モスキート鉗子|鉗子(4)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『モスキート鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

モスキート鉗子は外科用の小さい鉗子

モスキート鉗子は小さな手術用鉗子

モスキート鉗子とは、小さな外科手術用の鉗子です。

 

モスキート鉗子の「モスキート」は蚊を意味し、「小さい」「軽い」という意味で使われています。モスキート鉗子は、コッヘル鉗子やペアン鉗子のような鉗子固有の名前というよりは、サイズの小さい鉗子の総称のようなイメージで、メーカーによっては「モスキートコッヘル」「モスキートペアン」のように呼ばれることもあります。

 

memoモスキート鉗子の把持部の形状は4種類

モスキート鉗子は、先端部の鈎の有無と、彎曲の有無の組み合わせによって、4種類に分けられます図1)。

 

図1モスキート鉗子の把持部

 

モスキート鉗子の把持部

 

①無鈎直型(モスキート直ペアン)、②無鈎曲型(モスキート曲ペアン)、③有鈎直型(モスキート直コッヘル)、④有鈎曲型(モスキート曲コッヘル)

 

モスキート鉗子は小さな手術用鉗子

モスキート鉗子は、外科をはじめ、整形外科や形成外科など、さまざまな診療科の手術で使用されます。

 

主な使用用途は、コッヘル鉗子やペアン鉗子の用途と同様に、鈎の有無による特徴を活かして止血することです。基本的に、有鈎の鉗子は硬い組織に、無鈎の鉗子は柔らかい組織に対して使用されます。ただし、モスキート鉗子は全長が短いため、止血用途であれば、小児の手術や術野が小さい手の手術など、比較的皮膚の表層に近く、かつ手術操作に繊細さを必要とする形成手術で使用されることが多いです。

 

また、直型ペアン鉗子のように、直型モスキート鉗子は、結紮用の糸の片方の端を把持することがあります。さらに、腸管や血管同士を吻合する場合など、腸管(あるいは血管)にかけた針糸が抜けないように、把持しておくこともあります。

 

モスキート鉗子は、より浅く、より繊細な部位に対して使用されることが多い器械です。

 

モスキートよりさらに小さい「ベビー」と「マイクロ」

手術用器械のサイズと名前には、表1のような関連性があります。

 

表1手術用器械のサイズと名前の関係

 

 

サイズ 名前
より小さいもの ベビー
顕微鏡(マイクロ)下の手術のときに使用するもの、あるいは「ベビー」よりも全体的にサイズが小さく、先端部分がより細くて小さいもの マイクロ

 

例えば、モスキート鉗子の場合、通常のものに比べ、さらに小さい「ベビーモスキート鉗子」や、ベビーモスキート鉗子より、さらに小さく繊細な「マイクロモスキート鉗子」があります(図2)。

 

図2モスキート鉗子、ベビーモスキート鉗子、マイクロモスキート鉗子の違い

 

モスキート鉗子、ベビーモスキート鉗子、マイクロモスキート鉗子の違い

 

基本的には、15cm程度のものをペアン鉗子と呼び、12cm程度のものをモスキート鉗子それより小さいものを「ベビーモスキート」や「マイクロモスキート」などと呼びます。ただし、明確な定義があるわけではなく、医療器械メーカーによっては、サイズで分ける場合もありますし、先端部分の細さや溝の有無などで、呼び分けている場合もあるようです。

 

また、大きさの違いだけでなく、形状も直型と曲型の2種類があり、鈎の有無もあるため、モスキート鉗子のバリエーションは多種多様です。

 

memoモスキート鉗子はコッヘル鉗子やペアン鉗子が小さくなったもの

コッヘル鉗子(直型、曲型)、ペアン鉗子(直型、曲型)を小さくしたものが、モスキート鉗子と思って良いでしょう。とりあえず、モスキート鉗子の基本的な4種類の形状は覚えておきましょう。

 

モスキート鉗子の誕生秘話

より小さな鉗子が必要なため開発された

モスキート鉗子は、1899年頃に開発されたと言われています。

 

モスキート鉗子は、コッヘル鉗子やペアン鉗子を小さくした形状のものですが、モスキート鉗子が開発された時期は、ペアン鉗子が開発されてから20年後で、コッヘル鉗子が開発される5年ほど前であると考えられています。つまり、現在のようなペアン鉗子が開発された後、より小さな鉗子としてモスキートペアン鉗子が開発されたと推測できます。

 

この時はまだ「モスキートペアン鉗子だけ」だったのかもしれません。その後、コッヘル鉗子が開発され、「コッヘル鉗子にも小さなものが必要だ」と考えられ、現在のモスキートコッヘル鉗子ができたのではないか、と筆者は考えています。

 

モスキート鉗子は用途に応じて種類が増えていった

現在、「モスキート」と名前の付く鉗子はとても多く存在しています。メーカーによっては、10種類以上取り扱っていることもあります。

 

コッヘル鉗子やペアン鉗子が開発された当時と比較すると、現在は手術を行う科や術式が非常に増えているので、モスキート鉗子は用途に応じて少しずつ種類が増えてきた器械とも考えられます。

 

2名の医師が開発者候補

モスキート鉗子を開発した人物については、さまざまな説がありますが、明確にはわかりません。

 

モスキート鉗子は、別名「ハルステッド止血鉗子」と呼ばれることもあります。これは、1880年代後半頃に活躍したアメリカの外科医、ウイリアムハルステッド(William Stewart Halsted:以下、Dr.ハルステッド)のことだと推測できます。このことから、Dr.ハルステッドが、乳癌手術でモスキート鉗子を使用していたのかもしれません。

 

また、メーカーによっては、モスキート鉗子を「モスキート氏止血鉗子」と呼ぶことがあります。このことから、モスキート鉗子は、Dr.モスキートが開発したと考えることもできます。しかし、外科学が大きな発展を遂げ、さまざまな医療器械が開発された19世紀後半から20世紀初めにかけて、「Dr.モスキートという外科医が存在した」ことを示す文献は、今のところ筆者は目にしておりません。

 

結局のところ、いつ、誰が、どのような目的で開発したのかは、今のところ謎のままですが、モスキート鉗子が誕生してからすでに100年以上が経過している現在でも、さまざまなタイプのモスキート鉗子が使われているわけですから、外科手術にとって重要な手術器械であることは、間違いなさそうです。

 

江戸時代に華岡青洲が使用していた

日本の医学の発展に欠かせない人物に、華岡青洲という外科医がいます。1760年生まれ、江戸時代に活躍しました。華岡青洲が活躍した時代は、コッヘル鉗子やペアン鉗子が開発されるよりもずっと前で、日本が鎖国だった時代です。

 

華岡青洲が使用していた手術器械の多くには、現在の鉗子にはあるラチェットが付いていません。しかし、ペアン鉗子よりもやや小さく、モスキート鉗子程度の大きさのものがありました図3)。この当時の日本人は、欧米人よりも体格が小さく、手の大きさも小さかったわけですから、欧米で使用されているものよりも、さらに小さい鉗子は日本人には必要とされていたのかもしれません。

 

華岡青洲が使っていた手術機器は、現在、一般財団法人 日本医科器械資料保存協会が運営している印西市立印旛医科器械歴史資料館でも確認することができます。

 

図3華岡青洲が使用していた鉗子

 

華岡青洲が使用していた鉗子

 

左:直型鉗子、右:曲型鉗子。
(印西市立印旛医科器械歴史資料館にて撮影)

 

memo華岡青洲は、世界で初めて全身麻酔による手術を行った

華岡青洲は、現在の漢方学とオランダ医学(蘭学)を学び、その後、麻酔の研究を行いました。華岡青洲が作った麻酔薬は、漢方薬の1つであるチョウセンアサガオを主成分とした「麻沸散(まふつさん)」でした。これができあがるまでには、華岡青洲の妻や母など、多くのボランティアが協力したと言われています。

 

1804年(文化元年)10月、華岡青洲は、60歳の患者に全身麻酔による乳癌手術に挑みました。本来であれば、これが「世界初の全身麻酔による手術」でしたが、当時、日本は鎖国中だったこともあり、この功績が世界に届くことはありませんでした。近年になり、やっとその功績が世界でも認められました。

 

モスキート鉗子の特徴

サイズ

取扱いメーカーによって異なりますが、最も一般的なサイズは10~11cm程度です。これよりも小さいものは、ベビーモスキート鉗子やマイクロモスキート鉗子と呼ばれます。

 

しかし、医療機器メーカーによっては、12~16cm程度のモスキート鉗子を製造していることがあります。この場合、一般的なコッヘル鉗子やペアン鉗子、より繊細なケリー鉗子などとの区別がつきにくくなります。モスキート鉗子と他の鉗子との簡単な見分け方のポイントは表2です。

 

表2各種鉗子の特徴

 

 

種類 特徴
コッヘル鉗子、ペアン鉗子 把持部の先端が太目で、先端部の横フチに角が残っているもの
モスキート鉗子 コッヘル鉗子とペアン鉗子が小さくなったもの
ケリー鉗子 把持部の溝のある部分が長く、先端部の横フチが丸みを帯びているもの

 

形状

先端部(把持部)の形状は、真っ直ぐな「直型」と、彎曲した「曲型(反型)」があります。 また、それぞれに有鈎、無鈎があります。

 

材質

現在のモスキート鉗子はステンレス製(メーカーによっては、より硬度が高い13crステンレスを使っています。しかし、若干錆びやすい性質がありますので、取扱いには注意が必要)ですが、ステンレスが発明されたのは20世紀になってからです。

 

モスキート鉗子が開発されたといわれる1880年代後半は、違う材質(恐らく、鉄を含んだ合金)で製造されていました。日本でも昭和30年代頃までは、ステンレス製ではなく、鉄製ニッケルクロームメッキ製のものが多かったようです。

 

また、華岡青洲が活躍していた頃は、「踏鞴(たたら)製鉄」と呼ばれる鉄を加工する技術が発展していたため、当時の日本でモスキート鉗子が作られていたとすれば、鉄製のものだったと考えられます。

 

製造工程

モスキート鉗子が製造される工程は、コッヘル鉗子と同様です。素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

メーカーによって異なりますが、一般的なサイズのもので1本3,000円~5,000円程度です。サイズは小さいですが、コッヘル鉗子やペアン鉗子よりも少し高めになります。

 

寿命

モスキート鉗子の寿命は、決まっていません。何年間使用しているかよりも、使用頻度はどうなのか、何を把持しているのか、洗浄・滅菌の過程などで粗雑な扱いをしていないかなど、さまざまな要因で使用できる年数が変わってきます。

 

特に、ベビーモスキートやマイクロモスキートのように小さなモスキート鉗子は、全体的に繊細な作りになっているため、粗雑な扱い方をすると、数回程度で使用できなくなる可能性があります。

 

モスキート鉗子の使い方

使用方法

基本的には、コッヘル鉗子やペアン鉗子と同様の使い方をします(図4図5表3)。また、曲型のモスキート鉗子は、一般的なペアン鉗子だけではなく、ケリー鉗子とも似た使い方をすることもあります。

 

図4モスキート鉗子の使用例(腸管吻合の際の糸把持)

 

モスキート鉗子の使用例(腸管吻合の際の糸把持)

 

腸管同士を吻合する時、それぞれの腸管に針糸をかけますが、この糸が抜けないようにモスキート鉗子で把持しておきます。

 

図5モスキート鉗子の使用例(静脈周囲の剥離)

 

モスキート鉗子の使用例(静脈周囲の剥離)

 

皮膚に近いごく浅い血管の剥離を行うときは、血管(静脈)とその周囲の組織を剥離します。剥離した静脈を鉗子で把持しないと、切離時に静脈が縮んで中に入ってしまうため、必ず鉗子で把持します。

 

表3先端の形状別の使用用途

 

 

先端部の形状 使用用途
直型有鈎 直型コッヘル鉗子と同様、比較的浅く固い組織の止血を行う
直型無鈎 結紮用の糸の端を持つ、腸管などの吻合用にかけた針糸の端を持つ
曲型有鈎 曲型コッヘル鉗子と同様、比較的浅く固い組織の止血を行う(使用頻度は低い)
曲型無鈎 曲型ペアン鉗子やケリー鉗子と同様、組織の剥離や、血管への結紮糸をかける操作を行う

 

memo針糸はモスキート鉗子で把持しよう

消化器外科や婦人科、泌尿器科などの開腹手術では、皮膚から実際に処置をする部位までの距離が長くなります。そのため、腸管などにかけた針糸が抜けないよう、モスキートペアン鉗子で把持することが多々あります

 

また、開胸手術の場合も同様に、針糸の両端を把持しておくことが多いです。

 

類似器械との使い分け

モスキート鉗子は、コッヘル鉗子やペアン鉗子が小さくなった鉗子です。そのため、他の鉗子との使い分けは、図6が目安になります。術野が浅い部分ではモスキート鉗子深い部分ではコッヘル・ペアン・ケリー鉗子などを使用します。

 

図6術野の深さの違いによる使い分け

 

術野の深さの違いによる使い分け

 

また、モスキート鉗子の先端の形状は4種類あるため、使用する場面によって使い分けることも必要です。

 

memoモスキート鉗子を使用する場面では看護師の判断も必要になる

手術中のドクターのなかには、「モスキート」とだけしか言わない方も多くいます。このような場合は、使用する場面に応じて、何のために、何を使うのかなど、器械出し看護師が判断する必要が出てくることもあります。

 

禁忌

コッヘル鉗子と同様に、有鈎のモスキート鉗子で腸管などの柔らかい組織を挟むことは禁忌です。表層に近くても、針糸で結紮した細い血管や、粘膜などの組織は、無鈎のモスキート鉗子を使用しましょう。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

有鈎と無鈎の取り間違いを防ぐ

器械盤などの上に、鉗子を閉じたまま置いておくと、一目では形状の違いがわかりにくいため、有鈎の鉗子と無鈎の鉗子はそれぞれ向きを変えておく、あるいはそれぞれの鉗子の間に別の鉗子を置いて隣同士にならないように並べる、などの工夫をすると、器械を取る際に間違えにくくなります。

 

使用前はココを確認

有鈎の場合、先端の鈎がスムーズに噛み合うか、先端の鈎が破損・摩耗していないかを確認します。無鈎の場合も、把持部の咬み合わせに歪みはないか、咬み合わせた時、正面からみて隙間がないかなどを確認します。

 

術中はココがポイント

ドクターに手渡すときは、ラチェット部分を1つだけ閉じた状態で手渡すと、ドクターがすぐに使用できるため親切です。その際、ドクターが器具を確認できるように、看護師は「モスキート鉗子です」と声を出して渡しましょう。また、モスキート鉗子の種類を区別する必要がある場合は、「有鈎です」「無鈎の曲です」なども付け加えて手渡すと良いでしょう。

 

使用後はココを注意

ドクター(術野)から有鈎のモスキート鉗子が戻ってきたときは、鈎が破損していないかを念入りに確認してください。破損がある場合は、術野を確認してもらう必要があります。特に問題が無ければ、戻ってきた有鈎モスキート鉗子をまたすぐに使用できるよう、生理食塩水を含んだガーゼなどを使用して、血液などの付着物を落としておきます。

 

無鈎のモスキート鉗子の場合は、咬み合わせに歪みがないか、正面からみた時に隙間がないかなどを確認します。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄方法の手順は、下記(1)~(3)までは他の鉗子類の洗浄方法と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときはコッヘル鉗子とペアン鉗子の間に置く

モスキート鉗子は、コッヘル鉗子やペアン鉗子と形は類似していますが、大きさが違うので、これらの間に置くことで、洗浄後にコッヘル鉗子とペアン鉗子を区別することが容易になります(図7)。

 

図7洗浄用ケースに並べる方法

 

洗浄用ケースに並べる方法

 

洗浄時は、開くことができるものは完全に開く、外せるものは外すのが基本です。
左上段より、コッヘル鉗子、モスキート鉗子、ペアン鉗子、長ペアン鉗子、マチュウ持針器、リンパ節鉗子、アリス鉗子、長剪刀、短剪刀、ヘガール持針器。
左下段より、ミクリッツ鉗子、ケリー鉗子、腸鉗子、長鑷子、短鑷子。

 

滅菌方法

コッヘル鉗子と同様に高圧蒸気滅菌が最も有効的です。

 

 


[参考文献]

 

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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