が返ってきました。
「大変ですけど、描いていて楽しいんです。休みの日、何か他にやってるほうが、エネルギーが充填できるというか。
マンガで頭がいっぱいいっぱいになっちゃったときに仕事に行くと、マンガのことはすっかり忘れて看護の仕事に集中できるんです。逆も同じ。
全く違う環境にいるっていうのがすごくいいですね。」
物語を描くことで看護の振り返りができる
『空き時間を充実させたい』という気持ちで始めたマンガは、仕事の切り替えスイッチになっただけではありません。
人を癒やす『癒者』を目指す少女の物語を描く中で、物語を考えることそのものが看護の仕事の振り返りにもなっているといいます。それを明さんは『消化作業』と表現しました。
「悩んだ気持ちは全部、ここ(マンガ)に吐き出されるので、消化作業にもなっています。
物語を考えるとき、あの時何がいちばん辛かったのかと考えるんです。亡くなったことだけじゃなくて、自分がその患者さんに対してこうしてあげたかったけどできなかったっていう反省ができて、それを次に活かせる。」
手についたインクは墨汁。試行錯誤の末いちばん合うものにたどり着いたのだそう。「勤務の前にはきっちり落とします!」
もちろん最初から良いスパイラルを生み出せたわけではなく、新人の頃は、休みの日にも仕事のことをずっと引きずってしまっていたそう。でもそれが嫌で、3年目の頃からプライベートはきちんと切り替えようと思ったからこそマンガを描き始めたのだといいます。
「いちばん切り替えができないのはステルベン。一晩で2人とか看取ったときは、さすがに引きずってしまいます。そういうときはマンガに入る前に散歩に出たりして、きちんと考えてから次に向かうんです。
でも夜中に作業していて、突然亡くなった方のことを思い出して号泣したりすることもありますよ。私は基本的には看護師は泣いていいと思うし、それでまた一歩ステップが上がるんだったら、存分に泣いてくださいって思う。」
新人看護師や学生へ、辞める前に伝えたいことがある
そうやって吐き出した自分の思いや経験を、今度は新人や後輩に伝えたい。そういう思いが、明さんの原動力になっています。
「特に、新人さん、学生さんとかに読んでほしいという思いはあります。自分が接していた新人さんでも、辞めていっちゃう人はたくさんいたので。
でも看護師という仕事は、目の前のつらい仕事だけじゃない。患者さんと接すれば素晴らしい部分がいっぱいある仕事だから、そういうところにも気づいてくれたらいいなと。主人公のティナも、命の大切さとか、そこに触れられる素晴らしさに気づいて成長していきますから」
明さんが循環器を好きな理由は、命に直接関われるからだといいます。やりがいが大きい分責任も大きく、自分の判断や行動が命に直結するということはマンガの中でも大きなテーマになっていて、実習学生である主人公はそれを学びながら成長していきます。
たとえば、こんなエピソードがあります。
主人公ティナが実習先で指示された薬品庫の掃除。薬の場所をしっかり覚えなさいと先輩に言われていたのに、ティナは「こんな雑用、私じゃなくてもできるのに」と、ふてくされていました。でもある急変の際、とっさに先輩に指示された薬品がどこにあるかわからず、立ちすくみます。
「薬がわからないというのは、新人のときにさんざん自分が言われていたことで。何もできないんだったら、せめて場所くらい覚えなさいと。それは専門知識がなくてもできることだから、と。
その時は実感として湧いていなかったけれど、時間を重ねて、『あれだけ言われた理由はこれか!』ってわかっていったんです」
『これか!』をいちばん実感するのは、後輩に指導しているときなのだそうです。先輩に言われたのと同じことを自分も言っているな…と気づいたとき、初めて先輩が言ってくれた意味がわかる。その場ではわからなくても、状況や伝え方が変わることでピンとくる…という経験は誰しも持っているのではないでしょうか。
「職場の同僚は、ナースはもちろんドクターや他のスタッフも読んでくれているんですが、いちばん最近声かけてくれたのが新人さんで。この子よく怒られてるな、って感じの子だったんですけど…その薬のシーンを見て、『考えを改めました』ってしずしずと言ってきました(笑)。嬉しかったです」
現場での指導はもちろん、マンガでも伝えられることがある。どちらでも伝えたいことは一緒なんです、と明さんはいいます。
「看護師とか医療従事者だけじゃなくて、患者さん側にも伝えたいんですよ。医療って、医者や看護師だけではできなくて、患者さんの協力があって初めてできるものなので。いつか患者さんになる可能性がある人には、それが伝わったらいいなと思います」
明さんの話を聞いていると、伝えたい気持ちと一緒に、看護とマンガがどちらも大好きだという気持ちがひしひし伝わってきます。
自分が経験したことを、自分が好きな方法で伝える。それはとてもシンプルではあるものの、強い熱意を持たなければ続けられることではありません。
看護師・漫画家、どちらの自分も全力で生きる明さんがこれから何を伝えていくのか。現場での活躍もマンガの続きも、どちらも楽しみです。
【明】
看護師・漫画家。沖縄県出身。大学卒業後、看護師の仕事の傍らマンガを描き始める。コミックスマート社の漫画アプリGANMA!にて『LICHT-リヒト』を連載中。第2巻は12月11日発売。趣味は合気道。
(取材協力)
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