ブルドッグ鉗子|鉗子(7)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『ブルドッグ鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

ブルドッグ鉗子は一時的に血流を止めるための鉗子

血流を止めておくブルドッグ鉗子

ブルドッグ鉗子は、血管を挟んで一時的に血流を止めておくための鉗子です。

 

結紮や止血だけの用途であれば、圧挫を目的とした他の鉗子(コッヘル鉗子やペアン鉗子など)を使用すれば良いですが、一時的な止血の場合には、ブルドッグ鉗子が必要になります。これは、止血後、挟んだところを開放して、血流を再開させる必要があるからです。

 

血管を把持する鉗子は他にもありますが、細い血管を、しっかり、かつやさしく挟んでおく用途には、ブルドッグ鉗子がよく使われます

 

ブルドッグ鉗子を使用する場面

ブルドッグ鉗子は、血管吻合時など、後から血流を再開させたい血管に対して使用されます。

 

例えば、人工透析で必要となる内シャントの造設時などです。吻合予定箇所の両サイド(計4ヵ所)にブルドッグ鉗子をかけ、血流を止めている間に吻合を行います。

 

memoいくつかの種類があるブルドッグ鉗子

ブルドッグ鉗子は一般的に、大・小、直・曲の4種類があります(図1)。使用する際は、使用する場所に合ったサイズや形のものを使いましょう。

 

図1さまざまな種類のブルドッグ鉗子

 

さまざまな種類のブルドッグ鉗子

 

上から曲型(大)、直型(大)、曲型(小)、直型(小)のブルドッグ鉗子です。

 

ブルドッグ鉗子の誕生秘話

ブルドッグ鉗子は他の鉗子よりも以前に開発されていた

ブルドッグ鉗子は、とても古くから使用されている器械です。手術器械の歴史を記す書籍の中では、「1845年に開発された」という記述があります。コッヘル鉗子(1905年)やペアン鉗子(1870年頃)、モスキート鉗子(1899年頃)よりも、はるか昔に開発されています

 

当時のブルドッグ鉗子は、操作する頭の部分が現在のものよりも幅広く、窓が空いた形だったようです。また、先端(血管を挟む部分)の溝は当時からあったようですが、先端部は曲がりが強い形をしていました。

 

ブルドッグ鉗子はベルリンの外科医が開発した?

一般的に、鉗子の形状は大きく2種類に分かれます。それは、鉗子を最大まで開いた時にX型になるタイプ(コッヘルやペアンなどのような形状になるもの)と、鉗子全体が8の字型に交差するタイプです。このうち、ブルドッグ鉗子は8の字型に交差するタイプにあたります。

 

この鉗子をなぜ「ブルドッグ鉗子」と呼ぶようになったのかは、正確にはわかりませんが、8の字型の鉗子を初めて考案したのは、ベルリンの外科医 J.F.ディーフェンバッハ(以下、Dr.ディーフェンバッハ)だという説があります。書籍『手術器械の歴史』によると、1800年代後半ごろのブルドッグ鉗子はバネなしのタイプであり、図2Aと似た形状をしていました。

 

図22種類のブルドッグ鉗子

 

2種類のブルドッグ鉗子

 

A:バネなしのタイプ(ブルドッグ鉗子ディーフェンバッハ型と称されることがある)
B:バネありのタイプ

 

現在、ブルドッグ鉗子は血流を遮断するという用途で使用されていますが、ブルドッグ鉗子には「バネがあるもの(洗濯バサミのような形:図2B)」と、「バネがないもの」の2種類があります。メーカーによっては、バネがないブルドッグ鉗子を、8の字型の鉗子を考案したといわれているDr.ディーフェンバッハの名前から、「ブルドッグ鉗子ディーフェンバッハ型」という名称で取り扱っているところもあります(図2A)。

 

memo鑷子も鉗子と呼ばれていた

現在では、鑷子と鉗子は違う種類のものとして扱われていますが、19世紀後半頃は、現在の鑷子のことを「Λ(ラムダ)型鉗子」と呼んでいたようです。

 

ブルドッグ鉗子の特徴

サイズ

取り扱いメーカーによって異なりますが、一般的なサイズは5cm~5.5cmです。これより小さなサイズで3.5cm程度、大きなもので7cm程度のものもあります。特定の診療科では、さらに小さな2.5cm程度のもの、場合によってはさらに小さなものを使用することもあります。

 

形状

全体の形状は洗濯バサミのようにバネを利用した構造で、直接手を使って操作します。先端部の形状は、真っ直ぐな「直型」と、彎曲した「曲型(反型)」があります。メーカーによっては、曲型の彎曲には弱彎や強彎といった数種類をラインナップしているものあります。

 

先端部の内側(血管に触れるところ)は、組織を傷つけないように、緩衝のための細かい溝があります図3)。

 

図3ブルドッグ鉗子の先端部

 

ブルドッグ鉗子の先端部

 

材質

一般的に、ブルドック鉗子は金属製でステンレス製です。メーカーによっては、より硬度が高い13Crステンレスを使っていますが、若干錆びやすい性質があります。

 

また、メーカーによっては、プラスチック製のものを出しているところもあります。プラスチック製はステンレス製のものに比べ、小さく軽量であるため、扱いやすくなっているようです。専用の金属性の鉗子を使ってプラスチック製のブルドッグ鉗子を把持して使用します。スプリングの圧力が違うなど、いくつかの種類があるようです。なお、プラスチック製のものはディスポーザブル(使い捨て)です。

 

製造工程

多くの鋼製小物と同じように、素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

プラスチック製のものも、必要なパーツを作り出して、組み立てて製品にします。パーツの作り方には、①金型を作って樹脂を流し込み、パーツを作って組み立てる方法があります。ただし、ロット数が少ない場合は②3Dプリンターなどで成形する、③ある程度のプラスチックの塊からパーツを削り出すという方法があるようです。

 

価格

金属製の一般的なサイズのもので、10,000円~25,000円程度です。プラスチック製のものの価格は、一般には公開されていないようです。

 

寿命

ブルドッグ鉗子の場合、操作する部分に「バネ」が付いていますが、使用後の洗浄などの処理や扱い方によっては、この「バネ」が歪んでしまうことがあります。わずかな歪みであれば、使用に差し支えない場合もありますが、実際に使用する際には、医師に確認することが必要となります。一度「使用不可」といわれた場合は、そのブルドッグ鉗子はその後も使用できなくなると考えて良いでしょう。

 

また、プラスチック製のものは、ディスポーザブルのため、1回限りの使用になります。

 

ブルドッグ鉗子の使い方

使用方法

ブルドッグ鉗子は、血管吻合時、血流の遮断に使用されます。血流を遮断したい箇所の両側をブルドッグ鉗子で挟み、一時的に血流を止めます(図4)。その間に吻合を行い、吻合が完成した後、ブルドッグ鉗子を外します。

 

図4ブルドッグ鉗子の使用例

 

ブルドッグ鉗子の使用例

 

血管の吻合を行う際、吻合する血管の血流を一時的に遮断するために、ブルドッグ鉗子を使用します。
吻合する血管を周囲組織から剥離し、1本の血管に対して2本のブルドッグ鉗子で血流を遮断します。
吻合終了後、ブルドッグ鉗子を外すと、血流が再開します。

 

memo吻合のやり方

吻合には、図5のようにいくつかの形があります。これは、血管同士でも腸管同士でも同じです。図4で行われた吻合は、側々吻合にあたります。

 

図5吻合方法

 

吻合方法

 

類似器械との使い分け

ブルドッグ鉗子と外観が似ている器械はありませんが、血管を挟む目的で使う鉗子は他にもたくさんあります。そのような器械とブルドッグ鉗子との大きな違いは、後から遮断を開放し、血流を再開させることができるかどうかという点です。止血後、また元のように血流を再開させるためには、血管を傷つけて挫滅させてはいけません。しかし挟んでいる間は、確実に血流を遮断しておかなければなりません。

 

狭い術野で使用されることの多いブルドッグ鉗子は、「挟む」と「外す」の2つの操作しかありませんが、血管に触れる面に施された溝により、より安全な操作(使用効果)を可能にしています。

 

禁忌

禁忌というほどでもありませんが、ブルドッグ鉗子は血流を一時的に遮断しておくための鉗子ですので、目的以外の硬い組織などを把持しておくことには向きません。血管を挟む(止血する)以外の目的で使用すると、破損の原因となりますので止めましょう。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

小さいからこその注意点

ブルドッグ鉗子はとても小さな器械です。使用する場面は限られていますし、使用時間も比較的短い鉗子だといえます。しかし、使用目的から考えると、他のものでの代用が難しい器械のため、器械盤の上や術野などで、行方不明になってしまっては大変です。場合によっては、術野の中に埋もれてしまうこともあるので、「失くさない工夫」が必要な器械だといえます。

 

使用前はココを確認

術野からブルドッグ鉗子が手元に戻ってきたら、使用前と同じように、噛み合わせやバネの調子を確認しましょう。不具合があれば、そのブルドッグ鉗子は使用しません。

 

ブルドッグ鉗子にとって一番大切なことは、血管を傷つけずに血流を止めることです。そのため、噛み合わせや先端部の溝の不具合は血管の挫滅につながりますので、特に注意が必要です。

 

術中はココがポイント

他の鉗子類と同じように、器械盤の上に並べておくと、行方がわからなくなってしまいます。それを避けるためには、器械盤の上にあるシャーレやカップなど、わかりやすい入れ物に入れておくと良いでしょう。

 

また、先端の咬み合わせや、バネの歪み具合などは、器械を拡げた時に1回、使用する直前に1回、使用中は適宜など、数回にわたって確認しておく必要があります。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄方法の手順は、下記(1)~(3)までは、基本的には他の鉗子類の洗浄方法と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う

 

memoブルドッグ鉗子の器械カウントは慎重に

ブルドッグ鉗子は他の鉗子類に比べて、表層に近い部位で使用されることの多い器械です。施設によっては、器械カウントの対象になっていないところもあるようです。また、手術途中で、ブルドッグ鉗子を追加で出して使用することもあるため、器械カウントから漏れてしまうこともあります。実際に、術野に置き忘れてしまうという事例も報告されています。

 

どのような器械であっても、必ず器械カウントを行い、使用前、使用後は、ネジやバネなど、構造上の欠損が無いことを確認しましょう。

 

(2)洗浄前には先端部に付着した血液などの付着物を落とす

他の鋼製小物と同様、洗浄前には必ず、血液などの付着物を落としておきます。ブルドッグ鉗子はサイズが小さく、開いたままにしておくことが難しい鉗子ですので、洗浄機にそのままかけても、なかなかキレイにはなりません。手洗いでしっかりと汚れを落としておくようにします。

 

(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

 

(4)基本的に、洗浄は手洗いで

ブルドッグ鉗子は、先端部分を開いたままにしておくことができないので、先端部分の隙間まで洗浄水が入るとは限りません。先端の間に小さなガーゼを挟んでおく施設もあるようですが、基本的には、手洗いで優しく洗浄することが、ブルドッグ鉗子の寿命を長持ちさせる秘訣にもなります。

 

なお、ブルドッグ鉗子は、とても小さい鉗子ですので、他の鉗子類と一緒に洗浄用ケース(カゴ)に並べておくと、洗浄機から出る洗浄水の勢いで、ケースの外に飛び出してしまうことがあります。そのため、施設によっては蓋付きの小さな洗浄用ケース(カゴ)に入れるなどの工夫をしているところもあります。

 

滅菌方法

コッヘル鉗子と同様に高圧蒸気滅菌が最も有効的です。なお、滅菌完了直後は非常に高温になっているので、ヤケドには十分注意しましょう。

 

 


[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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