退院時に薬剤感受性情報、伝えていますか?|シリーズ◎在宅医療における感染対策(2)沖縄県立中部病院
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Clostridium difficile腸炎やESBL産生菌が検出された患者が自宅や施設に戻る際、その感染対策はどうあるべきか。基幹病院の医師は、在宅医療に携わる医師にどのような情報提供をすべきか。『家の中に便が転がっていて何が悪いのか』に引き続き、感染症医で在宅医療の経験も豊富な沖縄県立中部病院感染症内科の高山義浩氏に聞いた。
高山義浩(たかやま よしひろ)氏●国立病院九州医療センター、九州大学病院、佐久総合病院(長野県佐久市)などを経て、2008年より厚生労働省健康局結核感染症課、2014年より同医政局地域医療計画課。2010年より沖縄県立中部病院において感染症診療と院内感染対策に取り組む。
聞き手:加納 亜子=日経メディカル
病院に軸足を置く感染症医の立場で、私が在宅ケアの現場にある医療者へ感染対策についてアドバイスをするにあたって留意しているのは、(1)入院患者を在宅ケアに紹介する際に、適切な臨床情報を伝えること、(2)現場の医療者が困ったときに感染対策についてのアドバイスがいつでも行えるよう、相談しやすい関係を構築すること――の2点です。
入院している患者さんを自宅や施設に戻す際、基幹病院の医師には、在宅ケアを担当する医療者に臨床情報を適切に提供することが求められます。特に、病院で特別な感染対策を要した患者については、どのような診断がされているのか、どのような治療・感染対策を行っていたのか、それらは上手くいっていたのか、といった情報を退院時報告にまとめ、正しく伝える必要があります。
感受性情報の提供を忘れずに
退院時報告をする際に情報提供が抜けてしまいがちなのが、患者さんから分離した細菌についての薬剤感受性情報です。例えば、ESBL産生菌が分離されたのなら、菌名だけでなく、キノロンが効くのか、ST合剤が効くのかといったところまで報告書に記さなければ、在宅医は適切な抗菌薬を選択することができません。
こうした情報がなければ、感染症が再燃したときに適切な初期治療はできません。すでに耐性を獲得してしまっている抗菌薬を、在宅医が投与し続けてしまったりします。病院での医療しか知らない若い医師の中には、「またキノロン使ってるよ。腸内細菌への耐性化が進んでんのにね」と在宅医の対応を笑う者もいます。でも、個別の感受性情報を報告せずに笑っているとすれば、ナンセンスですし、極めて不誠実な態度だと言えるでしょう。
私たち感染症内科では、これらの情報に加えて、退院時報告には初期治療の抗菌薬選択の考え方も例示するよう研修医に指導しています。また、特別な感染対策を要した患者さんでは、「当院ではこういった対応をしていました」という情報も記載しています。そして、「貴施設で(居宅で)どのような対策を実施されるかは、現場ごとに判断をしてください。不明な点がございましたら、いつでも当科までご相談ください」と電話番号を添えて伝えるようにしています。
このように基幹病院の医師が退院時報告を丁寧に行い、一方の在宅医はその情報を参考にして現場でできること、できないことをきっちり判断するというのが、病診連携における感染症対策のあり方なのではないかと私は考えています。
在宅ケアの現場は個別性が高いもの
在宅ケアの現場は個別性が極めて高く、一般論としての議論は意味をなさないことが多いものです。病院側がCDCガイドラインのような感染対策を振りかざし、理想ばかりを提案していても在宅ケアの感染対策は前進しません。前述のように、個別の患者さんについて丁寧に情報提供をしながら、感染対策を事例ごとに共に考えていく姿勢が求められます。
なお、主治医を介さずにケアマネジャーなどの介護関係者へ指導しないように注意してください。個別の患者さんへの対応については、あくまで在宅医や訪問看護師の専門性において判断されるべきです。病院の専門性が踏み込みすぎて、介護現場を板挟みにしないような配慮も必要です。
ですから私は、施設の担当者から「ESBL保菌しているとのことですが、施設でどんな感染対策をすればよいですか?」「Clostridium difficile腸炎の下痢が残っていますが、施設での感染対策はいつまで続けるべきでしょうか?」といった質問を受けたときには、「主治医に情報提供させていただいています。そちらに確認してみてください」と答えるようにしています。
在宅ケアの現場では、本人の疾病観、支援者の能力など、様々な事情を総合的に判断して落としどころを探す必要があります。また、感染対策に用いる資材が利用者の負担となることについても配慮しなければなりません。病院側は、施設にどんなリソースがあり、どのくらいの能力を持つスタッフがいるのかも分かっていません。そんな限られた情報のなかで、何をいつまでやるべきかという判断を下すことはできないはずです。
自宅でも同様です。患者さんや家族に、感染対策の細かな指示をしたところで、守れるケースはそう多くないと理解すべきです。そもそも、暮らすのが、介護するのが、精いっぱいの家庭も少なくありませんから。感染症の専門家が理想を語って、一律のマニュアルを作ったとしても、結果として現場がついて来れないのであれば、それは専門家としての責任逃れにすぎないのです。
標準予防策は徹底を
では、在宅医療の現場で、どう感染対策を組み立てていけばよいのか。まず大切なのは、基本をしっかり守ること、すなわち、訪問スタッフが手指衛生などの標準予防策を遵守することです。これだけは最低限、どの現場でも徹底すべきです。
一方、家族には、感染症に応じた対策を提案しながら、できる範囲でやってもらえれば十分でしょう。
耐性菌が出ている場合も同様です。沖縄県立中部病院では、MRSAについての在宅ケアにおける接触予防策を推奨していません。しっかりと標準予防策ができていれば、病院ほどは感染拡大のリスクは高くないと考えているからです。
症状があれば感染対策のレベルを一段階上に
ただし状況によっては、感染対策のレベルを上げることを提案することもあります。例えば、ESBL産生菌やメタロβラクタマーゼ産生菌といった多剤耐性腸内細菌が尿から分離されているときには、水平感染のリスクが高まっていると言わざるをえません。保菌しているだけならまだしも、膀胱炎などの感染状態にあるときは、かなりの排菌量があると想定されます。
このようなときには、接触感染対策の実施を施設でも検討していただきたいと思います。それが難しい場合でも、その患者さんのケアや入浴の順序を最後に回すといった、すぐにできそうな工夫から、取り組んでいただければよいと思っています。
その他、同居する家族がインフルエンザや感染性胃腸炎を発症しているときなど、在宅で療養する患者さんを守るため、家族に協力いただかなければならないこともあります。ただ、繰り返しますが、やはり家族ごとにできることは異なります。いずれにせよ、核家族化が進んだ現代において、発症した家族を完全に分離することなど不可能です。予防できるという前提で説明しないことも大切だと思います。
とにかく現場にダメ出しをしない
そして、感染症のアドバイスをする立場での配慮として、冒頭に上げた(2)の「現場の医療者が困ったときにいつでも相談できる関係づくり」が欠かせない、と実感しています。退院後に、感染症や感染対策について在宅ケアの現場で疑問が生じたときに、気軽に相談の電話をいただける関係を作ることを目標にしています。
そのために私が気を付けているのは、どのような対策を行ってきたかを現場のスタッフや患者家族に確認した後に、絶対にダメ出しはしないことです。やろうと思っていても、できない事情があることも少なくありません。多様な暮らしを支えている在宅ケアへの敬意を忘れないようにしなければなりません。
どのような対策を行ってきたかを確認して、できれば「引き算」から示すのが良いと思っています。つまり、やらなくてよいような過剰な感染対策があれば、そこから伝えていきます。現場の方に「専門家に相談すると楽になる」と思ってもらうことも大切です。その上で、やった方がよい対策を「足し算」するわけです。
こうしたコミュニケーションを一方向で終わらせてしまうのはもったいないことです。こちらは感染症の専門家ですが、相手は在宅ケアの専門家です。一方的に感染対策を伝えるだけでなく、相手からも学ぶ姿勢を忘れないようにしています。その積み重ねが、良好な関係づくりにも繋がっていると思っています。
これは医師相互の関係だけでなく、感染管理看護師と訪問看護師、あるいは医療職とケアマネジャーなどでも同じことだと思います。
暮らしの感染対策とは、専門家によって一方的に指導されるものではなく、患者、家族、支援者らの参加によって共通の価値観として形成されるべきものです。暮らしとは素晴らしい多様性をもっています。患者さんや支援者が培ってきた暮らしの中にこそ、疾病を抱えながらも豊かに生きるための答えがあるはずです。そこを感じとれるセンスが求められているように思っています。
<掲載元>
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