栄養と代謝|食べる(1)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、消化器系についてのお話の1回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、身体を冒険中のナスカ。換気の仕組みや、呼吸と脳や筋肉の関係など、呼吸のメカニズムについて知りました。
今回は、消化の世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
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生きるために、私たちは絶えず呼吸をし、食物の形で栄養を摂取しています。たとえ食欲がなくても、生きるためには食べ続けなければならない。このことは、身体が絶えず作り替えられていることと関係しています。
個体に寿命があるように、身体を構成している一つひとつの細胞にも寿命があります。たとえば、血液の流れに沿って酸素を運搬する赤血球の寿命は約120日。老朽化し、機能しなくなった赤血球は、脾臓や肝臓で選別・破壊され、分解されます。
にもかかわらず、血液中にある赤血球の数はいつもだいたい一定です。これは、死んでいく赤血球の数と同じ数だけ、新たな赤血球がつくられ、補充されているからにほかなりません。
同じように、皮膚も、小腸や大腸の粘膜も、常に更新されています。骨だって、例外ではありません。そう考えると、1日に新しくつくらなければならない細胞の数は、気の遠くなるほど膨大です。
私たちがものを食べるのは、新しい細胞をつくるためだったんだ
それだけではなくて、細胞自体が大きくなって成長していくためにも栄養素は必要だし、絶えず消費されるエネルギーを補給するためにも、栄養素は必要なの
でも、私たちが食べているのはご飯やお肉、お野菜ですよね。それがどうやって、細胞をつくる原料になるんだろう?
いい質問ね。実は、それこそ代謝の本質にかかわることなの
代謝の本質?
そう。代謝とは、身体の中で次々と物質を作り替えていくこと。どんな食物も、身体に入ると、そのままの形ではいられないの
同化作用と異化作用
豚や牛のお肉を食べても、私たちの身体は人間のまま。もちろん、野菜を食べたって、肌が緑色や黄色、赤色に変化する、なんてことはありません。
これは、私たちの身体が食物をそのまま利用しているのではなく、必ず栄養素にまで分解し、身体に合う材料に作り替えて利用しているからです。この 「作り替える」からだの機能を、生理学では代謝とよんでいます。
代謝とよばれる化学反応には大きく、異化作用と同化作用があります。異化作用とは、物質をより簡単な構造に分解し、変化させていく作用のことです。その過程でたくさんのエネルギー(ATP)が蓄えられます(図1)。
図1異化作用と同化作用
同化作用とは反対に、その蓄えたATPを使って、低分子の物質を高分子の物質に再合成していく作用です。
皆さんは気づいたかもしれませんが、代謝には呼吸が深くかかわっています。まず、食物の形で摂取した物質を、呼吸によって取り入れた酸素で酸化させて、ATPを取り出し、同時に成分を分解します。分解された成分は、次に遺伝子の働きによって、再び私たちの身体に合うように作り替えられていきます。
つまり、代謝とはこの一連の化学反応を総称した言葉であり、生命活動そのもの、といってよいかもしれません。
心身ともに安静な状態で、身体が生産する熱の総量を基礎代謝量(BMR)といいます。これは、呼吸や心拍、腎機能の維持など、生きていくために必要 な基本的生命活動に、どれくらいのエネルギーを必要とするかを示しているものです。この基礎代謝量は、体表面積や性別などの要素によって変わり、発育のために大量のエネルギーを必要とする小児は基礎代謝量が多くなり、高齢者になると筋肉が萎縮(いしゅく)するのに伴い、その基礎代謝量は劇的に減っていきます。
さまざまな細胞と使われている栄養素
高校の家庭科で習った3大栄養素って、覚えている?
そう。そこにビタミンやミネラルを加えて、5大栄養素ともいうわね。いずれにしても、私たちのからだは、これらの栄養素を分解したり、うまく組み合わせて合成しながら、活動を続けているということになるの
健康なからだを保つために必要な物質は、20種類の有機化合物と15種類の無機物、そして水です。人間は、食事をとおしてこれらの物質を取り入れ、からだに必要な数千種類の物質を作り出すことができます。
栄養素のうち、最も簡単に分解できるのは糖質です。分解が容易ということは、それだけすばやくエネルギーを取り出すことができます。ジャガイモやお米などの植物に含まれるデンプンも多糖類といって糖質の一種です。
私たちの身体はまず、必要なエネルギーを得るために糖質を消費します。さらに、余分なグルコースはグリコーゲンという形にして、肝臓や筋肉などに蓄えます。蓄えられたグリコーゲンは、必要に応じて再びグルコースに分解され、エネルギー源となります。
肉や卵、乳製品などに含まれる脂肪は、代謝によって中性脂肪やリン脂質、コレステロールなどに作り替えられます。脂肪と聞くと、“やっかいもの”のイメージがあるかも知れません。しかし、中性脂肪は身体を包み深部組織を守るクッションに、リン脂質は細胞膜に、コレステロールのほとんどはステロイドとなって、ある種のホルモンや胆汁、ビタミンDをつくる材料になります。
栄養素のうち、最も重要なのはタンパク質です。タンパク質は、コラーゲン(骨や腱などを作る)やケラチン(毛髪や爪)、酵素(食物の分解を助ける)、抗体(免疫機能を担う)など、多種多様な物質の原料となります。
先にお話したように、タンパク質はアミノ酸とよばれる小さな分子で構成されています。体内で使われるアミノ酸の配列は遺伝子によってあらかじめ決められ、取り込まれたタンパク質は、遺伝子がもつ設計図に従って身体に合うよう、作り替えられていきます(図2)。
図2タンパク質の合成
豚肉などに含まれるタンパク質も、いったんアミノ酸にまで分解された後、遺伝子の指示に従って並べ替えられるため、豚肉を食べてもちゃんと、人間のタンパク質がつくられます。
ちなみに、どうしても体内で生成できず、食事から摂らなければならないア ミノ酸を、栄養学では必須アミノ酸とよんでいます。
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版