EPA外国人看護師は日本語の何を困難に感じるのか
この連載では、私がEPA外国人看護師と一緒に働いて感じたことやそのエピソードをお伝えし、より良い協働のために何が必要なのか、読者の皆さんと一緒に考えていければと思います。
外国人看護師と共に働く現場から【2】
EPA外国人看護師は日本語の何を困難に感じるのか
【文:小林ゆう(看護師)】
◆目次
そんなEPA外国人看護師がまず最初にぶつかるのは、やはり言葉の壁です。
フィリピン出身の看護師、マリアと日本語にまつわるエピソードをご紹介します。
EPA外国人看護師が捉えた“オオゴト”の意味
腰椎圧迫骨折で入院中の中村さん(仮名)は、80代の女性で、中等度の認知症があります。
中村さんは腰の痛みを強く訴え、コルセットを付けても自力で起き上がることは困難。
ほぼ全介助で、車椅子にようやく乗れるといった状態でした。
「車椅子に乗る」というよりは「乗せられている」感じで、いつも何かしら理由を付けてすぐにベッドに戻りたがります(認知症をもちながらも、会話は可能です)。
認知症が進行してしまわないように、日中はできるだけ離床させることが中村さんの目標でした。
しかし、本人にその意欲は乏しく、隙があればベッドに戻してくれと誰彼構わず(他患の面会者や掃除業者にまで)お願いしてしまう状態です。
中村さんがマリアに訴えた“おおごと”
ある日、マリアが中村さんの受け持ちであった日に、車椅子に乗っていた中村さんがこんなことを訴えました。
中村さん「体中がおおごとで、お腹も痛い」
マリアは「おおごと」の意味が分からず、私に聞きに来ました。
マリア「中村サンガ オオゴト イッテマス、ハライタイッテ。ワカラナーイ」
まず「おおごと」とは私の住む地域でよく使われる方言で、病院内では「身の置きどころがなく、だるい」というような意味や、疲れたときなどに使われます。
その判別・区別は、前後の言葉やその人が置かれた状況から察するしかないのです。
日常的にこの言葉を耳にする私たちには、それほど難しい言葉ではありません。
申し送りでマリアが聞き漏らしたこと
マリアから、中村さんについての報告を受けたときに、なんとなく状況はわかりましたが、まず中村さんのバイタルを測るように指示。
腹痛についてもどのあたりがどのように痛むのか、詳しく観察するよう指導しました。
ちなみに夜勤者から、「中村さんは3日間排便がなかったため、昨夜下剤を飲ませた」との申し送りがありました。
マリアは口頭での申し送りを聞きとることがまだ難しいようで、ときどき情報を聞き漏らしてしまっていることがあります。
マリア「エー中村サン、バイタル、オッケー ハラハ、シタノホウガ シクシクスルッテ」
私「中村さん、車椅子に乗っているのが嫌なだけだね。ベッドへ戻りたいだけでしょう。それと、昨夜下剤飲んでいるからトイレに誘導してあげて」
マリアに指導しながら、私も中村さんの顔を見に行きました。
歩きながら、マリアに昨夜の下剤内服に関して聞いてみたところ、やはり彼女は聞き洩らしていたようでした。
私の顔を見た中村さんは、下を向いてしまいました(なんであなたが来るのよ…とでも言いたげな雰囲気…あぁ、やっぱり思った通りだ…)。
そこで、中村さんに質問をしました。
私「中村さん、お腹痛いの?どの辺が痛む?」
中村さん「痛くない…」
私「マリアに痛いって言ったのでしょう?とりあえずトイレに行きますか?」
中村さん「…(うつむいたまま頷く)」
中村さんは、マリアが優しいことを知っているので、腹痛を訴えればベッドに戻してもらえると思った様子です。
(トイレに行かずに横になっていたら、またオムツ内に排泄するつもりだったのでしょうか…)
マリアについては、「昨晩下剤内服→腹痛の訴え→便意か?→トイレ誘導」のアセスメントが難しかった様子です。
マリア「ニホンゴ、ムズカシイネー」
あっけらかんと笑う彼女に、私もつられて苦笑するしかありません。
難しいのは日本語だけではない
マリアは笑っていましたが、難しいのは単純に「日本語だけ」ではありません。
特に、病院のある地域の山間部に住む高齢者は、独特な方言やアクセント(イントネーション)が混ざることが多くあります。
日常的な日本語能力を身につけていても、それはあくまでも標準語であり、高齢者の地方訛りや独特の表現に関しては習わないため、患者さんの対応も時には困難な状況となっているのが現状です。
また、「社会生活を送るうえで」必要な会話ができることと、「専門用語が多い医療業界で」必要な会話ができることには、大きな差があることは説明するまでもありません。
マリアは、患者を受け持っていても、言葉の意味がわからず、患者の発する言葉の裏に隠された真意を理解すること(この場合は、「ベッドに戻りたいこと」「便意があること」)が困難な場合があります。
そのため、相談されたフォロー担当の看護師は、自分の仕事の手を止めて、患者さんのところまで足を運ぶケースが多々あります。
もちろん、自分の仕事が忙しいときでもこの作業が必要なので、正直なところ面倒に思ってしまうこともしばしばです。
EPA看護師の日本語能力は、実際どのようなものか
EPA(経済連携協定)による外国人看護師候補生の受け入れが開始となり、来年(2018年)で10年という節目を迎えます。
2017年現在、日本は外国人看護師・外国人介護士の「候補生」としてインドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国から受け入れを行っています。
制度開始から2017年度までに累計3,800人以上の候補生を受け入れていますが、そのうちの看護師候補生は約1,100人です。
(参考:厚生労働省 インドネシア、フィリピン及びベトナムからの外国人看護師・介護福祉士候補者の受け入れについて)
訪日前後に約1年程度(国によって差あり)の日本語研修を受けている彼らですが、その能力は「日本語能力試験」(レベルN1~N5)で判定されます。
候補生になるには、母国においてN2~N3レベルの検定に合格している必要があります。
N3とは、「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解できるレベル」です。
(参考:国際厚生事業団 平成28年度版 EPAに基づく外国人看護師・介護福祉士受け入れパンフレット)
私たちとの会話はいわゆる「カタコト」です。
例)「○○サン、検査、イクヨ」 「点滴、終わり」 「頭、痛い?痛くない?」
このように、単語さえ使えれば、スタッフ間や患者さんと簡単な会話は可能です。
ただし、患者さんや家族から求められる病状・検査結果に関する説明は困難なようです。
簡単な会話はできても、書く・読むことが苦手なので、仕事中は電子辞書を使いながら苦戦しています。
私の職場は電子カルテではないので記録の際には書くことがたくさんあり、ここでかなりの時間を要しています。
また、「カルテの字が読めない」「カンファレンスなどで意見を述べなければいけない場面で黙ってしまう」などの課題があります。
EPA看護師は、来日の際どんなスキルをもっているのか
来日する際、EPA看護師候補生の条件さえクリアしていれば、年齢などの制限はありません。
年代としては、20代後半から40代と幅広い世代がいます。
(詳しくは:公益社団法人 国際厚生事業団・JICWELS 受入支援等の取り組み・受入れ状況等について)
母国での看護師経験もバラバラで、条件ぎりぎりの3年程度の人もいれば、10年以上の経験を持つ人もいます。
家族を養うために日本に来ることを目的としている人も多く、私が知るかぎりでは、若い世代が多い印象も受けます。
・インドネシアの看護教育
看護師は国家資格ではなく、看護教育の差が激しいのが現状です。
地域特有の熱帯性疾患や感染症などの学習がメインとなっています。
・フィリピンの看護教育
看護教育は4年制大学に統一されていて、英語で教育が行われています。
看護師の資格は国家資格です。
・ベトナムの看護教育
看護師は国家資格ではなく、日本でいう都道府県承認レベルです。
大学もありますが、1~4年制の養成機関も多くなっています。
ベトナム戦争を背景に、応急手当と救急時のケアによって看護が発展しました。
このように、出身国によって教育制度が異なることも、来日するEPA看護師の知識や技術のバラつきの一因です。
(参考:日本看護協会 海外の看護事情、看護師の教育規制、岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要 在日外国人看護師・介護士候補生の 異文化適応問題の背景に関する研究ノート-EPA制度とその運用)
「共に働いている」という感覚
EPA看護師が当院に就職した当初は、私たちも勝手がわからず、戸惑うことも多く、お互いに距離があったように思います。
でも、時間の経過とともに「職場に外国人がいる」という違和感はなくなり、マリアもホセも仕事を始めた頃よりは環境に慣れてきています。
多少の言い間違いや、咄嗟に日本語が出なくて身振り手振りになるマリアとホセ。
ネイティブな英語が聞き取れなくて何度も同じことを聞き返してしまう私たち。
これらの風景もずいぶん見慣れたものになってきました。
EPA看護師は、「ほかの看護師より優しい」「フットワークが軽い」という印象を患者に与えるようで、入院生活に慣れた患者からは人気があることも多いのです。
(私の職場ではEPA看護師は他の看護師より受け持つ患者数が少なく、入院受け入れもしないことから業務の負担が軽くなっています。だから患者からの依頼をすぐに聞けるだけであって、決して私たちがさぼっているわけではないのです…)
ただし、ナースセンターでマリアとホセがタガログ語で会話をしている様子は愚痴や悪口を言っているように見えることもあります…。
彼らが母国語で話しているとき、それは「ほかの看護師に聞かれたくない内容である」という意味のように感じられます。
マリアもホセもまだまだフォローが必要な状態であり、時には面倒に思うときもあります。
でも、病院にEPA看護師が来て、8年経った今では「共に働いている」という感覚が職場内に浸透してきているように思います。
次回も私の職場で働くEPA看護師について紹介します。
(参考)
インドネシア、フィリピン及びベトナムからの外国人看護師・介護福祉士候補者の受入れについて(厚生労働省)
【文】小林 ゆう
関東の総合病院に勤務する傍ら、看護師ライターとして執筆活動をしている。子育てに奮闘しながらも趣味のライブやダイビングに熱を注ぐ40代。
【イラスト】明(みん)
看護師・漫画家。沖縄県出身。大学卒業後、看護師の仕事の傍らマンガを描き始める。異世界の医療を
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