子どものかぜに抗菌薬を欲しがる親への説明は?
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日馬由貴(国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター)
つい先日、英国British Medical Journal (BMJ)誌に、かぜ治療の有効性についてまとめた論文が、きれいで分かりやすいグラフィック付きで掲載された1)。
その論文によると、小児のかぜに効果があるかもしれないと、わずかながら証明されている治療法は「生理食塩水を使った鼻うがい」のみ。その他の治療については、抗菌薬や咳止め、はちみつ、ビタミンC、なんと水分摂取ですら、全てエビデンスが不明瞭、または不明確な治療であるとされた。
それでは、我々が子どものかぜを診察して両親に説明する際、「かぜに投薬なんて無意味なんですよ。イギリスのある有名な医学雑誌では……」というような話をこんこんと説けばよいのかというと、もちろんそうではない。
そのような話をしたところで、両親にとっては「子どもがつらいのに何もしないというのか」「だったら、来る意味がないではないか」と感じるだけだろう。子どもが病気になった親は、基本的に不安があるから医療機関を受診しているのだ。
保護者の不安はどこからくるのか
本コラムでは、抗菌薬の処方を要求する患者への対応法として、患者の「病気への不安」に対する共感的態度、肯定的な説明の重要性について触れてきた(関連記事:抗菌薬がほしいと言う患者への有効な説明は?〈※記事全文をご覧いただくためには「日経メディカル」の会員としてのログインが必要です〉)。
もちろん、これらの方法はかぜの子どもを持つ親への説明において重要で効果的なやり方だが、子どもの場合、本人以外(保護者)が説明を聞かなければならないという、成人にない特殊な状況から、「病気への不安」だけでなく、「+αの不安」があることも認識したい。
例えば、「病気でつらいのが他者である(つらさを分かってあげられない)ことから生じる不安」や、「児を保育園に預けられず、両親が職場に出られなくなることへの不安」である。また、「治療に両親以外の人物が介入してくる(祖父母や保育士)」といった問題も存在する。
「病気でつらいのが他者であることから生じる不安」
「目に入れても痛くない」という言葉があるほどかわいい我が子である。自分の体調不良なら幾らでも我慢するが、子どもの体調不良はかわいそうで我慢できないという保護者は多い。
この不安を取り除く上で大切なのは、薬剤耐性菌の話を聞かせることでも、アセトアミノフェンを処方することでもない。今後、その子どもがたどるであろう経過を、順序立てて丁寧に説明することである。そのためには、我々は子どものかぜがどのように経過するかを知らなくてはならない。
子どものかぜでは、成人と違って発熱を伴うことが多く、症状の持続期間が長いことは前回述べたが(関連記事:治らない子どものかぜは遷延性か?反復性か?〈※記事全文をご覧いただくためには「日経メディカル」の会員としてのログインが必要です〉)、具体的にどのように症状が推移するかも知っておく必要がある。
図1は、81人の学童を対象に、かぜ症状がどのような経過で推移するかを線グラフで表したものである。
図1 小児におけるかぜ症状の推移(文献2を基に筆者が一部改変)
これを見ると、初日をピークとしているのは、頻度は低いものの発熱のみであり、鼻症状、咳、くしゃみなどのいわゆるカタル症状は遅れて出現し、2~3日目に症状がピークとなる。
逆に、発熱は2日目以降から出現率が徐々に下がり、5日目以降ではほぼ見られなくなる。カタル症状は発症10日目になっても鼻閉がおよそ50%、鼻汁、咳嗽がおよそ40%にみられており、その中でも、咳は右肩下がりではなく、良くなったり悪くなったりしながら、徐々に軽快していく経過を取っている2)。
このような「かぜの典型的な経過」を両親に細かく説明すると、両親は自分の子どもが治っていく姿を想像することができて安心感を与えられる。また、例えカタル症状が悪くなっても自然経過と捉えることができる。
この説明がうまくいくと、「感冒薬で症状は抑えられるかもしれませんが、治りを早めることはできないんですよ」と感冒薬の治療効果の限界も伝えやすくなり、ひいては抗菌薬の不要性も伝えやすくなる。
経過がぴたりと当たれば医師への信頼感が増す上、「この典型的な経過から外れたときは、かぜ以外の病気が疑われるので、また受診してくださいね」などと両親に再診の目安を伝えることもできる。
「児を保育園に預けられず、両親が職場に出られなくなることへの不安」
子どもがかぜをひいたために保育園に預けられなくなれば、自身が働くことは難しくなってしまう。もちろん、自身が病気で仕事を休まなければならない場合にも同様の不安は生じるだろうが、子どもの病気では自分が元気である分、早く治らないかとやきもきすることが多いだろう。
このような不安を解消するには、前述の通り、かぜの自然経過をしっかりと伝えることも大事だが、保育園で再びかぜウイルスに感染する危険性を話すのも1つの方法である。
これはもちろん、「今、保育園に預けたら再発しますよ」と両親を脅しつけるわけではない。仕事のために保育園に預けることと、子どもがかぜをひかずに過ごすことはトレードオフの関係であり、保育園に預けている以上、そういうことは起きますよということを納得してもらうためである。
この説明は、両親に「再感染」という言葉を印象付けることで、通園を再開してかぜ症状が復活したとしても、今回のかぜが治らなかったわけではないのだということを知っておいてもらう意味もある(これは、医師の尊厳を守ることにもつながる)。
反対に最もしてはならないことは、「子どもの健康と仕事と、どちらが大事なんですか」と両親に詰め寄ることである。これはかぜに限らずどんな病気でも同じことだが、子どもの健康よりも仕事の方が大事だと本気で答える親などいない。
この発言は正論にみえて、その実、回答者に不自由な一択を迫る脅迫の一種といえる。目の前の両親は、少なくともこの場だけ診療している医師よりは、子どものことを心配しているはずだと考えるべきである。
「治療に両親以外の人物が介入してくる(祖父母や保育士)」
実は、個人的にはこれが一番対応に困る。「私は家で安静にさせてあげたかったけれども、祖父母に『お医者に行って抗菌薬をもらって来なさい』と言われたので来ました」というようなケースには日常的に遭遇する。「保育園の体温計測で37.5℃を超えたら医療機関を受診しなければいけない」というルールを敷いている保育園もある。
これらの対応で困るのは、詳しく説明しなくてはならない当事者が目の前にいないことである。場合によっては祖父母や保育園に両親から伝言をお願いするようなこともあるが、それにより両者の関係性が悪くなっても困るので、難しい問題である。
保育園であまりにも医療常識から外れたルールを敷いている場合には(例えば、かぜの児は抗菌薬を飲んでいないと預けられないなど)、手紙を書いたり、直接出向いたりして改善を依頼する場合もあるが、まずできることとしては、目の前にいる両親に対して医師が真摯に向き合って正しい情報を分かりやすく伝えることだろう。
かぜに対する抗菌薬処方が子どもにとってメリットはほとんどなく、副作用などリスクがあることを両親が理解すれば、それを押しのけてまで祖父母の意見に従うことは、そう多くはないだろうと思われる。
英国のカーディフ大学が、「WHEN SHOULD I WORRY? Your guide to Coughs, Colds, Earache & Sore Throats」と題した小児の感冒症状への対応をまとめたブックレットを作成しており、子どもに対して家庭内でできることや、抗菌薬の不要性、受診すべきタイミングなどが分かりやすくまとめている(※本資料の和訳版はAMR臨床リファレンスセンターが無料資材としてウェブサイトに公開しているので、ぜひご活用ください)。
本ブックレットを利用して保護者に説明を行うことで患者の再受診や抗菌薬処方を減らすことができたという研究があるが3)、これは保護者のみならず、その周囲の理解を深める助けにもなるかもしれない。
本当に患者家族は抗菌薬を求めてくるか?
ここまでは患者の両親が持つ不安や訴えに対してどう対応するのがよいかを述べてきたが、最後に、本当に患者の両親は抗菌薬を求めているのだろうか?を再考したい。
医師が、適応のない患者に抗菌薬を処方してしまう最大の理由は、世界的に「患者の希望」であるとされるが4)、実際に小児科の臨床をしている感覚では、そこまで多くの保護者が抗菌薬を欲してくる印象はない。
救急医療における米国の研究では、「患者が希望していた」という理由で医師が抗菌薬を処方した中で、実際に患者に希望を確認していたケースは全体の4分の1程度であり、その他は実際に確認していなかったと報告されている5)。
同研究では、患者の満足度は抗菌薬を処方してもしなくても変わらなかったことも報告されており、患者は必ずしも抗菌薬を求めて医療機関を受診するわけではないことが分かる。医師が「患者は抗菌薬を希望しているものだ」と勝手に思い込まないことも、抗菌薬適正使用推進のために重要であろう。
【参考文献】
1)van Driel ML, et al.BMJ. 2018;363:k3786.
2)Pappas DE, et al.Pediatr Infect Dis J. 2008;27:8-11.
3) Francis NA, et al.BMJ. 2009;339:b2885.
4)Fletcher-Lartey S, et al.BMJ Open. 2016;6:e012244.
5) Ong S, et al.Ann Emerg Med. 2007;50:213-20.
<掲載元>
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