インパルスは神経系の共通言語|調節する(2)
解剖生理が苦手なナースのための解説書『解剖生理をおもしろく学ぶ』より
今回は、神経伝達物質・ホルモンについてのお話の2回目です。
[前回の内容]
解剖生理学の面白さを知るため、身体を冒険中のナスカ。細胞どうしを結ぶ神経ネットワークについて知りました。
今回は、神経系の共通言語であるインパルスの世界を探検することに……。
増田敦子
了徳寺大学医学教育センター教授
インパルスは神経系共通の言語
神経系における情報は、電気的な信号(インパルス)によって伝わっていきます。これは、身体の中にあるどの神経細胞でも、基本的には同じです。皮膚で感じる痛みを脳に伝える信号も、内臓の筋肉を動かすための指令も同じ、電気信号です。
さらに、こうした信号は人間にかぎらず、他のさまざまな動物の神経系でも使われています。そのため、神経系の仕組みや働きを研究するためには、しばしば動物実験が行われています。インパルスは種を問わず、すべての神経系に共通する“体内言語”なのです。
身体の中を電気が走るなんて、にわかには信じられません
うーん、そうかしら
だって、私たちの身体には、電源もコンセントも付いていませんよ。それでどうして、電気が流れるんですか?
電源やコンセントか。いわれてみればそのとおりね。じゃあ、電気が流れる仕組みをナスカさんもわかるように説明してみましょう
インパルスを起こすのは神経細胞の興奮
神経の情報伝達は、血糖値の変化など内部環境の変化をキャッチした神経細胞が興奮することによって始まります。つまり、刺激が細胞を「興奮」させ、それが電流を発生させるのです。
神経細胞が興奮して起こる電流は、活動電位とよばれます。活動電位とは「細胞内外に存在する電解質溶液の間に生じる電位差の変動」と説明されます。これでは、わかりにくいですね。では、もう少し噛み砕いてお話しましょう。
細胞膜には、カリウムイオンやナトリウムイオンを選択的に通す孔(チャネル)がいくつも存在しています。細胞内液にはカリウムイオンが多く、細胞外液にはナトリウムイオンが多いことを覚えていますか? チャネルは、それら陽イオンの通り道になるわけです。
細胞膜のチャネルは、必要に応じてゲート(門)を閉じたり開いたりしながら、イオンの出入りを調節しています。一方、ポンプはエネルギーを使ってナトリウムイオンを細胞外へくみ出したり、カリウムイオンを細胞内に取り込んだりしています。
ポイントは、自然な状態ではナトリウムイオンのチャネルのゲートは閉じているので通り抜けできませんが、カリウムイオンは開いているチャネルがあります。拡散によって、カリウムイオンは濃度の高い細胞内から濃度の低い細胞外へと流れ出ます。結果、細胞膜の内側は細胞の外側に対して陽イオンが少なく、マイナスの電位を帯びた状態になります。このように膜を挟んでプラスとマイナスの極に分かれている状態を分極とよんでいます。
拡散によって、カリウムイオンが細胞の中から外へ出ていく。これによって細胞の内側の電位が変化するのが分極。ここまではわかったわね?
わかりました
でも、この分極はそう長くは続かないの。次はこの分極の状態からどうやって抜け出すか、を説明するわね
脱分極を引き起こす神経伝達物質
分極状態に変化を起こすのは、アセチルコリンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質です。神経細胞の末端にはシナプス小胞という小さな袋があり、そこに刺激が伝わると、その袋が破れて神経伝達物質が放出されます。
神経伝達物質を、ここでは単純に、リレーのバトンのようなものだと思ってください。興奮した神経細胞の組織では、細胞から細胞へ、このバトンが次々と受け渡されます。
放出された神経伝達物質は細胞膜を刺激して、ふだんは開きにくいナトリウムイオンチャネルのゲートを開かせます。すると、細胞外に多くあるナトリウムイオンが一気に細胞内に流れ込み、電位差が少なくなり0に近づきます。0は分極していない状態なので脱分極といいます。細胞に入るナトリウムイオンが多いと、細胞内の電位はマイナスからプラスへ一気に逆転します。これをオーバーシュートといい、ここまできてはじめて興奮したことになります。
分極と脱分極かあ。なんだか難しくなってきました
神経細胞の興奮は、脱分極では終わりません。そのままだとと、今度は流れ込んだナトリウムイオンのせいで細胞内の電位がプラスに傾いてしまう。だから、今度は拡散の法則に従い、細胞内に残っていたカリウムイオンが細胞の外へと出て行くの
出たり入ったり、ずいぶんと忙しいですね
そうね。脱分極が起こると、細胞の内側はプラスから再びマイナスの電位へと戻ります。これを、専門用語では再分極というの。神経細胞の興奮とは、この分極から脱分極、再分極という流れが、1つの細胞から次の細胞へと波打つように伝わっていく現象を指しているの(図1)
図1脱分極と再分極
カリウムイオンの出入りはいつ、止まる?
カリウムイオンは通常、濃度の高い細胞内から、濃度の低い細胞外へ、濃度勾配(こうばい)に従って拡散していきます。しかし、カリウムイオンが細胞の外へと出て行くと、その分だけ細胞内は負に荷電し、今度はこの電位勾配が陽イオンであるカリウムイオンを細胞内へ引き戻そうとする力となります。
したがって、カリウムイオンの出入りは、この濃度勾配と電位勾配の2つの力が釣り合ったところで止まります。このときの細胞膜の内外での電位差を静止膜電位といい、多くの細胞では-50~-100ミリボルトです。
ところで、さっきの話の中で出てきたシナプス小胞ってなんですか?
そうか、シナプスの説明をまだしていなかったわね。実はね、神経細胞と神経細胞の間には、ちょっとした隙間があるの
隙間?
そう、それをシナプス間隙(かんげき)とよんでます
シナプスでのバトンタッチ(図2)
神経系では、神経線維がすぐ近くの細胞まで伸びて、シナプス間隙とよばれる隙間をつくっています。シナプスは、ある神経細胞から別の神経細胞へと情報が受け渡される場所です。
図2シナプス
神経を流れる情報は当初、電流という形で流れていきます。しかし、電流はシナプス間隙を超えることができず、そのままでは、次の細胞へと情報を伝えることはできません。
そのため、電流がシナプスに達すると、その情報は電気信号から化学物質に置き換えられ、この化学物質を介して神経細胞どうしの情報交換は行われます。この化学物質こそが神経細胞どうしをつなぐ言葉であり、神経伝達物質とよばれるものです。
アセチルコリンやノルアドレナリンは、この神経伝達物質の一種です。ふだんは、神経細胞末端のシナプス小胞とよばれる袋の中に入っていて、神経線維の中を伝わった電流がシナプス小胞に届くと、その刺激で袋から放出されます。
神経系の情報は、電気信号→神経伝達物質→電気信号というように、電流というデジタルな信号を化学物質というアナログな信号に置き換えることによって、必要な情報が必要な細胞へと流れていく仕組みになっているの
神経伝達物質を渡す細胞と、受け取る細胞はあらかじめ決まっているんですか?
いいところに気がついたわね。神経の情報伝達は、電話と同じように、かけた相手にしか通じません。しかも、流れは完全に一方向よ
新幹線より速い神経の伝導速度
神経線維という電線のある場所では、電気信号という高速の伝達手段を使って情報を伝え、電線のない場所では、それを化学物質というアナログに翻訳して情報を受け渡す。この一見するとややこしく感じる仕組みが、神経系の特徴です(神経性調節、図3)。
図3神経性調節と液性調節
神経線維の中を電流が伝わる速度は、最高で1秒間に100m。時速に換算すると360kmで、なんと、新幹線より高速です。
身体が危険にさらされるような、急を要する事態が起こると、この速さがモノをいいます。体温が急速に低下すると、手足の血の気が引いてブルブルとふるえ出しますね。これは、自律神経のネットワークが生命の危険をすばやくキャッチし、末端の血管を収縮させ熱が逃げないようにすると同時に、筋肉運動によってエネルギーを産生し、体温を維持しようと働くからです。
また、はげしい運動をするときは、できるだけたくさんの酸素を取り込もうと呼吸が荒くなり、取り込んだ酸素を一刻も早く全身の細胞へ届けようと、心臓の鼓動もはげしくなり、血液の流れもよくなります。
いずれも、自分の意思で「そうしよう」と思ってコントロールしているのではなく、自律神経が勝手に働いて調節しているだけのことです。というより、考えるよりもずっとスピーディにからだが反応している、といったほうがよいかも知れません。
[次回]
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『解剖生理をおもしろく学ぶ 』 (編著)増田敦子/2015年1月刊行/ サイオ出版