「診断なし、情報なし」未知の現場で処置を行うフライトナース
ドクターヘリに搭乗して救急医療に従事するフライトナース、順天堂大学医学部附属病院の石倉さんへのインタビュー。
第1回、第2回では、ドクターヘリの出動状況や運用体制、装備などについてお話を伺いました。
第3回では、石倉さんご自身がフライトナースになった経緯や、やりがい、忘れられない出動などについて伺います。
【前回の記事】救急現場で頼れるフライトスーツの七つ道具
フライトナースインタビュー【3】
「やりたいです!」と即答してフライトナースに
現在、順天堂大学医学部附属静岡病院にフライトナースは11名いらっしゃいます。
石倉さんのフライトナース歴9年。
フライトナースになる前から救命救急センターに勤務されていて、9年前、センター内でフライトナースを選出する際に、師長さんから声をかけられたそうです。
後輩フライトナースの指導にもあたっている石倉さん
「元々、フライトナースにすごく興味を持っていたので、『やりたいです!』と即答しました」
未知の領域なので不安も大きかったものの、やりたいという気持ちのほうが強かったといいます。
「ただ、やるとは言ったものの、ヘリに乗る日が近づくにつれ『すごいことをやるんだな』という実感が湧いて、だんだん不安が募ってきました。準備をしようにも、当時はBLSやACLSが普及し始めた頃で、そうした資格に関する情報もあまりありませんでした。結局、ヘリに乗り始めてから後追いで勉強して資格を取っていく形になってしまいました」
ちなみに、フライトナースになるには何が必要になるのでしょうか。
「看護師経験5年、救急領域の看護経験3年が必要です。あとはBLSやACLS、JPTECといった、救急処置、プレホスピタルの標準化された教育を受講していることが要求されます。必須ではありませんが、小児のPALSなどを取る人もいます。ほかに必要なのは、リーダーシップがとれることと、師長の推薦ですね」
フライトナースの選出基準は日本航空医療学会・フライトナース委員会が定めており、各病院でそれにプラスして要件を設定しているそうです。
最近はドクターヘリをテーマにしたドラマもあり、メディアで頻繁に取り上げられたせいか、フライトナースを目指して就職する人がとても多いとのこと。
「新人からフライトナースになるまで最低5年のキャリアが必要ですが、看護師はいいこともあればつらいこともあるので、なかなかモチベーションを維持するのが大変です。そこで、当院では選出基準を満たす前に、ドクターヘリに体験搭乗する機会を設けています。実際の出動時に同乗して現場へ行くので、現場の緊張感ややりがいを肌で感じてもらえればと思っています」
ご自身の初フライトは「何百回も飛んでいるので忘れました」とのこと
ところで、ヘリは結構揺れそうですが、乗り物酔いする人はいないのでしょうか。
「揺れるので酔う人はいますね。地域柄、山間の気温差などのために、場合によってはものすごく揺れます。体験搭乗してみて乗り物酔いをする人は、フライトナースの活動は厳しいと思います」
乗り物酔いへの耐性も、フライトナースの重要な資質といえそうです。
限定された環境の難しさとやりがい
命に関わる救急の現場で、厳しい立ち回りを求められるフライトナース。そのやりがいはどこにあるのでしょうか。
「院内で働いていると、外来で大抵はある程度の診断がついて、検査も全部終わって、ある程度安定した状態で患者さんが病棟へ入院してきます。『この病気だとここに注意しなければいけない』『今後こうなるだろう』と、ある程度見当がつくんです。でも救急の現場だと、出動時に『交通事故』しか情報がないこともあります」
現場へ向かう途中、救急隊からいろいろな情報が入ってきますが、必ずしもほしい情報が手に入るとは限りません。
「診断もついていないし、どこを怪我しているかも分からない。未知の現場で、資機材もスタッフも限られている。そうした状況において、最小限の道具を最大限に活かして、『これが使えなければあれが使える』などと工夫しながら対応するんです。頼れるのは自分の経験と知識。少人数のスタッフで連携し、人手が足りなければ消防の方に協力してもらうこともあります。責任は重大ですが、その分、やり遂げたときの達成感は大きいですね」
資機材が限られるので、日頃から準備・点検は入念に行います
現場では連携が重要になるので、関係する方々とは普段から連絡を密にしているそうです。
「消防の方と合同の勉強会を開いたり、ドクター、ナース、パイロット、整備士で各消防署へ出向いて検証会をしたりしています。外部の人たちと顔の見える関係を築くというのも、院内ではないですよね。こうした点も刺激があって面白いところです」
空から降りてくるヘリは、大きかった
通算では数百回におよぶ出動を経験してきた石倉さん。
その中で、印象に残っている出動について伺いました。
「ひとつは、農業機械に脚を挟まれた方の事故。初め、事故現場から少し離れたところでヘリから降りて、現場へ向かいました。すぐさま処置にあたりましたが、機械の刃に脚が絡まれた状態で、その刃を外すのに時間がかかってしまったんです。どんどん日没が迫って寒くなる中で、患者さんに声をかけ、保温しながら処置をしていました。そのとき、ヘリがすぐ近くに降りてきてくれたんです。現場が開けていて、田んぼの横に降りるスペースがあるということで、移動してきてくれたんですね。患者さんの処置をしながら、すぐ近くに降りてきたヘリを見たときには、『ドクターヘリってこんなに大きかったんだ』と、とても印象的でした」
「降りてくるヘリを間近で見るのは初めてでした」と石倉さん
「もうひとつは、娯楽施設での事故です。女性の方が乗り物に衣服を挟まれて窒息、心肺停止との連絡があり、出動しました。駐車場に降りて現場へ走ったところ、女性の顔にはチアノーゼが出ていました」
すぐさま処置をしたところ、呼吸も意識も戻り、順天堂大学医学部附属静岡病院へ搬送したそうです。
「救命救急センターに入院されたので、会いに行って声をかけたら、『ありがとう、ありがとう』とすごくお礼の言葉をいただきました。その後、その方が退院されるときに、ドクターヘリ運航対策室に手紙とクッキーを置いて行ってくれたんです。手紙には『初めはもう伊豆には来たくないと思いましたが、このように助けていただいたので、また遊びに来ます』と書かれていました。すごく嬉しかったです。その手紙は、今でも大事に持っています」
救急では多くの場合、患者さんが治療中のことをあまり覚えていないため、こうした体験は少ないといいます。
つらいことがあったときには、その手紙を読み返すこともあり、心の支えになっているのだそうです。
「看護って、形に残らないじゃないですか。だからこそ、気持ちを伝えてもらえたときは嬉しいですよね」
フライトナースとして日々、厳しい状況での処置に全身全霊で取り組んでいる石倉さん。
救われた患者さんは、たとえそのことを覚えていなくても、感謝の気持ちでいっぱいに違いありません。
<取材秘話>
取材当日、順天堂大学医学部附属静岡病院を訪れたところ、ちょうどドクターヘリの出動があり、石倉さんが飛び立ってしまいました。聞けば、実はこの日3件目の出動。
ヘリが戻ったあともしばらくの間、「院内で引き続き処置をしながら、救急外来のスタッフへ引き継ぎをしていました」という石倉さん。状況によっては、フライトナースが引き続き処置をすることもありますが、次の要請が来るとすぐに飛ばねばならないため、処置をしながらもスピーディな情報伝達に努めているそうです。
フライトナースの仕事はあらゆる面でスピード感を求められるのだと実感させられました。
【フライトナース インタビュー】
【3】「診断なし、情報なし」未知の現場で処置を行うフライトナース
<取材協力>
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