エボラ出血熱やデング熱への水際対応。国民を守る検疫所ナースのお仕事
最近はエボラ出血熱やデング熱など、感染症に関するニュースをしばしば目にします。
こうした危険な感染症が日本に入らないように、空港や港で「検疫業務」にあたっている看護師がいるのをご存知でしょうか?
今回は、空港、海港の検疫所で感染症に立ち向かっている「検疫官ナース」のお仕事をご紹介します。
仙台空港検疫所ナースインタビュー
空の窓口で検疫感染症への水際対応
お話を伺ったのは、宮城県の厚生労働省仙台検疫所仙台空港検疫所支所で検疫業務にあたっている、看護師の井上恭子さん。
「仙台空港検疫所支所には看護師が2名いて、常に1名は出勤しています」
井上さんは看護師であるとともに、国家公務員の“検疫官”。「国内に常在しない検疫感染症に対する検疫業務、健康相談及び予防接種業務」が主な仕事内容。分かりやすくいうと、海外の危険な感染症が日本国内に入るのを防ぐお仕事です。
仙台空港検疫所支所では、看護師も含めた検疫官が、検疫感染症や国民の健康に重大な影響を及ぼす感染症の侵入を防止するため、海外から渡航する全ての航空機に対して検疫を行っています。
航空機から降りた乗客は必ず検疫ブースを通りますが、このとき検疫官がサーモグラフィーを使って、発熱のある方がいないかどうかをチェックするのです。
入国者が通る検疫ブース。奥にサーモグラフィーのカメラがあります
発熱が確認された場合は看護師による問診へ ※機械の設定により、擬似的に発熱状態を再現しています
サーモグラフィーでのスクリーニングにて発熱が確認された方や、体調不良を訴える方には健康相談室へ移動してもらい、正確な体温を測ります。その上で看護師が問診にあたり、旅行先の国、旅行期間、いつから具合が悪いか、現地で蚊に刺されたかどうか、お腹が悪い場合は食べたものなどを確認します。
問診にあたる井上さん
「渡航先を鑑みて潜伏期間も考慮しつつ、感染症にかかっていないかどうか症状などをアセスメントします」
感染症が強く疑われるような場合には、医師の指示を仰ぎます。
その上で万が一、検疫法第二条に規定する検疫感染症(※)が疑われるときは、保健所や検疫所と契約している感染症指定医療機関と連絡をとり、検査や搬送にあたります。検査結果によって検疫感染症であった場合は、感染症指定医療機関に隔離され入院治療されることになります。
ちなみに感染症以外にも、旅先で食事や気候が合わなかったことによる下痢や風邪、飛行機酔いなどの方も来られますが、検疫所では治療や薬の提供はできないため、早期の医療機関受診を勧めることになるそうです。
緊急時には防護服を着て対応
いざ重大な感染症が確認されたときにも対処できるように、検疫所には防護服も完備されています。
エボラ患者にも対応できる完全防備の防護服
防護服は、テープで完全に密閉できるようになっています。ゴーグルもマスクも完全にフィットするように作られており、感染源となるものを一切通しません。実際にこれを着て動くと、空気がまったく通らないのでとても暑く、ものすごい汗が出るそうです。そのため、動けるのはおそらく30分ぐらいが限度とのこと。
「年に1回は、防護服を着て検査や搬送をする訓練を行います。ほかにも、関係機関と連絡体制を確認し、年に3回仙台検疫所管内(東北6県)の支所、出張所を集め連絡会議を開催して、確実な連携をとれるよう努めています」
世界中の感染症に対応できるよう、流行状況は常に共有している
感染症を未然に防ぐ! 出国者への情報提供
入国者への対応だけが検疫官ナースの役割ではありません。これから出国する方に感染症の知識を伝えることもまた、重要なお仕事です。
「厚生労働省が発信している情報(FORTH:For Travelers’Health)をもとに、流行をみせている感染症や予防接種の情報を分かりやすくまとめた冊子を作って、仙台空港や東北6県のパスポートセンターで提供させていただいています」
「出発準備編」はパスポートセンター、「出発編」は空港で配布
また、黄熱病のように海外で流行する感染症の予防接種の実施、接種スケジュール、接種できる医療機関などについて相談業務を行っています。予防接種はある程度期間が必要だったり、間隔を置いて複数回の接種が必要だったりと条件があり、一般の方はあまりそれを知らないことも多いです。そのため、少しでも予防接種を有効活用してもらえるように、情報提供に努めているのだそうです。
「冊子では感染症のほか、食べ物での体調不良や時差ボケ、エコノミークラス症候群などについてもご案内しています。旅先でなりやすいものへの注意喚起ですね」
空港のモニターでも、常に感染症の情報を提供しています
感染症を水際で防ぐのは重要なことですが、そもそも海外渡航者が感染症にかからず、体調を崩さないのがベスト。正しい知識を予防に役立ててもらうのは、とても大切なことですね。
<個>ではなく国民を守る仕事
検疫官として全国のいろいろな空港の検疫所に勤務し、10年になるという井上さん。この道に入ったのは偶然によるものだったそうです。
「病院を辞めてどうしようかなと迷っていた頃、SARSが流行していて、テレビで『検疫所で看護師を募集している』と報道されていたんです。それをたまたま見ていた私の母に勧められて、興味を持ったのがきっかけでした。実際に入ってみると、病院と違って事務関係のお仕事がとても多かったです」
例えば飛行機が外国からやってきた場合、海外からの渡航者の健康状態に異状がないことを確認したあとで、“検疫が終了しました”という書類を航空機に対して発給します。また問診の際には、有症者が感染症の流行地域へ行ったかどうか、感染の疑いがあるのかないのかといったことについて、調査票も作成する必要があります。
「月ごとに集計をして、どれくらいの有症者がいましたという報告をしたりもします。書類仕事が多いので、臨床で看護師をばりばりやってから検疫官になる方だと、ギャップが大きいかもしれません」
病院の看護師とは大きく異なる検疫所でのお仕事。そのやりがいはどこにあるのでしょうか。
「病院だと、患者さんの<個>を見て、病気やパーソナリティ、家族背景をケアしていくことになります。しかし、私は看護師であるとともに検疫官なので、どちらかというと『国民の健康を守る』という意識で取り組んでいます」
「感染症に興味がある方にはお勧めの仕事」と井上さん
『絶対にここで病気が入らないように守るんだ!』という使命感を持って臨んでいるという井上さん。研修に参加するなど、日々欠かさず感染症に関する情報を収集しているだけに、それが役に立ったときはやはりやりがいを感じるそうです。
「ときどき、『海外で感染症にかかったんじゃないか』ということで、とても心配しながら帰ってこられる方がいらっしゃいます。問診をした上で、『あなたの行った地域では感染症の流行は確認されていないので、おそらく心配はないでしょう』と伝えると、すごく安心してほっとした笑顔が見られます。そうしたときにはやりがいを感じますね」
日本の玄関にあたる空港や海港で、危険な感染症が入って来ないように守る検疫官ナース。多くの人々を重大な病気から守るそのお仕事は、とても意義深いものですね。
※補注
<検疫感染症>
第二条 この法律において「検疫感染症」とは、次に掲げる感染症をいう。
一 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成十年法律第百十四号)に規定する一類感染症(※1)
二 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律に規定する新型インフルエンザ等感染症(※2)
三 前二号に掲げるもののほか、国内に常在しない感染症のうちその病原体が国内に侵入することを防止するためその病原体の有無に関する検査が必要なものとして政令で定めるもの (※3)
※1:エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱
※2:新型インフルエンザ
※3:チクングニア熱、中東呼吸器症候群、デング熱、鳥インフルエンザ(H5N1・H7N9)、マラリア
<取材協力>
厚生労働省仙台検疫所
厚生労働省仙台検疫所仙台空港検疫所支所
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