溺水【疾患解説編】|気をつけておきたい季節の疾患【12】

来院された患者さんの疾患を見て季節を感じる…なんて経験ありませんか?
本連載では、その時期・季節特有の疾患について、治療法や必要な検査、注意点などを解説します。また、ナースであれば知っておいてほしいポイントや、その疾患の患者さんについて注意しておくべき点などについても合わせて解説していきます。

 

→溺水【ケア編】はこちら

溺水

 

溺水の症状_溺水の主訴

 

辻本登志英
日本赤十字社和歌山医療センター 集中治療部長 救急部副部長

 

〈目次〉

 

溺水って?

溺水の定義

夏になると特に海やプールでの水難事故が多くなります。いわゆる「溺水」という病態です。溺水は軽症で歩いて帰れるものから不幸な転帰をたどるものまで、重症度はさまざまです。また、溺水は夏に多く発生しますが、1年を通じて見られるものでもあります。溺水を発症するリスクファクターは、よく見られるのはアルコール摂取や子どもの危険行動ですが、そのほかにも表1のようなリスクファクターがあります。

 

表1溺水のリスクファクター

溺水のリスクファクター

 

溺水は「全身、または頭部が液体中に浸漬・沈没するために起こる呼吸障害」とされています。世界では年間約50万人が溺水により死亡しています。しかし、洪水や津波、船舶事故による死亡が溺水による死亡として数えられていないため、実数はもっと多いと推測されています。また、先進国より発展途上国に発生頻度が高いことが分かっています。

 

日本の場合、厚生労働省の死亡統計から見た溺水による死亡は、「不慮の事故」として扱われています。不慮の事故による死亡は5~19歳の年齢層の死亡原因では常に上位を占めています。また、昨今、高齢者の入浴中の死亡が増加しており、その死亡原因が溺水・溺死に分類されています。溺水で病院を受診した患者のうち、溺水による死亡は約20%といわれています。

 

以前、溺水は海水・淡水によって症状が異なると言われていました。しかし、現在は、海水・淡水による誤嚥や誤飲によって起こる電解質異常は極めて少ないことが分かっています。
溺水により血液量の変化が起こるためには、11mL/kg以上の液体が誤嚥されなければならず、さらに、電解質異常が起こるためには22mL/kg以上の液体が誤嚥されなければなりません。一般的に溺水で加療される患者の誤嚥する量は、3〜4mL/kg以下です。このため、誤嚥する液体(海水・淡水)によって溺水を区別する意味はありません。ごく例外的に、電解質濃度が極めて高い大量誤嚥の場合には電解質異常が生じるとされています。例としては死海(Dead sea)での溺水(死海の塩分濃度は約30%)が有名ですが、日本では電解質濃度の高い温泉での溺水で電解質異常を生じることがあります。

 

溺水の症状と所見

溺水の重症度分類

溺水の重症度は図1のように分類されています。意識障害があれば重症です。

 

図1溺水の重症度分類

溺水の重症度分類

 

また、その重症度(Grade)での治療方針と死亡率は図2のようになります。

 

図2溺水の重症度別の治療方針と生存率

溺水の重症度別の治療方針と生存率

 

大まかな指標としては、Grade1は帰宅可能Grade2は入院Grade3~6は集中治療室での治療が必要となります。意識があって血圧が維持できていれば、ほとんどの症例は救命できます。しかし、心肺停止を来すような溺水患者の救命率は10%前後と、極めて低くなります。

 

溺水の症状

溺水の主な症状は呼吸・循環・脳の障害による症状です。

 

呼吸

呼吸については、呼吸促迫や低酸素血症を来し、聴診上、喘鳴、ラ音(水泡音:coarse crackle、笛音:wheeze)を聴取します。血液ガス分析では低酸素血症が重症度に応じて著明となります。胸部X線写真やCTでは、軽症では限局性で、重症化するにつれて両肺の浸潤影が見られるようになります。いわゆる急性呼吸促迫症候群(Acute Respiratory Distress Syndrome;ARDS)を発症します。

 

循環

循環については、不整脈が大きな問題となります。洞性頻脈、徐脈、心房細動を来すことがあります。また、心室細動を来す例があることも知られています。

 

脳障害

障害は、低酸素血症または不整脈にさらされた時間の長さにより起こります脳腫脹、頭蓋内圧亢進を来します。救命できた全溺水患者の約20%に恒久的な脳障害を残すといわれています。

 

その他

重篤な溺水では、凝固機能障害や腎機能障害を来すこともあります。

 

溺水の処置・治療法

場面別の処置

病院前救護

溺水患者には、まず「呼吸を確保すること」が何よりも優先されます。 心肺停止の患者では、まず気道を確保した後、心拍が再開しなければ、通常の心肺蘇生術を施行します(表2)。

 

表2溺水のCPR

溺水のCPR

 

病院前救護から可能な限り、高流量酸素投与を行うことが必要です。「浅いところに飛び込んだ」などの状況がない限り、頸椎損傷の可能性は低く、頸椎保護固定を行うことで気道確保が困難になることを考慮すれば、安易に頸椎保護固定を行うべきではありません

 

救急外来

溺水の患者が救急外来に搬送されてきたら、気管挿管・人工呼吸が必要かどうかをまず判断します。意識障害増悪したり、低酸素血症が十分な酸素投与にもかかわらず改善しなかったり、二酸化炭素貯留があったりすれば、気管挿管が必要です。病院前救護の段階から気管挿管・人工呼吸が行われていた場合は、そのまま継続します。
気管挿管が必要でない患者でも十分な酸素投与、あるいは必要時には、非侵襲的陽圧換気(NPPV)を行い、酸素化の維持に努めます。

 

溺水患者は、たとえ無症状であっても、時間が経ってから症状が出現することがあります。このため、溺水として来院すれば、たとえ無症状や軽症と思われても8時間は綿密に経過を観察する必要があります。また、低体温症を来していることも多いため、このような患者では衣服を脱がせ、復温します。

 

冷たい水での溺水では急速に体温が低下するため、長時間の心肺停止でも神経学的後遺症を残さずに回復する例があります。このため、心肺停止を来している低体温溺水患者では、体温が32度以上になるまではあきらめずに蘇生術を行う必要があります。

 

溺水患者への処置・治療法

溺水患者で呼吸不全を起こしている場合は人工呼吸が必要ですが、時に気管支攣縮を来している症例もあり、このような場合は気管支拡張薬を使用します。ステロイド投与は効果が証明されていません。

 

溺水患者への抗菌薬投与については、通常、予防投与の効果は認められておらず、ひどく汚染されている液体による溺水、あるいは重症の溺水患者に投与されます。 もちろん、肺炎を発症した場合にも抗菌薬投与は必要となります。この場合にはエアロモナス属、緑膿菌、プロテウス属など、水に関連する細菌感染を考えます。溺水において肺炎発症率は約15%、片や肺水腫は70%に発症するといわれています(1)。

 

中枢神経症状があるなら、脳浮腫対策を中心に治療を行います。また、溺水患者の多くは循環血液量減少を来しているといわれており、多くの場合、十分な輸液が必要になります。

 

溺水患者の予後

溺水患者の予後に関しては、図2を参考にしてください。予後が悪いと推測される因子には、表3のようなことがあります。

 

表3予後が悪い溺水患者の因子

予後が悪い溺水患者の因子

 

溺水は多くの場合、予防可能です。「水に入る前にはアルコールを飲まない」「プールや海での監視を監視員や家族で十分に行う」「危険のある施設に小さな子供が入らないように区分けする」など、ちょっとしたことで大部分の溺水によって起こる悲劇が回避できます。

 

 

・溺水患者が搬送されることが決まれば、人工呼吸の準備をしておきましょう。
低体温を復温できる準備もしておきましょう。
・溺水患者が来院したら、まず呼吸を第一に観察しましょう。
・呼吸困難や呼吸促迫を来している患者では、高流量酸素投与が必要です。
・症状がない場合でも、溺水という事実があれば、8時間の経過観察をしましょう。その間に呼吸困難や酸素飽和度低下という症状が出てくる可能性があります。

 


[参考文献]

 

 


[監 修]
辻本登志英
日本赤十字社和歌山医療センター 集中治療部長 救急部副部長

 

芝田里花
日本赤十字社和歌山医療センター 副看護部長 救命救急センター看護師長

 


[関連記事]

 

  • ⇒『気をつけておきたい季節の疾患』の【総目次を見る

 


[Design]
高瀬羽衣子

 


 

SNSシェア

看護ケアトップへ