ウィスカー鈎(肺圧排鈎)|鈎(5)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『ウィスカー鈎』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方についてはさまざまな説があるため、内容の一部については、筆者の経験などに基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

ウィスカー鈎は折り曲げて肺を圧排するためのヘラ

鈎の部分が丸い針金の形状

ウィスカー鈎(鉤)は、肺を圧排するため器械で、料理で使用するヘラのような独特な形状をしています。別名、「肺圧排鈎」とも呼ばれています。

 

ウィスカー鈎は、筋鈎(扁平鈎)などとは違い、鈎の部分が丸い針金のようになっています。使用する状況に合わせて、多少ですが、折り曲げることができます。この鈎の部分を、肺に押し当てるようにして、肺を圧排します(図1)。

 

 

図1ウィスカー鈎(肺圧排鈎)の形状

ウィスカー鈎(肺圧排鈎)の形状

 

先端部が丸い針金のような形状になっています。

 

肺実質は、非常に小さな風船のような袋(肺胞)がたくさん集まって形成されているので、筋鈎(扁平鈎)のような金属の板で圧排してしまうと、肺胞がつぶれてしまう可能性があります。

 

呼吸器外科や消化器外科の開胸手術で活躍

ウィスカー鈎は、開胸後、術野を確保するために、肺実質を圧排する目的で使用します。また、呼吸器外科はもちろんですが、上部食道の手術など、開胸を伴う手術で利用されることもあります。

 

ウィスカー鈎の誕生秘話

正式名称はウィスカーではなくアリソン!?

誰がどのようにして、ウィスカー鈎を作り出したのか、はっきりとした資料は残っていません。筆者も、ウィスカーという名前の医師が開発したのかもしれないと考え、さまざまな文献を調べてみましたが、行き着いた名前は“allison”という名前でした。

 

わが国では、肺圧排鈎は、「ウィスカー」と呼ばれることが多いですが、欧米では、「allison’s lung retractor(アリソン肺圧排鈎)」というのが、一般的な名称のようです。

 

胸部外科医として活躍したDr.アリソン

アリソン圧排鈎(allison’s lung retractor)のallison(アリソン)は、イギリス人の外科医 フィリップ・ローランド・アリソン(Phillip Rowlnad Allison;1907-1974)のことだと、筆者は推測します。

 

Dr.アリソンは、胸部外科を専門とする、国際的にも名前が知られている医師です。1970年代頃には、食道の専門医になっています。特に、裂孔ヘルニアの分野においては、国際的な評価を確立しています。胸部外科にとどまらず、心臓や血管、一般外科への強い関心を持ちながら、広いフィールドで仕事をしていたとの記録が残っています。

 

また、Dr.アリソンは、技術的にも傑出していた医師だったので、専門領域の食道手術で自身の技術を最大限に発揮できるよう肺実質を圧排する器械を開発したのではないかと、筆者は推測します。

 

ウィスカー鈎の由来は泡立て器や小ほうきから

肺圧排鈎を「ウィスカー」と呼ぶのは、わが国、独自のようです。

 

わが国で、安全な開胸手術が多く行われるようになったのは、1950年代に入ってから(戦後10年程、経過した後)です。当時(または、その前後)、海外で開胸手術を学んだ医師が、「あの独特の形状をした肺を圧排する器械を日本でも取り入れたい」と考えても不思議ではありません。

 

「ウィスカー」という名称は、「ウィスク」という言葉からきているのではないかと、筆者は推測しています。ウィスクとは、泡立て器や小ほうきと訳される言葉です。まだ名前が無かった(わからなかった)肺圧排鈎を、外観の形状からウィスクと呼び始めたことから、わが国では、ウィスカー鈎という名前が定着したのではないでしょうか。

 

memoチームワークを重要視したDr.アリソン

Dr.アリソンは、素晴らしい医療技術を発揮していただけでなく、チームワークを非常に大切にしていた医師だったようです。ドクターと看護師で入念に打ち合わせをしてから、手術に臨んでいたという記録も残っています。

 

Dr.アリソンは、現代の手術室でも基本となる「チーム医療」を実践していた医師だったようです。

 

ウィスカー鈎の特徴

サイズ

ウィスカー鈎は、全長と鈎部分の幅の長さの組み合わせでサイズが設定されています。メーカーよって異なりますが、全長は、小さいもので20cm程度、大きいもので28cm程度です。鈎部分の幅は、40mm程度~90mm程度のものが多いようです。

 

全長と鈎部分の幅の組み合わせで、大・小の2パターンをラインナップしているメーカーもあります。

 

形状

ウィスカー鈎の形状は、非常に特徴的です。調理用の「ヘラ(フライ返し)」のような外観をしています。鈎部分は柔らかく、任意の箇所で折り曲げることができるものもあります。

 

材質

ウィスカー鈎の材質は、ステンレス製が多いです。まれに、黄銅(真鍮)でできたものもあります。

 

製造工程

ウィスカー鈎が製造される工程は、コッヘル鉗子やペアン鉗子と同様です。素材を型押しし、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

メーカーやサイズによっても異なりますが、1本25,000円~35,000円程度です。

 

寿命

ウィスカー鈎の寿命は、明確には決められていません。鈎部分を折り曲げて使用するもののため、金属疲労には注意が必要です。

 

また、術野での扱い方も寿命に影響してきますが、洗浄や滅菌の過程での取り扱いにも気をつける必要があります。

 

ウィスカー鈎の使い方

使用方法

ウィスカー鈎は、肺実質を広く優しく圧排するために開発されていますので、使用頻度が高い術式としては、開胸下の肺切除術があります。

 

胸部を斜切開し、必要に応じて肋骨を切除し、その隙間から胸腔内にアプローチします。その際、肺実質を広く優しく圧排するために、ウィスカー鈎が使用されます(図2)。

 

 

図2肺切除術でウィスカー鈎を使用する例

肺切除術でウィスカー鈎を使用する例

 

第8肋骨を切除し、その隙間から胸腔内の肺を圧排しています。
適宜、ウィスカー鈎を折り曲げて使用することもあります。

 

ほかにも、ウィスカー鈎は、食道がん手術の際に術野を確保するためにも使用されることがあります。この術式では、開胸後、縦隔胸膜を切開し、食道周囲のリンパ節を含む脂肪組織を剥離します。この際、術野を確保する必要があるため、ウィスカー鈎が使用されることがあります。

 

類似器械との使い分け

ウィスカー鈎は、特徴的な外観をしています。また、その使用用途も、肺を圧排することに特化しているため、類似の器械はありません。

 

禁忌

禁忌は、特にありません。本来の用途のみに使用します。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

ウィスカー鈎とほかの器械との取り間違いを防ぐために

前述の通り、ウィスカー鈎の外観は、とても特徴的です。ほかの器械と取り間違うということはなさそうです。

 

使用前はココを確認

ウィスカー鈎は、特徴的な形状をした鈎部分で、肺を圧排する器械です。この鈎部分に不具合があると、全く機能しない器械になってしまいます。そのため、使用前には、鈎のヘラの部分に破損や亀裂がないかを確認しましょう。

 

特に、鈎のヘラ部分の先端にある、接合部分の破損には特に注意が必要です(図3)。この部分が破損していると、肺を圧排したときに、肺実質を損傷する可能性があります。

 

 

図3ウィスカー鈎の要確認部分

ウィスカー鈎の要確認部分

 

肺実質を損傷する危険性があるため、特に、接合部分は要確認です。

 

術中はココがポイント

器械出しの際は、ウィスカー鈎のヘラ部分を軽く持ち、鈎部分の先端が下を向くようにして、柄の部分をドクターに手渡すようにします。器械出しの看護師は、鈎の柄に近い部分を持ち、ウィスカー鈎の柄の部分が、しっかりとドクターの手のひらにおさまるようにして渡すことを、イメージしておきましょう(図4)。

 

 

図4ウィスカー鈎の手渡し方

ウィスカー鈎の手渡し方

 

鈎部分が下を向くようにして、看護師は鈎の柄に近い部分を持ちます。
柄の部分がドクターの手のひらにおさまるようにして手渡します。

 

使用後はココを注意

ウィスカー鈎が術野から戻ってきたら、使用前に確認した鈎部分について、不具合の有無を必ず確認しましょう。不具合があった場合、そのウィスカー鈎は使用せず、別のものを使用します。

 

なお、術野から戻ってきた時点で、ウィスカー鈎の鈎部分が折り曲がっていても、その都度、平らに戻す必要はありません。手術が終了した時点で、基本の形状に戻すようにします。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

下記(1)~(3)までの手順は、ほかの器械類の洗浄方法の手順と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械カウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落としておく
(3)感染症の患者さんに使用した後は、あらかじめ付着物を落とし、消毒液に一定時間浸ける

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは、鈎類をまとめて置く

ウィスカー鈎は、特に分解できる部分はありません。洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、ほかの器械と重ならないよう、余裕を持って置きましょう。雑な並べ方をしていると、ほかの器械と重なりあってしまい、歪んでしまうことがあります。

 

ウィスカー鈎は、手術室内にも、それほど数が多い器械では無いと思いますので、可能であれば、これのみを洗浄用ケース(カゴ)に入れ、ほかの器械と区別しておくと、「今どこにあるか」がわかりやすくなります。

 

滅菌方法

ほかの器械類と同様に、高圧蒸気滅菌が最も有効的です。しかし、滅菌完了直後は非常に高温なため、ヤケドをしないように注意しましょう。

 

[関連記事]

 


[参考文献]

 

  • (1)高砂医科工業株式会社 鉤類(カタログ).
  • (2)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室 (編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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