東邦大学羽田空港国際線クリニックのナースのお仕事

 

年間800万人近くが利用する東京国際空港(羽田空港)国際線ターミナル。

旅行者をはじめとしてたくさんの人が訪れるこの場所では、当然ながら体調を崩す人が出ることもあります。

今回は、そうした空港での急患に対応する東邦大学羽田空港国際線クリニックの看護師、松橋さんにお話を伺いました。

 

 

国際空港ナースインタビュー

 

健康診断から急変対応まで

東邦大学羽田空港国際線クリニックは、2010年10月21日、新国際線旅客ターミナルビルのオープンと同時にターミナルビル1階に開設されました。

診療は365日休みなく、診療時間は9:00~12:00(受付終了11:30)、13:00~23:00(受付終了22:00)です。医師2名と看護師3名、事務スタッフおよび東邦大学医療センター大森病院からの派遣医が交代で常駐しています。

 

「業務は急病者や慢性疾患患者の診療、職員の健康診断、インフルエンザワクチンなどの予防医療、空港内医療班としての防火、防災活動などです。受診者は主に空港職員ですが、2014年3月の国際線旅客ターミナルビル拡張、それに伴うフライト数の増便などもあって旅行者の受診も増えています。2013年度の総受診者数は約7,000人に達しております」

 

旅行者の体調不良は、これまでアジア圏への利用が多かったので発熱や下痢が目立ちました。ターミナルビル拡張後はヨーロッパ便が増えたことでロングフライト症候群のような長時間の搭乗による体調不良者が多くなりました。

 

航空会社や空港内の施設から急患の連絡を受けて、医師とともに現場へ往診に行くこともあります。重症者の場合は初期治療をおこない、高次救急医療機関へ患者を搬送します。

 

ターミナルビル1階の静かな場所にあるクリニック

 

クリニックにはレントゲンや心電図の設備が備わっていますが、一般の市中病院のように薬剤をたくさん置いているわけではありません。症状が重い方がいる場合は、一次救急医療機関として点滴ラインをとって搬送するという引き継ぎの役割を担っています。

 

ターミナルのまっただ中で処置にあたることも

 

「以前、朝の出勤と同時に『人が倒れているから来てくれ』と連絡があり、救急車到着まで待機依頼をうけて、私服のまま現場へ直行したこともありました。また、空港ターミナルフロアで医師が気管内挿管を行った事例もありました」

 

職員の健康診断、航空機搭乗による特有の疾患や、ときには急変した患者の初期診療など、実に幅広い対応を求められるクリニックなのです。

 

異文化との接触:診察中に携帯電話、気功

平成26年3月に、1日の就航便数が約50便から約80便に増加した羽田空港国際線ターミナル。クリニックには日本人のみならず、外国の方もしばしば訪れます。そのため、ときには日本と違った文化を目の当たりにすることも。

 

「アジアからの旅行者でしたが、診察中に携帯電話がなると普通に電話に出るんですよ。それも大声で。そこで『診察中は電話に出るのをやめてね』って声をかけたら、『でも、電話がかかってきたらしょうがないの』と“一生懸命”主張されていたのが印象的でした。

また、別の旅行者ですが、あるご夫婦と息子さんが来院されて、奥さんの診察をしているときに旦那さんがずっと手をかざして不思議な動きをしていることがありました。息子さんに『あの手の動きはどうされたんですか』って聞いたら『気を送っています』って。ご夫婦が気功をすごく信じているそうで、奥さんが救急車にのるまでずっと気を送っていました」

 

多国の人が訪れる空港では、患者さんの国籍もさまざま

 

また、日本との制度の面での違いを感じさせられることもあるといいます。

 

「以前に外国の保険制度を学ぶ機会はあったのですが、一部の国では空港内の診療が無料になるということを、空港クリニックで初めて知りました。患者さんに『当クリニックではお金がかかります』と説明したら違いをご理解いただけなくて、憤慨されてしまったこともあります」

 

スタッフは患者さんとは英語でコミュニケーションをとっています。ただ、どうしても対応できない言語の方が来た場合は国際線ターミナルのコンシェルジュに通訳として協力してもらうこともあるそうです。

 

海外感染症への対策、「飛行機不時着」の航空機事故訓練

“国際空港ならでは”の点は、外国人患者が多いことだけではありません。

空港という巨大な施設の一員として、広域保健的な役割を求められる側面も。

 

「空港内の検疫所では入国者のチェックをされています。そちらから連絡を受けて、患者さんを診る場合があり、届け出疾患に該当するようであれば保健所へ案内することになります。地域診療の側面があるのです。感染症については国立感染症研究所から最新情報を得て院内で共有しているほか、検疫所主催の勉強会に参加させていただいたりもしています」

 

さらには場所柄、緊急事態への備えも病院とはまったく違うものになります。

 

「年に1度、航空機事故訓練があります。以前、私が参加したときは『羽田空港沖に飛行機が不時着した』という想定でした。運営元である東邦大学医療センター大森病院からDMAT隊、国内線ターミナルからは同系列の羽田空港クリニックが参加しました。実技訓練の前にも、机上訓練トリアージのシミュレーションをしました。実技訓練当日の参加者は、空港関連機関はじめいろいろな職種の方が集まり、空港全体で防災意識を高めています」

 

空港ならでは、看護師も事務員も参加の航空機事故訓練

 

少人数ゆえに求められる対応力

総合病院では専門分化されておりスタッフもたくさんいます。緊急時はまず人を呼びます。しかし、ここではそれができません。

 

「先日、救急搬送が必要な救急患者さんがいました。事務員に救急車を呼んでもらおうとしたのですが、一つの回線しかない電話は受け入れ病院への情報提供に使用中です。しかし、一刻を争う状況でした。救急車要請の依頼を受けた事務員はクリニックの外に出て警備中の職員に要請を依頼しました。その間、医師は電話をしながら、私と一緒に処置して救急車の到着を待ちました」

 

緊急時には対応力が求められる

 

さまざまな経験が活きる職場

羽田空港国際線クリニックは、運営元の大森病院から勤務したいという希望者が多く、ときには外部から直接「クリニックに就職したい」という問い合わせもあるといいます。

この現場で勤務するためには、どのような知識やスキルが必要になるのでしょうか。

 

「いろいろなことに対応できるフレキシビリティはあったほうがいいでしょう。看護師としての経験が5~6年以上の看護師が勤務しています。私自身は手術室や整形外科などの科にいた経験が役に立っています。妊婦さんが来られることもあるので、産科で身につけた知識も役立ちます」

 

国際線クリニックに勤めてもうすぐ3年になるという松橋さん。この春には、特に心に残る出来事がありました。

 

「海外渡航者が、重篤な心筋梗塞で来院しました。診察時に意識消失したため、即心臓マッサージ、ライン確保し東邦大学医療センター大森病院へ搬送しました。大森病院と連携しているためスムーズに患者さんに対応できました。その後、無事に回復し帰国されました。一歩間違えば亡くなっていたところだったので、とても嬉しかったです」

 

また、患者さんへの丁寧な対応で表彰されたことも、印象に残っているといいます。

 

「団体旅行の外国人のお客様が出発前に痙攣発作を起こしたときのことです。“救急車も出動する非常に緊迫した状況で、診療終了時刻を大幅に過ぎているにも関わらずお客様視点に立って丁寧に対応した”とのことで、空港ターミナル会社の広報誌で紹介していただきました。この件では空港ターミナル会社のCS(カスタマーサービス)委員会や、国際線地区の事業者でつくるCS連絡会から表彰を受けたこともあって、とても印象に残っています」

 

チーム医療で受けた、思い出深い表彰

 

2010年の開設からもうすぐ4年になる、羽田空港国際線クリニック。

羽田空港には国内線ターミナルビルにも東邦大学系列のクリニックがあり、旅行者の診療にあたっています。

旅行者や空港職員の健康を支えるクリニックは、空港における縁の下の力持ちといえるでしょう。

 

<取材協力>

東邦大学羽田空港国際線クリニック

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