肝臓鈎|鈎(4)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『肝臓鈎』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験などに基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

肝臓鈎

 

〈目次〉

 

肝臓鈎は肝臓専用の圧排用器械

肝臓に引っ掛けて術野を確保する

肝臓鈎(こう:鉤)は、その名の通り、肝臓専用の鈎です。主に、開腹手術中に術野を確保するため、肝臓の圧排に使用します。使用方法は、肝臓そのものに肝臓鈎を引っ掛けて、肝実質を頭側に圧排するというように使用します(図1)。

 

 

図1肝臓専用の肝臓鈎

肝臓専用の肝臓鈎

 

肝臓を引っ掛けて、頭側に圧排します。

 

肝臓鈎は、別名、「レバーハーケン」と呼ばれることもあります。

 

開腹手術時に活躍する肝臓鈎

肝臓鈎を使用する場面は、開腹手術による胆嚢摘出術や、肝門部の操作を行う時などです。肝臓鈎は、スパーテル(腸ベラ)と同じ用途で使用することもあるため、これらで代用することも可能です。

 

しかし、昨今の内視鏡手術(腹腔鏡下手術)の発展によって、開腹手術の件数が減っているため、以前ほど、肝臓鈎が頻繁に使われることが無くなってきました。それでも、緊急(開腹)手術の際には、必ずと言ってよいほど、肝臓鈎は使用されます。

 

memo肝臓鈎を肝臓以外の用途に使用した筆者の経験

筆者は、開腹手術以外(例えば、肥満患者さんの股関節手術など)で、多くの脂肪組織を圧排する際に、肝臓鈎を使用した経験があります。しかし、ドクターの中には、「外科の器械を他科で使用してほしくない」と考える方もいますので、所属のオペ室師長などに確認することが必要です。

 

肝臓鈎の誕生秘話

肝臓鈎の誕生に関する明確な記述は見つかっていないため、あくまでも筆者の推測になりますが、肝臓鈎が開発されるまでには4人の医師が関係していると考えられます。

 

1800年代中頃に行われていた胆嚢手術は根治的な手術ではなかった

肝臓を圧排する肝臓鈎が必要とされるシーンとしては、胆嚢の手術が考えられます。1800年代中頃までは、胆嚢を切除することは一般的ではなく、胆嚢瘻(孔)を形成し、結石の排出や排液、浄化を行っていました。当時の術式は、根治的なものではなく、結果として、患者さんに痛みや苦痛を与えるものでした。これは、「人間の器官を完全に切除すると、患者は死亡する」と考えられていた時代だったことが背景にあります。

 

そのような時代に、ドイツの外科医 Dr. ランゲンブッフ(Carl Johann August Langenbuch:1846-1901)が、1882年に世界初の胆嚢摘出術に成功しました。さらに、Dr. ランゲンブッフはこの後、肝臓切除術にも挑戦しました。もしかすると、この時点で、Dr. ランゲンブッフが肝臓を圧排するための器械として「肝臓鈎」を開発したのかもしれませんが、残念ながらそれを示す文献は見つかっていません。

 

肝臓鈎でつながる4人の偉大な医師の関係

ところで、海外には「ミクリッツ(Mikulicz)」という名前を冠した肝臓鈎があります。これを開発したのが、「ミクリッツ鉗子」を開発したDr. ミクリッツ(Johann von Mikulicz-Radecki:1850-1905)であれば、肝臓鈎開発をめぐって、4人の偉大な医師を思い浮かべることができます(図2)。

 

 

図2肝臓鈎開発に関係する4人の偉大な医師の人物相関図

肝臓鈎開発に関係する4人の偉大な医師の人物相関図

 

Dr. ミクリッツは、切除術式で有名なDr. ビルロート(Christian Albert Theodor Billroth:1829-1894)に師事し、多くの功績を残した高名な医師です。さらに、そのDr. ビルロートは、「筋鈎(ランゲンベック扁平鈎)」を開発したDr. ランゲンベック(Bernhard von Langenbeck:1810-1887)に師事していました。 また、Dr. ミクリッツとDr. ランゲンブッフは、ほぼ同じ時代にヨーロッパで活躍していたため、Dr. ランゲンブッフの胆嚢摘出術の噂は、Dr.ミクリッツのに入っていたでしょう。外科医の世界は、胆嚢や肝臓を切除する時代へと、動き出していました。

 

このような流れのなかで、Dr. ミクリッツは、自らの大師匠が開発した「筋鈎(ランゲンベック扁平鈎)」に、肝臓が圧排できるサイズの考案や、鈎部分の角度の調整など、さまざまな工夫を凝らし、現在のような肝臓鈎の形状に発展させたのではないかと、筆者は推測しています。

 

*参考:『ミクリッツ鉗子

 

*参考:『筋鈎(ランゲンベック扁平鈎)

 

肝臓鈎の特徴

サイズ

肝臓鈎のサイズは、全長24cmのものが多くありますが、小さめのサイズとして21cm程度のものを揃えているメーカーもあります。

 

鈎の幅は、35mmと45mmのラインナップが多いようです。このサイズが、最もポピュラーなサイズと言えそうです(図3)。

 

 

図3肝臓鈎のサイズ

肝臓鈎のサイズ

 

肝臓鈎の全長は24cmのものが多く、鈎の幅は35mmや45mmのものが多いです。

 

形状

ほかの鈎類と同じように、肝臓鈎も柄部分と鈎部分からできています。肝実質の組織を損傷しないよう、鈎部分はなだらかに弧を描いています。また、肝臓鈎の先端は、筋鈎の先端と比べると、角が丸くなっているのが特徴です。

 

材質

肝臓鈎は、ほかの鋼製器具と同様、ステンレス製です。

 

製造工程

肝臓鈎が製造される工程は、ほかの鈎類と同様です。素材を型押しし、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

肝臓鈎1本あたりの価格は、30,000円前後のものが多いようです。

 

寿命

肝臓鈎の寿命に明確な指定はありません。術中の使用方法やメンテナンスの影響はもちろん、洗浄や滅菌の過程での取り扱いによって変わってきます。ただし、常に臓器(主に肝臓)に接している器械ですので、表面の傷などには、十分注意しましょう。

 

肝臓鈎の使い方

使用方法

特に、肝臓鈎は、胃切除や胆嚢切除、膵臓に関する手術など、開腹手術を行う際に使用します(図4)。

 

 

図4肝臓鈎の使用例

 

肝臓を肝臓鈎で持ち上げています。

 

類似機器との使い分け

肝臓鈎は、大きく開腹する手術(胃切除や胆嚢切除、肝切除や膵臓に関する手術など)で使用する器械のセットに組み込まれていることが多いです。

 

筋鈎(扁平鈎)で圧排可能な皮膚に近い部位では、肝臓鈎を使用することはないと考えて良いでしょう(図5)。また、肝臓鈎では届かないほど皮下組織が厚い場所などには、スパーテルを使用します。

 

 

図5肝臓鈎と筋鈎(扁平鈎)の先端部の違い

肝臓鈎と筋鈎(扁平鈎)の先端部の違い

 

A:肝臓鈎。肝臓を圧排するために使用されます。
B:筋鈎(扁平鈎)。皮膚に近い部位に使用されます。

 

禁忌

肝臓鈎の禁忌と言われるものはありません。

 

肝臓鈎は、肝臓の圧排に特化して作られた鈎ですが、まれに目的外でも使用することもあります。いつどのようなシーンで使用されるのか、しっかりと確認しましょう。また、外科の開腹手術以外での使用を指示されることもあるため、器械カウントには十分注意しましょう。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

肝臓鈎とほかの器械との取り間違いを防ぐために

現在、一般的に流通している肝臓鈎は、ほかの筋鈎(扁平鈎)などとは、鈎部分のサイズが異なるため、取り違えることは少ないでしょう。ただし前述の通り、筋鈎(扁平鈎)と形状がよく似ているものを使用している場合、器械盤の上では向きを変えて置くなどの工夫が必要です。

 

memo過去には先端部が逆方向に彎曲している肝臓鈎があった

現在の肝臓鈎は、鈎の部分がなだらかな弧状になっており、筋鈎と形状が異なります。しかし、以前は、筋鈎とよく似た形状だった時代もあります。当時の肝臓鈎は、先端は軽く彎曲していますが、その彎曲している方向が逆向きでした(図6)。

 

 

図6先端部の形状が異なる肝臓鈎

先端部の形状が異なる肝臓鈎

 

先端部が逆方向に彎曲しているため、筋鈎との区別がつきにくくなっています。

 

一見すると同じに見えてしまうほどの小さな違いですので、十分注意しましょう。施設によっては、現在でも、このようなタイプの肝臓鈎を使っているところもあるかもしれません。

 

肝臓鈎の手渡し方

肝臓鈎の手渡し方は、ほかの筋鈎(扁平鈎)などと同様です。鈎の部分を自分の手に引っ掛けて、柄の部分をドクターの手のひらに軽く当てるようにして渡します(図7)。

 

 

図7肝臓鈎の手渡し方例

肝臓鈎の手渡し方例

 

鈎の部分を手に引っ掛けて、柄の部分をドクターの手のひらに軽く当てます。

 

使用前はココを確認

肝臓鈎は、2本1組で使用します。同じ形状・同じサイズのものが、2本揃っているかを確認しておきましょう。また、表面に傷や欠けが無いか、柄の部分にヒビや傷が無いかなど、全体的に問題が無いことも確認しておきます。

 

術中はココがポイント

肝臓鈎は、一度術野へ出ると、なかなか手元に戻って来ない器械です。基本的に術中は、助手(ドクター)が手でずっと握っていますが、手元に戻ってきた時には、表面の血液や脂肪組織などを、キレイに拭き取っておきましょう。

 

使用後はココを注意

肝臓鈎は、ステンレス製ですし、全体的に大きくがっちりとした形状ですので、使用中に傷や欠けができることは少ないでしょう。しかし、術野から戻ってきた時には、こういった変化がないかをしっかりと確認しておきます。万が一、欠けなどを見つけた場合は、術野の中を確認してもらうよう、ドクターに依頼しましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

下記(1)~(3)までの手順は、ほかの器械類の洗浄方法の手順と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械カウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落としておく
(3)感染症の患者さんに使用した後は、あらかじめ付着物を落とし、消毒液に一定時間浸ける

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、隅の方に重ねて並べるとスッキリする

洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、ほかの器械と重ならないよう、余裕を持って置きましょう。雑な並べ方をすると、ほかの器械とぶつかり合ってしまうことがあります。肝臓鈎は、比較的大きな器械のため、隅の方に2本重ねて並べておくと良いでしょう。

 

また、肝臓鈎は、2本1組で使用するため、同じ形状・サイズのものが揃っていることを、確認しておきましょう。

 

滅菌方法

ほかの器械類と同様に、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。なお、滅菌完了直後は、非常に高温なため、ヤケドをしないように注意しましょう。

 

[関連記事]

 


[参考文献]

 

  • (1)高砂医科工業株式会社 鉤類(カタログ).
  • (2)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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