ドロセア・E. オレムの看護理論:セルフケア不足理論

『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』(サイオ出版)より転載。
今回はオレムの看護理論「セルフケア不足理論」について解説します。

 

竹村節子
宝塚大学看護学部看護学科 特任教授

 

 

Point
  • セルフケアという概念を中心に、セルフケアとの関係を考えることで理論化している。一般システム理論という土台で、システム志向性がみえる。
  • セルフケアとそれと関連づけられる要素との関係を説明している。
  • セルフケア、セルフケア不足、看護システムの3つの理論が示されている。
  • 医学モデルに基づいて行う方法から患者ケアへと移行し、健康増進の問題に注目している。看護実践の領域で、しかもセルフケアを中心にみている。したがって、成人の慢性疾患患者にはとりわけ有用である。
  • 不可欠な構成要素として、予防的ヘルスケアの重要性を強調している。
  • 医学モデルを却下せず、自分のモデルと統合させる試みをしていることや、セルフケア不足という考え方は、健康の維持・増進というかかわり方への適用には無理が生じることもある。
  • 看護過程という身近な枠組みを使って看護の活動を整理している。実際には看護過程の局面を「診断」「処方」「調整と処置」「ケース管理(コントロール)」の作業からなると述べている。看護システムのどれに決めるかを決定する際、理論(考え方)と実践面とにいくつか困難な点が生じる。すなわち1人の患者に対して1つのシステムを決めることが困難なことがある(例:身体面のニーズと意思決定の両方からみるときなど)。

 

 

オレムの看護理論

オレムは、さまざまな経験をとおして、また看護の実践者として、看護師は何をしなければならないのか、看護師は自分たちのしていることをなぜしているのか、看護の働きかけの結果はどのようなことか、について考え続けてきた。

 

それは、自著の『オレム看護論』を何度も改訂し続けていることからもうかがえる。

 

オレムの看護理論は、看護実践や看護管理、看護教育をどのようにとらえるかの枠組みを示し、看護実践者が看護ケアを改善するためにこのモデルを使う意図を示している。

 

看護実践の目標や構造について総体的な見方を提供する看護理論であり、看護実践、とりわけ臨床領域でセルフケアを強調しているため、慢性疾患患者に対する看護現象をみていくのに有用である。

 

オレムの看護理論は、「セルフケア理論」「セルフケア不足理論」「看護システム理論」の3つで構成され、セルフケア(self-care system)という5つの主要な概念が組み込まれている。

 

 

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セルフケア理論

セルフケアとは

セルフケア(self-care)とは「ある人が生活し、生きていくのに必要なあらゆる活動を個々人が意のままに行える能力」と考えられる。

 

オレムは「セルフ」について、身体面だけでなく心理面や精神面のニードを含めた全体としての人ととらえている。

 

「ケア」については、人が生命を維持し自分にとって正常なやり方をつくり上げていくようにする活動全体ととらえている。

 

端的にいえば、セルフケアは「実践志向の意図的行為」である。したがって、セルフケアとは人が生命や健康、そして幸福を維持していくうえで自分のために活動を起こし、やり遂げることである。

 

とくに、

 

  1. 1生命過程と正常な機能の営みを維持すること
  2. 2正常に成長・成熟・発達していくこと
  3. 3疾病と傷害を予防する、あるいはコントロールすること
  4. 4障害を予防する、あるいはほかの方策で補うこと
  5. 5より幸福になること

 

がうまくいけば、セルフケアができるとみなされる。

 

Self-care is the practice of activities that individuals initiate and perform on their own behalf in maintaining life,health,and well-being.
 

「セルフケアとは、個人の学習された目標志向的活動である。それは、生命と健康と安寧にかかわる発達と機能に影響を及ぼす要因を調整するために、具体的な生活状況のなかで自己または環境に向けられる行動である」(2001/竹村訳)。

 

図1セルフケア・エージェント

出典:ドロセア・E.オレム、小野寺杜紀訳:オレム看護論─看護実践における基本概念、第4版、医学書院、2004より改変

 

セルフケアは、自分の健康状態を理解するための理性と、適切な行為を選択する意思決定の技術が要求される、能動的な現象と考えることができる。

 

慢性疾患患者の場合は、健康の維持・増進のために患者自身の生活態度や習慣を改めなくてはならないことが多い。

 

そこでは、個人の決断と責任が重要になる。すなわち、自己決定に基づく自己コントロールによって、「自分の健康は自分で管理していく」という概念が重視されるのである。

 

 

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セルフケア要件

セルフケア要件(self-care requisites)は、オレムのモデルの主要構成要素であり、患者アセスメントの重要部分も構成している。

 

なお、「要件」という言葉は、「人がセルフケアをするために行わなければならない活動」という意味で用いられている。

 

セルフケア要件には3つのタイプがあり、それぞれ普遍的(universal)、発達的(developmental)、健康逸脱(health-deviation)とされる。

 

 

1普遍的セルフケア要件

普遍的セルフケア要件(universal self-care requisites)とは、その人の健康状態や年齢、発達レベルあるいは環境の相違にかかわりなく、すべての人に共通なものでセルフケアの達成に不可欠なものである。

 

普遍的セルフケア要件とは、次の8つのものを示す。

 

  1. 1空気を十分とり入れること
  2. 2水分を十分とり入れること
  3. 3食物を十分とり入れること
  4. 4排泄の過程と排泄物に関するケアを行うこと
  5. 5活動と休息のバランスを保つこと
  6. 6孤独と社会的交わり(社会的相互作用)のバランスを保つこと
  7. 7生命や人間としての機能遂行、人間としての幸福に対する危険を防止すること
  8. 8人間の潜在能力やすでに知られている人間の限界、そして正常でありたいという願望(正常希求)と調和した社会集団内での人間としての機能を増進させ、発達を促すこと

 

正常性(normalcy)とは、本質的に人間であるという意味で、また個人の遺伝的・体質的特性と才能に調和しているという意味である。

 

これらの行動は、人間の構造と機能を維持し、その結果、人間の発達と成熟を支持する内的・外的諸条件をもたらすものである。

 

これらが効果的に提供されると普遍的セルフケア要件をめぐって組織化されたセルフケア、あるいは依存者ケアは、積極的な健康と安寧を強化する。

 

安寧(well-being)

存在を個々が受け止めている条件という意味で使用している。すなわち、喜び・幸福という経験、霊的な経験、自己理想が満たされていく、個性化が継続する、というようなことによって特徴づけられている状態である。

 

空気や水、食物を十分に維持し、排泄することは、生命過程を営む基準になる。

 

この領域に問題が生じることは、生命を脅かされる状況に至る危険をはらむ。

 

活動と休息のバランスは、消耗や疲弊、有害なストレスになる危険性などの問題を避けるうえで重要である。

 

社会との交わり(社会相互作用)は、考えや意見を交換する機会にもなる。

 

そのことが人の社会化を促すことになり、正常な人間発達にとって重要である。

 

適度な孤独は、自分の存在や他者の存在についてなどを考える機会をもたらす。

 

生命に対する危険を防止することは、生命を保つのに不可欠なことであり、人間発達的な観点からすれば、どんな状況が危険をはらんでいるか学習し、自分でそのような環境を避けることができなければならない。

 

人間は誰しも、「正常」であることを望む。オレムは、この傾向を「正常希求」と表現している。

 

現実的な自己概念をもち、自分自身の発達を促進できること、仲間集団や社会に受け入れられることを意味している。

 

これらの要件は、個々に独立したものではなく、相互に影響し合っている。

 

図2で示すように、危険の予防と正常性への促進という要件は、ほかの6つの要件それぞれと関係づけられなければならない。

 

図2普遍的セルフケア要件の相互関係

出典:ドロセア・E.オレム、小野寺杜紀訳:オレム看護論─看護実践における基本概念、第4版、医学書院、2004より改変

 

十分な空気、水分、食物摂取の維持という要件と、人間の生命、機能、安寧に対する危険の予防との結びつきは、摂取する水や食物が身体に害を及ぼすような状況でないかどうかを確認すること(そのための知識が必要になる)、危険であると判断したら摂取しないこと、というようになる。

 

ケア提供者からすれば、摂取された空気、水分、食物中の有害物質は、どのように排除あるいはコントロールできるか、ということになる。

 

十分な空気、水分、食物摂取の維持という要件と正常性の促進の要件との結びつきは、健康を維持するために、摂取する食物にはどんな栄養素が含まれ、どんな効果(栄養価)があるのかを知って摂取する、などである。

 

 

2発達的セルフケア要件

発達的セルフケア要件(developmental self-care requisites)とは、生命と成熟の過程を助長し、発達を阻害する諸条件を予防したり、それらの影響を軽減するものとして2つのタイプ(カテゴリー)を示している。

 

 

◎特定の発達段階に関連するもの

人間がより高いレベルの有機体としての形態と成熟をめざして発達するために、特定の発達段階における生命過程を支え、発達を促進する条件を生じさせ、それを維持していくことに関連したものである。

 

たとえば、新生児はあらゆる機能が未熟であるため、ニードを満たすために助けがいる、などである。

 

 

◎人間発達に影響を及ぼす条件に関連するもの

①好ましくない条件の有害な影響が起こらないように予防する。

たとえば、妊娠中には十分な栄養をとるなどのほか、喫煙をしない、あるいは分煙を吸わないなどのような環境のなかの有害物質を避けること、などがある。

 

②特別な条件あるいは生活上の出来事が有害を及ぼしている場合、あるいは危険性がある場合は、その影響を軽減したり克服したりする。

教育の機会が与えられないこと、社会適応上の問題、親族や友人・仲間を失うこと、財産を失ったり失業したりすること、住居変更など生活条件に急激な(突然)変化が起こること、地位に関連したこと、健康状態の不良あるいは障害がある、生活条件の不良、末期状態にあること、あるいは死が予測されること、などがある。

 

 

3健康逸脱に対するセルフケア要件

健康逸脱に対するセルフケア要件(health-deviation self-care requisites)とは、病気になったり、けがをしたり、障害をもったりして医学的ケアを必要とする場合である。

 

たとえば、次のような事柄があげられる。

 

  1. 1特定の物理的・生物的な作用物質にさらされたり、一時的・慢性的な病的状態の要因になるような環境条件に置かれた場合、または遺伝的・生理的・心理的な条件が病的状態を生じたり、要因になることが認められた場合に、適切な医学的援助を求め、確保すること
     
  2. 2病的条件や病的状態が及ぼす影響とその結果を知って注意すること
     
  3. 3特定の病的状態の予防や、病的状態そのもの、人間として完全に機能するよう調整すること、障害の代償をめざした診断・治療およびリハビリテーションのための医学的支持を効果的に実行すること
     
  4. 4医学的処置による不快な悪影響を知って、注意したり調整したりすること
     
  5. 5自己概念を修正して、自分が特別な健康状態にあって特定のセルフケアを必要としていることを受け入れること
     
  6. 6自分の発達を継続させる生活様式を保って、病的条件と病的状態が及ぼす影響、医学的な診断・治療的処置の影響をもって生きることを学習すること

 

健康逸脱に対するセルフケア要件の主要な前提は、健康状態が変化して自分のセルフケアニードをうまく満たせない状況では、適当な人の助言や助けが必要になる。

 

患者は、自分に提供される適切な治療的な働きかけに対して守ることを期待される。


これら3つのセルフケア要件が効果的に充足されるとき、つまりセルフケアをうまく行える人は、次のことができる。

 

  1. 1生命過程を支える。
  2. 2人間の構造と機能を正常の範囲に維持する。
  3. 3その人の潜在能力に応じて発達を促進する。
  4. 4損傷および疾病の影響を調整もしくはコントロールする。
  5. 5疾病過程の治療もしくは規制に寄与する。
  6. 6一般的な安寧を増進する。

 

オレムは、モデルの不可欠な構成要素として、予防的ヘルスケアの重要性を強調している。

 

その予防的ヘルスケアの観点からすると、普遍的セルフケア要件と発達的セルフケア要件の効果的な充足は、疾病および不健康の一次予防になる。

 

健康逸脱に対するセルフケア要件の充足は、初期段階での疾病をコントロールし、疾病の悪影響や合併症あるいは障害の遷延を避けることにつながる(二次予防)。

 

また、変形あるいは障害の後につながるリハビリテーションにも役立つ(三次予防)。

 

 

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セルフケア不足理論

さまざまな原因により、自分の面倒をみるのにさらにほかの能力が必要になることがある。

 

たとえば、長期にわたって健康を害すること、自分の面倒をみるために新たな手段が必要になったり、他者に援助を求めなければならなくなる。

 

人間には自分自身の変化、自分を取り巻く環境の変化に適応する力が備わっている。

 

しかし、どんなに適応しようとしても、自分の能力を超えるような状況もある。このような場合は助けが必要である。

 

助けが必要であるということを言い換えれば、「セルフケアの不足」ということになる。セルフケアの不足では、その人が行動する能力とその人に求められる事柄との関係を示す。

 

セルフケア不足(self-care deficit)

単にその人自身のセルフケアだけでなく、その人に依存している人のケアの両方の不足が含まれる(オレムのセルフケアの定義からすると、論理的整合性に欠ける)。

 

 

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セルフケア不足理論で使用される用語

治療的セルフケア・デマンド

治療的セルフケア・デマンド(therapeutic self-care demand)とは、人間の機能と発達に影響を及ぼす要因をコントロールするうえで、妥協性と信頼性があると判断されるひとまとまりの行為を、一定の時間枠を決めて算出することである。

 

わかりやすく説明すると、たとえば下肢骨折のためギプス固定され、ベッド上で臥床している状態でセルフケア要件をすべて充足するために必要なケアの方策の総和のことである。

 

構造的・機能的・発達的に個人を描写する情報に客観的基礎を置く、人間的全体像のことである。

 

「個人が生命、健康、安寧のために成し遂げられるセルフケア活動は何か」という質問に答えることで示される。

 

個人が患者となり、自分で満たすことができないときには看護介入して援助することになる。

 

 

セルフケア能力

セルフケア能力(self-care agency)とは、セルフケアの行為や操作を実施する際の行為に向けられた包括的・複合的な能力である。

 

オレムは、セルフケア能力の構成要素を①基礎的な能力と性質(foundation capabilities and dispositions)、②パワーコンポーネント(power components)、③セルフケア操作のための能力(capabilities for self-care operation)の3つで示している。これらの関係は階層的である(図3)。

 

 

図3セルフケア能力を構成する要素

出典:黒田裕子監:臨床看護学総論、臨床看護学セミナー①、メヂカルフレンド社、1997より改変

 

このなかでパワーコンポーネント10項目の視点は、オレムに特徴的な内容であり、重要な視点を提示してくれる。

 

 

看護能力

看護能力(nursing agency)とは、ある範囲内で各種のセルフケア不足をもつ人々のために、看護師が看護の必要性を見極め決定し、看護計画を立て、看護を実践するときに駆使される、複合的な能力である。

 

看護能力には、①教育的背景、②看護の志向性(動機づけ、積極的意思)、③意識・技術の修得、④人間関係の能力などを指す。

 

 

セルフケア不足あるいは欠如

セルフケア不足あるいは欠如(self-care deficit)とはセルフケア能力と治療的セルフケア・デマンドとの間の関係をいい、両方の見積もりから導き出す。

 

オレムは、看護のための概念枠組みを示している(図4)。

 

図4概念枠組みと看護システム

出典:ドロセア・E.オレム、小野寺杜紀訳:オレム看護論─看護実践における基本概念、第4版、医学書院、2004より改変

 

また、オレムはセルフケア不足について、②〜④の3つのシナリオで説明している(図5)。

 

図5セルフケア不足のシナリオ

出典:スティーブン・J.ガバナ、数間恵子ほか訳:オレムのセルフケア・モデル、看護モデルを使う①、医学書院、1993より改変

 

  1. 1健康な人:セルフケア能力が普遍的セルフケア要件に見合っている人
  2. 2健康状態の変化を経験しているが、普遍的セルフケア要件と健康逸脱に対するセルフケア要件を満たすことができる人
  3. 3健康状態の変化を経験しており、普遍的セルフケア要件と健康逸脱に対するセルフケア要件を満たすことができず、看護の働きかけが必要な人
  4. 4看護の援助によって普遍的セルフケア要件と健康逸脱に対するセルフケア要件を満たすことができる人

 

 

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看護システム理論

看護システム(nursing system)は、看護師と患者がどのような形態で、そしてどんな背景で相互にかかわり合うかを指す。

 

オレムは、看護システムを社会的・対人関係的・技術的要素から成り立つものとしている。

 

また、援助システムとしてデザインし、看護状況の諸要素を構造化している。これらの要素は、社会的地位や役割、役割関係、個人に内包されたもの、そして技術的なものを含んでいる(図6)。

 

図6看護システムが成り立つ要素

出典:ドロセア・E.オレム、小野寺杜紀訳:オレム看護論─看護実践における基本概念、第4版、医学書院、2004より改変

 

看護システムとは看護師が援助の1つ、あるいはいくつかの方法を、看護師自身またはケアを受ける人々の行動に結びつけるときに生じ、これらの人々の治療的セルフケア・デマンドを充足させ、セルフケア能力を調整するために成される一連の継続的な行動である。

 

セルフケア能力と看護能力が出会ったときに看護システムが生じるのである。

 

オレムは看護システムを、全代償的システム、一部代償的システム、支持・教育的システムの3つに分けている(図7)。

 

図7看護システム

出典:ドロセア・E.オレム、小野寺杜紀訳:オレム看護論─看護実践における基本概念、第4版、医学書院、2004より改変

 

 

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全代償的システム

看護師が患者に代わって主な代償的役割を実行するときに必要なシステムである。

 

多くの場合、患者は自分の普遍的セルフケア要件を満たすことができない。

 

看護師は、患者が自分のケアができるようになるまで、あるいは患者が何らかの障害に適応できるまで、それらの要件を代償する必要がある。

 

  1. 1意図的なセルフケア行動が行えない患者
  2. 2セルフケア行動を行う必要がわかり、判断と意思決定ができ、それを行う技術はあるができない、あるいはしてはいけない患者(例:床上安静を厳しく指示されている人)
  3. 3自分のヘルスケアニードに注意したり、妥当な判断や意思決定したりすることができない患者、危険な行動をとるなどして安全確保ができない患者(例:頭部外傷によって判断が傷害されている人、手術後に意識を回復しはじめたばかりの人)

 

 

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一部代償的システム

広範囲で強力な看護活動を必要としないシステムである。

 

  1. 1実際に、あるいは医学的な必要性があって、動きや手の操作技能に限界がある患者
  2. 2知識と技能のどちらか一方あるいは両方が欠けており、自分のセルフケアニードのすべてを満たすことができない患者(例:糖尿病を発症し、インスリン注射の技術面や生活様式を学習する必要のある人)
  3. 3セルフケア行動をしたり、セルフケア行動を学習したりするレベルに心理的に達していない患者(例:四肢切断をした人が自分の状況に適応し始めるまでのとき)

 

 

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支持・教育的システム

セルフケアに必要な行動ができ、新しい状況への適応も学習もできるが、現在は看護の援助が必要な人に対するシステムである。

 

一般に、看護師の役割は意思決定を助けたり、知識と技術を伝えたりすることにかぎられる。

 

このシステムでは、看護師は患者を教育することが必要になるが、学習を助けるために不必要に気を散らすものを減らすなど、環境に手を加える必要があるかもしれない。

 

また、看護師は情報提供や相談的役割をすることにもなる。

 

何よりも患者が自分でセルフケアが完全にできるようになっていくように、セルフケア能力を引き出し、伸ばすことである。

 

看護システムは、ダイナミックなものなので、患者の状態が変われば、必要な看護システムも変化する。

 

 

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オレムの看護理論から得るもの

オレムの看護理論は、看護についての学問的思考に影響を及ぼすだけでなく、看護実践にも大きな影響を及ぼしてきた。

 

それは、看護教育の場で医学モデルに基づいて行う方法から患者ケアへ、さらに健康増進へと移行することに注目したこと、看護実践が個人のセルフケア能力を代行する、あるいは補うものであるという看護の第一義的な見解を提示したことである。

 

しかし、オレムは医学志向の視点を却下するのではなく、健康志向の考え方と統合しようとしたのである。

 

伝統的な範囲内に基盤を置いているので、健康上の問題を抱えている患者・クライエントに対して、病院内におけるケアと個人のケアを中心とした看護ケアに直結している。

 

看護ケアのタイプ分けを看護システムとして明確にすることで、看護ケアを整理していく必要性を示している。

 

看護師は、患者のセルフケアを査定したうえで、看護師が中心になって患者のセルフケアを考えるのではなく、あくまで患者自身が自分の能力を十分に発揮しながら、セルフケアが遂行されていくように意図したかかわりをしていくという「セルフケア精神」を、私たち看護師に教えてくれている。

 

セルフケア精神を鑑みると、患者の治療における基本権(参加権、知る権利と学習権、自己決定権など)を保証していくことに通じることになり、現在の医療のあり方を示すものになり得るだろう。

 

 

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看護理論のメタパラダイム(4つの概念)

1人間

人間(human being)は、人間本来の資質に調和して生存、機能するために、絶えず自己や環境に対して働きかけをすることができるとしている。

 

また、「主体的に自己や環境に働きかける人間」を「能力(human agency)」としている。

 

すなわち、健康な人はセルフケアができ、自分に援助が必要なときがわかり、実際に情報を探すことができて、それを入手できれば内容を理解することができ、それに基づいて進んで行動することができる。

 

これらをうまく処理することは個人の責任であり、実行は個人の意思決定によるとしている。

 

 

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2環境

オレムのモデルのなかで、最も明確にされていない構成要素は、環境の本質と人と環境との相互作用についてである。

 

はっきりしているのは、環境を物理的なものと心理社会的なものの両方について、人の発達に影響するものだと考えていることである。

 

セルフケアのために積極的にかかわっていかなければならないものとしても位置づけている。

 

 

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3健康

健康とは、形態面および機能面で健全であり、全体として欠けていないことと定義している。

 

そして、セルフケアができることを「健康」と位置づけている。

 

オレム自身は、健康(health)と安寧(well-being)の概念の違いを示すなかで、健康を「人間の状態、すなわち人が発達してきた人間の構造、および身体的・精神的機能の深さと全体性によって特徴づけられている人の状態」と表現している。

 

 

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4看護

オレムは、看護能力という概念を用いて看護をみている。

 

また、看護システムという概念を用いて組織的な看護能力を強調している。

 

セルフケア能力が不足している人々に対して、看護システムが働きかけを行う責任をもっていることを明示している。

 

看護システムは、社会的・対人関係的・技術的要素から成り立つものとしている。

 

 

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看護理論に基づく事例展開

オレムと看護過程

オレムが自身のモデルのなかで強調しているのは、看護は「行為(action)」であるということである。

 

看護行為について、

 

  1. 1患者に代わって課題を実行すること
  2. 2ほかの人を手伝ったり導いたり支持したりすること
  3. 3身体面あるいは心理面で支持すること
  4. 4引き続き発達していけるようにその人にふさわしい環境を提供すること
  5. 5看護教育

 

などと示している。

 

オレムは看護過程のなかで、看護師に対人的・社会的作業、技術的・専門的作業へのかかわりを求めているのである(図8)。

 

図8オレム看護理論での看護過程

出典:スティーブン・J.ガバナ、数間恵子ほか訳:オレムのセルフケア・モデル、看護モデルを使う①、医学書院、1993より改変

 

1対人的・社会的作業

対人的・社会的作業(interpersonal and social operation)とは、看護師が患者や家族と一緒に働きかけるときに、適切な対人関係・社会的な関係(様式)をつくり出すことである。

 

具体的には

 

  1. 1患者、家族、ほかの人と有効な関係を結び、維持すること
  2. 2患者やほかの人に合わせて健康にかかわりのある質問に答えること
  3. 3絶えず患者やほかの人と協調し、その情報を見直すこと

 

である。

 

 

2技術的・専門的作業

技術的・専門的作業(technologic-professional operation)とは、診断、処方、処置あるいは調整、ケース管理などの作業である。

 

この作業は論理的に順序を追って行われるため、看護過程における指標とみなしている。

 

 

3看護診断

オレムにとっての看護診断は、患者のセルフケア能力とセルフケアを要する事柄の2つの関係がどういう状態になっているかについての事実を調べ、それを蓄積することで、患者が看護援助を必要としているかを決定することである。

 

一般にいわれている看護過程の「アセスメント」と「問題の明確化」の段階にあたる。

 

看護診断には2つの事柄が含まれている。

 

 

①現在および将来セルフケアを要する事柄

患者が現在セルフケアを要する事柄は何であり、将来はどんなことかを普遍的、発達的、健康逸脱に対するセルフケア要件から論理的な過程に沿って行う。

 

  • 各要件について調べる。
  • 要件のなかで、相互に作用する可能性があるものを明確にする。
  • 要件を満たせるかどうかに影響する可能性のある要因を明確にする。

 

 

②現在および将来のセルフケア能力

患者は、①で明らかになったセルフケアを要する事柄を満たし、行うことができるかどうかを、現在実行していることだけでなく、将来を含めて確認する。

 

  • 患者がもっている知識と技術はどんなものか。
  • 患者が援助なしで実行できる健康習慣は何か。
  • 発達させる必要があるものは何か、やめさせる必要があるのは何か。

 

 

4処方作業

処方作業とは、データ収集に続いて実施上の判断を下すことだが、その判断は看護師と患者、必要な場合は家族や重要関係者が一緒に行わなければならない。

 

これは看護過程の「計画立案」にあたる。この作業では、現在の環境と知識の範囲でその人に対して何をすることができるかを提示する。

 

オレムは、個々の情報と関連づけるのではなく、その人の全体性に照らして考慮すべきであると強調している。

 

 

5調整作業(処置作業)

処方(計画立案)したことを実行に移すためにとる実際の活動である。

 

ケアの提供にふさわしいシステムを選ぶこと・整えることである。この作業は「看護過程」の「実施」および「評価」に該当する。

 

 

6ケース管理(コントロール)作業

患者一人ひとりに対する診断、処方、調整・処置の作業のそれぞれを評価し、コントロールし、指示を出し、チェックすることである。

 

この作業の重要な点は、それぞれの過程が患者の変化に対応してダイナミックに動いているかを確認しながら、看護ケアのあらゆる側面を統合していくことにある。

 

ケアの単なる評価だけでなく、資源の利用に関して監査をするという意味もある。

 

 

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狭心症で入院をしている男性の事例

 

事例
  • K氏(64歳)、男性、4年前までは事務職、退職後は会社の寮の管理人。4人兄弟(兄2人、姉)の末っ子。
  • 性格:几帳面で真面目、人あたりがよい。
  • 家族背景:妻と、子どもが2人いる。子どもは独立して、現在は妻との二人暮らし。
  • 生活状況:若いときから水泳をしており、会社でもスポーツに親しんでいた。最近では週末に40分ぐらい散歩をしていた。旅行好きで、退職後はバイクで市内の観光地巡りをしたり、川柳や標語づくりをしていた。1年ほど前から糖尿病を指摘されていたが、あまり気にせずとくに食事療法をすることもなく、甘いものをよく食べていた。薬も体調がよくなると自己判断で飲んだり飲まなかったりしていた。酒とタバコは、十二指腸潰瘍の再発をきっかけにやめた。
  • 入院時の診断(病名)狭心症、糖尿病、高血圧
  • 既往歴:37歳 十二指腸潰瘍(手術)、45歳 胆石(手術)、57歳、十二指腸潰瘍
  • 現病歴:1年ほど前から労作時に前胸部が締め付けられる感じがあり、休むと消失していた。最近若干その回数が増え、30〜50m小走りすると胸痛が出ることもある。就寝中(午前3時頃)、胸痛が30秒ほど続いたので受診し、緊急入院になった。
  • 入院時の状況身長158cm、体重61kg、血圧132/90mmHg、心拍数97(整脈)、体温35.9℃、胸痛なし。入院後12日間はベッド上安静。不整脈や心機能をみるためにホルター心電図を装着。降圧薬、抗血栓薬、向精神薬などの薬物療法と糖尿病食(1600kcal)と塩分5gの食事療法が開始。

 

今回、胸部の疾患で入院したことで驚いている。活動範囲や食事制限は治療のためなら仕方がないと一応受け入れている様子。

 

食事について、当初は量も少なく薄味なので物足りないといっていたが、徐々に薄味にも少しずつ慣れてきたようで、病気のためには食生活も整える必要があると思っているようだ。

 

狭心症の精密検査中なので、いまは一つひとつの検査をこなしていくのが最大の関心事になっている。

 

いままで心臓病について詳しくなかったので、病棟側が準備したパンフレットで自分の症状と合わせて考え、熱心に聞いている。

 

入院中は食事や服薬は守れるが、退院後はとくに食事が心配であるという。

 

 

この事例は、看護システムがダイナミックに動き、患者の変化に応じて提供するケアが変わっていく過程を示している。

 

入院当初から12日間はベッド上安静のため、本人ができることもしてはいけない状況、あるいはベッド上でできることをアセスメントしていく。

 

ベッド上安静の期間は全代償的あるいは一部代償的システムが適用できる。

 

回復に従って、新しい状況に対して認識し、よりふさわしい生活の仕方を考えると同時に、いままでしてきた生活の仕方を変えていく必要があり、支持・教育的システムの適用になる。

 

入院前は自覚症状もなく糖尿病に対して、食事に気をつけることもしないで、薬も自己判断で服用してきた。

 

今回の狭心症発症の要因の1つに糖尿病のコントロール不良がある。狭心症による胸痛が再度起きることに恐怖・不安を抱いていることから、糖尿病も含めた食事の摂り方を指導する。

 

とくに退院後の食事については、本人も心配している。日常の具体的な食事内容を聞き、どこを改めなければならないのか、工夫できることは何か一緒に考えていくことである。

 

このようなケースは、セルフケア能力の構成要素のなかの10項目のパワーコンポーネントからセルフケア能力をアセスメントすることで、何がセルフケア能力として不足しているかがわかる。

 

 

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おわりに

オレムの看護理論も、ほかの看護理論と同様にアメリカの文化的背景から概念化されたものである。

 

したがって、依存と自立・自律の関係が日本では違ったものであり、セルフケアという考え方自体がわが国の文化になじまない部分もある。

 

しかし、オレムのモデルは看護の実践、教育に実際に大きな影響を及ぼしていることは事実である。

 

オレムの考え方を理解する努力をしながら、自分の看護に対する考え方と照合しながら、実践に活用していくことが大切である。

 

 

オレムについて(詳しく見る) オレムについて

ドロセア・E.オレム(Dorothea E.Orem)は、わが国でもよく知られている看護理論家である。彼女の名前は知らなくても、「セルフケア理論」という名で知っていることだろう。

 

オレムが、自身の考えに影響を及ぼした人物としてあげているのは、偉大な教師であり友人でもあるユージニア・K.スポルディング(E.K.Spaulding)である。

 

また、オレム本人の看護者としての経験や、教育者としての経験も、その理論に大きな影響を与えている。

 

オレムは、理論のなかでフローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)をはじめとしてフェイ・グレン・アブデラ(Faye Glenn Abdellah)、ヴァージニア・ヘンダーソン(Virginia Henderson)、アイモジン・M.キング(Imogene M.King)、アイダ・ジーン・オーランド(Ida Jean Orlando)、ヒルデガード・E.ペプロウ(Hildegard E.Peplau)など13名の看護理論を引用すると同時に、多くの心理学者や社会学者、経営学者、細菌学者の文献を引用しながら論述している。

 

 

オレムの歩み

オレムは、アメリカのメリーランド州ボルチモアで生まれた。

 

ワシントンD.C.のプロヴィデンス病院付属看護学校で学び、1930年代初頭に看護師資格を得た。

 

その後1939年に、アメリカカトリック大学で看護学士号を取得し、さらに1945年同大学で看護教育の修士号を取得した。

 

1976年、ジョージタウン大学から理学博士の名誉学位を、1980年サンフランシスコ市インカネイト・ワード大学から理学博士の名誉学位を授与されている。

 

さらに1988年イリノイ州にあるイリノイ・ウエスタン大学で人類学博士の名誉学位も授与された。

 

臨床では、内科、外科小児科、戦傷者病棟、手術室などのスタッフナースを経験した。

 

1940〜1949年には、デトロイト市のプロヴィデンス病院の看護部と看護学校で指導者として、1949〜1957年はインディアナ州保健委員会の病院施設内サービス部門に従事した。

 

1958年〜1960年には、合衆国保健教育福祉省の教育部局でカリキュラムのコンサルタントとして、実践的な看護師訓練を向上させるプロジェクトに参加した。

 

1959〜1970年は、アメリカカトリック大学の看護教育准教授、次いで看護学部長代理、准教授を務めた。

 

1970年に大学を離れ、コンサルト事務所「オレム・アンド・シールズ社」を設立し、『オレム看護論』の発展のための活動を行った。

 

1992年には、アメリカ看護学術学会の名誉会員になった。2007年、ジョージア州の自宅で逝去した。

 

著述活動としては、1958〜1960年の間に『Guides for developing curricula for the education of practical nurses』(『実務看護師の教育カリキュラム開発のためのガイドライン』)を著し、1962年には『The hope of nursing』(『看護の希望』)をジャーナル・オブ・ナーシング・エデュケーションに発表した。

 

『Nursing:Concepts of practice』(『オレム看護論─看護実践における基本概念』)は、1971年に初版を刊行した後、第2版(1980年)、第3版(1985年)、第4版(1991年)、第5版(1996年)、そして2001年には第6版が刊行された。

 

 

 

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本連載は株式会社サイオ出版の提供により掲載しています。

 

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[出典] 『新訂版 実践に生かす看護理論19 第2版』 編著/城ヶ端初子/2018年11月刊行/ サイオ出版

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