脳幹の機能|神経系の機能
看護師のための生理学の解説書『図解ワンポイント生理学』より。
[前回の内容]
今回は、脳幹の機能について解説します。
片野由美
山形大学医学部名誉教授
松本 裕
東海大学医学部看護学科講師
Summary
- 1. 脳幹は、中脳、橋、延髄に区分される(表1)。
- 2. 間脳は視床と視床下部からなる。視床は嗅覚以外の全ての感覚神経を中継する場であり、視覚、聴覚などの情報を大脳皮質に伝える。視床下部は、自律神経系と内分泌系の中枢であり、本能行動の中枢でもある。
- 3. 延髄には、心臓中枢、血管運動中枢、呼吸中枢、嚥下中枢など生命維持に重要な中枢がある。
- 4. 脳幹中心部の神経細胞と神経線維が混在する部分を脳幹網様体と呼び、①大脳の覚醒、②生命維持(呼吸と循環の調節)、③運動や姿勢の調節、等の機能をもつ。脳幹網様体は種々の感覚情報を受け、これらのインパルスを視床経由で大脳皮質に送ることで意識を賦活化する(上行性網様体賦活系)。すなわち、脳幹・間脳・大脳皮質のいずれかが障害されると意識障害が起こりうる。
- 5. 小脳は、平衡機能、姿勢機能、随意運動などの調節を受けもっている。
〈目次〉
脳幹〔 brain stem 〕
図1脳幹の区分(正中矢状断)
表1神経系の区分
脳幹の各部位の役割をまとめると次のようになる。
間脳〔 interbrain、diencephalon 〕
視床(thalamus)と視床下部(hypothalamus)からなる。
視床
間脳の背側部、第三脳室の左右に位置する。視床は、嗅覚以外の全ての感覚情報を大脳皮質に中継する。また、運動の制御に関与する核(運動野・大脳基底核・小脳<図2>などと連絡している)や、上行網様体賦活系の中継核としても働く。さらに、情動・記憶に関わる核もある。
図2小脳(上面と下面)
視床下部
視床の前下方に位置する視床下部は、自律神経系と内分泌系の中枢であり、本能行動の中枢でもある。生命活動にとって大切な呼吸数、血圧、心拍数、消化液分泌調節に加えて、体温調節中枢(温熱中枢、寒冷中枢)、摂食調節中枢(満腹中枢、空腹中枢)、飲水調節中枢、情動行動中枢のような多くの自律神経機能の高位中枢である。また、内分泌系の下垂体機能を調節する。
中脳〔 midbrain, mesencephalon、図3 〕
間脳と橋にはさまれた小さな部分である。中脳の背側の4つの突出は四丘体(corpora quadrigemina)とよばれ、視覚や聴覚による反射に関与している。中脳が障害されると対光反射が消失する。
図3中脳と橋と延髄の前面
橋〔 pons 〕
中脳の尾側に突き出た丸い部分で、上行性(知覚性)や下行性(運動性)伝導路が通っている。
延髄〔 medulla oblongata 〕
生命維持にとって極めて重要な中枢がある。ここには呼吸運動を司る呼吸中枢があるので、延髄が障害されると呼吸が停止し生命が失われる。この他に、呼吸運動と関係のある咳、くしゃみ、発声を司る中枢、循環器系の調節にかかわる心臓中枢、血管運動中枢、消化器に対しては吸引反射の中枢、咀嚼中枢、嚥下中枢、嘔吐中枢、唾液分泌中枢、また、涙液分泌中枢、発汗中枢などが延髄に存在する。
NursingEye
体温調節中枢は視床下部にあり、ヒトの核心温度(生体中心部の体温)は、37±0.1°Cの範囲で調節されている(セットポイント)。体温調節が作動する閾値は、高温側(高温閾値)と低温側(低温閾値)の両方に存在する。
手術で全身麻酔を行うと、体温低下がおこる(体温保持を行わなければ、最初の1時間で体温が1°C低下する)。体温が低下する理由は、麻酔薬による体温調節中枢の抑制、末梢血管拡張、骨格筋による熱産生の抑制(筋弛緩薬)、空調による影響、術操作に必要な露出が大きいこと等である。体温調節中枢が抑制されると、高温閾値が1 °C上昇し、低温閾値が2.5°C低下する。
つまり、通常時のような±0.1°Cの範囲での体温調節が行えず、体温は周囲の温度に影響されやすくなる。術中の体温低下への対策として、温風式ブランケットが用いられている。
脳幹網様体〔 reticular formation、図4 〕
脳幹の特に延髄・橋・中脳には形と大きさの異なる神経細胞が散在し、その間を網目状に神経線維が走っており、灰白質とも白質とも決めがたい部位がある。このような脳幹中心部の神経細胞と神経線維(軸索)が混在する部分を脳幹網様体という。
脳幹網様体は他の中枢神経との間に様々な入出力経路をもち、その主な役割は、①大脳の覚醒、②生命維持(呼吸と循環の調節)、③運動や姿勢の調節、である。
また、脳幹網様体には、自律神経系の高位中枢が存在する(自律神経系の高位中枢は、大脳辺縁系・視床下部・脳幹網様体に存在する)。脳幹網様体は、種々の感覚刺激を受けるとともに、これから視床を経て大脳皮質にインパルス(活動電位)を送り、それを賦活(ふかつ)している。これを上行性網様体賦活系という。
すなわち、上行性の活性化インパルスを送り出し、覚醒状態を維持している。
図4脳幹網様体と上行性網様賦活系
意識が保たれているのは、大脳皮質と上行性網様体賦活系の働きによる。上行性網様体賦活系は、脳幹網様体や視床、視床下部までを含めた経路である。脳幹網様体は、中脳・間脳・延髄にまでわたっている。網様体を上行するインパルスは、大脳皮質に投射されて皮質を活性化する。そのため、脳幹・間脳・大脳皮質のいずれかが障害されると意識障害が起こりうる。
NursingEye
大脳皮質と上行性網様体賦活系により、意識が維持されている。脳幹網様体は(末梢からの感覚刺激だけでなく)大脳皮質や小脳からの入力も受けている。そのため、不安や興奮が強い状態では、大脳皮質の興奮が脳幹網様体に伝わり、それらが上行性網様体賦活系によって大脳皮質を覚醒させるという悪循環となり、心因性の不眠の原因になると考えられている。ベンゾジアゼピン系の薬剤には大脳皮質の働きを抑制する作用があり、抗不安薬や睡眠薬として使われている。
小脳
小脳は脳幹の背側にある。小脳には大脳皮質(運動の情報)・脊髄(筋や腱からの意識できない深部感覚)・前庭神経(頭部の傾き)から情報が入力し、大脳皮質(四肢の動きの調節・構音)・脊髄(体幹の動きの調節・平衡)・眼球運動に関わる核(眼球運動の調節・平衡)へ出力している。
小脳は入力された情報をもとに錐体路などを調節して、スムーズな運動を可能にしている。例えば、姿勢を保って歩行したり、なめらかに話すこと、細かい動作、運動を学習してスムーズに実行する等の働きをしている。
NursingEye
虚血・出血・腫瘍・変性疾患(脊髄小脳変性症、多系統萎縮症など)等で小脳の機能が障害を受けると、小脳性運動失調が出現する。例えば、立位での体幹の動揺(体幹運動失調)、よっぱらったような歩行(酩酊様歩行)、数語ずつ途切れ途切れになる話し方(断綴性言語)、PCのキーボード入力などの指の細かい運動がスムーズにできなくなる(変換運動障害)等の症状が出現する。臨床では、協調運動障害のアセスメントとして、指鼻指試験、膝かかと試験、手回内・回外試験が行われる。
※編集部注※
当記事は、2016年5月5日に公開した記事を、第2版の内容に合わせ、更新したものです。
[次回]
⇒〔ワンポイント生理学一覧〕を見る
本記事は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。
[出典] 『新訂版 図解ワンポイント 生理学』 (著者)片野由美、内田勝雄/2015年5月刊行/ サイオ出版