ケリー鉗子|鉗子(6)
手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『ケリー鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。
黒須美由紀
〈目次〉
ケリー鉗子は組織剥離用の鉗子
全体的に細身の鉗子で、先端部の造りはとても繊細
ケリー鉗子とは、組織剥離用の鉗子です。
ケリー鉗子は、止血や組織把持のためにも使用しますが、組織剥離に使用されることが多い鉗子です。ケリー鉗子は、ペアン鉗子に比べて全体的に細身です。細くなることで「しなり(たわみ)」が生じるため、適度な弾力性とやさしい把持力が備わっています。
ケリー鉗子の先端は、同じ大きさのペアン鉗子と比べて、かなり細くなっています。一般的なケリー鉗子の先端の細さは、曲型の長ペアン鉗子の2/3程度ですが、さらに細い「極細ケリー」と呼ばれる種類のものもあります。
また、把持した組織の挫滅(圧力により組織が破壊されること)を防ぐため、把持部には縦溝が付いているものもあります。医療器械メーカーによっては、鉗子を閉じた状態でも違いが見分けられるよう、「縦溝があるものは先端部が金色」というように、色分けしていることもあります。
memoケリー鉗子とペアン鉗子は先端部で区別する(図1)
一般的に、同じような長さでも、先端部がより細くきゃしゃな作りになっている(精巧に作られている)ものがケリー鉗子と覚えましょう。ドクターの中には、ケリー鉗子のことを「女性的」と表現する方もいます。
図1ケリー鉗子とペアン鉗子の違い
繊細な組織や深部の組織を剥離する際に使用する
ケリー鉗子は、外科手術をはじめ、婦人科、泌尿器科、呼吸器外科など、主に開腹手術や開胸手術を行う診療科の手術で使用されます。主な使用用途は、比較的深い部位での組織剥離などです。
ケリー鉗子の長さや彎曲(わんきょく)具合は、操作部位の深さや形状に合わせて使い分けられています。長いペアン鉗子でも深部の組織剥離は可能ですが、ケリー鉗子の方が把持部先端の形状が細身なため、血管のすぐ横の薄い膜を剥離するというような繊細な作業は、ケリー鉗子の方が適しています。
また、結紮用の糸を通す際にも、ケリー鉗子は使用されます。彎曲した先端部を血管の下に通して、糸を挟んだ後、ケリー鉗子を引き抜くと血管の下に糸が通り、結紮することができます。
memoメーカーによって形状は少しずつ異なる
ケリー鉗子の先端部のカーブの角度が3段階あるというのは、どのメーカーでもおおよそ共通していることですが、鉗子全体の長さや先端部の細さは異なることがあります。また、ラチェット部分の硬さや全体のしなり具合もメーカーによって異なります。
呼び方・形状が多種多様なケリー鉗子
ケリー鉗子は、比較的、新しく登場した鉗子です。そのため、メーカーによってはさまざまな呼び方や形状があります(表1)。
表1ケリー鉗子の呼び方と形状・長さ
呼び方 | 形状 |
---|---|
ケリー鉗子 | 弱彎、中彎、強彎、アングル型など各種 |
鋸歯型ケリー鉗子(メーカーによっては「ドベーキー」とも呼ぶ) | 縦溝付き |
ケリー直型鉗子 | カーブなし |
ケリー有鈎鉗子 | 細長いコッヘル鉗子のような形状 |
ケリーライトアングル鉗子 | カーブから先端部までの長さが短い |
呼び方 | 長さ |
小児用ケリー鉗子(モスキートケリー鉗子) | 18cm程度 |
特長ケリー鉗子 | 24cm程度 |
また、メーカーによる製品の違いやドクターの好みによって、病院で使用されているケリー鉗子は変わってきます。
例えば、同じように「ケリー鉗子」と呼ばれるものでも、しなり具合の違いなどによって、消化器外科の手術と呼吸器外科の開胸手術では、形状が少し異なるものを使用することがあります。また、脳神経外科の手術で、マイクロ(顕微鏡)が入らないごく浅い部位(皮下や、硬膜の周囲など)に使用する場合は、主に消化器外科で使用されている「小児用ケリー鉗子」を使用することもあります。
memoケリー鉗子はいつでも2本セット
通常、器械盤の上には、コッヘル鉗子やペアン鉗子は5本や10本単位で置いてありますが、ケリー鉗子は1ペア(2本)しか無いことが多いです。しかし、実際に使用する場合には、ペアで使用するシーンが多くみられます。1本目で、剥離しようとする組織を把持しながら、もう1本で剥離(膜に穴を開ける)などの操作をします。
万が一、手術中にケリー鉗子の1本が使用できなくなった場合には、すぐに新しいケリー鉗子を用意する必要があります。しかし、ケリー鉗子は、基本的に2本1組で滅菌していることが多いため、予備として滅菌されているもう1ペア(2本)のケリー鉗子を器械盤に出すことになります。
ケリー鉗子の誕生秘話
いつ、何のために開発されたのか不明
「ケリー鉗子がいつ誕生したのか?」「誰が何のために開発したのか?」実は、これらに対する明確な記録は残っていません。例えば、「Dr.コッヘルが考案したコッヘル鉗子」や「Dr.ペアンが考案したペアン鉗子」などは記録として残っていますが、ケリー鉗子については逸話として残っている話がありません。
しかし、ケリー鉗子の誕生のルーツを探すいくつかのヒントはあります。
ケリー鉗子はメーカーによって形も大きさも異なることが多い
コッヘル鉗子やペアン鉗子は、どのメーカーの製品でも、おおよその形や大きさはよく似ています。仮に違うメーカーの製品が同じ器械セットの中に組み込まれていても、その違いに気付かない場合もあるくらいです。
しかし、ケリー鉗子は違います。例えば、カタログ上はよく似た器械でも、メーカーによって「ケリー止血鉗子」と「ケリー剥離鉗子」のように呼び方が変わることがあります。また、ケリー鉗子をよく見てみると、メーカーによって把持部の溝が、横溝のものと縦溝のものがあったり、形や大きさも少しずつ異なります。例え、ケリー鉗子と呼んでいても、異なるメーカーの製品では手術中にペアとして使うことができないので注意してください。
ケリー鉗子以外にも、「ケリー」と名前の付く手術器械が存在する
「ケリー」と名前の付く手術器械は、開創器(切開創を大きく開いたままにしておく器械)のブレードや、開腹鈎にもあります。最近では、内視鏡用の鉗子の中にも、「ケリー」と名前が付くものがあるようです。
医学の幅広い領域で活躍したDr.ケリー
1800年代後半のアメリカに、Dr.ケリー(Howard Atwood Kelly)という外科医がいました。当時は、現在のように診療科が細かく分かれていなかったため、Dr.ケリーは外科だけではなく、産婦人科にも精通した医師だったようです。
現存する「ケリー」と名前の付く器械が、すべてDr.ケリーが開発したものだったとすれば、偉大な功績を遺した外科医だったと推測できます。
memoケリー鉗子が日本にきたのは昭和中期
ケリー鉗子が日本にきた正確な年は判明していませんが、ケリー鉗子は、少なくとも1960年頃には医師によって好みが分かれるほど普及した器械だったようです。この少し前(1950年頃)には、日本で初めて胃カメラが開発され、胃がんの早期発見ができるようになりました。
これらの事実を合わせて考えると、この頃から、日本でも開腹による胃がん手術が数多く行われるようになったと想像できます。ケリー鉗子が日本に入ってきたのは、この時代だったのかもしれません。
ケリー鉗子の特徴
サイズ
メーカーによって異なってきますが、最も一般的なサイズは20~22cm程度です。これよりも大きなもの(24cm以上)は、手術室では「長ケリー」と呼ばれることがあります。逆に、これよりも小さなもの(15~18cm程度)は「小児用ケリー」と呼ばれたり、メーカーによっては「◯◯cmのケリー」「◯◯cmのモスキート」と呼ぶこともあります。
なお、名称は「小児用」ですが、術野が比較的浅く、より繊細な操作が必要な時には、成人の手術でも使用されます。
形状
先端部(把持部)の形状は、一般的に、「弱彎」「中彎」「強彎」の3段階があります。中彎の場合、カーブの位置から先端までは、およそ1cm程度です(図2)。
図2ケリー鉗子の先端部の形状
また、使用頻度は少なくなりますが、メーカーによっては、「直(カーブなし)」「直角(ほぼ90°に直線的に曲がっている)」「角彎(角度は浅いが、カーブではなく直線的に曲がっている)」などもあります。
把持部の内側にある溝は、横溝のものが一般的ですが、特殊性のあるものとして、縦溝(鋸歯〈きょし〉とも呼ばれます)のものもあります。
memo細身で長いケリー鉗子
ケリー鉗子の先端は、同じ長さの曲型長ペアン鉗子と比較すると、より細く、より薄くできています。指を入れる穴の部分から関節部までの距離は、関節部から先端までの距離の約2倍強の長さがありますが、メーカーによっては、この差がさらに大きなものや、逆に差が小さいものがあります。
材質
現在のケリー鉗子はステンレス製です。メーカーによっては、より硬度が高い13crステンレスを使っていますが、若干錆びやすいため、取扱いには注意が必要です。ステンレス製になる以前は、鉄製ニッケルクロームメッキ製のものが多かったようです。
製造工程
ケリー鉗子が製造される工程は、コッヘル鉗子と同様です。素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。
価格
一般的なサイズのもので1本3,000円~8,000円程度です。
しかし、メーカーによっては、改良された特殊形状のものは数万円のものもありますし、チタンコーティングなどが施されている場合は、10万円近くになるものもあります。
寿命
ケリー鉗子の寿命は、明確には決まっていません。使用年数だけではなく、使用頻度や、使い方によって変わってきます。
ケリー鉗子は、コッヘル鉗子やペアン鉗子などと比較すると、先端がとても繊細です。そのため、他の鉗子に比べて、手術中のドクターの使い方はもちろん、器械盤の上での看護師の取り扱い、洗浄・滅菌の過程など、大きな影響を受けやすくなっています。
ケリー鉗子の使い方
使用方法
スリムな形状と、多様な彎曲の形状を利用した使用方法があります。いずれも、操作部位の深度に合わせた長さのものを使用します。
剥離を行う場合
薄い膜の奥にある血管を露出させる際には、その薄い膜を剥離する必要があります(図3)。このような場合、まずは血管に沿って両脇に穴をあけます。この際、ケリー鉗子の先端は、血管に沿って下向きに滑らせるようにしながら、より深い位置まで入れていきます。
図3ケリー鉗子の使用例(膜の剥離)
また、臓器同士が癒着している部分の剥離にも、ケリー鉗子が使われます。例えば、腸管同士が癒着している場合、腸管に穴をあけないように、腸管と腸管の境目にケリー鉗子を入れて、ゆっくりと押し進めます。この時、ドクターは細心の注意を払いながら操作しているため、間違ってもドクターの腕に触れたりしてはいけません。ドクターの手元が狂い、血管や周囲の組織を傷つけることにつながります。
memoドクターが行う剥離の手順
ドクターは、「先端を閉じた状態で奥に進める」→「先端を開くように動かす」→「組織が離れる(あるいは穴があく)」の順番で剥離操作を行います。
糸通しを行う場合
血管を結紮する際、血管の下にケリー鉗子を通し、あらかじめ直型のペアン鉗子で挟んで持っている糸をつかみます(図4)。そのままケリー鉗子を引き抜くと血管の下に糸が通るため、その糸を縛り、血管を結紮します。血管テーピングも同様の手順で行います。
図4ケリー鉗子の使用例(糸通し)
類似の医療器械との使い分け
ケリー鉗子以外にも、先端部の曲がったペアン鉗子やモスキート鉗子が、剥離操作などで使用されます。操作を行う部位の深さによってそれぞれ器械を使い分けますが、同じような深さでも、血管の周辺で使用したり、把持する組織の硬さの違いなど、操作する状況によって使い分けられます(図5)。
図5操作部位の深さと操作に適した鉗子
禁忌・使い方の注意点
禁忌というほどではありませんが、ケリー鉗子は、より繊細な操作が必要な組織に対して使用することが多いため、操作している周辺の組織を傷つけないよう、先端は「鈍」なもの(より尖っていないもの)を使用しましょう。不用意に「鋭」に近いもの(より尖っているもの)を術野へ出してはいけません。
また、ケリー鉗子がドクター(術野)の元から手元に戻ってくる時は、必ず、手渡してもらうようにしましょう。手渡しではなく、器械盤などの上に鉗子を乱暴に置かれると、先端部分の歪みや、咬みあわせのズレを起こすことがあるためです。
ナースへのワンポイントアドバイス
先端の彎曲具合の違いを覚えておこう
ケリー鉗子は、先端のカーブの角度で「弱彎」「中彎」「強彎」に分かれます(図2)。
一般的に、「ケリー鉗子」とだけ言われた場合は、「中彎」を指していることが多いですが、ドクターの好みによって変わるため、必ず確認しましょう。また、メーカーによっては呼び名が違うこともあるため、所属の手術室で何と呼ばれているかを、きちんと確認しておきましょう。
使用前はココを確認
先端の咬み合わせが歪んでいないか、正面から見た時にきちんと咬み合っているか(隙間がないか)を確認しましょう。
術中はココがポイント
ドクターに手渡すときは、ラチェット部分を1つだけ閉じた状態で手渡しましょう。こうするとドクターがすぐに使用できるので、とても親切な手渡し方です。その際、ドクターが器械を確認できるように、「ケリー鉗子です」と、声を出して手渡しましょう。場合によっては、「弱彎です」「小児用です」などと言ってもOKです。
使用後は歪み・破損に注意
ドクター(術野)からケリー鉗子が戻ってきたときは、咬み合わせが歪んでいないか、先端などに破損がないか、咬み合わせに隙間がないか、などを念入りに確認してください。咬み合わせが歪んでいると、もう使用できません。破損がある場合は、ドクターにも術野を確認してもらう必要があります。
「先生、ケリーの先端が破損しているようですが、術野に落ちていませんか?」などのように、必ず執刀医に、はっきりと伝えましょう。もし、若い助手のドクターにこっそり伝えたとしても、起こっている出来事の重要性をわかってもらえない可能性があるので注意してください。
手元に戻ってきたケリー鉗子に、特に問題が無ければ、またすぐに使用できるように生理食塩水を含んだガーゼなどを使って、血液などの付着物を落としておきましょう。
片付け時はココを注意
洗浄方法
洗浄方法の手順は、下記(1)~(3)までは他の鉗子類の洗浄方法と同じです。
(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく
(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは配置に注意
ケリー鉗子は、他の鉗子に比べて長いため、ケリー鉗子を開いた状態で洗浄用のケースに並べる場合は、先端が他の器械にぶつからないように、配置に注意しましょう(図6)。
図6洗浄用ケースに並べる方法
滅菌方法
コッヘル鉗子と同様に高圧蒸気滅菌が最も有効的です。
[参考文献]
- (1)高砂医科工業株式会社 止血剥離鉗子(カタログ).
- (2)高砂医科工業株式会社 高砂鉗子(添付文書).
- (3)ミズホ株式会社 手術器械カタログ.
- (4)三立医科工業株式会社 サンリツ鋸歯型ケリー鉗子・鋸歯型鉗子強弯(カタログ).
- (5)C.J.S.トンプソン(著), 川端富裕手(訳). 手術器械の歴史. 東京: 時空出版; 2011.
- (6)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室(編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
- (7)南山堂医学大辞典 第20版. 南山堂; 東京: 2015.
[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
元 総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験
Illustration:田中博志
Photo:kuma*
協力:高砂医科工業株式会社