マギール鉗子|鉗子(5)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『マギール鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

マギール鉗子は挿管用鉗子

麻酔科医が使用する鉗子

マギール鉗子は、手術室で見かける鋼製器械(ステンレス製の小物器械)のなかでも、基本的には麻酔科医が使用する、珍しい器械です。

 

一般的に、麻酔科医や手術室看護師の間では「マギール鉗子」と呼ばれていますが、「マギル鉗子」や「マギル型カテーター挿管鉗子®」などと呼ばれることもあります。器械そのものの分類としては、「チューブ導入用鉗子類」に分類されます。

 

マギール鉗子を使用する場面

マギール鉗子は、基本的に経鼻気管内挿管を行う時に使用する鉗子です。そのため、マギール鉗子を使用するシーンとしては、主に鼻から挿入したエアウェイや挿管チューブを声門に向けて誘導するというものです。しかし、ベテランの救命救急士のなかには、医療機関の外でエアウェイを挿入したり、気管内挿管に備えて、持ち歩いている方もごくまれにいます。

 

臨床現場では、図1のように、喉頭鏡口腔内を照らし、から挿入するチューブを確認しながら、マギール鉗子でチューブの先端をつかみます。

 

図1マギール鉗子の使用例

 

マギール鉗子の使用例

 

経鼻挿管の際、鼻腔から挿入した挿管チューブをマギール鉗子でつかみ、口から入れた喉頭鏡で確認しながら気管内へ誘導します。

 

挿管チューブの先端付近には、固定用のエアを入れるカフ(挿入時はしぼんだ状態)が付いていますが、マギール鉗子でこのカフの部分をつかんでしまうと、カフに穴が開き、挿管後に固定ができなくなります。この場合は再挿管をする必要があり、患者さんにとってとても危険な状況を招くことになりますので、麻酔科医は非常に慎重に取り扱っているはずです。カフよりも先端にあるごく短い部分を、マギール鉗子でしっかりつかめるかどうかは、麻酔科医のウデにかかっていると言えます。

 

マギール鉗子は扱いが難しい器械

マギール鉗子は、使用される場面が限られているため、使いこなせる人は意外に少ない器械であると筆者は考えます。

 

一般的に、使用経験があるのは麻酔科医ですが、他科の医師が使用することは、かなり頻度が低いといえるでしょう。例えば、気管内異物の摘出を行う小児科医や耳鼻咽喉科医なども、経験を積んでいる医師であれば、使いこなせるかもしれません。また、消防署に勤務する救命救急士のなかには、マギール鉗子を扱える人がいるそうですが、これも経験の差によるものが大きいと考えられます。

 

マギール鉗子を使用する場面は、まさに「ここぞ! という場面」です。他の器具と同様に、日頃のメンテナンスを怠らず、いつでも使える状態にしておくことが重要です。

 

マギール鉗子の誕生秘話

マギール鉗子を作ったのは麻酔科医のDr.マギール

マギール鉗子は、ウエスミンスター病院(イギリス;ロンドン)の麻酔科医であった、イヴァン・マギール(Ivan Whiteside Magill:以下、Dr.マギール)によって開発されたと筆者は考えています。「マギール鉗子=Dr.マギールが考案」という文献はなかなか見つからないのですが、Dr.マギールの功績の1つに、「盲目的経鼻挿管法の確立」というものがあります。これは、現在でいう経鼻挿管の原型を作ったということです。

 

Dr.マギールは、臨床麻酔科医としての偉大な能力を持ち、長年に渡って数多くの新しい麻酔器具の開発を行ってきました。そのうちの1つに「喉頭鉗子」と呼ばれる鉗子があります。これが、現在のマギール鉗子の原型ではないかと、筆者は考えています。

 

memo近代麻酔を語る上で外せないDr.マギールの偉大な功績

1920年頃、Dr.マギールは同僚である麻酔科医のDr.ローバトム(E.S Rowbotham)とともに、気管内麻酔という麻酔方法を開発しました。その後、Dr.ローバトムによって世界初の経鼻挿管が行われ、Dr.マギールはこれを論文にまとめ、1928年頃に発表し、世界的な普及に努めたといわれています。

 

他にも、Dr.マギールは喉頭鏡を改造したり、「Magillのアタッチメント」と呼ばれる呼吸用チューブ・バッグ・呼気弁を組み合わせた麻酔器の開発を行いました。この麻酔回路は、その後50年にわたり、イギリスにおける麻酔器の代表でした。また、現在の呼吸器外科手術でも行われる片肺換気という換気法は、Dr.マギールによるものだったといわれています。

 

喉頭鏡とマギール鉗子の関係

世界で初めて経鼻挿管が行われた頃、喉頭鏡そのものはすでにありました。しかし、現在挿管用として使用されている形状に近い喉頭鏡が登場するのは、Dr.マギールが盲目的経鼻挿管法を確立した年代よりも、少し後になります。

 

現在広く使用されている喉頭鏡は「マッキントッシュ型」といい、1940年代にSir Robert Macintoshが開発したもので、声門を直接見る(直視型)タイプの喉頭鏡です。これ以前の麻酔の主流はマスクによるものであり、まだまだ「確実に気管へ挿管する」という方法は、一般的ではなかったようです。そんな時代の中で、鼻からの挿管を広めたDr.マギールは、やはりスゴイ腕を持つ麻酔科医だったのかもしれません。Dr.マギールが開発した喉頭鉗子はその後、より安全かつ確実に挿管をアシストできるように改良を重ね、現在のマギール鉗子に近づいていったのではないかと考えられます。

 

マギール鉗子の特徴

サイズ

取扱いメーカーによって異なりますが、一般的に表1のように3種類程度あります。

 

表1マギール鉗子のサイズ

 

 

短(S) 18cm程度
中(M) 20cm程度
長(L) 22~24cm程度

 

基本的には、中(M)サイズを使用する場合が多いですが、患者さんの体格や咽頭・喉頭の形状などによって、短いものや長いものを使用することもあります。

 

形状

剪刀や鉗子などに似たリングハンドル付きの形状で、先端部分はのこぎりのような歯(刃)が付いたリング状の形をしています(図2)。ハンドル部分から先端までの間は、関節部を中心として彎曲しています。さらに、ハンドル部分から関節部までの間にも、彎曲している部分があります。

 

図2マギール鉗子の把持部と把持部の断面

 

マギール鉗子の把持部と把持部の断面

 

memoマギール鉗子にはラチェット部分がない

リング状の先端部分は、軽い力でもしっかりとチューブを把持できるようになっていますが、マギール鉗子にはラチェット部分がありません。これは、マギール鉗子でつかむ対象が大きくて固いため、ラチェットを使って固定すると鉗子自体が力負けしてしまい、歪んでしまう危険性があるためと考えられます。また、しっかりとつかみすぎることで、チューブ類を傷つけてしまう危険性もあります。

 

材質

現在のマギール鉗子は、他の鉗子と同様にステンレス製ですが、以前は別の材質で製造されていました。日本でも昭和30年代頃までは、ステンレス製ではなく、鉄製ニッケルクロームメッキ製のものが多かったようですので、日本に最初に輸入されたマギール鉗子は、鉄製ニッケルクロームメッキ製だったと推測されます。

 

製造工程

マギール鉗子が製造される工程は、コッヘル鉗子と同様です。素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

メーカーによって異なりますが、一般的なサイズのもので1本4,000円~6,000円程度です。

 

寿命

マギール鉗子の寿命は明確ではありません。何年間使用しているか、使用頻度はどれぐらいか、何を把持しているのか、洗浄・滅菌の過程で粗雑な扱いをしていないかなど、それぞれの要因で使用できる年数が変わってきます。

 

例えば、本来の使い方である「気管内挿管チューブの誘導」であれば、医療器械メーカーとしても、想定の範囲内となるでしょう。しかし実際は、異物除去として使用することが多い、麻酔器の近くに放置されている、挿管用具などが入ったバッグの中に詰め込まれているなど、管理状況が悪ければ比較的早い段階で使えなくなることもあります。

 

マギール鉗子の使い方

使用方法

マギール鉗子の持ち方は、他の鉗子と比べて、少し変わっています(図3)。ハンドル部分の穴には、右手の親指と、中指(または薬指)を入れます。次に、人差し指の先端で、マギール鉗子の関節部付近を支えます。これが正しい持ち方です。

 

図3マギール鉗子の持ち方

 

マギール鉗子の持ち方

 

親指、中指(または薬指)を入れ、人差し指は鉗子の交差部に添えて、鉗子の動きを固定する。

 

memo左利きの医師はマギール鉗子を扱いにくい?

現在、日本で一般的に使用されているマギール鉗子は、右手で使用するようにできています。一方、喉頭鏡は基本的に、左手で使用するようにできています。そのため、麻酔科医が左利きでも、左手に喉頭鏡、右手にマギール鉗子という組み合わせは変わりません。左利きの麻酔科にとっては、かなりの練習が必要かもしれません。

 

経鼻挿管を行う場合

気管内チューブを鼻腔からある程度進めた後、喉頭鏡を使って喉頭を開きます。気管内チューブがきちんと挿入されていれば、このタイミングで先端が見えるため、マギール鉗子を口から挿入し、気管内チューブの先端を把持します。さらに、そのままチューブを声門まで誘導します。

 

memo気管内挿管以外に使用されるケースは異物除去時

マギール鉗子が使用される他のケースとして、喉頭内の異物除去があります。例えば、コインを誤嚥した子どもが搬送されてきた際、開口器や(眠っていれば)喉頭鏡で口を開けて、マギール鉗子でコインをつかみ取る、というケースがあります。

 

類似の医療器械との使い分け

現在、マギール鉗子と類似した器械はありません。

 

禁忌

禁忌というほどではありませんが、マギール鉗子は口腔内で使用する器械のため、使用後にきちんと洗浄していれば、未滅菌でも使用できます。

 

一般的に、どの病院もマギール鉗子を多くは所有しておらず、本数に余裕があるわけではありません。そのため、毎回滅菌に出していると、マギール鉗子を使用したい時にすぐに使用できないという場面に出くわすこともあります。このような場面を避けるため、病院によっては、毎回は滅菌に出さないということがあるのかもしれません。しかし、院内感染予防の観点から考えると、使用後は洗浄と滅菌を行う方が、より安全であるといえます。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

関節部のネジに要注意

マギール鉗子は、一般的なコッヘル鉗子やペアン鉗子のように、関節部がボックス型になっていません。つまり、関節部のネジが常に見えた状態です。普段から器具のメンテナンスを行う場合は、このネジがきちんと付いているか、ゆるみはないかなどを確認しておきましょう

 

使用前はココを確認

先端のリングがスムーズに噛み合うか合わせた時に把持部の歪みはないか先端の歯が破損・摩耗していないかを確認します。

 

術中はココがポイント

麻酔科医は、マギール鉗子を使用する際、患者さんの喉頭部から目を離さずに手を出します。麻酔介助を行う看護師は、麻酔科医が盲目的に出した手に、しっかりとマギール鉗子を渡すように注意しましょう。

 

使用後はココを注意

マギール鉗子は、使い終わったからといって、看護師の手元には戻ってこないこともあります。これは、麻酔科医が、患者さんの頭の脇に、使い終わったマギール鉗子をポイッと置いてしまうことがあるためです。

 

「挿管完了」→「麻酔器接続」→「肺音確認」という一連の操作は、麻酔科医にとってもっとも気を使う場面です。器具はきちんと返して欲しいところですが、このような場合は、目視でマギール鉗子の関節部などを確認しましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄方法の手順は、下記(1)~(3)までは他の鉗子類の洗浄方法と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは他の器械セットと混同させない

マギール鉗子は、他の器械と異なり、単独で使用されることが多々あります。そのため、一般的な、開腹器械セットなどと一緒に洗浄機にかけることは、あまりありません。病院によっては、喉頭鏡のブレードと一緒に、消毒後に手洗いをするところもあります。

 

洗浄自体は、他の鉗子などと一緒に行っても問題はないのですが、洗浄後の器械整理(器械組み)などを考えると、あえて他の器械セットと混同させるのではなく、単独あるいは同時に使用した単品の器械などと一緒に、洗浄機にかけることをオススメします。

 

滅菌方法

コッヘル鉗子と同様に高圧蒸気滅菌が最も有効的です。

 

memoマギール鉗子は滅菌しない?

一般的に、マギール鉗子は喉頭鏡のブレード(翼のような形状の部分)と同じ取り扱い方法で良いため、施設によっては未滅菌で使用することもあります。しかし、院内感染予防という意味では、使用後に洗浄し、可能であれば滅菌しておくことが望ましいです。

 

 


[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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