ティッシュで包んだ入れ歯を捨てちゃった!|小林光恵の「ほのぼのティータイム」

【日経メディカルAナーシング Pick up!】

小林光恵

 

先日、訪問看護師の男性Jさんとお茶を飲んで、なぜかティッシュの話で盛り上がりました。

 

ティッシュに息を吹きかける患者さん

 

「オーバーテーブルとかに、くしゃっとなったティッシュがあったら要注意でしょ」

 

「ですね。何かを包んだものだと思った方がいい。鼻水とか痰が付いたのなら、だいたいの方はゴミ箱に入れますから」

 

「そうね」

 

「周りの人からこれまでに聞いた『うっかり捨てそうになったティッシュの中身』は、補聴器、ブローチ、結婚指輪、あめ、せんべいなどなどいろいろありますよ」

 

「処置に使用するものもありそう」

 

瘻チューブから半固形栄養剤を注入するときのアダプターを捨ててしまったという話も」

 

「いかにもありそう。日本は包む文化だもんね。特に高齢者は包みがちな気がする」

 

「硬貨とか千円札とかを包んで……というケースは包み方がきちんとした感じになるからすぐ分かって、即、丁重にお断りするよう身構えます」

 

「人に御礼金や小遣いを渡すときに裸ではダメだから……ってね」

 

「使用後のスプーンやお箸を洗わないでティッシュで包む方もいますが、あれをやるとティッシュがこびり付いてしまうんですよね」

 

「ティッシュで包むものは、なんといっても入れが多いような気がする。特に部分入れ歯」

 

そう言い終えて私は、紅茶のおかわりをポットから注ぎながら、数年前の成人式の日に看護学生が「禁煙啓発イラスト入りのティッシュ」を配ったことや、看護師国家試験の会場で机上にポケットティッシュを置く場合は試験官の許可が必要らしいことを思い出しました。

 

それを話題にしようとして顔を上げると、なんとJさんが目に涙を浮かべています。

 

ティッシュの話題になってから、彼は一瞬遠い目になったりして少し様子が変だなと思ってはいたのですが……。

 

「すみません、Bさんという利用者と関わった2年間を思い出してしまって。彼女のことを思い出すと、鉄拳さんのパラパラ漫画を見たときのような気持ちになって。話してもいいですか?」

 

私はうなずきました。

 

 

利用者との距離の取り方を間違えた?

「Bさんのお宅を初めて訪問した日、ティッシュに包んで置かれていた彼女の部分入れ歯を、僕は血圧測定のときにゴミ箱へ捨ててしまったんです。

 

それに気付いたときには、Bさんの娘さんがゴミをまとめてゴミ置き場に捨ててしまった後で、僕はあわててゴミ置き場へ飛んでいき、入れ歯を探しました。

 

次の訪問先に電話して、時間をずらしていただいて。幸い、見つかりました。

 

Bさんは『血相が変わっていた』と言って僕を指さし、女子高生みたいにケラケラ笑いました。このとき僕は28歳、Bさんは83歳でした。
 

 

2回目の訪問時、僕が部屋に入るとあおむけになったBさんが広げたティッシュを自分の顔に乗せ、両手をお腹の上で組んでいました。

 

ドキリとして立ち尽くしていると、まもなくやってきた娘さんが『亡くなった人みたいな、縁起の悪いことしないでよ!』と声を荒らげました。

 

Bさんは、顔の上のティッシュを『ぷっ』と息で飛ばすと、僕を見てニヤリ。つられて僕もニコッとしてしまってから、『冗談が過ぎます』とちょっとだけ抗議しました。

 

 

Bさんは僕の訪問を楽しみに待ってくれているようでした。

 

 

1年ほどたったある日のこと、Bさんが明らかに中身が紙幣だと思われるティッシュの包みを僕のポケットに入れようとしたので丁重にお断りしたのですが、事務所に戻ってからその包みが僕のバッグに忍ばせてあることに気付きました。

 

翌週の訪問時にお返ししたら、Bさんは『堅物だこと』と言って大きなため息……なんてこともありました。

 

 

それから3カ月ほどたち、僕はその地を離れて1年間かけて勉強することになり、担当者が別の訪問看護師に交代になることをBさんに告げました。

 

『あっ、そ。これ、昭和天皇のマネ』などと言って、いつもと変わりない調子のBさんでしたが、僕が帰る段になると『嫌だ』『もう訪問看護なんて断る』と言って泣き出してしまいました。

 

そして、洟(はな)をかんではそのティッシュを僕にぶつけ、洟が出なくなるとティッシュを取り出しては宙に投げて、自身の周りをティッシュだらけにしたのです。

 

 

このとき初めて僕は、利用者であるBさんとの距離の取り方が間違っていたのではないかと思いました。その点をもっと考えて接していれば、Bさんに寂しい思いをさせずに済んだし、次の担当者をスムーズに受け入れてもらうことができたのではないか、と」

 

 

利用者からの最後の贈り物

「1年間の予定だったところ、いろいろあって半年で勉強を終えた僕は、元の訪問看護ステーションに再就職し、再びBさんを担当することになりました。

 

この半年の間、Bさんは認知症の症状が現れてあちこち歩き回るようになった直後に骨折して入院。

 

その後、持病の慢性疾患の悪化につれて静的になり、自宅でほぼ寝たきりの状態になっていました。

 

 

半年ぶりに訪問してみると、Bさんは僕のことが分からなくなっていました。

 

でも、ちゃめっ気は健在で、ティッシュの上に大きくて太いカリントウを乗せて僕に差し出し、不敵な笑みを浮かべたりしました。

 

そのうちにBさんは、使用済みのティッシュをパジャマのポケットや枕の下にため込むようになりました。

 

失認ですね。何か大切なものだと考えているようでしたから、それをしまう入れ物としてきれいなお菓子の空き箱を用意し、対処しました。

 

 

そのひと月くらい後、Bさんはティッシュを口に入れるようになりました。

 

異食です。

 

娘さんが言うには、好物のマシュマロだと思っているのかもしれない、と。

 

ティッシュはBさんから見える場所には置かないようにして、さらに本物のマシュマロを食べてもらうなどして対処しました。

 

 

しばらくして、Bさんは亡くなりました。亡くなった病院から自宅へ戻ったと聞いて会いに行くと、Bさんは顔の上に白い布が乗せられた状態で横たわっていました。

 

あのときのように、今にも『ぷっ』と布を吹き飛ばすのではないか。そんな気がしました。

 

 

ベッドサイドにぼうぜんとたたずんでいる僕に、Bさんの娘さんが、単行本ほどの大きさに畳んだ新聞紙を差し出して言いました。

 

『ティッシュをポケットにため込んでいたころの母が、Jさんがお帰りになった直後、あの男の人に押し花をあげたいと言い出しまして…』。

 

その新聞紙を開くと、ティッシュに包まれた押し花が現れました。Bさんのお宅の庭に咲いていた日本水仙でした。半年前の出来事です」

 

 

Jさんは、バッグから取り出した二つ折りの厚紙を開き、その内側のティッシュを丁寧に扱って、日本水仙の押し花を見せてくれました。

 

 

<掲載元>

日経メディカルAナーシング

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