標的細胞を刺激するホルモン|調節する(3)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、神経伝達物質・ホルモンについてのお話の3回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、身体を冒険中のナスカ。神経系の共通言語であるインパルスについて知りました。
今回は、細胞膜に存在する受容体を持つ細胞(標的細胞)を刺激するホルモンの世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
長時間、持続的に働くホルモン
スピードを持ち味とする神経系の情報伝達ですが、それにはある重大な弱点があります。神経細胞が蓄えておく神経伝達物質は放出されると大部分はすぐに分解されるため、長時間、情報を流し続けることはできないのです。
こうした弱点を補うのが内分泌系です。人間社会でいうと、「電話だけじゃ伝わりにくいから手紙も書こう」という感じでしょうか。ホルモンによる情報伝達は、神経ほど迅速ではありませんが、持続的に効果を発揮することができます(液性調節、図1)。
図1神経性調節と液性調節
ホルモンを分泌する器官は、内分泌系とよばれ、からだのあちこちに分散しています。内分泌とは、身体の内側、つまり血液に向かって放出されるという意味です。したがって、ホルモンは神経線維のような専用通路ではなく、赤血球や白血球と同じように血液によって運ばれ、血管の中を通って、特定の細胞にまで運ばれていきます。特定の細胞には、それに呼応した特定のホルモンにだけ結合する受容体があり、その受容体と結合することではじめて、ホルモンが作用する仕組みになっています。
神経よりも広い範囲に一度に信号を送ることができるのも、ホルモンの特徴です。
コラムホルモンの名前と略号
ホルモンの名称には、分泌腺を冠したものとそのホルモン固有のものがあります。甲状腺から分泌されるホルモンを甲状腺ホルモンといいますが、この甲状腺ホルモンには、サイロキシンとトリヨードサイロニンという2種類があり、この2つのホルモンの性質はとてもよく似ています。一方、膵臓のランゲルハンス島から分泌されるホルモンにはインスリンとグルカゴンがありますが、2つの働きは全く正反対です。
ホルモンはしばしば、略号でよばれます。ADH(下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモン)、GH(下垂体前葉から分泌される成長ホルモン)、TSH(甲状腺刺激ホルモン)、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)、FSH(卵胞刺激ホルモン)、LH(黄体形成ホルモン)などはぜひ、覚えておきましょう。
コラム内分泌と外分泌
ホルモンは、内分泌器官から放出される微量な化学物質です。内分泌の「内」とは血液の中のこと。つまり、細胞から血流に向かって放出される、という意味です。
これに対し、外分泌とは化学伝達物質が生体の「外」に放出されること。これにかかわるのは、汗腺、唾液腺、涙腺などの分泌腺です。外分泌腺には導管があり、腺細胞で作られた分泌物は導管を経て身体の外面や消化器などの体腔内に放出されます。
それに対して、内分泌腺は導管をもたず、分泌物は血液中に放出されます。皮膚や消化管は体外と通じているのに対して、血管は体内で閉じた系なので、「内」というわけです。
ホルモンという名前は「刺激する」という意味のギリシャ語hormaoに由来しています。実は、神経とホルモンの関係は密接で、2つの働きは、1つの細胞の働きから分化したものじゃないか、ともいわれているの
へえ、そうなんですか
おそらく、最初に発達したのがホルモンで、後になって発達したのが神経系ね
そういえば、ホルモンも神経伝達物質も、どちらも化学物質なんですよね?
そうよ。大きな違いは伝わるルート。神経細胞は神経細胞しか興奮させないけれど、ホルモンは血液中に放出されるため、すべての細胞がホルモンと接触します
ということは、すべての細胞がホルモンの影響を受けるんですか?
ところが、そうじゃないの。ホルモンは必ず、ある決まった器官でのみ、その効果を発揮します
いったい、どういうことですか?
ホルモンは標的細胞を刺激する
ホルモンは血液に乗って全身を循環するため、すべての細胞がホルモンと接触できます。しかし、ホルモンが作用するのは、ある特定の臓器・器官(細胞)だけです。これはどうしてなのでしょうか?
ホルモンが作用するためには、細胞に仕組まれた“鍵”を開けなければなりません。この鍵にあたるのが「受容体」です。それぞれの家の鍵が微妙に違った形をしているように、受容体の形は細胞によって微妙に違っています。それぞれの受容体にぴったり合う鍵(ホルモン)でなければ、細胞の扉は開かないのです。
血流によって運ばれたホルモンが標的器官(標的細胞=受容体をもつ細胞)に到達すると、鍵が鍵穴に入るようにホルモンは受容体と結合します。これが「刺激」となり、標的となる器官に特定の作用を引き起こします。
すべての細胞と接触するのに、特定の細胞にしか働かないのは、自分に合う受容体としかダメなんだ
便利なのは、器官によってホルモンが作用する強さや時間も変えられることなの。ある器官はすごく微量なホルモンでも反応しますが、別の器官はかなりの量がないと反応しなかったりします。そういう時間差の調整ができるのも、ホルモンのいいところね
ところで、ホルモンの受容体って、細胞のどこにあるんですか?
受容体の多くは細胞膜にある
受容体の多くは細胞の表面、つまり細胞膜上に存在します。水溶性のホルモンは、この細胞膜にある受容体と結合し、その結果、環状AMPがつくられ、この働きによって細胞内の酵素が活性化されて、特定の反応が起こるしかけになっています(図2)。
図2水溶性ホルモンと脂溶性ホルモン
一方、脂溶性のステロイドホルモンは、細胞膜にある受容体ではなく、リン脂質でできた細胞膜を通り、核内にある受容体と結合します。その結合体によって遺伝子が活性化され、特定のタンパク質(酵素)が生成されます。
ホルモンには、水に溶けるものと、溶けないものがあるんですね
そうよ。それに、構造からみて行くと、ホルモンの種類は3つに分類できるの
それぞれ、なんとよばれているんですか?
ペプチドホルモンにステロイドホルモン、それにアミンよ
2つの原料からつくられる3種類のホルモン
構造からみて、ホルモンの種類は大きく3つに分けられます(表1)。
表1原料からみたホルモンの種類
最も多いのは、ペプチドホルモンです。材料は、タンパク質のもとになるアミノ酸で、それが数個から100個以上結合してつくられます。膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインスリン(血糖値を下げる)や下垂体前葉から分泌される成長ホルモン(骨や筋肉の成長を促す)は、このペプチドホルモンです。
脂質の一種であるコレステロールからは、ステロイドホルモンがつくられます。副腎から分泌される副腎皮質ホルモンはステロイドホルモンであり、それを化学的に合成したものは、膠原(こうげん)病やアレルギーなど免疫疾患、気管支喘息(ぜんそく)、湿疹などの治療にも使われます。
また、睾丸(こうがん)から分泌されるテストステロン(男性ホルモン)や血液中のカルシウム量や骨の量を調節するビタミンDも、ステロイドホルモンです。
アミノ酸誘導体からは、アミンとよばれるホルモン群がつくられます。アミノ酸のチロシンが2個くっつき、それにヨードが3個または4個つくと、甲状腺ホルモンになります。副腎髄質ホルモンもアミンの仲間で、アドレナリン、ノルアドレナリンという名前がついています。
あれっ、ノルアドレナリンって、神経伝達物質じゃなかったんですか?
いいところに気がついたわね。ノルアドレナリンは、神経系で放出される物質だけど、副腎髄質から分泌されるホルモンでもあるの。つまり、神経とホルモンが密接な関係にあるのよ。
ホルモンの世界は、完全なタテ社会
ホルモンを分泌する内分泌細胞は、下垂体をはじめ、甲状腺や上皮小体、副腎、松果体(しょうかたい)、胸腺、膵臓など、からだのあらゆる部分に散らばっています。身体の中では、1つのホルモンが独立して働いていることはまれです。多くは、複数のホルモンが協力して、連携しながら働いています。
下垂体前葉は「内分泌の支配人」ともよばれ、多くの内分泌腺は、この下垂体前葉から出される指令(ホルモン)によって、ホルモンの分泌量を増やしたり、または抑えたりしています。このように、他のホルモンの分泌を調節するホルモンを、上位ホルモンとよびます。
上位ホルモンによる命令は、会社における社長命令のように絶対です。しかし、命令によってあまりに大量のホルモンが放出され、その血中濃度が上がると、今度はその情報がフィードバックされて、上位ホルモンの放出が抑制されます。ホルモンによる調節機能は、タテの関係がかなりしっかりした管理社会ですが、下からのフィードバック機能もちゃんと備わっているのです。
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版