終末期癌患者の鎮静に8年ぶりの手引き|鎮静に新たな概念を導入
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終末期癌患者に対する苦痛緩和のための鎮静ガイドラインが「2018年版手引き」として8年ぶりに改訂された。
終末期の鎮静の位置付けを明確にするため定義を変更。分類も変えて、患者の意識の低下を目的としない「調節型鎮静」を導入した。
「手引き」で最も重視しているのは、患者の苦痛緩和に鎮静を行う必要があるかどうか判断するための考え方の手順だ。
せん妄や呼吸困難、激しい痛みなど、終末期の癌患者では治療に抵抗性の耐え難い苦痛がしばしば出現する。そのような場合、臨床現場では苦痛緩和のための鎮静を考慮する必要が出てくる。
だが終末期患者に対する鎮静では、意識レベルの低下に伴い会話などのコミュニケーションが取れなくなったり、誤嚥や喀痰の喀出困難、呼吸抑制や血圧低下などにより生命予後が短縮したりする可能性も指摘されている。
安楽死との区別など倫理面でも、その位置付けは国際的にも議論になっている。
そうした中、日本では『苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン2010年版』が8年ぶりに改訂、昨年9月に『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き2018年版』として名称も改め刊行された。
今回、鎮静ガイドライン改訂のWPG(Working Practitioner Group)員長を務めた池永昌之氏(淀川キリスト教病院緩和医療内科部長)は、2018年版の改訂の主なポイントとして、
(1)ガイドラインでなく手引きとしたこと
(2)鎮静の定義を変えたこと
(3)治療抵抗性の苦痛の判断に多くのページを割いたこと
――などを挙げる。
池永氏によれば、今回の改訂で名称をガイドラインから手引きに変えたのは、苦痛緩和のための鎮静はそもそもエビデンスに乏しく、一般に診療ガイドライン作成のために行われる「臨床疑問を基に系統的な文献レビューを行い、その中で推奨される方法を示す」という体裁を取ることが難しいと判断したためだ。
「終末期という段階では通常の臨床研究はできない。治療抵抗性の苦痛という耐え難い状況において、鎮静を行うグループと行わないグループを作ることは難しいし、鎮静を行った後の患者のQOLの評価をどうするかという問題もある」(池永氏)。
そこで今回はエビデンスだけにはこだわらず、緩和医療の専門家グループのコンセンサスを得て、現場で活用できる知識や考え方を示すことを目指したという。
「意図的な意識の低下」を削除し鎮静の定義を明確化
2018年版手引きの対象は、治癒を見込むことのできない成人の癌患者だ。こうした対象患者を診療する医療者・医療チームが手引きの使用者とされる。
病院に限らず、高齢者施設や居宅など、緩和ケアが広く行われるようになった現状を受けて、使用者や使用場所を限定せず、様々な場で利用されることを前提としているのも特徴といえる。
今回の改訂では、まず苦痛緩和のための鎮静の定義を「治療抵抗性の苦痛を緩和することを目的として、鎮静薬を投与すること」とシンプルに変えた点が注目される。
従来の定義と大きく違うのは、「医師が患者の意識の低下を意図する」ことに関連する文言が削除された点だ。
2010年版ガイドラインでは、鎮静は「(1)患者の苦痛緩和を目的として患者の意識を低下させる薬剤を投与すること、あるいは(2)患者の苦痛緩和のために投与した薬剤によって生じた意識の低下を意図的に維持すること」と定義されていた。
しかし、「この定義では、鎮静における意識の低下を“手段としての意図”として取り扱うのか、“予見される結果”として取り扱うのかで混乱が見られた」と池永氏は説明する。
つまり医師が患者を眠らせる(意識を低下させる)ことを意図して薬剤を使用したとすれば鎮静になるが、苦痛の緩和だけを意図して使ったが結果として意識が低下したと主張すれば鎮静には当てはまらなくなるという問題だ。
このような曖昧さを避けるため、「今回の手引きでは、医師が患者の意識の低下を意図するか、しないかに依存しない定義を取り入れた」(池永氏)という。
また鎮静の定義の変更に伴い、「鎮静薬」とは何かという定義も必要となった。
一般的に鎮静薬は「中枢神経系に作用し興奮を鎮静する薬物」をいうが、今回の改訂では具体的な薬剤名として示し、日本の緩和医療の現場で実際に使用されている頻度の高いミダゾラム(注射薬)、フルニトラゼパム(注射薬)、ジアゼパム(坐薬)、ブロマゼパム(坐薬)、フェノバルビタール(注射薬、坐薬)を手引き上の鎮静薬と定義している。
またモルヒネに代表されるオピオイドや抗精神病薬は、今回の手引きでは鎮静薬に含めないと明記している。
「例えばモルヒネは増量すれば眠気も出てくるが、せん妄が悪化する可能性もある。現場ではミックスした使い方もされているが、どこまでが鎮痛でどこからが鎮静なのかの評価は難しい。そこで今回はあくまでオピオイドは鎮痛薬、抗精神病薬はせん妄の治療薬というふうに切り分けた」と池永氏は説明する。
「持続的な深い鎮静」でも定期的な評価が大事
今回の改訂では、鎮静の分類も大きく変わった。
2010年版ガイドラインでは、苦痛緩和の鎮静は、鎮静の深さ(浅い、深い)と持続時間(間欠的、持続的)により4通りに分類されていた。
しかし、2018年版手引きでは、鎮静は鎮静薬の投与方法により「間欠的鎮静」と「持続的鎮静」の2つに大きく分けられ、持続的鎮静はさらに「調節型鎮静」と「持続的深い鎮静」に区別される(表1)。
表1 2018年版手引きにおける鎮静の分類の定義 |
注目されるのは、今回新たに導入された概念の「調節型鎮静」だ。
「調節型鎮静はできるだけ意識を下げないで、苦痛が和らぐ程度の鎮静薬を投与することを目指すものだ」と池永氏は話す。
患者の意識レベルではなく、苦痛の強さを基準に鎮静薬の投与量を決めるため、結果として患者の意識が低下する場合も、低下しない場合もあるという。
一方、「持続的深い鎮静」は、「中止する時期をあらかじめ定めずに、深い鎮静状態とするように鎮静薬を調節して投与すること」を指す。
調節型鎮静、持続的深い鎮静の選択では、患者の苦痛を緩和できる範囲で、意識レベルや身体機能に与える影響が最も少ない方法を優先することが原則となる(表2)。
つまり、一般的には調節型鎮静が優先されるが、手引きでは、患者の苦痛の強さが著しく、治療抵抗性が確実で、予測される生命予後が切迫している、持続的深い鎮静でなければ苦痛が緩和されないと見込まれる場合などには、最初から持続的な深い鎮静を行うことも検討できるとしている。
表2 持続的鎮静の2つの方法のメリットとデメリット 原則的には調節型鎮静を優先して考慮し、持続的深い鎮静の使用は限定的である。 |
ただし、持続的な深い鎮静でも、定期的に状況を確認し、深い鎮静を中止しても患者の苦痛が再燃せず不利益とならないと考えられる場合には、鎮静薬を減量・中止する。
池永氏は「漫然と鎮静を続けると、人間らしさの原点ともいえるコミュニケーション能力の低下だけでなく、経口摂取が困難、誤嚥しやすいなど生命を短縮するリスクが生じる。安楽死との区別が難しい行為にもつながってくるので、苦痛をなくすために今、鎮静が必要かどうか定期的に評価することは倫理的に非常に重要と考える」と話す。
最も重要なのは本当に鎮静が必要な患者の判断
「鎮静は患者の苦痛の緩和という利益も大きいが害も大きい。適応は益と害のバランスの中でしっかり見極めることが肝要だ。鎮静を行うかどうかの判断には、患者の苦痛が治療抵抗性かどうかの見極めが大きなウェートを占める」と池永氏は強調する。
このため2018年版手引きでは、治療抵抗性の苦痛があると疑われたケースで、鎮静の実施を考慮するまでの対応について、基本的な考え方の手順をフローチャートで示した(図1)。
図1 治療抵抗性の耐え難い苦痛への対応に関するフローチャート |
また「治療抵抗性の苦痛に対する持続的な鎮静薬の投与を行う前に考えるべきこと」の章を設け、治療抵抗性の苦痛として頻度の高いせん妄、呼吸困難、激しい痛みに対して検討すべき緩和医療と、治療抵抗性の苦痛を持った患者に対する精神的ケアについて詳しく解説。
臨床的には手を尽くしたものの患者の苦痛がなかなか緩和しない場合、まず行うべきことは、十分な緩和ケアが行われているかどうかの再検討であると促している。
なお、こうした検討を経てもほかに手段がないときに、鎮静薬を投与して苦痛緩和を図ろうとすることは、「医学的、倫理的、法的に正しい行為である」と、2018年版手引きの序文には日本緩和医療学会のメッセージが記されている。
池永氏は、「鎮静が過剰に行われるのは良くないが、鎮静を必要とする患者に鎮静が適用されなかった場合も、患者は不必要な苦痛を強いられることになる。我々としては、少なくとも1~2割、多くて3割程度の癌患者の終末期には、何らかの鎮静が必要になるとみている」と話している。
苦痛緩和の最終手段としての鎮静に
「死ぬ権利」を巡る社会的な議論も必要
森田達也氏(聖隷三方原病院副院長、『がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き2018年版』WPG副員長)に聞く
日本における鎮静のガイドラインとしては、2005年に作成された『苦痛緩和のための鎮静に関するガイドライン』(責任者・森田達也)が初めてのものになる。
その後、2010年に小規模な改訂が行われ、さらに今回の2018年版手引きとしての改訂に至った。
実は日本のガイドラインは世界に先駆けて作成されたが、その後世界各国でも鎮静のガイドラインが作成され、現在は主要な国のほとんどにガイドラインはある。
最近の国際的な動向としては「死ぬ権利」(righttodie)の合法化の流れがあって、従来の苦痛緩和の最終手段として位置付けられていた鎮静を安楽死や医師による自殺幇助との関連で議論することも少なくない。
身体的な苦痛だけでなく精神的な苦痛にも鎮静が行えるかどうかについての議論もある。
一方、日本では、終末期患者の苦痛緩和に鎮静薬を使うこと自体に反対する意見の医療者もいる。
個人的には患者の希望があってほかに苦痛を緩和する方法がないならば、苦痛が取れる最小量の鎮静薬を使うことに医学的・倫理的な問題はないと思う。
ただ、その範囲を超えて、(比較的状態のいい患者が)精神的苦痛があるから死ぬまで眠りたいとか、苦痛は取れているがもっと確実に眠りたいと希望したときに、そこに我々がどう応えればいいのかというところはコンセンサスがなく問題だ。
今回の手引きでは死ぬ権利の一環としての鎮静の位置付けには触れていないが、臨床ではそういう患者に遭遇することがあるので、現場では一番悩むところだと思う。
終末期の患者で精神的な苦痛が取れないと訴える人に対して、医学が介入する対象と見なすのかどうかの社会的な議論は国内ではまだほとんどされていない。
持続的な深い鎮静についても、患者の希望があれば行っていいのかという問題もある。
人生の最終段階において個人の希望をどこまで叶えるのかについて、日本では全くコンセンサスがない状況なので、日本でも社会的な議論が必要だ。(談)
【関連文献】
森田達也『終末期の苦痛がなくならない時、何が選択できるのか?――苦痛緩和のための鎮静〔セデーション〕』(医学書院、2017年)
<掲載元>
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