術前に、鎮静薬などの前投薬は必要?
『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』(照林社)より転載、Web掲載にあたり一部改変。
内容は書籍刊行当時のもの。
今回は「前投薬」に関するQ&Aです。
中田一夫
大阪市立総合医療センター手術センターセンター長
編著 西口幸雄
大阪市立十三市民病院病院長
術前に、鎮静薬などの前投薬は必要?
最近は前投薬をしない施設が増えています。症例ごとの判断が必要です。
〈目次〉
近年、前投薬をしない施設が増加
従来、手術前の患者には前投薬(鎮静薬、抗コリン薬、ヒスタミンH2 受容体拮抗薬)などを投与し、ストレッチャーに寝かした状態で手術室へ移送していました。
しかし、最近では患者取り違え防止、誤薬防止のため鎮静薬などを投与せず、患者自身が徒歩で手術室へ移動する歩行入室を行う病院が増えています。このことによる不安の増大は認められず、血圧、心拍数の変化から歩行による運動負荷は軽度であると考えられています(1)。
ただし、麻酔前投与薬が必要と考えられる症例(不安の強い患者、小児)もあるため、症例ごとの判断が必要です。
前投薬の目的
前投薬は麻酔薬の増強効果を期待して前投与されることもありますが、主な目的は麻酔を円滑に導入するための下記の3点です。(表1)
用語解説誤嚥性肺炎
麻酔中は人間に元来備わっている咳嗽反射がなくなる。このため、胃内容物を嘔吐すると気管内に誤嚥してしまい、重篤な肺炎を起こす可能性がある。
この危険を回避するために、術前夜から患者は絶飲食にしたうえで、抗コリン薬、ヒスタミンH2 受容体拮抗薬を投与することがある。
しかし、鎮静薬の効果が過剰になると、呼吸・循環抑制を促し、短時間手術の場合は覚醒遅延の原因になることもあります。
アトロピン硫酸塩は口腔内分泌物の抑制から口渇を引き起こし、投与後に不快感を訴える患者もいます。また、副交感神経反射の抑制が不十分との指摘がある一方、心疾患を有する患者では頻脈発作を誘発する可能性が指摘されています。
ヒスタミンH2 受容体拮抗薬は胃液pHを上げ、胃液量を低下させますが、実際に誤嚥の頻度を減らし、誤嚥性肺炎を予防したという証拠は得られていません。
症例ごとに前投薬の必要性の判断を
以上のことから、特別な理由のない限り前投薬を行わない症例は増えていくと考えられます。
前投薬を行わないと、手術室への歩行入室が可能となり、呼名による患者確認が容易になります(1)。このことは患者の取り違え防止などの安全管理上有用です。また、鎮静薬等を投与するよりも麻酔科医による術前訪問のほうが患者の不安を和らげるとの考え方もあり、その必要性について議論されるようになっています。
ただし、過度の不安や緊張が合併症(高血圧、心疾患)を増悪させる可能性がある場合は、前投薬は有用であると考えられます。前投薬の投与により術後の疼痛や心理的な回復が良好であったとの報告(2)や、小児患者の年齢によっては親が同伴入室した場合でも前投薬の投与が必要な場合があるとの報告(3)もあり、症例ごと、患者ごとに必要かどうかを判断することが重要です。
[文献]
- (1)森田善仁,讃岐美智義,他:歩行入室患者におけ る術前不安の検討.麻酔2002;51:382-386.
- (2)Kain ZN. Sevarino F, Pincus S, et al. Attenuation of the preoperative stress response with midazolam: Effect on postoperative outcomes. Anesthesiology 2000;93:141-147.
- (3)篠崎克洋:親付き添いの小児麻酔導入に鎮静薬の 前投与は必要か.麻酔 2001;50:998-1003.
本記事は株式会社照林社の提供により掲載しています。
[出典] 『術前・術後ケアのこれって正しい?Q&A100』 (編著)西口幸雄/2014年5月刊行/ 株式会社照林社