ミクリッツ鉗子|鉗子(3)

手術室にある医療器械について、元手術室勤務のナースが解説します。
今回は、『ミクリッツ鉗子』についてのお話です。
なお、医療器械の歴史や取り扱い方については様々な説があるため、内容の一部については、筆者の経験や推測に基づいて解説しています。

 

黒須美由紀

 

〈目次〉

 

ミクリッツ鉗子は腹膜専用の鉗子

先端部にとても頑丈な鈎が付いている

ミクリッツ鉗子とは、腹膜専用の鉗子です。

 

ミクリッツ鉗子は、コッヘル鉗子のように先端部に鈎がある、有鈎の鉗子です。医療器械メーカーによっては、「ミクリッチ」と発音(表記)することもあります。パッと見た感じは、かなり大きめのコッヘル鉗子のように見えますが、把持部の彎曲が強く、溝のある部分が短い、という特徴があります。

 

また、ミクリッツ鉗子には、「外し型」と「BOX型」の2タイプがあります。

 

memo「外し型」と「BOX型」の違い

ミクリッツ鉗子には、「外し型」と「BOX型」の2種類のタイプがあります。

 

外し型は、1本の鉗子を2つに分解することができるため、よりキレイに洗浄することができます。しかし、外し型は、関節部のネジが表面に出ているため、このネジが外れてしまう危険性があります。手術中、ドクター(術野)から鉗子が戻ってきた場合には、この関節部のネジが無くなっていないか、破損していないかを併せて確認しましょう。

外し型ミクリッツ鉗子

 

BOX型は、鉗子の中にネジが埋め込まれた形状になっていますので、使用中にネジが外れてしまうことは、ほぼありません。

BOX型ミクリッツ鉗子

 

ミクリッツ鉗子を使用する場面

基本的に、ミクリッツ鉗子の使用用途は、腹膜を把持することです。開腹手術中(腹膜切開から閉腹まで)、腹膜を開いておくために使用されます。

 

一般的に、ミクリッツ鉗子は、開腹手術の器械セットの中に6本入っています。手術室や術式によっては、8本や10本のこともあります。6本が組み込まれている場合、手術で開腹した時には、6本すべてを術野に出し、腹膜を6ヶ所でつかみ、腹膜が開いた状態を維持します。その後、開腹鈎をかけて、開腹した状態を維持しながら手術を進めていきます。

 

直接介助の看護師が、次にミクリッツ腹膜鉗子を手に取るのは閉腹時です。閉腹用の糸で腹膜を縫合する時に、ミクリッツ鉗子を順番に外していくことで、術野から鉗子が看護師の手元に戻ってきます。

 

6本のミクリッツ鉗子を外す順番は、(1)頭側の横の2本、(2)下肢側の横の2本、(3)頭側と下肢側の頂点部分の2本の順に鉗子を外すことが多いようです。

 

memoミクリッツ鉗子の数え忘れには要注意

ミクリッツ鉗子は、サイズが大きいため、腹腔内に忘れるということはほとんどありません。しかし、閉腹操作への移行時は、鉗子が手元に戻ってくるなど、直接介助の看護師はとても慌ただしくなります。そのため、器械カウントは、数え忘れがないように注意しましょう。

 

ミクリッツ鉗子の誕生秘話

外科医のDr.ミクリッツが開発?

ミクリッツ鉗子が、いつ、どのような目的で、誰の手によって開発されたのか、正確なことはわかっていません。しかし、19世紀のヨーロッパに、ヨハン・フォン・ミクリッツ(Johann von Mikulicz-Radecki:Dr.ミクリッツ)というオーストリア系ドイツ人(ポーランド人という説もある)の外科医がいました。

 

Dr.ビルロートの手術との関係性

Dr.ミクリッツは、世界で初めて癌切除の手術を成功させたテオドール・ビルロート(Christian Albert Theodor Billroth:Dr.ビルロート)の弟子でした。

 

Dr.ビルロートは、世界の名だたる音楽家と親交が熱い人物でしたが、普段は近づき難く、弟子たちの頼みにも素直に耳を傾けない堅物な性格だったと言われています。

 

一方、その弟子であるDr.ミクリッツは、患者さんやその家族からのお願いに親身になって応えたり、患者さんの家族から受け取った手紙に返事を書くなど、色々なことに前向きな人物であったと言われています。外科医としても、新しいものを取り入れようとする性格だったようです。

 

Dr.ミクリッツは、Dr.ビルロートが行った世界初の幽門側胃切除術にも関係していたと考えられています。師であるDr.ビルロートの手術の成功を助けるため、その一環として、腹膜を大きく開けておくミクリッツ鉗子という器械を考案したのではないかと、筆者は推測しています。

 

ミクリッツ鉗子の特徴

サイズ

メーカーによって異なりますが、一般的なサイズは18~20cmです。小さなもの(14cm程度)は、「ベビーミクリッツ鉗子」と呼ばれることもあります。

 

形状

先端部(把持部)の形状は曲がっていて、関節部から先端までの半分程度が把持部です(図1)。

 

図1ミクリッツ鉗子の把持部と把持部の断面

 

ミクリッツ鉗子の把持部と把持部の断面

 

memo大きな鈎が先端部にあるので、把持時は要注意

ミクリッツ鉗子の先端には、比較的大きな鈎が付いています。開腹中は、この鈎の部分で腹膜をしっかり把持しますが、腹膜自体は比較的厚い膜のため、ミクリッツ鉗子の鈎で穴が開くことは、ほとんどありません。

 

材質

ミクリッツ鉗子も、他の鉗子と同様にステンレス製のものが多いです。

 

日本では、昭和30年代頃までは、鉄製ニッケルクロームメッキ製のものが使われており、その後、ステンレス製へと移行していきました。

 

memo13Cr ステンレスの特徴

メーカーによっては、より硬度が高い13Cr ステンレスを使っています。しかし、若干錆びやすい性質のため、取扱いには注意が必要です。

 

製造工程

ミクリッツ鉗子が製造される工程は、コッヘル鉗子やペアン鉗子と同様です。素材を型押し、余分な部分を取り除き、各種加工と熱処理を行い、最終調整を行います。

 

価格

メーカーによって異なりますが、一般的なサイズのもので1本5,000円~8,000円程度です。

 

寿命

他の器械と同様に、洗浄・滅菌の過程での扱い方や、日々のメンテナンスなどにより、使用できる年数が変わってきます。しかし、腹膜専用の鉗子のため、他の用途で使われることは考慮する必要はありません。

 

memo鈎の状態には気をつけよう

ミクリッツ鉗子は、「腹膜をしっかりとつかんでおく」ための器械です。そのため、鈎が摩耗して減ってしまった状態では、腹膜をつかむことは難しくなりますので、取り扱いは丁寧に行いましょう。

 

ミクリッツ鉗子の使い方

使用方法

開腹(腹膜切開)後、腹膜の断端をミクリッツ鉗子で把持し、開いた状態にしておきます。その際、2本1組のミクリッツ鉗子を1~3組使用します。標準的な開腹手術では、6ヶ所(2本×3組)に使用することが多いようです(図2)。

 

図2ミクリッツ鉗子の使用例

 

ミクリッツ鉗子の使用例

 

開腹(腹膜切開)後、ミクリッツ鉗子で腹膜の断端(6ヶ所)をはさみ、腹膜を開いた状態にしておく。
鉗子で把持する順番は変わることはありますが、把持する場所は、①・②(切開創の上下、または左右の端)、③・④(切開創の両脇)、⑤・⑥(切開創の両脇)です。閉腹の際には、③と④、⑤と⑥が合うように縫合することで、切開している腹膜がずれることがなく、端から端までキレイに縫合することができます。

 

類似器械との使い分け

ミクリッツ鉗子は一般的に、開腹した時に術野へ出て、閉腹するまで手元に戻ってきません。そのため、手術中に別の器械と取り違えるということはあまりありません。

 

しかし、準備したミクリッツ鉗子の一部を使用しなかった場合は、器械盤の上に数本残っていることになります。この場合、他の器械との取り違えが起こる危険性があるため、器械盤の脇にあるポケットにしまっておく、布などで包んで触れないようにしておく、などの工夫が必要です。

 

また、途中で直接介助看護師が交代する場合は、器械盤に残っているミクリッツ鉗子の本数の申し送りを忘れてはいけません。これを怠ってしまうと、最も忙しくなる閉腹操作時に、「ミクリッツ鉗子が足りない!」という問題が発生する危険性があります。

 

memoミクリッツ鉗子の代用はコッヘル鉗子で

使用するミクリッツ鉗子が6本では足りない場合、長い曲型のコッヘル鉗子を代用として使用することもあります。

 

禁忌

ミクリッツ鉗子は、腹膜を把持することに特化した鉗子です。他の部位や場面では使用しないため、開腹後の臓器に対する使用や、他の器械との取り間違いは禁忌です。

 

ナースへのワンポイントアドバイス

いつでも次の1本を渡せるように準備しておく

ミクリッツ鉗子は、基本的には2本1組で使用します。1本をドクターに渡したら、すぐに次の1本を渡せるように、手元に準備しておくとよいでしょう。重要なことは、「必ずペア(6本、または8本など)で使うこと」です。

 

使用前はココを確認

先端の鈎がスムーズに噛み合うか、先端の鈎が破損・摩耗していないかを確認します。

 

術中はココがポイント

ドクターに手渡すときは、ラチェット部分を1つだけ閉じた状態で手渡すと、ドクターがすぐに使用できるので親切です。その際、ドクターが器具を確認できるように、看護師は「ミクリッツ鉗子です」と声を出して渡しましょう

 

使用後はココを注意

ドクター(術野)からミクリッツ鉗子が戻ってきたときは、鈎が破損していないかを念入りに確認してください。破損がある場合は、術野を確認してもらう必要があります。特に問題が無ければ、洗浄時にキレイに洗いやすくなるよう、生理食塩水を含んだガーゼなどを使って、血液などの付着物を落としておきます。

 

また、「外し型」を使用している場合は、関節部のネジがきちんと残っているかも、併せて確認しましょう。

 

片付け時はココを注意

洗浄方法

洗浄方法の手順は、下記(1)~(3)までは他の鉗子類の洗浄方法と同じです。

 

(1)手術終了後は、必ず器械のカウントと形状の確認を行う
(2)洗浄機にかける前に、先端部に付着した血液などの付着物を、あらかじめ落しておく
(3)感染症の患者さんに使用後、消毒液に一定時間浸ける場合、あらかじめ付着物を落としておく

 

(4)洗浄用ケース(カゴ)に並べるときは鈎が引っかからない場所に置く

ミクリッツ鉗子は、コッヘル鉗子などと比較すると、先端に大きな鈎が付いています。洗浄用ケース(カゴ)に並べる場合は、自分の手袋などを引っかけないように注意しましょう。また、雑な並べ方をすると、他の器械と重なりあってしまい、鈎を引っかけてしまうこともあるため、きちんと整頓して並べるようにしましょう(図3)。

 

図3洗浄ケース内での並べ方例(ミクリッツ鉗子)

 

洗浄ケース内での並べ方例(ミクリッツ鉗子)

 

洗浄時は、開くことができるものは完全に開く、外せるものは外すのが基本です。
左上段より、コッヘル鉗子、モスキート鉗子、ペアン鉗子、長ペアン鉗子、マチュウ持針器、リンパ節鉗子、アリス鉗子、長剪刀、短剪刀、ヘガール持針器。
左下段より、ミクリッツ鉗子ケリー鉗子、腸鉗子、長鑷子、短鑷子。

 

滅菌方法

コッヘル鉗子と同様に高圧蒸気滅菌が最も有効的です。

 

 


[参考文献]

 

  • (1)高砂医科工業株式会社 ミクリッツ腹膜鉗子(カタログ)
  • (2)高砂医科工業株式会社 高砂鉗子(添付文書)
  • (3)C.J.S.トンプソン(著), 川端富裕手(訳). 手術器械の歴史. 東京: 時空出版; 2011.
  • (4)石橋まゆみ, 昭和大学病院中央手術室(編). 手術室の器械・器具―伝えたい! 先輩ナースのチエとワザ (オペナーシング 08年春季増刊). 大阪: メディカ出版; 2008.
  • (5)ユルゲン・トールヴァルド(著), 小川道雄(訳). 外科医の世紀 近代医学のあけぼの. 東京: へるす出版; 2007.

 


[執筆者]
黒須美由紀(くろすみゆき)
総合病院手術室看護師。埼玉県内の総合病院・東京都内の総合病院で8年間の手術室勤務を経験

 


Illustration:田中博志

 

Photo:kuma*

 


協力:高砂医科工業株式会社

 


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